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白雲孤飛

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 夜が明け、昼になった。

 澄み通る青空の下、金の飾りで縁取られた黒塗りの車が、ゆっくりと葬祭センターを出ていく。マスク姿の参列者たちは、無言で頭を下げ車を送っていた。
 儂はその様を、ここへ来た時に使った、大磯金物店の車の荷台で眺めていた。大磯の主人は帰りに樅木神社へ寄るらしいと、健さんが昨夜のうちに教えてくれた。
 厳粛な空気だ。だが儂はひとり、笑いを噛み殺すのに必死だった。
 神の耳には、健さんの曾孫の想いがはっきりと聞こえていた。

「ばいばい、ひいおじいちゃん。仏様のところでサンタさんに会ったら、ありがとうって伝えてくれるとうれしいな」

 今朝見たものを思い出す。
 童が目覚めたのは、儂が猫の身に戻る少し前だった。枕元の小箱を手にした幼子は、輝くばかりの笑顔を浮かべて階下へ駆けていった。サンタさんが来たよ、と白く瑞々しい足で跳ね回る娘を、両親は目を細めて見守っていた。
 儂はキリシタンを好まぬ。その習俗も。あれらから民を護るのは我が使命だ。
 だがあの時ばかりは、咎める気にもなれなかった。



 出棺を見届け、参列者が家路につき始める。大磯金物店の車も走り始めた。
 寒風に撫でられつつ顔を上げると、空に一片の雲が浮いていた。濃い青の中、吹けば散りそうな小さな白。
 この日、十二月二十五日、儂はひとりになった。ひとりになった神がどうなるか、誰も知らぬ。
 けれど無縁の魂として、雲の如くたゆたいながら民の行く末を見守るのも、存外悪くないのかもしれない。
 来年の今頃、街はどう在るだろうか。健さんの曾孫は、いつ「サンタ」の夢から覚めるだろうか。
 大いなる天地の神々よ。願わくはその時まで、我をこの地に留め置きたまえ。


【了】
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