22 / 36
三章 防戦の杖を手中に掴み
影との連戦
しおりを挟む
十九時よりも少し前に、私と蓮司くん、壮華くんと番紅花さんはアルカナムを出た。私以外は皆、耳と尻尾を晒した着物姿だ。この格好で通りを歩いたら目立ちすぎる……と思っていたけれど、どうやら狐姿の皆は、私以外には見えないようだった。すれ違う人たちは誰も蓮司くんたちを気にしていなかったし、蓮司くんたちも通行人にぶつからないよう、器用に人を避けて歩いていた。
私のマンション「コーポ古橋」へはすぐに着いた。私の部屋――三階の三三七号室は、表面上静かなものだった。玄関にも異変はない。新聞は元々取っていなかったし、週に一回くらいしか届かない郵便物も、今のところ外から見えるところに溢れてはいない。外から見て、留守だとばれる要素はなかった。
「開けるぞ」
ドアノブに手をかけた蓮司くんが言う。
壮華くんは蓮司くんの隣で、お札を掲げつつ腰を落としている。番紅花さんは少し下がって、いつでも二人を援護できる位置にいる。私の場所取りはさらにその後ろ、廊下の端で階段の傍だ。すぐに階下へ逃げられる安全圏だけど、その分、部屋の中を直接覗けはしない。
かちり、と音を立てて扉が開いた。中を見回した蓮司くんが、壮華くんを手招きする。二人が、中へ入っていく。
「来ぬのか」
番紅花さんが私をにらむ。
「大丈夫なんですか」
「人の子は妖気の有無さえわからぬか。……今は静かなものよ」
促されて、中に入る。
玄関にはあの夜のまま、ゴミ袋がぎっしりと並んでいた。うちの一つに、布製の兎耳がぐしゃぐしゃに詰め込まれているのが見える。……持って帰っちゃだめだろうか。今はそんな場合じゃないとはわかってるけど、調べた後に余裕があれば――
気が緩んだ瞬間、蓮司くんの声がした。
「来るぞ、壮華!」
「わかってる、兄さん!」
切羽詰まった声色に、背筋が固まる。
事前の打ち合わせでは、「影」が現れたら、私は階下に逃げることになっていた。玄関を出ようとすると、番紅花さんが扉の前を塞いでいる。
「逃げるのかえ」
「ええ、万一の時は。そう決めてましたんで!」
脇を抜けようとする私の肩を、番紅花さんは掴んで押し返した。並ぶゴミ袋の上に、倒れ込む。
目の前で、薄紫色の袖が翻った。掌から真っ白な光が放たれ、すぐに消える。
「これで問題はなかろう」
強引に引き起こされ、部屋の中へと連れていかれた。
散らかった部屋の中、光る紐で縛られた黒い塊がいくつも転がっている。中の何かは、紐の隙間から這い出ようと、激しくもがいているようだ。蓮司くんは短刀を、壮華くんは光を含んだお札を、大きめの塊に突きつけている。
「浄めよ」
番紅花さんが言うと、蓮司くんは腰を落としたまま答えた。
「よいのですか」
「確かめたいのは源であろう。流れ出た影は、無用のもの」
頷いた壮華くんが、お経めいた何かを唱えながら、黒い塊にお札を貼っていく。たちまち塊はしぼみ、光の紐も溶け去って、後にはなにかしらの物が残された。
「これ、テレビのリモコンですね……こっちは昔使ってたデジカメ。それはデジタル万歩計……なくしたと思ってたんだけど」
「全部電子機器か?」
「そうだね、間違いないよ」
最近まで使ってたものから、ずいぶん古い物まで色々だけど、間違いなくどれも電気で動く機械だ。蓮司くんは、黒い塊が残していった機械類を手持ちの鞄に詰めていく。白い布製の大きな鞄には、隅々まで梵字がぎっしり書き込まれている。全部詰め終わると、壮華くんがお札で封をした。
でも、少し腑に落ちない。この部屋に、機械はもっとたくさんある。
「七葉、この部屋の電子機器はこれで全部か?」
私の心を読んだかのように、蓮司くんが訊いてくる。
「いや……細かいのはそれだけかもしれないけど、冷蔵庫とかエアコンとかの大きな家電もあるし、ノートパソコンだってあるし。それに」
私は周りを見回した。父さんと母さんがだいぶ片付けてしまったとはいえ、服や雑誌や鞄やぬいぐるみや、色々な物がまだたくさんある。物の地層の下の方に、電子機器もいくつかは埋もれているはずだ。
「この部屋のどこに何があるか、一回片付けてみないと全部は分からない……」
「やれやれ」
番紅花さんが、これ見よがしに大きな溜息をついた。
「ここは物の墓場じゃな……生殺しの道具どもの怨嗟が、今にも聞こえてきそうじゃ」
私のマンション「コーポ古橋」へはすぐに着いた。私の部屋――三階の三三七号室は、表面上静かなものだった。玄関にも異変はない。新聞は元々取っていなかったし、週に一回くらいしか届かない郵便物も、今のところ外から見えるところに溢れてはいない。外から見て、留守だとばれる要素はなかった。
「開けるぞ」
ドアノブに手をかけた蓮司くんが言う。
壮華くんは蓮司くんの隣で、お札を掲げつつ腰を落としている。番紅花さんは少し下がって、いつでも二人を援護できる位置にいる。私の場所取りはさらにその後ろ、廊下の端で階段の傍だ。すぐに階下へ逃げられる安全圏だけど、その分、部屋の中を直接覗けはしない。
かちり、と音を立てて扉が開いた。中を見回した蓮司くんが、壮華くんを手招きする。二人が、中へ入っていく。
「来ぬのか」
番紅花さんが私をにらむ。
「大丈夫なんですか」
「人の子は妖気の有無さえわからぬか。……今は静かなものよ」
促されて、中に入る。
玄関にはあの夜のまま、ゴミ袋がぎっしりと並んでいた。うちの一つに、布製の兎耳がぐしゃぐしゃに詰め込まれているのが見える。……持って帰っちゃだめだろうか。今はそんな場合じゃないとはわかってるけど、調べた後に余裕があれば――
気が緩んだ瞬間、蓮司くんの声がした。
「来るぞ、壮華!」
「わかってる、兄さん!」
切羽詰まった声色に、背筋が固まる。
事前の打ち合わせでは、「影」が現れたら、私は階下に逃げることになっていた。玄関を出ようとすると、番紅花さんが扉の前を塞いでいる。
「逃げるのかえ」
「ええ、万一の時は。そう決めてましたんで!」
脇を抜けようとする私の肩を、番紅花さんは掴んで押し返した。並ぶゴミ袋の上に、倒れ込む。
目の前で、薄紫色の袖が翻った。掌から真っ白な光が放たれ、すぐに消える。
「これで問題はなかろう」
強引に引き起こされ、部屋の中へと連れていかれた。
散らかった部屋の中、光る紐で縛られた黒い塊がいくつも転がっている。中の何かは、紐の隙間から這い出ようと、激しくもがいているようだ。蓮司くんは短刀を、壮華くんは光を含んだお札を、大きめの塊に突きつけている。
「浄めよ」
番紅花さんが言うと、蓮司くんは腰を落としたまま答えた。
「よいのですか」
「確かめたいのは源であろう。流れ出た影は、無用のもの」
頷いた壮華くんが、お経めいた何かを唱えながら、黒い塊にお札を貼っていく。たちまち塊はしぼみ、光の紐も溶け去って、後にはなにかしらの物が残された。
「これ、テレビのリモコンですね……こっちは昔使ってたデジカメ。それはデジタル万歩計……なくしたと思ってたんだけど」
「全部電子機器か?」
「そうだね、間違いないよ」
最近まで使ってたものから、ずいぶん古い物まで色々だけど、間違いなくどれも電気で動く機械だ。蓮司くんは、黒い塊が残していった機械類を手持ちの鞄に詰めていく。白い布製の大きな鞄には、隅々まで梵字がぎっしり書き込まれている。全部詰め終わると、壮華くんがお札で封をした。
でも、少し腑に落ちない。この部屋に、機械はもっとたくさんある。
「七葉、この部屋の電子機器はこれで全部か?」
私の心を読んだかのように、蓮司くんが訊いてくる。
「いや……細かいのはそれだけかもしれないけど、冷蔵庫とかエアコンとかの大きな家電もあるし、ノートパソコンだってあるし。それに」
私は周りを見回した。父さんと母さんがだいぶ片付けてしまったとはいえ、服や雑誌や鞄やぬいぐるみや、色々な物がまだたくさんある。物の地層の下の方に、電子機器もいくつかは埋もれているはずだ。
「この部屋のどこに何があるか、一回片付けてみないと全部は分からない……」
「やれやれ」
番紅花さんが、これ見よがしに大きな溜息をついた。
「ここは物の墓場じゃな……生殺しの道具どもの怨嗟が、今にも聞こえてきそうじゃ」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
旦那様、不倫を後悔させてあげますわ。
りり
恋愛
私、山本莉子は夫である圭介と幸せに暮らしていた。
しかし、結婚して5年。かれは、結婚する前から不倫をしていたことが判明。
しかも、6人。6人とも彼が既婚者であることは知らず、彼女たちを呼んだ結果彼女たちと一緒に圭介に復讐をすることにした。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる