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四章 束縛の剣を蹴散らしながら
反転攻勢へ
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「あの時……私の部屋で、一体何があったの?」
訊ねれば、蓮司くんと壮華くんが説明してくれた。
「部屋の中の邪気が、突然膨れ上がった。テレビ、エアコン、ノートパソコン……ありとあらゆる機械から『影』が現れて、七葉、あんたに襲いかかった」
「すぐさま祓おうとしたんだけど、なにしろ数……というか量が多くて。母上のお力をもってしても、七葉さんを綺麗にするまでに少し時間がかかってしまった。その間に、七葉さんの存在が半分くらい向こうに行きかけてしまって――」
「急いでここに運び込んで、魂を呼び戻した。母上曰く、むりやり引っ張ってきた、という方が実態に合っているそうだが……それほどに、現世との繋がりが切れかけていた」
「余計なことは言わんでよい」
番紅花さんが口を挟んできた。
「終わったことは終わったことよ。娘よ、今は魂が不安定になっておるからな、しばらく安静にしておれ」
「はい。……ところで」
気になっていたことを、番紅花さんに訊ねる。
「番紅花様。部屋でも、少しお話していましたが……付喪神とは、どのようなものなのですか?」
「知らぬのか。先日、店に来ていたであろう」
「はい、ですが詳しいことまでは……大切に使われた道具が九十九年経つと、付喪神になるんですよね」
「そのとおり。何か、気になることでもあるのか」
大きく頷いて、私は続けた。
「ひとつ疑問なんです。九十九年経っていない道具が、付喪神になることってあるんでしょうか。とても強い思いを受けた道具が、年月に満たないまま魂を持ってしまうとか……そういうケースって、あるんでしょうか」
番紅花さんは、なぜか黙ってしまった。恐ろしいほど綺麗なお顔に薄笑いを浮かべながら、私の方を黙ってじっと見ている。
何か、まずいことを訊いてしまったんだろうか。広い部屋は静まり返っていて、誰も口を開かなくて、正直、間が持たない。でも、沈黙を破るにも勇気がいる。
どうにも困っていると、幸いにも、壮華くんが言葉を発してくれた。
「……あるよ」
壮華くんの小動物めいた微笑みが、この場ではとてもありがたい。
「とても大切に使われた道具が、時満たずしてあやかしを生んでしまうことはあるよ。ただ、そういう魂はとても不安定だから、そのままじゃこの世に在り続けられない。何かの力が、外から与えられないかぎりはね」
「だとしたら――」
私は、ずっと考えていた疑念をぶつけてみた。
「――あの『影』って、電子機器の付喪神じゃないのかな。時満たずして魂を得てしまって、でも姿形をちゃんと持てなくて崩れちゃった……とかの」
「ありえん」
番紅花さんが、ようやく口を開いた。
「付喪神とは、古き道具が想いを受けて魂を得るもの……妾とて、現世の動向は把握しておる。だが、人の手ならぬ機械によって大量に生み出され、片手にも満たぬ年のうちに棄て去られる道具どもなどに、念が宿ろうはずもない」
「お言葉ですけど――」
私は自分の懐を探った。幸い、出かける時に持ってきたスマホは、まだ上着の内ポケットに入っていた。
「――この中には、記録も記憶もいっぱい詰まってます。蓮司くんや壮華くんと、一緒に過ごした思い出も」
写真アプリを立ち上げて、一覧を番紅花さんに見せる。アルカナムのレアチーズケーキ、壮華くんのタロットカード、うたた寝する蓮司くんの横顔――見せながら、話す。
「これを使って、毎日電話して、メールして、写真撮って、ゲームやって……いろんなことやってるんです。現代の日本人は、これがないと生活できないってくらいに。だったら想いのひとつやふたつ、宿らない方がおかしいと思うんです」
番紅花さんが、私の手からスマホを取り上げた。画面に映るタイル状の写真一覧を、怪訝な顔で見つめて――不意に、部屋の隅の座卓へ向けて振り上げた。そのまま白い手が、スマホを机の角へ向けて振り下ろす。
「やめてください!!」
思わず叫ぶ。
スマホを持つ手は、幸いにも机の角を逸れた。けれど同じ瞬間、液晶画面から黒い泥が吹きあがり、番紅花さんの薄紫の袖を黒く染めた。
「やはりか」
吹き出る黒が淡い光で包まれ、あとかたもなく消えてなくなる。袖も、染み一つ残らず元に戻った。呆気にとられる私へ向けて、番紅花さんは目を細めて笑った。
「娘。おまえは、思っていたよりも賢いと見える。『影』は確かに、ここより来たりしもの」
推測が当たっていた、ということなんだろうか。番紅花さんは、持ったままのスマホを顔の前に持ち上げ、しげしげと眺めた。
「この小さな機械が――のみならず、引きずられた数多の機械が、歳経ぬままに魂を持ち始めたようじゃな。それらが、なぜ人を喰らおうとするかまでは分からぬが」
それについても、心当たりはあった。闇の中で聞いた声が、脳裏に蘇ってくる。
「たぶん、寂しいんだと……思います」
番紅花さんが、じっと私を見ている。蓮司くんと壮華くんも、黙って私を見つめている。私の一言で、皆のこれからが決まるんだ――と、奇妙な緊張感が走る。
「取り込まれかけてた時、声が聞こえたんです。捨てないで、大事にして、って……ひょっとするとあの『影』、本当は、人や妖怪や他のものを傷つけようなんて思ってないのかもしれません」
「ただ捨てられたくないがゆえに、人を取り込んでいると?」
「……たぶん」
強い口調で迫られると、ちょっと自信がなくなってくる。でもひょっとすると、あの「影」と戦う必要は、実はないのかもしれなかった。
でも、蓮司くんも壮華くんも、顔つきは相変わらず険しいままだ。
「だが、だとしても、あいつらが人間や妖怪を喰らい続けているのは事実だ。七葉、あんたの両親も喰われたままなんだろう?」
「……そうだけど」
「害をなすものは除かなければならないよ。奴らは、僕たち妖怪の理を乱す存在でもあるし。あまり敵に思い入れない方がいい」
「それは……そうなんだけど」
何か、どうにか、平和裏に解決する方法があるんじゃないか。そう言ったとしても、聞いてくれそうな人はこの場にいない。
うなだれていると、壮華くんが急に、目の前に私のスマホを差し出してきた。
「七葉さん。前に作った地図、出せる?」
さっきの今で正常に動くかはどうか不安だったけど、見れば電波は来ているし、充電もまだある。アプリは問題なく起動できそうだけど、意図を考えると気が進まない。
「……何に使うの?」
「確かめたいことがあって」
「何を?」
「七葉さん……何か気にしてる?」
少しためらいつつも、答える。
「『影』、消しに行くの?」
壮華くんは、少し苦笑いをしながら首を横に振った。
「まだそうと決まったわけじゃないよ。だけど、あいつらがどこから来てどこへ行くのかは、確かめておかなきゃいけない。まずは状況を把握しないとね。対策を立てるのはそれからだよ」
そうまで言われてしまうと、応じないわけにもいかない。私は地図アプリを立ち上げた。大量のピンが刺さった古橋市の地図が、画面いっぱいに現れる。
「七葉さん。これ、どうにかして『影』が出てきた順に並べられない?」
「ごめん、ちょっとそれはできない。ただ――」
ピンが記録しているのは位置情報と、メモを転記したコメント内容だけだ。出現日時はコメントに書いておいたけど、書式が一定してないから、機械的に並べ替えはできない。
けど、やり方がなくはない。
「――特定の日付より新しかったり古かったりするのを、手動で非表示にすることはできるよ」
壮華くんの顔が、ぱっと華やいだ。いつもの無邪気な、小動物めいた笑顔になった。
「じゃあ、えっと……九月以降のやつ、いったん消してみてもらえる?」
「待ってて。手作業だから、ちょっと時間かかるよ」
コメント欄をひとつずつ確かめながら、九月以降のものに非表示チェックを入れていく。あらためて確かめていくと、どのケースにも間違いなく電子機器が関わっていた。出現箇所に電子機器が残された事例、近くに電子機器を扱うショップがあった事例……例外はひとつとしてない。今の人間がそれだけ、機械なしでは生きていけない証拠でもあるんだろう。
かなりの時間を費やして、私は全部のピンを表示と非表示に振り分け終えた。表示中のピン――つまり八月以前の事例は、ずいぶん少ない。
「できたよ」
「ありがとう! これの中で一番古いの、どれだかわかる?」
地図上に残ったピンは十数本程度だ。作業中の記憶を頼りに、一番古かったもののコメント欄を開く。日付は八月二日、場所は古橋市の中心市街地から少し外れたところだ。ピンの下には「古橋マテリアル株式会社 集積場」の文字が見える。
「ここか……七葉、これは何の建物だ?」
蓮司くんの声に、緊張の色がある。
「資源ごみの回収業者だよ。小型家電のリサイクルボックスなんかもあったはず」
「始まりは、ここで間違いなさそうだね」
壮華くんが頷く。
「さっきも言ったけど、歳月が満ちていない魂は、そのままじゃこの世に在り続けられない。何かの力が外から加わったはずなんだ。そこで最初の『影』ができて、そいつが新たな力を生み出して、他の機械へ伝わっていって……連鎖反応が起こったんじゃないかと、僕は考えてる」
「それが、ここの集積場だった……?」
「たぶんね」
壮華くんは、他のピンも指差しながら言った。
「最初の『影』の力が流れ出て、別の『影』を作り出して、それがさらに『影』を生む……七葉さんが言うように、人の想い自体は溢れていたんだろうからね。一つのきっかけで、弾けたんだと思う。あくまで仮説だから、断言はできないんだけど」
「ならば、確かめるしかあるまい」
番紅花さんが立ち上がった。
「その地に、本当になんらかの力が働いておるのか。事実ならば何者の仕業なのか。異なるならば、真実へ繋がる痕跡はないのか――この娘の部屋などより、よほど有益な手がかりが得られそうじゃな」
「いますぐ出立されますか、母上?」
壮華くんの問いに、番紅花さんは呆れたように鼻を鳴らした。
「さきほどの今で、そういうわけにもいくまい。今宵は休む。一夜明け、妾とおまえたちが万全の調子を整えたなら――」
蓮司くんと壮華くんを交互に見遣り、番紅花さんは高笑いした。
「――忌々しい『影』どもの正体、見極めに行こうではないか。奴らを一網打尽にするためにな」
背筋が凍りつくような、冷たい笑い声だった。
訊ねれば、蓮司くんと壮華くんが説明してくれた。
「部屋の中の邪気が、突然膨れ上がった。テレビ、エアコン、ノートパソコン……ありとあらゆる機械から『影』が現れて、七葉、あんたに襲いかかった」
「すぐさま祓おうとしたんだけど、なにしろ数……というか量が多くて。母上のお力をもってしても、七葉さんを綺麗にするまでに少し時間がかかってしまった。その間に、七葉さんの存在が半分くらい向こうに行きかけてしまって――」
「急いでここに運び込んで、魂を呼び戻した。母上曰く、むりやり引っ張ってきた、という方が実態に合っているそうだが……それほどに、現世との繋がりが切れかけていた」
「余計なことは言わんでよい」
番紅花さんが口を挟んできた。
「終わったことは終わったことよ。娘よ、今は魂が不安定になっておるからな、しばらく安静にしておれ」
「はい。……ところで」
気になっていたことを、番紅花さんに訊ねる。
「番紅花様。部屋でも、少しお話していましたが……付喪神とは、どのようなものなのですか?」
「知らぬのか。先日、店に来ていたであろう」
「はい、ですが詳しいことまでは……大切に使われた道具が九十九年経つと、付喪神になるんですよね」
「そのとおり。何か、気になることでもあるのか」
大きく頷いて、私は続けた。
「ひとつ疑問なんです。九十九年経っていない道具が、付喪神になることってあるんでしょうか。とても強い思いを受けた道具が、年月に満たないまま魂を持ってしまうとか……そういうケースって、あるんでしょうか」
番紅花さんは、なぜか黙ってしまった。恐ろしいほど綺麗なお顔に薄笑いを浮かべながら、私の方を黙ってじっと見ている。
何か、まずいことを訊いてしまったんだろうか。広い部屋は静まり返っていて、誰も口を開かなくて、正直、間が持たない。でも、沈黙を破るにも勇気がいる。
どうにも困っていると、幸いにも、壮華くんが言葉を発してくれた。
「……あるよ」
壮華くんの小動物めいた微笑みが、この場ではとてもありがたい。
「とても大切に使われた道具が、時満たずしてあやかしを生んでしまうことはあるよ。ただ、そういう魂はとても不安定だから、そのままじゃこの世に在り続けられない。何かの力が、外から与えられないかぎりはね」
「だとしたら――」
私は、ずっと考えていた疑念をぶつけてみた。
「――あの『影』って、電子機器の付喪神じゃないのかな。時満たずして魂を得てしまって、でも姿形をちゃんと持てなくて崩れちゃった……とかの」
「ありえん」
番紅花さんが、ようやく口を開いた。
「付喪神とは、古き道具が想いを受けて魂を得るもの……妾とて、現世の動向は把握しておる。だが、人の手ならぬ機械によって大量に生み出され、片手にも満たぬ年のうちに棄て去られる道具どもなどに、念が宿ろうはずもない」
「お言葉ですけど――」
私は自分の懐を探った。幸い、出かける時に持ってきたスマホは、まだ上着の内ポケットに入っていた。
「――この中には、記録も記憶もいっぱい詰まってます。蓮司くんや壮華くんと、一緒に過ごした思い出も」
写真アプリを立ち上げて、一覧を番紅花さんに見せる。アルカナムのレアチーズケーキ、壮華くんのタロットカード、うたた寝する蓮司くんの横顔――見せながら、話す。
「これを使って、毎日電話して、メールして、写真撮って、ゲームやって……いろんなことやってるんです。現代の日本人は、これがないと生活できないってくらいに。だったら想いのひとつやふたつ、宿らない方がおかしいと思うんです」
番紅花さんが、私の手からスマホを取り上げた。画面に映るタイル状の写真一覧を、怪訝な顔で見つめて――不意に、部屋の隅の座卓へ向けて振り上げた。そのまま白い手が、スマホを机の角へ向けて振り下ろす。
「やめてください!!」
思わず叫ぶ。
スマホを持つ手は、幸いにも机の角を逸れた。けれど同じ瞬間、液晶画面から黒い泥が吹きあがり、番紅花さんの薄紫の袖を黒く染めた。
「やはりか」
吹き出る黒が淡い光で包まれ、あとかたもなく消えてなくなる。袖も、染み一つ残らず元に戻った。呆気にとられる私へ向けて、番紅花さんは目を細めて笑った。
「娘。おまえは、思っていたよりも賢いと見える。『影』は確かに、ここより来たりしもの」
推測が当たっていた、ということなんだろうか。番紅花さんは、持ったままのスマホを顔の前に持ち上げ、しげしげと眺めた。
「この小さな機械が――のみならず、引きずられた数多の機械が、歳経ぬままに魂を持ち始めたようじゃな。それらが、なぜ人を喰らおうとするかまでは分からぬが」
それについても、心当たりはあった。闇の中で聞いた声が、脳裏に蘇ってくる。
「たぶん、寂しいんだと……思います」
番紅花さんが、じっと私を見ている。蓮司くんと壮華くんも、黙って私を見つめている。私の一言で、皆のこれからが決まるんだ――と、奇妙な緊張感が走る。
「取り込まれかけてた時、声が聞こえたんです。捨てないで、大事にして、って……ひょっとするとあの『影』、本当は、人や妖怪や他のものを傷つけようなんて思ってないのかもしれません」
「ただ捨てられたくないがゆえに、人を取り込んでいると?」
「……たぶん」
強い口調で迫られると、ちょっと自信がなくなってくる。でもひょっとすると、あの「影」と戦う必要は、実はないのかもしれなかった。
でも、蓮司くんも壮華くんも、顔つきは相変わらず険しいままだ。
「だが、だとしても、あいつらが人間や妖怪を喰らい続けているのは事実だ。七葉、あんたの両親も喰われたままなんだろう?」
「……そうだけど」
「害をなすものは除かなければならないよ。奴らは、僕たち妖怪の理を乱す存在でもあるし。あまり敵に思い入れない方がいい」
「それは……そうなんだけど」
何か、どうにか、平和裏に解決する方法があるんじゃないか。そう言ったとしても、聞いてくれそうな人はこの場にいない。
うなだれていると、壮華くんが急に、目の前に私のスマホを差し出してきた。
「七葉さん。前に作った地図、出せる?」
さっきの今で正常に動くかはどうか不安だったけど、見れば電波は来ているし、充電もまだある。アプリは問題なく起動できそうだけど、意図を考えると気が進まない。
「……何に使うの?」
「確かめたいことがあって」
「何を?」
「七葉さん……何か気にしてる?」
少しためらいつつも、答える。
「『影』、消しに行くの?」
壮華くんは、少し苦笑いをしながら首を横に振った。
「まだそうと決まったわけじゃないよ。だけど、あいつらがどこから来てどこへ行くのかは、確かめておかなきゃいけない。まずは状況を把握しないとね。対策を立てるのはそれからだよ」
そうまで言われてしまうと、応じないわけにもいかない。私は地図アプリを立ち上げた。大量のピンが刺さった古橋市の地図が、画面いっぱいに現れる。
「七葉さん。これ、どうにかして『影』が出てきた順に並べられない?」
「ごめん、ちょっとそれはできない。ただ――」
ピンが記録しているのは位置情報と、メモを転記したコメント内容だけだ。出現日時はコメントに書いておいたけど、書式が一定してないから、機械的に並べ替えはできない。
けど、やり方がなくはない。
「――特定の日付より新しかったり古かったりするのを、手動で非表示にすることはできるよ」
壮華くんの顔が、ぱっと華やいだ。いつもの無邪気な、小動物めいた笑顔になった。
「じゃあ、えっと……九月以降のやつ、いったん消してみてもらえる?」
「待ってて。手作業だから、ちょっと時間かかるよ」
コメント欄をひとつずつ確かめながら、九月以降のものに非表示チェックを入れていく。あらためて確かめていくと、どのケースにも間違いなく電子機器が関わっていた。出現箇所に電子機器が残された事例、近くに電子機器を扱うショップがあった事例……例外はひとつとしてない。今の人間がそれだけ、機械なしでは生きていけない証拠でもあるんだろう。
かなりの時間を費やして、私は全部のピンを表示と非表示に振り分け終えた。表示中のピン――つまり八月以前の事例は、ずいぶん少ない。
「できたよ」
「ありがとう! これの中で一番古いの、どれだかわかる?」
地図上に残ったピンは十数本程度だ。作業中の記憶を頼りに、一番古かったもののコメント欄を開く。日付は八月二日、場所は古橋市の中心市街地から少し外れたところだ。ピンの下には「古橋マテリアル株式会社 集積場」の文字が見える。
「ここか……七葉、これは何の建物だ?」
蓮司くんの声に、緊張の色がある。
「資源ごみの回収業者だよ。小型家電のリサイクルボックスなんかもあったはず」
「始まりは、ここで間違いなさそうだね」
壮華くんが頷く。
「さっきも言ったけど、歳月が満ちていない魂は、そのままじゃこの世に在り続けられない。何かの力が外から加わったはずなんだ。そこで最初の『影』ができて、そいつが新たな力を生み出して、他の機械へ伝わっていって……連鎖反応が起こったんじゃないかと、僕は考えてる」
「それが、ここの集積場だった……?」
「たぶんね」
壮華くんは、他のピンも指差しながら言った。
「最初の『影』の力が流れ出て、別の『影』を作り出して、それがさらに『影』を生む……七葉さんが言うように、人の想い自体は溢れていたんだろうからね。一つのきっかけで、弾けたんだと思う。あくまで仮説だから、断言はできないんだけど」
「ならば、確かめるしかあるまい」
番紅花さんが立ち上がった。
「その地に、本当になんらかの力が働いておるのか。事実ならば何者の仕業なのか。異なるならば、真実へ繋がる痕跡はないのか――この娘の部屋などより、よほど有益な手がかりが得られそうじゃな」
「いますぐ出立されますか、母上?」
壮華くんの問いに、番紅花さんは呆れたように鼻を鳴らした。
「さきほどの今で、そういうわけにもいくまい。今宵は休む。一夜明け、妾とおまえたちが万全の調子を整えたなら――」
蓮司くんと壮華くんを交互に見遣り、番紅花さんは高笑いした。
「――忌々しい『影』どもの正体、見極めに行こうではないか。奴らを一網打尽にするためにな」
背筋が凍りつくような、冷たい笑い声だった。
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