双子妖狐の珈琲処

五色ひいらぎ

文字の大きさ
上 下
34 / 36
五章 聖杯の下に家族は集えり

最期

しおりを挟む
 気がつくと、私は誰かの膝の上にいた。見上げると蓮司くんが、ぐったりと肩を落としながら、赤味を含んだ目で私を見下ろしていた。頬に、涙が下った跡があった。
「……蓮司……くん? 私――」
 言いかけて、辺りが奇妙に明るいことに気付いた。営業時間外の廃棄物集積場は、灯りもなくて暗かったはず。だのに今は、いくつもの電灯を煌々と点けているくらいに明るい。黒い澱みはすっかり消えていて、広い空間には、基盤や配線が剥き出しになった機械たちがうず高く積もっているばかりだ。
 身体を起こしてみると、壊れた機械の山の上に、きらきら輝くもやが漂っている。光は、ここから来ているようだった。
 清らかな光の下で、白髪のお婆さんが、気を失った壮華くんを抱いていた。かさついた長い髪に艶はなく、壮華くんの着物を撫でる手も皺だらけだった。着物の薄紫色は番紅花さんと同じだけれど、あの妖艶な美女の面影はまったくない。
 妖怪垣を作っていたアルカナムのお客さんたちは、みんな疲れきった表情で、そこかしこに腰を下ろしたり横になったりしている。けれど、視線はみんな同じ方向――お婆さんと壮華くんの方を向いていた。
「ようやったな、娘よ」
 番紅花さんと同じ着物の誰かは、皺だらけの顔をくしゃりと崩した。
「あの『影』どもを、よくぞ鎮めたものよ。あやかしの力も持たぬ身でありながら、のう」
 私に言われているのだと、ようやく気付いた。確かに今、この場から「影」たちはいなくなっている。けど、鎮めたのかと言われれば自信はない。
「ありがとう、ございます……でもたぶんあの子たち、いなくなったわけではないです。少し眠っているだけで……なにかあったら、また起きるかも」
「それでよい。あやつらは、時至らずして起こされた者ども。無理に励起されぬ限りは、眠っておるじゃろう……そして」
 お婆さんは、空中で浮かぶ光を眩しそうに見上げた。
「妾もそろそろ、眠る時が来た」
 お婆さんの手が、腕の中の壮華くんを撫でた。背中を、肩を、皺だらけの手が、形をなぞるように伝う。あの冷ややかな番紅花さんだとは信じられないくらい、丁寧でやさしい手つきだった。
「母上! 抜かれた力を戻せば、今ならまだ――」
 叫ぶ蓮司くんに、お婆さんはゆっくりと首を振った。
「息子が……蓮華が待っておるのでなあ。生命を繋ぐ力など、妾にはもう要らぬものよ……ただ、そうじゃな、次の頭領は決めておかねばならぬな。無用の諍いを呼ぶのは本意ではないゆえ」
 お婆さんが皺だらけの手を上げると、光のもやが玉のように固まった。
 そのとき、壮華くんが大きく身じろぎした。瞼がゆっくりと開き――くりくりした目が、大きく見開かれた。
「僕は、ぼく……は……」
「壮華!」
 蓮司くんの声に応えて、壮華くんは振り向いた。けど今は、身体を起こす力もないようだった。
「ようやく起きたか、親不孝者よ」
 番紅花さんのしわがれた声色が、言葉に似合わずやさしい。
「……ぼくは……しくじった、んだね……」
「己が手に余る力になど、手を伸ばせば滅びは必定。まこと、我が息子とは思えぬ大馬鹿者よ」
「ほんとだよね……返す言葉もないよ」
 お婆さんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「このような痴れ者に、妖狐の力など間違っても渡すわけにゆかぬわ」
 皺だらけの手が、ゆっくりと蓮司くんの方に伸ばされた。光の玉が、同じ方向へゆっくりと動いていく。
「よいか蓮司よ。この力、愚かなる者に奪われぬよう、しかと守るのじゃぞ」
「お待ちください! これを失えば、母上は――」
 慌てる蓮司くんへ、お婆さんはくしゃくしゃの顔で笑いかけた。
「言うたであろう、妾には無用のものだと。だが、妖狐の頭領の力、おまえには必要であろう……この力を継げば、おまえは妖狐として生きてゆける」
 お婆さんが、いまの姿からは想像もつかない凛とした声で、高らかに叫んだ。
「我、番紅花、妖狐の長として、ここに家督を譲り渡す。我が息子たる妖狐『蓮司』が、我がすべての力を継ぐ者なり――」
 言葉と同時に、光の玉が蓮司くんの頭上に降ってくる。
 激しい光に、思わず目を閉じた。けれど強烈な光は、瞼越しでさえ眩しい。
「さあ、これよりおまえは妖狐の頭領。力も家屋敷も、得た物は好きに使うがよい。……馬鹿息子の処遇も、すべておまえ次第よ」
 妖怪さんたちの叫びが、いくつも重なって聞こえてくる。皆、番紅花さんの名を悲しげに呼んでいた。
 ゆっくりと、目を開ける。
 蓮司くんの狐の尾が、増えていた。黒いふさふさの尾が九本。その背は、横たわるふたつの身体の前に屈み込んでいた。
 うちのひとつ――壮華くんの身体は、ぐったりと横たわったままだ。くりくりした目に溜まった涙が、一筋流れ落ちるのが見えた。
「『息子』って、呼んでたね……最後まで、僕のことまで」
 もうひとつは、狐だった。艶のない白い毛皮で覆われて、見るからに老いている。尾は太い一本だけで、息をしている様子は、ない。
 私に動物の表情はわからない。けれど目を閉じた狐の顔は、安らかに笑っているように見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、不倫を後悔させてあげますわ。

りり
恋愛
私、山本莉子は夫である圭介と幸せに暮らしていた。 しかし、結婚して5年。かれは、結婚する前から不倫をしていたことが判明。 しかも、6人。6人とも彼が既婚者であることは知らず、彼女たちを呼んだ結果彼女たちと一緒に圭介に復讐をすることにした。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...