双子妖狐の珈琲処

五色ひいらぎ

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三章 防戦の杖を手中に掴み

影との連戦

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 十九時よりも少し前に、私と蓮司くん、壮華くんと番紅花さんはアルカナムを出た。私以外は皆、耳と尻尾を晒した着物姿だ。この格好で通りを歩いたら目立ちすぎる……と思っていたけれど、どうやら狐姿の皆は、私以外には見えないようだった。すれ違う人たちは誰も蓮司くんたちを気にしていなかったし、蓮司くんたちも通行人にぶつからないよう、器用に人を避けて歩いていた。
 私のマンション「コーポ古橋」へはすぐに着いた。私の部屋――三階の三三七号室は、表面上静かなものだった。玄関にも異変はない。新聞は元々取っていなかったし、週に一回くらいしか届かない郵便物も、今のところ外から見えるところに溢れてはいない。外から見て、留守だとばれる要素はなかった。
「開けるぞ」
 ドアノブに手をかけた蓮司くんが言う。
 壮華くんは蓮司くんの隣で、お札を掲げつつ腰を落としている。番紅花さんは少し下がって、いつでも二人を援護できる位置にいる。私の場所取りはさらにその後ろ、廊下の端で階段の傍だ。すぐに階下へ逃げられる安全圏だけど、その分、部屋の中を直接覗けはしない。
 かちり、と音を立てて扉が開いた。中を見回した蓮司くんが、壮華くんを手招きする。二人が、中へ入っていく。
「来ぬのか」
 番紅花さんが私をにらむ。
「大丈夫なんですか」
「人の子は妖気の有無さえわからぬか。……今は静かなものよ」
 促されて、中に入る。
 玄関にはあの夜のまま、ゴミ袋がぎっしりと並んでいた。うちの一つに、布製の兎耳がぐしゃぐしゃに詰め込まれているのが見える。……持って帰っちゃだめだろうか。今はそんな場合じゃないとはわかってるけど、調べた後に余裕があれば――
 気が緩んだ瞬間、蓮司くんの声がした。
「来るぞ、壮華!」
「わかってる、兄さん!」
 切羽詰まった声色に、背筋が固まる。
 事前の打ち合わせでは、「影」が現れたら、私は階下に逃げることになっていた。玄関を出ようとすると、番紅花さんが扉の前を塞いでいる。
「逃げるのかえ」
「ええ、万一の時は。そう決めてましたんで!」
 脇を抜けようとする私の肩を、番紅花さんは掴んで押し返した。並ぶゴミ袋の上に、倒れ込む。
 目の前で、薄紫色の袖が翻った。掌から真っ白な光が放たれ、すぐに消える。
「これで問題はなかろう」
 強引に引き起こされ、部屋の中へと連れていかれた。
 散らかった部屋の中、光る紐で縛られた黒い塊がいくつも転がっている。中の何かは、紐の隙間から這い出ようと、激しくもがいているようだ。蓮司くんは短刀を、壮華くんは光を含んだお札を、大きめの塊に突きつけている。
「浄めよ」
 番紅花さんが言うと、蓮司くんは腰を落としたまま答えた。
「よいのですか」
「確かめたいのは源であろう。流れ出た影は、無用のもの」
 頷いた壮華くんが、お経めいた何かを唱えながら、黒い塊にお札を貼っていく。たちまち塊はしぼみ、光の紐も溶け去って、後にはなにかしらの物が残された。
「これ、テレビのリモコンですね……こっちは昔使ってたデジカメ。それはデジタル万歩計……なくしたと思ってたんだけど」
「全部電子機器か?」
「そうだね、間違いないよ」
 最近まで使ってたものから、ずいぶん古い物まで色々だけど、間違いなくどれも電気で動く機械だ。蓮司くんは、黒い塊が残していった機械類を手持ちの鞄に詰めていく。白い布製の大きな鞄には、隅々まで梵字がぎっしり書き込まれている。全部詰め終わると、壮華くんがお札で封をした。
 でも、少し腑に落ちない。この部屋に、機械はもっとたくさんある。
「七葉、この部屋の電子機器はこれで全部か?」
 私の心を読んだかのように、蓮司くんが訊いてくる。
「いや……細かいのはそれだけかもしれないけど、冷蔵庫とかエアコンとかの大きな家電もあるし、ノートパソコンだってあるし。それに」
 私は周りを見回した。父さんと母さんがだいぶ片付けてしまったとはいえ、服や雑誌や鞄やぬいぐるみや、色々な物がまだたくさんある。物の地層の下の方に、電子機器もいくつかは埋もれているはずだ。
「この部屋のどこに何があるか、一回片付けてみないと全部は分からない……」
「やれやれ」
 番紅花さんが、これ見よがしに大きな溜息をついた。
「ここは物の墓場じゃな……生殺しの道具どもの怨嗟が、今にも聞こえてきそうじゃ」
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