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三章 防戦の杖を手中に掴み
縁談話
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怒濤の一日が、終わった。
貸切の会が無事終わり、お客さんたちは新郎新婦の前途を祝しつつ散会した。私たちはその後に空いた席で、今回のメインディッシュ「油揚げステーキ」と、デザート「油揚げのフレンチトースト」を食べている。残り物ではなくて、梢が取り置きしてくれていた分だ。梢が作った料理はどれも大好評で、結構な量があったにもかかわらず、付け合わせに至るまで残りがまったく出なかった。食べ物を捨てなくて良かったのは、すごく気が楽だ。
理由は、私たちにもよくわかる。今食べている油揚げステーキは、すっかり冷めてしまってはいる。けれどそれでも、お揚げいっぱいに染みたバターに、付け合わせの細切れ肉やニンニクの香りが溶け込んでいて、噛むたびにじゅわっと口の中に広がる。これ、焼きたての熱々状態だったら、どれだけおいしかったんだろう。
「……まさか、油揚げで菓子が作れるとはな……」
感嘆しつつ、蓮司くんが油揚げのフレンチトーストを頬張る。梢が言っていた「英国風喫茶を乗っ取っちゃったおわび」は、これのことだったらしい。砂糖と牛乳でひたひたにした油揚げ……って、かなり想像を絶してるんだけど、お客さんたちにはこくのある甘さが大絶賛だった。私もステーキの後に食べてみるつもりだ。「フレンチ」トーストが、英国風喫茶向けのメニューとしてどうなのかは、いったん置いておいて。
それにしても、蓮司くんは……こんな感じでも、やっぱり妖狐の世継なんだな。あらためて思い知った。そして、世継だから当然縁談もあって、いつかは他の誰かと――
「ん。……どうした」
見ていたこと、蓮司くんに気付かれた。ごまかさないと。
「あ、いや、なんでもないよ。フレンチトーストおいしいのかなって」
「ああ、しっとりして甘くて美味い……油揚げが、まさかこんな風になるとはな。七葉、あんたの妹は、本当に料理が上手い」
蓮司くんが、じっと私を見る。面映ゆくて視線を外すと、蓮司くんの顔も追いかけてくる。笑いも怒りもしていない、不機嫌にも見える顔で追いかけてこられると、正直ちょっと面白い。
「まだ何かあるのか。……俺の縁談のことか? さっき気になっていたようだが」
見てた理由、ばれてたみたいだ。
「そうだね……蓮司くん、将来結婚したら、夫婦でアルカナムのお仕事するのかなって」
「さあな、それはわからない。続けるのかもしれない、誰かに引き継ぐのかもしれない……いずれにしろ、母上からはそういった話は何もない」
「でも、世継ならいずれ、お見合いの話とか――」
「ないよ!」
急に、底抜けに明るい声が割って入ってきた。壮華くんが、いつのまにか隣に来ていた。
「大丈夫、兄さんにそんな話は来ない。僕が断言するよ」
壮華くんは、満面の笑みで蓮司くんの肩を抱いた。白黒反転した同じ顔が、隣り合わせに並ぶ。
「って、なんで壮華くんが言い切れるの?」
普通そういう話を持ってくるのは、親や親類じゃないんだろうか――そう思っていると、壮華くんは自分の白い頬を、蓮司くんの浅黒い頬にくっつけた。
「だって兄さんの縁談話は、全部僕が潰してるからね!」
「……っ!?」
蓮司くんが、激しく目をしばたたかせる。なんだか今、聞いちゃいけないことを聞いちゃった気がするんだけど。
「壮華……冗談、だよな!?」
「もちろん冗談だよ! 僕にそんな権限はないよ!!」
私と蓮司くんが、同時に安堵の息を吐いた。
「でも、母上にこっそり話したりはしてるかもね。兄さんは身を固めるにはまだ早い、とかって。ああ、ひょっとしたら、家の人たちに兄さんのぼんやりっぷりを喋ったりとかも――」
「壮華……どこまで本気だおまえ」
蓮司くんが鋭くにらみつけると、壮華くんは声を上げて大笑いした。
「冗談だよ冗談! 僕は何もしてないよ!! ……でもね兄さん」
壮華くんは、いちど肩を離して――あらためて正面から、蓮司くんを抱きしめた。蓮司くんの目が、どぎまぎと泳ぐ。
「僕は、兄さんのこと大好きだからね。できれば、ずっと一緒にいたいよ」
蓮司くんの胸に顔を擦りつけながら、壮華くんはとてもやさしい声で囁く。
「覚えておいて。兄さんのこと、この世で一番大事にしてるのは僕だからね。たとえ僕がこの世からいなくなっても、兄さんだけは――」
突然の展開に、どう反応していいかわからない。蓮司くんともども固まっていると、壮華くんは突然、さっきよりも大きな声で笑いだした。
「――なーんてね! びっくりした、兄さん?」
「壮華……何を考えてる……」
「だから冗談だってば! だってほら、新婚さん見たばっかりだし、誰かとじゃれ合いたくて……兄弟のほほえましいスキンシップだよ!!」
蓮司くんにものすごい目でにらまれて、壮華くんが後ずさりする。
「……じゃ、僕は洗い物があるんで!」
キッチンへ逃げ込む壮華くんを、蓮司くんが大股で追う。
「洗い物の手伝い、要るよな? 皿の前に、まずはそのふざけた頭を――」
「やめてー兄さん離してー!」
どう反応していいのかわからなくて、騒がしいキッチンをぽかんと眺めていると、梢が隣にやってきた。
「七葉姉、大丈夫?」
「え、私は大丈夫。むしろ壮華くんが大丈夫じゃなさそうだけど」
キッチンの方を見ながら話せば、梢は苦笑いしつつ溜息をついた。流しでは蓮司くんが、壮華くんの頭を掴んで、黒髪ごとぐりぐりとこね回している。
「さっきのすごかったね、七葉姉……」
「だね。壮華くん、体張った冗談だったよ」
言えば梢は眉根を寄せて、声を潜めた。
「……あれ、冗談に見えた?」
「え、どういうこと?」
梢は、これ見よがしに大きな溜息をついた。
「どう見ても牽制だよね……ま、気付かないならいいよ、七葉姉はそのままで。頑張って、壁は高いよ」
「え? え!?」
梢の呆れ顔の意味がわからず、私は、ただ当惑するばかりだった。
貸切の会が無事終わり、お客さんたちは新郎新婦の前途を祝しつつ散会した。私たちはその後に空いた席で、今回のメインディッシュ「油揚げステーキ」と、デザート「油揚げのフレンチトースト」を食べている。残り物ではなくて、梢が取り置きしてくれていた分だ。梢が作った料理はどれも大好評で、結構な量があったにもかかわらず、付け合わせに至るまで残りがまったく出なかった。食べ物を捨てなくて良かったのは、すごく気が楽だ。
理由は、私たちにもよくわかる。今食べている油揚げステーキは、すっかり冷めてしまってはいる。けれどそれでも、お揚げいっぱいに染みたバターに、付け合わせの細切れ肉やニンニクの香りが溶け込んでいて、噛むたびにじゅわっと口の中に広がる。これ、焼きたての熱々状態だったら、どれだけおいしかったんだろう。
「……まさか、油揚げで菓子が作れるとはな……」
感嘆しつつ、蓮司くんが油揚げのフレンチトーストを頬張る。梢が言っていた「英国風喫茶を乗っ取っちゃったおわび」は、これのことだったらしい。砂糖と牛乳でひたひたにした油揚げ……って、かなり想像を絶してるんだけど、お客さんたちにはこくのある甘さが大絶賛だった。私もステーキの後に食べてみるつもりだ。「フレンチ」トーストが、英国風喫茶向けのメニューとしてどうなのかは、いったん置いておいて。
それにしても、蓮司くんは……こんな感じでも、やっぱり妖狐の世継なんだな。あらためて思い知った。そして、世継だから当然縁談もあって、いつかは他の誰かと――
「ん。……どうした」
見ていたこと、蓮司くんに気付かれた。ごまかさないと。
「あ、いや、なんでもないよ。フレンチトーストおいしいのかなって」
「ああ、しっとりして甘くて美味い……油揚げが、まさかこんな風になるとはな。七葉、あんたの妹は、本当に料理が上手い」
蓮司くんが、じっと私を見る。面映ゆくて視線を外すと、蓮司くんの顔も追いかけてくる。笑いも怒りもしていない、不機嫌にも見える顔で追いかけてこられると、正直ちょっと面白い。
「まだ何かあるのか。……俺の縁談のことか? さっき気になっていたようだが」
見てた理由、ばれてたみたいだ。
「そうだね……蓮司くん、将来結婚したら、夫婦でアルカナムのお仕事するのかなって」
「さあな、それはわからない。続けるのかもしれない、誰かに引き継ぐのかもしれない……いずれにしろ、母上からはそういった話は何もない」
「でも、世継ならいずれ、お見合いの話とか――」
「ないよ!」
急に、底抜けに明るい声が割って入ってきた。壮華くんが、いつのまにか隣に来ていた。
「大丈夫、兄さんにそんな話は来ない。僕が断言するよ」
壮華くんは、満面の笑みで蓮司くんの肩を抱いた。白黒反転した同じ顔が、隣り合わせに並ぶ。
「って、なんで壮華くんが言い切れるの?」
普通そういう話を持ってくるのは、親や親類じゃないんだろうか――そう思っていると、壮華くんは自分の白い頬を、蓮司くんの浅黒い頬にくっつけた。
「だって兄さんの縁談話は、全部僕が潰してるからね!」
「……っ!?」
蓮司くんが、激しく目をしばたたかせる。なんだか今、聞いちゃいけないことを聞いちゃった気がするんだけど。
「壮華……冗談、だよな!?」
「もちろん冗談だよ! 僕にそんな権限はないよ!!」
私と蓮司くんが、同時に安堵の息を吐いた。
「でも、母上にこっそり話したりはしてるかもね。兄さんは身を固めるにはまだ早い、とかって。ああ、ひょっとしたら、家の人たちに兄さんのぼんやりっぷりを喋ったりとかも――」
「壮華……どこまで本気だおまえ」
蓮司くんが鋭くにらみつけると、壮華くんは声を上げて大笑いした。
「冗談だよ冗談! 僕は何もしてないよ!! ……でもね兄さん」
壮華くんは、いちど肩を離して――あらためて正面から、蓮司くんを抱きしめた。蓮司くんの目が、どぎまぎと泳ぐ。
「僕は、兄さんのこと大好きだからね。できれば、ずっと一緒にいたいよ」
蓮司くんの胸に顔を擦りつけながら、壮華くんはとてもやさしい声で囁く。
「覚えておいて。兄さんのこと、この世で一番大事にしてるのは僕だからね。たとえ僕がこの世からいなくなっても、兄さんだけは――」
突然の展開に、どう反応していいかわからない。蓮司くんともども固まっていると、壮華くんは突然、さっきよりも大きな声で笑いだした。
「――なーんてね! びっくりした、兄さん?」
「壮華……何を考えてる……」
「だから冗談だってば! だってほら、新婚さん見たばっかりだし、誰かとじゃれ合いたくて……兄弟のほほえましいスキンシップだよ!!」
蓮司くんにものすごい目でにらまれて、壮華くんが後ずさりする。
「……じゃ、僕は洗い物があるんで!」
キッチンへ逃げ込む壮華くんを、蓮司くんが大股で追う。
「洗い物の手伝い、要るよな? 皿の前に、まずはそのふざけた頭を――」
「やめてー兄さん離してー!」
どう反応していいのかわからなくて、騒がしいキッチンをぽかんと眺めていると、梢が隣にやってきた。
「七葉姉、大丈夫?」
「え、私は大丈夫。むしろ壮華くんが大丈夫じゃなさそうだけど」
キッチンの方を見ながら話せば、梢は苦笑いしつつ溜息をついた。流しでは蓮司くんが、壮華くんの頭を掴んで、黒髪ごとぐりぐりとこね回している。
「さっきのすごかったね、七葉姉……」
「だね。壮華くん、体張った冗談だったよ」
言えば梢は眉根を寄せて、声を潜めた。
「……あれ、冗談に見えた?」
「え、どういうこと?」
梢は、これ見よがしに大きな溜息をついた。
「どう見ても牽制だよね……ま、気付かないならいいよ、七葉姉はそのままで。頑張って、壁は高いよ」
「え? え!?」
梢の呆れ顔の意味がわからず、私は、ただ当惑するばかりだった。
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