お付き様のおもわく

三々 こころ

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4. 茶会の後

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 茶会の後、わたり廊下を歩く隼樺シュンカは意気揚揚とし、桃雪トウセツは消沈していた。



 着替えが誰かのせいですこぶる手間どった桃雪は、出したいものも出せないまま、おっかなびっくり茶会に参加した。
 席には西の彫りが深い使者が三名ほどおり、こちらも桃雪自身含め、三名用立てた。
 ぎりぎりで着終わったというのに、先に隼樺がもう着席していたことが、桃雪には誠に不思議だった。

 隼樺は持て余した脚を洋客のように組んでいて、冠を外した濡れた色の黒髪はつやつやして後ろで一括りにしてあった。
 というのは半分桃雪の想像力で補われているところがあり、実際振り向いて意味深に笑んでいるだあろう隼樺は刺激が強いため、桃雪はそっぽを向いて座った。

 しかしなんというか、桃雪はたびたび運が悪い。
 慣れない洋袴ズボンの、たぶん留具チャックを縫いつけてあるだろうあたりの布が硬く、一本の筋になって裏の感度の高いところを動くたびに攻めるなんて、誰が予想しただろう。

 それに、扇子のいい匂いがした。
 元来御簾ごしに話すべきだが、西国ではそうでもないらしく、折衷案ということで隼樺の扇子を借りた。
 のだが、それが隼樺の匂いだったのだ。

 弱冠の皇帝は、甘い刺激にもったいぶらかされたそこに自我を苛まれ、扇に隠れて気韻の乱れを押し殺すばかりだった。

 それなのに、その局部に触れてきたのが隼樺だ。
 彼によれば

『結局女官に頼まず履いて来たから、着付けが中途半端だったんですよ』

とのことだが、桃雪は自分で触るのを許されず、股で組み押さえざるを得なかったそこを、隼樺に撫でられ、ゆっくり金具ジッパーを上げられた。
 桃雪の気分としてはもう朝よりずっと苦しかった。
 顔をそらした先でもう一人の参加者と目が合って、桃雪が悔し涙ながら睨むと、彼は面目なさげにそれを見なかったことにした。

 のちに此国を渡来した西の客は語る。
 直答さえはばかられ、付き人と蚊の鳴くような声でやりとりするやんごとなき御方は、なんとも妖艶で、その頬を紅に染めた横顔はまるで女のようだった、と。



 そんなこんなであやうく人生最大の恥をかかされるところだった桃雪は、当今極まりなく憤っていた。
 頼みの綱の三人目の参加者にはぜひ最後まで同席して欲しかったのだが、何に気を利かせてか、彼は茶会が終わるやいなや颯爽と席を退いてしまった。
 自分がいつまでも股の間に手を当てているのが悪い、という内省を桃雪は知らない。
 まあ退けろと言ったところで、今の桃雪には無理な話だが。

 とはいえ、いいことも無かったわけではない。


「出してしまっていませんか、坊っちゃま」
「坊っちゃまじゃ、ない…!」

 触れればすぐもよおしてしまいそうな状態に、股下の浅い洋袴が歩を進めるたびこすれ、それしか履いていない桃雪の下半身は取り繕うまでもなくもこっと盛り上がっている。

 西国の服がこれほど不便とは知らなかった。漢服はもっとゆとりがあって、誤魔化しようもあるというのに。

 なおも感じているのを見られたくない一心で、桃雪は隼樺の後ろを歩いた。
 しかし隼樺は振り返った。

「いいから早く進…」
「桃雪さま、お手を」

 けしかけようとする桃雪に、隼樺が袂からなにかを取り出した。
 しかし形をこさえたそこから手を離すわけにはいかず、桃雪は隼樺をねめつけるしかなかった。

「大丈夫、笑いませんよ」

 隼樺が柄にもなく穏やかな瞳で言った。彼が持っていたのは小瓶だった。


「あ…」


 多少強引に手を引かれ、中の液体をとろりとひらの窪みに満たされた。
 それは知った香りだった。

「私が使っている香り水です。衣服や身体につけるものですが、扇子はいつも持ち歩いているので少し付いていたようですね」

「な、んで…」

 くれるのか。
 までは続かなかった。

 隼樺が少し考える素振りを見せた。
 それが正しい表現か分からないが、隼樺はやはり表情が美しい。そう桃雪は思った。
 隼樺の長い前髪が、ほつれて頬に影を落とす。
 隼樺が困ったように笑った。


「さあ…桃雪さまが好きそうだったから、ですかね」



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