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大学三年・秋
決裂、離別と鬱屈と
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ドアが重い。
この三年の間、毎日開け閉めしてるはずの玄関ドアが、重い。
鍵は開けたのに、自分が通れる隙間がどうしても空かない。まだかじかむほどの寒さじゃねえってのに、指先に力がどうにも入らねえ。
ギターのケースを抱えて立ちつくしていると、後ろから声がした。
「どしたの美佳。ぼーっと突っ立っちゃってさあ」
「梢か……」
このシェアハウスの住人のひとりだ、だがバイトの時間やらの関係であまり話す機会はない。
「別に、ぼーっとはしてねえよ」
「じゃあ何してたのよ」
正直に言うべきか、ちょっとばかり迷う。けど、隠す理由も特にない。
「ドアが開かねえ」
「鍵でも落とした?」
「いや、開いてはいる」
「開くのか開かないのかどっちよ」
あたしは黙って、手元のでかいケースを軽くぽんぽん叩いた。
「あー、手がふさがってんのね。……インターホンで誰か呼べばよかったのに」
そういうわけでもないんだが、とりあえずそういうことにしておく。
梢が大きく開けてくれたドアを、のろのろと通り抜ける。玄関で靴を放り捨て、共用スペースに入ると、ローテーブルの周りに数人が集まっていた。大皿に山と盛られた焼き芋を、めいめいが取って食べている……ようだ。
「むぐむぐ……あ、ミカひゃーん」
瞳子が、目を細めながら言った。
「彩音ちゃんがおいも買ってきてくれたの―。食べる―?」
「いらねえ」
言い捨てて自分の部屋へと向かう。と、瞳子の声がまた飛んできた。
「おいひいよー」
無視して、部屋のドアノブに手をかける。今度はいやにすんなり開いた。
「ねー。ミカちゃーん」
後ろ手に閉めれば、勢いがついたドアはものすごい音を立てた。それきり、瞳子の声は聞こえなくなった。
ギターのケースを床に叩きつけようとして、すんでのところで思いとどまった。楽器に罪はねえ。悪いのはあいつらだ。全部、志を捨てたあいつらのせいだ。
ああ、わかってる。オリジナル曲を演っても誰も喜ばねえのは、嫌ってほど思い知ってる。
だからって、コピーバンドでやってくなんて、そりゃねえだろう。
あたしたちの音楽を作りたいんじゃなかったのか。誰も聞いたことがねえ音を聞かせたいんじゃなかったのか。
誰かが作った音の劣化コピーなんざ、死んでもごめんだ。みんな、それは分かってると思ってたのに。
「……そんなに、拍手がほしいのかよ」
床にへたりこむと、思わず声が出た。
ああ、わかってる。演奏を終えた瞬間の拍手喝采がどれだけ嬉しいか。そいつはまるで、カラッカラの体に染みとおる水だ。炎天下で飲むスポドリだ。
ああ、確かにあたしたちは、あの瞬間のために音楽やってた。
けどよ、それに振り回されちゃ本末転倒だろうが。
「畜生……ちくしょう」
タガが外れたみたいに、情けない声が漏れて出る。
あたしはもう、あそこにはいられない。あんだけ威勢のいい啖呵切って出てきたんだ、戻れるはずもない。
他のバンドを探す? いいや、時期を考えろ。今は大学三年の秋だ。もうすぐ就活が始まる。音楽で食っていける実力も、実力がつくまでの間に食いつぶす貯えもあたしにはない。
もう、なにもねえんだ。あたしはからっぽなんだ。
目頭が熱くなった。流れ落ちる涙を指で拭ったら、ファンデが混じって肌色に濁っている。
まるで、あたしが溶けて流れてるみたいだ。
そう思うと、ますます涙が止まらない。
あたしは膝に顔を埋めた。声を止める気力もなく、大声で泣き叫ぶ覚悟もなく、あたしはただただ低い声で泣いた。
この三年の間、毎日開け閉めしてるはずの玄関ドアが、重い。
鍵は開けたのに、自分が通れる隙間がどうしても空かない。まだかじかむほどの寒さじゃねえってのに、指先に力がどうにも入らねえ。
ギターのケースを抱えて立ちつくしていると、後ろから声がした。
「どしたの美佳。ぼーっと突っ立っちゃってさあ」
「梢か……」
このシェアハウスの住人のひとりだ、だがバイトの時間やらの関係であまり話す機会はない。
「別に、ぼーっとはしてねえよ」
「じゃあ何してたのよ」
正直に言うべきか、ちょっとばかり迷う。けど、隠す理由も特にない。
「ドアが開かねえ」
「鍵でも落とした?」
「いや、開いてはいる」
「開くのか開かないのかどっちよ」
あたしは黙って、手元のでかいケースを軽くぽんぽん叩いた。
「あー、手がふさがってんのね。……インターホンで誰か呼べばよかったのに」
そういうわけでもないんだが、とりあえずそういうことにしておく。
梢が大きく開けてくれたドアを、のろのろと通り抜ける。玄関で靴を放り捨て、共用スペースに入ると、ローテーブルの周りに数人が集まっていた。大皿に山と盛られた焼き芋を、めいめいが取って食べている……ようだ。
「むぐむぐ……あ、ミカひゃーん」
瞳子が、目を細めながら言った。
「彩音ちゃんがおいも買ってきてくれたの―。食べる―?」
「いらねえ」
言い捨てて自分の部屋へと向かう。と、瞳子の声がまた飛んできた。
「おいひいよー」
無視して、部屋のドアノブに手をかける。今度はいやにすんなり開いた。
「ねー。ミカちゃーん」
後ろ手に閉めれば、勢いがついたドアはものすごい音を立てた。それきり、瞳子の声は聞こえなくなった。
ギターのケースを床に叩きつけようとして、すんでのところで思いとどまった。楽器に罪はねえ。悪いのはあいつらだ。全部、志を捨てたあいつらのせいだ。
ああ、わかってる。オリジナル曲を演っても誰も喜ばねえのは、嫌ってほど思い知ってる。
だからって、コピーバンドでやってくなんて、そりゃねえだろう。
あたしたちの音楽を作りたいんじゃなかったのか。誰も聞いたことがねえ音を聞かせたいんじゃなかったのか。
誰かが作った音の劣化コピーなんざ、死んでもごめんだ。みんな、それは分かってると思ってたのに。
「……そんなに、拍手がほしいのかよ」
床にへたりこむと、思わず声が出た。
ああ、わかってる。演奏を終えた瞬間の拍手喝采がどれだけ嬉しいか。そいつはまるで、カラッカラの体に染みとおる水だ。炎天下で飲むスポドリだ。
ああ、確かにあたしたちは、あの瞬間のために音楽やってた。
けどよ、それに振り回されちゃ本末転倒だろうが。
「畜生……ちくしょう」
タガが外れたみたいに、情けない声が漏れて出る。
あたしはもう、あそこにはいられない。あんだけ威勢のいい啖呵切って出てきたんだ、戻れるはずもない。
他のバンドを探す? いいや、時期を考えろ。今は大学三年の秋だ。もうすぐ就活が始まる。音楽で食っていける実力も、実力がつくまでの間に食いつぶす貯えもあたしにはない。
もう、なにもねえんだ。あたしはからっぽなんだ。
目頭が熱くなった。流れ落ちる涙を指で拭ったら、ファンデが混じって肌色に濁っている。
まるで、あたしが溶けて流れてるみたいだ。
そう思うと、ますます涙が止まらない。
あたしは膝に顔を埋めた。声を止める気力もなく、大声で泣き叫ぶ覚悟もなく、あたしはただただ低い声で泣いた。
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