今日も僕は、先輩の官能的な攻めに耐えられない

九傷

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第50話 噛みつかれる

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 翌朝、僕達は何事もなかったかのように一緒に学校へ登校した。
 伊万里いまり先輩も麻沙美まさみ先輩も、とてもあの怒涛の土日を経験したとは思えない程普通なので、ちょっとびっくりしたくらいである。
 こういうところが、女性の凄いところなのかもしれない。
 僕なんかは、二人に挟まれて正直気が気ではなかったのだけど……


「ふぅ……」


 二人と別れて教室に入ると、僕はようやく一息つくことができた。
 あの表面上は和やかなのに何故かピりピリとした空間は、流石に居心地が悪すぎる。


(……あの空気は、やはり二人と関係を持ったことが関係しているのだろうか)


 僕から伊万里先輩には、昨日何があったのかを伝えているワケではない。
 しかし、麻沙美先輩は伊万里先輩と直接連絡を取り合っているようなので、伝わっている可能性は十分にある。
 いや、あの雰囲気は、伝わっていると思って間違いないだろう。


(どうしたものか……)


 二人の女性と関係を持ってしまったことは、世間的に見れば不純と言えるだろう。
 しかし、三者の同意の上ということであれば、それは不純とは言えないのではないだろうか。
 ……などと考えてしまうのは、僕にとって都合の良い解釈だからなのかもしれない。


(僕がこんなことで悩むことになろうとは、一昨日の僕じゃ想像もつかなかっただろうな……)


 そんなことを考えていると、不思議と達観した気分になってくる。
 今の僕は、まさに賢者の領域にいるとさえ――


「よう、優季ゆうき


 現実逃避に浸っていると、僕の数少ない友人である永田が声をかけてくる。


「おはよう。永田」


「おはよう。それで優季、お前はなんでそんな悟ったような顔をしてるんだ?」


「それは……、世の中の理不尽さについて思いを馳せていただけだよ……」


「お前何言って……ってまさか、土日に初瀬先輩とナニかあったんじゃないだろうな!?」


 っ!? コイツ、なんでいつもこういうことに関しては鋭いんだ!?
 いや、僕の態度も明らかにおかしかったと思うけど……


「ナ、ナニモナイヨ」


「片言になってるじゃねぇか! さてはお前、ついにヤッてしまったんだな!?」


 永田が僕の襟首を締め上げて問い詰めてくる。
 僕はそれに対して、目を逸らすことしかできない。


「ナンノコトダロウ。ボクニハワカラナイヨ」


「お前、わかり易すぎだろ! チクショウ! マジかよ! 羨まし過ぎて死にそうだぞ!?」


 永田が本気で泣きそうな顔をしながら僕の首を締めあげてくる。
 地味に苦しいし、そろそろ黙らせないと僕の教室での立場が危うくなる。


「てい!」


「ゴフ!」


 僕の狙いすましたパンチが永田の鳩尾みぞおちに突き刺さる。
 呼吸困難をおこした一瞬の隙を突き、僕は永田の拘束から逃れた。


「永田。僕の命がかかっているんで、これ以上騒ぐのはやめてくれないか?」


「て、てめぇ、今のモロに入ったぞおい……」


 苦しそうに呻く永田を見ると流石に罪悪感がこみ上げてきたが、今のは致し方なかったと言える。
 こうでもしなきゃ、永田は止まらなかっただろうし。


「落ち着いてくれ、永田。数少ない友人である君には正直に話すからさ、頼むからもう少し声のトーンを落としてくれ」


 命がかかっているんです。マジで。




 ◇




 昼休みとなり、僕と永田は食堂の片隅で二人で食事をとっている。
 いつもなら伊万里先輩達と食事をとるのだが、今日だけは遠慮させてもらったのだ。


「……というワケなんだ」


「…………」


 一通りの説明を終えると、永田は放心したかのように天井を見つめていた。
 食べかけのラーメンの麺が口から飛び出しており、なんだかとても汚らしい。

 10秒ほどそんな状態で固まっていた永田が、時が動き出したかのように麺をすすってこちらに向き直る。


「……優季、俺の聞き間違いじゃなければ、お前は初瀬先輩とだけじゃなく、月岡先輩ともヤッたって言わなかったか?」


「そ、そう言ったけど……」


 僕が素直に答えると、永田は幽鬼のように席から立ちあがり、僕の席まで歩いてくる。
 はっきり言って、嫌な予感しかしない。
 僕が慌てて逃げようと腰を浮かすと、それを押さえつけるように肩に手を置かれた。
 そして――


「ガルルルルルルルル!」


 永田はそのまま僕の頭に噛みついてきた。


「痛っ!? ちょ、マジで痛い! やめろ永田!」


 永田の奇行のせいで、周囲から注目を集めてしまう。
 これではワザワザ隅っこに陣取った意味が無い。


「お前というヤツは! お前というヤツはぁぁぁぁぁ!」


「お、落ち着いてくれ永田! 僕が悪かったから!」


 僕の必死の抵抗により、なんとか永田のバイティングから解放される。
 しかし、間違いなく歯型は残ったような気がする。
 禿げたりしないか心配だ……


「優季よ。お前は最低だ!」


「うっ……」


 言われても仕方ないが、はっきり人の口からそう言われると、地味に堪える。


「なんて、なんて羨まけしからん男だ……。お前みたいなヤツがいるから、俺達のような非モテ男子が機会を奪われ、埋もれていくんだぞ……」


 永田は、まるで血の涙でも流しているかのような恨めしそうな目で僕を見てくる。
 どうやら、どちらかというと軽蔑というより妬みの方が強いらしい。


「そんなことを言われても、僕にだって事情があったんだよ……」


「お前の事情なんて知るか! お前は初瀬先輩という彼女がいながら、月岡先輩にまで手を出したんだぞ! 浮気だ! 二股だ! この淫行学生が!」


 声のトーンがまた上がり始めたので、僕は慌てて永田の口を塞ぐ。


「ぼ、僕だって悪いと思ってるよ! でも、どうしようもないだろ! どっちも本当に好きなんだから!」


 そう、麻沙美先輩はセフレでいいなんて言っていたけど、今の僕ははっきり言って麻沙美先輩のことを完全に好きになってしまっている。
 伊万里先輩への愛情は変わらないけど、麻沙美先輩への愛情も同じくらいに膨れ上がっているのだ。


「そんなの知らん! お前が最低なことに変わりはない!」


「でもぉ……、一応二人の同意の上だったんだよぉ……」


「何を女々しい……って、待て。今お前、二人の同意の上だったと言ったか」


「うん……」


 再び、永田は放心したように沈黙する。
 僕はさっきまでの経験から、ただちにその場を離脱しようと腰を浮かせる。
 しかし、テーブルの下で足を踏みつけられ、逃亡は失敗に終わった。


「な、永田、落ち着くんだ。今のは冗談ってことで一つ……」


 そんな僕の情けない言い訳を無視し、永田は再び僕の席の後ろに立ち、肩を押さえつけた。


「……この、羨まけしからんスケコマシが!!!!」


 そして本日二つ目の歯型が、僕の頭に残されたのであった。


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