双子妖狐の珈琲処

五色ひいらぎ

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三章 防戦の杖を手中に掴み

番紅花との口論

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 はじめ、何を言われているのかわからなかった。独り言かと思って聞き流していると、番紅花さんは扇の先でとんとんと私の肩を叩いた。
「娘。ここはおまえひとりの部屋か」
「はい。……そうですが」
 くっくっと、低い声の笑いが聞こえる。部屋の汚さを馬鹿にされたんだろうか。返す言葉が見つからなくて黙っていると、番紅花さんは言葉を続けた。
「そうか、ならば牢番はおまえなのだな。哀れな道具どもから役目を奪い、この墓場で朽ちるに任せておるのは」
 自分に向けられた言葉だと、ようやくわかった。でもやっぱり、意味が分からない。
 ここにあるのは、後で使おうと思っていたものばかりだ。デジカメは、スマホを買ってからは全然使わなくなったけど、誰かほしい人もいるかもと思って取ってあった。デジタル万歩計も、いつかウォーキングをする時用にしまってあったものだ。いつのまにか見失ってたけど。
「お言葉ですが。ここにあるのは、全部使う予定がある物です……一つたりとも、粗末にした覚えなんてありません」
「娘、ならば訊くが――」
 心から軽蔑した表情で、番紅花さんは私の目を正面から射貫いた。
「――それらのうちのどれだけを、本当に使った」
 言葉に、詰まる。
 反論できない。デジカメも長いこと使ってないし、万歩計はずっと行方不明だった。
 番紅花さんはさらに続ける。
「道具は、使われてこそ役割を果たす。九十九(つくも)の歳月を経た道具には付喪神(つくもがみ)が宿るが、ただ放り捨てられておった道具には魂など籠らぬ。使われ、持ち主の役に立つことこそが道具の本分よ」
 金色の瞳が、汚い物でも見るように私をにらむ。
「おまえの下に来た道具どもは哀れじゃのう。主の役に立つこともできず、他の持ち主に譲られることもなく、この墓場でただ忘れ去られ古びてゆく。付喪神にもなれぬ。なりうるとすればせいぜい、己が運命を呪う邪霊にくらいじゃろうなあ」
 そんなことない。
 私は私なりに、物を大事にしてる。うさこもミミ吉も、何度捨てられたって作り直してきた。今のスマホには、傷がつかないように保護フィルムも貼ってるし、ウィルス対策ソフトを入れたり紛失対策機能を有効にしたりして大切にしてる、はずだ。
 でも、どう言葉にすればいいんだろう。目の前の偉いお狐様には、何を言っても跳ね返される気がする。どうせ聞いてくれやしない……父さんと母さんみたいに。
 父さんと母さんは、いつだって不意にやってきて、私の物を捨てていく。汚いから、いらないからって捨てていく。大事な物も、まだいる物も全部。
 この人の言ってることも、同じだろう。いらないものを捨てて、綺麗にしなさいって。
 どうして、みんな、そればっかり言うんだろう。
「でも。だって……」
 何か言おうと、声を出してみた。でも、続く言葉が出てこない。
 うさこもミミ吉も、使わないデジカメも、捨てたくないよ。
「……だって。だって……」
 私は顔を上げた。泣きそうになりながら、恐ろしいまでに美しい色白の顔を、真正面からにらみつける。
「だって……捨てたら、かわいそうじゃないですか……!!」
 その瞬間だった。
 部屋が急に暗くなった。電灯を豆球に切り替えたみたいに、光量が一気に落ちる。
「……な……!」
 番紅花さんがうめく。
「離れろ、七葉!!」
 蓮司くんが叫ぶ。
 離れなきゃ。でも、何から?
「玄関から逃げて! ここは、僕たちが――」
 声は、そこで聞こえなくなった。
 頭の後ろに、何かが落ちてきた。ドロドロした何かが、首の後ろと耳を塞いだ。
 振り払おうと、首を振る。
 視界の端に、ノートパソコンが見えた。閉まった蓋の隙間から、真っ黒な泥が染み出していた。
 ひっ、と息を呑んだ。
 頭を振りながら、玄関へ走ろうとして――滑った。
 倒れた瞬間、黒い泥が飛び散る音がした。
 天井のエアコンから、黒い泥が滴っている。目を背ければ、壁際の冷蔵庫からも黒が溢れている。ヌルヌルしたものが、身体を這いあがってくる。
 身体を起こそうとすると、頭の上から何かが落ちてきた。そのまま顔を覆われて、息ができなくなって――私はそのまま、意識を失った。
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