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5-2. 法政会議(二)
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それから間もなく、議会が始まった。
隼樺が御簾ごしに大臣に意向を訊いている横で、桃雪は姿勢のよい彼を盗み見る。
篝火はときに風に吹かれ、隼樺の横顔の陰影をちらつかせる。
細い月が西に傾いていた。
「…かような代案でいかがでしょう」
「…結構だ」
大臣たちに会話が聞こえぬよう、ぼそぼそとやり取りする。
二人の声が御座を占める。
このところ、桃雪は自分が承諾の言葉ばかり吐いている。
それは知恵が劣っていることもありながら、隼樺を隼樺たらしめるその艶っぽい一挙一動の問題も少なからずあった。
「………」
桃雪が隼樺に確認をとった方針を皆に言いわたす間、彼はいつもどこか冷淡な瞳で桃雪を見ていた。
それでいて、大臣の申し分を桃雪にうつす折り近づく隼樺は、どことなく香り高い。
花より甘く、まるで毒を孕んでいるような―――。
そのうち、うら若い彼の股の間は無残に焚きつけられる。
品性に欠けると女は嫌がるだろうが、桃雪だってできればそんな反応したくないのである。
重ねて彼は別に、始終隼樺の裸を想像しているのでもない。
どころかそれが劣情と謂われるのが嫌で、清廉されていたいと瞑想をも始めんばかりの純潔である。
それが香り一つでこのざまなのだから、やはり桃雪の体質なのか、あるいは自分でも知らないうちに隼樺への気持ちが大きくなっているのかもしれない。
いずれにしろ、桃雪は悟られまいとそれ以上話すのをやめてしまう。
しかもその香りは今、桃雪の身体にもうっすら染みこんでいる。
(気が滅入る)
桃雪はもぞっと脚を動かした。
子を為せるか否かはおいて、その絶倫っぷりは今日も健在である。
それはもう、毎度桃雪を困らせるほどに、だ。
(この期に及んで、また……)
重ね羽織った着物の内側から、汗とともにむわっと鼻をついたあの香り水――隼樺の匂いに、桃雪はくらっと酔った。
その香が一段と強くなる。隼樺がことづてに来る。
「……です。聞いてますか?」
「んっ」
(しまった、隼樺の息が耳にかかったせいで、声が…)
桃雪はばっと袖を口元に当てた。
幾人かの視線が、御簾の裏から不思議そうに桃雪の方へ向けられる。
不覚にも感じた声を、重鎮たちに聞かれてしまった。
慌てた桃雪を、隼樺があの冷ややかな目で見下ろす。
桃雪は襞を押し上げようとするものを必死に握り込んで縮こまった。
その時だ。
ん゛、ん、と隼樺がいくらか喉を鳴らした。
(え?)
失礼、と小さく詫び、隼樺が座に戻る。
すると皆の視線はなんとんく隼樺の方向を向き、やがて興味を失ったように散り散りばらばらになる。
(あ、誤魔化してくれたのか)
隼樺はつまらなそうな顔で大臣の聴取を続けている。
(厄介な奴にかかったと思っていたが)
存外他人をむやみに辱めるわけでもないらしい。
いや、厄介なのには変わりないが。
これまでの行動を総じれば、おそらく隼樺は人をたぶらかせるだけの才を自覚している。
そして彼は、それを用いてときおり一国の王である桃雪を遊ぶのが今のお楽しみのようであった。
(玩具が完全に壊れるのが嫌なのか?)
立場的には隼樺が桃雪の駒に過ぎずとも、策略的には相手の方が何枚もうわてだ。
所詮桃雪には、その程度の考察しかかなわない。
だが、そんな無駄な考えごとをしているから、桃雪は甕の中身がいつの間にか空になっていることに気づかなかった。
隼樺が御簾ごしに大臣に意向を訊いている横で、桃雪は姿勢のよい彼を盗み見る。
篝火はときに風に吹かれ、隼樺の横顔の陰影をちらつかせる。
細い月が西に傾いていた。
「…かような代案でいかがでしょう」
「…結構だ」
大臣たちに会話が聞こえぬよう、ぼそぼそとやり取りする。
二人の声が御座を占める。
このところ、桃雪は自分が承諾の言葉ばかり吐いている。
それは知恵が劣っていることもありながら、隼樺を隼樺たらしめるその艶っぽい一挙一動の問題も少なからずあった。
「………」
桃雪が隼樺に確認をとった方針を皆に言いわたす間、彼はいつもどこか冷淡な瞳で桃雪を見ていた。
それでいて、大臣の申し分を桃雪にうつす折り近づく隼樺は、どことなく香り高い。
花より甘く、まるで毒を孕んでいるような―――。
そのうち、うら若い彼の股の間は無残に焚きつけられる。
品性に欠けると女は嫌がるだろうが、桃雪だってできればそんな反応したくないのである。
重ねて彼は別に、始終隼樺の裸を想像しているのでもない。
どころかそれが劣情と謂われるのが嫌で、清廉されていたいと瞑想をも始めんばかりの純潔である。
それが香り一つでこのざまなのだから、やはり桃雪の体質なのか、あるいは自分でも知らないうちに隼樺への気持ちが大きくなっているのかもしれない。
いずれにしろ、桃雪は悟られまいとそれ以上話すのをやめてしまう。
しかもその香りは今、桃雪の身体にもうっすら染みこんでいる。
(気が滅入る)
桃雪はもぞっと脚を動かした。
子を為せるか否かはおいて、その絶倫っぷりは今日も健在である。
それはもう、毎度桃雪を困らせるほどに、だ。
(この期に及んで、また……)
重ね羽織った着物の内側から、汗とともにむわっと鼻をついたあの香り水――隼樺の匂いに、桃雪はくらっと酔った。
その香が一段と強くなる。隼樺がことづてに来る。
「……です。聞いてますか?」
「んっ」
(しまった、隼樺の息が耳にかかったせいで、声が…)
桃雪はばっと袖を口元に当てた。
幾人かの視線が、御簾の裏から不思議そうに桃雪の方へ向けられる。
不覚にも感じた声を、重鎮たちに聞かれてしまった。
慌てた桃雪を、隼樺があの冷ややかな目で見下ろす。
桃雪は襞を押し上げようとするものを必死に握り込んで縮こまった。
その時だ。
ん゛、ん、と隼樺がいくらか喉を鳴らした。
(え?)
失礼、と小さく詫び、隼樺が座に戻る。
すると皆の視線はなんとんく隼樺の方向を向き、やがて興味を失ったように散り散りばらばらになる。
(あ、誤魔化してくれたのか)
隼樺はつまらなそうな顔で大臣の聴取を続けている。
(厄介な奴にかかったと思っていたが)
存外他人をむやみに辱めるわけでもないらしい。
いや、厄介なのには変わりないが。
これまでの行動を総じれば、おそらく隼樺は人をたぶらかせるだけの才を自覚している。
そして彼は、それを用いてときおり一国の王である桃雪を遊ぶのが今のお楽しみのようであった。
(玩具が完全に壊れるのが嫌なのか?)
立場的には隼樺が桃雪の駒に過ぎずとも、策略的には相手の方が何枚もうわてだ。
所詮桃雪には、その程度の考察しかかなわない。
だが、そんな無駄な考えごとをしているから、桃雪は甕の中身がいつの間にか空になっていることに気づかなかった。
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