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3話
しおりを挟むシュウ兄に手を引かれるがまま薄暗くなった廊下を歩く。一歩一歩足を前に踏み出す度にミシミシと床が軋んだ。
「どこに行くの?」
「俺の部屋の方が親父たちにバレるとか余計な心配しなくて済む。 直樹も今よりもっと気持ちよくなりたいだろ?」
2階へと続く階段は玄関からちょうど真向かいの場所に位置していた。僕らは薄暗い廊下を抜けた。玄関ドア上部に取り付けられた採光窓から西日が降り注ぎ、床に光の筋を落としている。目の前にある玄関が開き、叔父さん達が帰ってくる。そんな淡い期待を抱きながら僕は少しの間だけじっとドアを見つめた。だけど聞こえてくるのは家の前を行き交う車のエンジン音だけ。願いは大抵、神様には届かない。そのことを僕は過去の経験から既に知っていた。僕と母さんがどんなに祈りや願いを捧げても、神様は僕らからたった一人の大切な人を奪っていった。数年前、病に倒れた父さんは救急で市内の総合病院に運ばれ、そのまま二度と目を覚ますことは無かった。父さんの死は恐ろしいほど呆気なかった。僕より小さな子供に踏みつぶされて殺されていく蟻と同じくらい呆気ないと思った。当たり前だった日常はたった1日で足元から崩れ落ちるほど脆く、儚いものだと思い知った。大人が言うように命に重みや価値があるんだとしたら、一体どうして何も悪いことをしていない父さんが運命に殺され、犯罪者が世に放たれたままでいるんだろう。神様の考えていることが僕には何1つとして分からない。
叔父さん達が帰ってくる気配は微塵も感じられなかった。血みどろ色した真っ赤な夕日がまるで僕を嘲笑うかのようにガラスの向こう側からひょっこり顔を覗かせている。今にもケタケタというけたたましい笑い声が聞こえてきそうだ。
「何そこでボーっとしてるんだよ。早く俺の部屋行こうぜ」
僕はシュウ兄の考えていることが何一つとして分からなくなってしまった。去年まで絶対にこんなことなかったのに。優しかったシュウ兄までも神様は僕から奪い取ろうとしているのかもしれない。どうしてなんだろう。
「おーい……聞こえてんのか?」
気持ちがいいことは好きだけど、男同士でエッチなことをするのは気持ちが悪いと思う。だから僕は二階には行きたくなかった。シュウ兄の部屋に行けば、たぶんクラスメートの女子が読んでいた少女漫画みたいなことをしなくてはいけないのだろう。部屋に連れ込まれた僕はベッドの上に転がされ、息の荒いシュウ兄が上から体重を乗せてのしかかってきて、大きな声を出さないようにと僕の口を片手で塞ぐ。それからシュウ兄は開いているもう片方の手で僕の着ている服をはだけさせ、剥き出しになった肌に舌を這わせる。肌の上に垂れ落ちた唾液は白く泡立っていて、それでいて……
「さっさと来いって!! はやくしないと親父たちが帰ってくるかもしれないだろ!!」
茫然と立ち尽くす僕に業を煮やしたのかシュウ兄は怒りを露にした。眉間には深い皺が寄り、頬はぴくぴくと動く。鬼のような形相で凄まれ、僕は妄想の世界からハッと我に返る。
「ご、ごめんな。突然大きな声出したりして……悪かったよ」
僕が肩を大きく震わせたのを見たからなのか、シュウ兄は罰が悪そうな表情を浮かべていた。しかし、僕の手首を掴む指には容赦ない力が込められていて、絶対にここから逃がさないという強い意志をひしひしと感じる。
「早く行こうぜ」
シュウ兄は僕の手をぐいと引っ張り、足早に階段を昇り始めた。僕は絞首台に連れていかれる囚人の気持ちってこんな感じなのかなぁと、ぼんやり思いを巡らせながらシュウ兄に倣って階段に足をのせた。僕には辛い状況に直面した時、つい別のことを考えてしまう癖があった。
多分その癖は父さんが死んだ時からついた癖なんだろうと思う。目の前に横たわる辛い現実から目を逸らしたくて、夕飯の事とか全く手を付けていない宿題の事とか全く関係の無い事を必死に思い浮かべる。そうしているとだんだんと頭がパンクしてきて自分が今一体どういう気持ちなのかということさえも分からなくなる。頭が鈍くなるんだ。あの日。僕は父さんの死体に膝を折って泣き縋る母さんを上から見下ろしていた。目の前の現実が昼間にやっているメロドラマのワンシーンのようにしか思えなかった。父の遺体が葬儀場から出棺されていく最後まで僕は涙を流さなかった。泣いたら父の死を現実だと認めてしまうことになる。僕はそれが嫌だった。
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