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第27話 捨て駒
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人を眠らせる気体を生み出し、操る超能力、『夢堕とし』。
いくつもの偽名を持つが本名が無く、ゆえに名無しと呼ばれている男は、『Vell』の若頭の右腕的な存在であった。
「さっきから避けてばっかだな!」
エドワードの電撃は、近くに居るだけで感じられるくらい高電流、高電圧だ。能力の使い方も激しく、回避するだけで精一杯。
『夢堕とし』は元より戦闘に優れた超能力ではないことを考慮に入れても、エドワードの戦闘力はジョンを遥かに超える。
(レベルにして5。それも上位⋯⋯。能力自体が優れているが、何よりも⋯⋯)
電撃は無差別に放たれているかと思われてもおかしくないくらい強烈だった。しかしよく観察してみると、それらが決して適当に放たれたものではなく、ジョンの動きを制限しつつ、また、周りに必要以上の被害を出さないようにしたものであった。
(⋯⋯厄介極まりない)
ジョンは息を吐く。鼓動が早くなっているのを感じる。躱し続けることは、体力的にも精神的にも苦しくなってきた。
攻勢に出なければ、削り殺されるだろう。そうなる前に対処しなくてはならない。
ジョンは拳を構え直した。エドワードはそれに対して、右手を突き出した。その手にはライフル弾のようなものが握られており──
「⋯⋯!」
ライフル弾のようなものが電流を纏ったかと思えば、次の瞬間、射出されていた。
ジョンは左腕で頭部を守った。幸いにも弾丸は腕を滑り、背後の壁に着弾する前に消失した。
彼の左腕は抉れたものの、致命傷にはならなかった。
「ぐ⋯⋯」
幸運だった。偶然にも弾丸が滑ったから、腕を貫通しなかった。それでも激痛が走り、左腕は使い物にならなくなった。
「今ここで降参すれば、大怪我で済ませてやる。さあ、どうするか決めな」
エドワードは既に、次弾を握っている。今度も幸運が起きるはずない。即死するだろう。
逃亡──あのレールガンを躱し、逃げることは不可能だ。
騙し討──エドワードはそんな子供騙しに引っ掛からないだろう。
降参──できるはずがない。
「⋯⋯⋯⋯」
ジョンは右腕のみを上げる。左腕は痛みで上げられなかった。
それでも、エドワードは弾丸を手放しはしなかった。いつでも発射できるようにしていた。
彼が、ジョンに対して「後ろを向いて壁まで歩け」と言おうとした瞬間だった。
「──フンッ!」
縮地走法というものがある。体軸を前方に倒し、崩すことで自然な動きで走り出すことができる技である。
普通、走り出そうとすれば地面を蹴る動作が入る。しかし、縮地走法にはその予備動作がない。
エドワードには若さ故の慢心があった。予備動作のない詰めに、大幅に反応が遅れてしまったのである。
「っ!?」
能力は、ジョンが至近距離まで来てようやく発動した。弾丸が発射される。焦って撃ったと言っても、この至近距離で外すことはない。
狙いが、ずれなければ。
ジョンはエドワードの懐に潜り込み、レールガンの軌道から外れつつ、彼の顎を下から打ち付けた。
脳が揺れる。気を失いかけるほどの衝撃。そしてそれは、二発目を無防備に受けてしまうということ。
顔面を狙った回し蹴りがクリーンヒットし、壁に叩きつけられた。
「⋯⋯⋯⋯」
ジョンはエドワードの様子を確認するために近づく。すると、彼の足元に電撃が走った。
エドワードはまだ意識を失っていない。
頭から血を流し、ふらりと立ち上がった。
「あー、油断した。⋯⋯殺す気で行かないといけねぇやつだな」
エドワードは鋭い眼光を見せた。本気になったのをジョンは感じた。今の今まで、彼はあれでも慈悲を見せていたらしい。それが今では、殺すことを躊躇っていない。
(本当に子供か? こいつ⋯⋯殺し屋が相応しい精神だ)
能力の応用で電磁気を発生。エドワードは所持していたレールガン専用弾を全て浮かせ、いつでも射出できるよう、準備を完了させた。
これにはジョンも、冷や汗が止まらない。一発一発が凶悪な即死攻撃。それが連発されるのだ。生きた心地がしない。
弾丸をしっかり見て、射出の瞬間に躱せるように集中する。
「いや違う!」
判断が間に合い、不意打ちの電撃をジョンは回避することに成功した。地面が黒く焼け焦げた。
追撃。レールガンが射出される。見切って避けることは人間には不可能。軌道を予測し、タイミングを合わせて体を捻り避けるしかない。
絶体絶命の中、研ぎ澄まされた感覚によって、ジョンは何度も迫る死を避け続けた。
だが、永遠には続かない。数発避けただけで体力に限界が来て、一瞬、動きが止まった時、レールガンがジョンの肩を大きく抉った。骨が折れるなんて生易しいものではない。骨ごと木っ端微塵だろう。
「────」
激痛と衝撃により、ジョンは倒れ込む。
しかし二度も慢心はしない。エドワードは殺さない程度の電撃を流そうとした。その、瞬間だった。
「く⋯⋯」
視界が揺らめく。眠気がする。意識が遠いていくのを実感できる。
ジョンの超能力『夢堕とし』の影響だ。
「ち⋯⋯」
だが、ただでは倒れるつもりはない。エドワードは最後に力を振り絞り、超能力を発動させる。
電撃がジョンに命中し、今度こそ、彼を気絶させた。
そしてエドワードも、眠りに堕ちた。
◆◆◆
ロイの超能力は『血を操る』と言ったシンプルながら強力なものだ。しかし、能力の格としては、レベル6どころか5にも届かない。レベル4が妥当。
「⋯⋯の、はずなんだが」
アルゼスからしてみれば、ロイという能力者は格下であるべきだ。なのに、彼は今、苦戦している。
前方、包み込むかのように展開された血の槍。アルゼスは超能力を用いてそれらを弾くが、また更なる槍が追加される。
そう。これだ。ロイの強さは、この物量と速度。ただただ多く、ただただ速い。
能力のレベルと殺傷力は必ずしも比例しない。それの典型的な例だろう。
「どうした? 貴様。それでもレベル6か? このままであれば、押し切れそうだぞ」
能力による体質変化により、ロイは常人以上に失血しても問題ない。血は必要に応じて生成されるからだ。その限度を超えなければ、彼が血を失うことはない。
「ならさっさと押し切ってみせろ。それができないから、撃ち合ってるんだろ?」
「⋯⋯⋯⋯。くくく。そうか。であれば、そうしよう」
直後、今までよりも、より大質量の血液の槍が迫る。さっきと同じようにアルゼスはそれらを弾こうとしたが、一瞬、抵抗される。
スピードとパワーが増している。かと言って苦しそうな様子は見られない。変わった点はないようだ。
(こいつ、一段階ギアを上げたな? 様子見だった、ってことか)
アルゼスの斥力に抗い始めた。それはつまり、防御し切るのに必要な時間が増えたということである。
ロイの能力は応用性に長けている。何も、血を固めて槍のように突き刺すことしかできないわけではない。
(奴の超能力は強い。そして推測するに、全力ではない。私と同じように、様子見をしている)
奇しくも、アルゼスとロイの戦い方は似ていた。最初は様子見しつつ戦い、相手の手札を出させてから一気に叩く。
(私もまだ全力でないことも、奴は分かっているのだろう。動きに余裕が見える。おそらく、今仕掛けたところで対処されるだけだ。⋯⋯しかし)
そうであるのなら、どうするべきか。
ロイもこう言った場面に合ったことは少なくない。そしていつも、同じ手順で相手を仕留めている。
彼の能力は、元から強いわけではない。レベル5の上位勢や、レベル6たちは、半ば概念操作に踏み込んでいることが多い。でなくても、破壊力や範囲が規格外なのだ。
それらと比べてしまうと、やはり、ロイは劣っている。だから、レベル4相当の超能力なのだ。
彼にとっての仕事とは、常に格上狩りという難題。
「──何か来る」
アルゼスは気がついた。ロイの周りに血の球体がいくつか浮かんでいることに。
瞬間、そこを起点に線が走る。一直線に、アルゼスに向かって伸びてきた。
能力を用いて弾こうとした。だが、軌道が多少ズレただけで、彼の目の下、肩、腹部、大腿部を少しばかり削った。
(なっ⋯⋯俺の能力を貫通した⋯⋯!?)
動揺。
そして、追撃。
大質量の血の槍が、放たれる。アルゼスはこれを弾いた。しかしそれは、硬質化されたものではない。液体状の槍。
離散した血液の粒は無数。想定外が二度も続けば、相手はどうしたくなるか。
(──距離を取ることは悪手だと考える。奴の能力⋯⋯『暗黒斥力』なら、尚更そうだ)
血の光線という、あからさまな遠距離、貫通力特化の技。それは圧縮された血の球体を、一方向に開放することで行われる。
これを見せられては、頭が回る人間は遠距離に回ろうとはしない。距離を詰めて戦うべきだと判断する。あえてそうしないのなら、この血の光線と撃ち合えるだけの遠距離特化の超能力者だろう。
予想通り、アルゼスは距離を詰めてきた。
(誰だってそうする。もし私が貴様と同じ状況下なら、そうせざるを得ない。⋯⋯だが)
ロイの超能力は、一芸では済まない。
彼の超能力は、血を操るもの。固めて突き刺すだけには留まらない。
向かってくるアルゼス。彼は拳を握った。斥力を付与したパンチを繰り出した。体もその瞬間、超加速した。
普通なら見切れない。だが、ロイはそれを躱したのだ。
「なに!?」
「ふんッ!」
拳に血のナックルを纏い、ぶん殴った。アルゼスの顔面にヒットした。
まだ終わらない。怯んだアルゼスに、更に膝蹴りを腹部に叩き込む。吐きそうな声を出した彼の頭を掴み、壁へと投げ当てた。
「ドーピングだ。血圧を高めて血の流れを速くした。散々血の槍を見せられたんだ。近接を仕掛けてくるとは思わなかっただろう」
ロイは体内の血も操ることができる。そうすることで身体能力の強化が可能だ。普通の人間であれば血管が破裂し、自殺行為となるが、彼の能力の都合上、そうなることはない。
しかし全くの無反動というわけでもない。身体に大きな負荷をかけているため、長期戦には向かない。
だから、このようにして一気に畳み掛けるための奥の手として運用している技だ。
「終わりだ。アルゼス・スミス」
血のナイフを作り出し、ロイは無慈悲にもそれを振り下ろした。躊躇なく、油断無く、確実に殺しに掛かった。
もしアルゼスが動いたとしても、冷静に対処できるように。
「──は?」
しかし、これは予想していなかった。何せ、血のナイフが急に元の血液に戻ったのだから。固まっていたそれは液状化し、ロイに返り血のように付着した。
「っ!?」
目を向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。彼はロイを見ていた。
この異常事態には心当たりがある。ロイたちのリーダー。ルイズの能力の一つ。『能力を封じる能力』ならば、今のような芸当ができるだろう。
つまり、この男は、オリジナル。
「⋯⋯そうか。貴様が⋯⋯!」
イーライは間一髪の所で間に合ったのだ。
「そこまでにして貰おうか」
拳銃の照準を合わせられた。能力が使えない今、弾丸を防ぐことはできず、躱せるような余裕もない。ルイズではないのだから。
ロイは両手を上げ、無抵抗を示す。
(クソ⋯⋯時間をかけ過ぎた。逃げられるか? ⋯⋯いや、無理だな。何か手を打たなければ)
「そのまま後ろを向いて膝を付け」
指示通りにロイは行動する。
足音で、イーライが彼に近寄っているのを理解できた。そしてそれだけで分かる。イーライは只者ではない。微塵の隙もない。
(気絶させられるか殺されるな。⋯⋯慣れてる。⋯⋯ここまでか)
埋め込まれた自殺プログラムがもう少しで起動するだろう。そうなれば、ロイは死ぬ。だが恐怖はなかった。いつかこうなると覚悟していたから。
「────」
ロイは急に、自らの首を締め付けた。
「な⋯⋯何をやっている!?」
「く、かははは⋯⋯の、能力が使えないなら⋯⋯ま、こう来るか⋯⋯妥当、だな⋯⋯」
自らの意思ではない。体が操られて、自死を強要されている。それには逆らえない。力を入れて抵抗することが全く叶わない。
「超能力ではないのか!?」
それが能力由来であれば、イーライの能力で封じることができる。にも関わらず継続されているということは、それは能力ではないという何よりもの証拠。
「プログラム⋯⋯。私、たちを⋯⋯った⋯⋯クソ野郎共の、保身システムだっ⋯⋯。許、さ、ねぇ⋯⋯ッ! 死ね!」
朦朧とする意識の中。ロイは呪いの言葉を吐く。自分たちをこんな目に遭わせた財団の科学者たちを。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
能力者であろうと、人間だ。首を全力で締め続ければ、窒息して死ぬことには変わりない。
糸が切れたマリオネットのように、ロイは倒れて死亡した。
敵とはいえ、酷い殺人を見せられた。
イーライは目を細め、表情を歪める。
「⋯⋯不愉快だ」
ただただ、そう口にした。
いくつもの偽名を持つが本名が無く、ゆえに名無しと呼ばれている男は、『Vell』の若頭の右腕的な存在であった。
「さっきから避けてばっかだな!」
エドワードの電撃は、近くに居るだけで感じられるくらい高電流、高電圧だ。能力の使い方も激しく、回避するだけで精一杯。
『夢堕とし』は元より戦闘に優れた超能力ではないことを考慮に入れても、エドワードの戦闘力はジョンを遥かに超える。
(レベルにして5。それも上位⋯⋯。能力自体が優れているが、何よりも⋯⋯)
電撃は無差別に放たれているかと思われてもおかしくないくらい強烈だった。しかしよく観察してみると、それらが決して適当に放たれたものではなく、ジョンの動きを制限しつつ、また、周りに必要以上の被害を出さないようにしたものであった。
(⋯⋯厄介極まりない)
ジョンは息を吐く。鼓動が早くなっているのを感じる。躱し続けることは、体力的にも精神的にも苦しくなってきた。
攻勢に出なければ、削り殺されるだろう。そうなる前に対処しなくてはならない。
ジョンは拳を構え直した。エドワードはそれに対して、右手を突き出した。その手にはライフル弾のようなものが握られており──
「⋯⋯!」
ライフル弾のようなものが電流を纏ったかと思えば、次の瞬間、射出されていた。
ジョンは左腕で頭部を守った。幸いにも弾丸は腕を滑り、背後の壁に着弾する前に消失した。
彼の左腕は抉れたものの、致命傷にはならなかった。
「ぐ⋯⋯」
幸運だった。偶然にも弾丸が滑ったから、腕を貫通しなかった。それでも激痛が走り、左腕は使い物にならなくなった。
「今ここで降参すれば、大怪我で済ませてやる。さあ、どうするか決めな」
エドワードは既に、次弾を握っている。今度も幸運が起きるはずない。即死するだろう。
逃亡──あのレールガンを躱し、逃げることは不可能だ。
騙し討──エドワードはそんな子供騙しに引っ掛からないだろう。
降参──できるはずがない。
「⋯⋯⋯⋯」
ジョンは右腕のみを上げる。左腕は痛みで上げられなかった。
それでも、エドワードは弾丸を手放しはしなかった。いつでも発射できるようにしていた。
彼が、ジョンに対して「後ろを向いて壁まで歩け」と言おうとした瞬間だった。
「──フンッ!」
縮地走法というものがある。体軸を前方に倒し、崩すことで自然な動きで走り出すことができる技である。
普通、走り出そうとすれば地面を蹴る動作が入る。しかし、縮地走法にはその予備動作がない。
エドワードには若さ故の慢心があった。予備動作のない詰めに、大幅に反応が遅れてしまったのである。
「っ!?」
能力は、ジョンが至近距離まで来てようやく発動した。弾丸が発射される。焦って撃ったと言っても、この至近距離で外すことはない。
狙いが、ずれなければ。
ジョンはエドワードの懐に潜り込み、レールガンの軌道から外れつつ、彼の顎を下から打ち付けた。
脳が揺れる。気を失いかけるほどの衝撃。そしてそれは、二発目を無防備に受けてしまうということ。
顔面を狙った回し蹴りがクリーンヒットし、壁に叩きつけられた。
「⋯⋯⋯⋯」
ジョンはエドワードの様子を確認するために近づく。すると、彼の足元に電撃が走った。
エドワードはまだ意識を失っていない。
頭から血を流し、ふらりと立ち上がった。
「あー、油断した。⋯⋯殺す気で行かないといけねぇやつだな」
エドワードは鋭い眼光を見せた。本気になったのをジョンは感じた。今の今まで、彼はあれでも慈悲を見せていたらしい。それが今では、殺すことを躊躇っていない。
(本当に子供か? こいつ⋯⋯殺し屋が相応しい精神だ)
能力の応用で電磁気を発生。エドワードは所持していたレールガン専用弾を全て浮かせ、いつでも射出できるよう、準備を完了させた。
これにはジョンも、冷や汗が止まらない。一発一発が凶悪な即死攻撃。それが連発されるのだ。生きた心地がしない。
弾丸をしっかり見て、射出の瞬間に躱せるように集中する。
「いや違う!」
判断が間に合い、不意打ちの電撃をジョンは回避することに成功した。地面が黒く焼け焦げた。
追撃。レールガンが射出される。見切って避けることは人間には不可能。軌道を予測し、タイミングを合わせて体を捻り避けるしかない。
絶体絶命の中、研ぎ澄まされた感覚によって、ジョンは何度も迫る死を避け続けた。
だが、永遠には続かない。数発避けただけで体力に限界が来て、一瞬、動きが止まった時、レールガンがジョンの肩を大きく抉った。骨が折れるなんて生易しいものではない。骨ごと木っ端微塵だろう。
「────」
激痛と衝撃により、ジョンは倒れ込む。
しかし二度も慢心はしない。エドワードは殺さない程度の電撃を流そうとした。その、瞬間だった。
「く⋯⋯」
視界が揺らめく。眠気がする。意識が遠いていくのを実感できる。
ジョンの超能力『夢堕とし』の影響だ。
「ち⋯⋯」
だが、ただでは倒れるつもりはない。エドワードは最後に力を振り絞り、超能力を発動させる。
電撃がジョンに命中し、今度こそ、彼を気絶させた。
そしてエドワードも、眠りに堕ちた。
◆◆◆
ロイの超能力は『血を操る』と言ったシンプルながら強力なものだ。しかし、能力の格としては、レベル6どころか5にも届かない。レベル4が妥当。
「⋯⋯の、はずなんだが」
アルゼスからしてみれば、ロイという能力者は格下であるべきだ。なのに、彼は今、苦戦している。
前方、包み込むかのように展開された血の槍。アルゼスは超能力を用いてそれらを弾くが、また更なる槍が追加される。
そう。これだ。ロイの強さは、この物量と速度。ただただ多く、ただただ速い。
能力のレベルと殺傷力は必ずしも比例しない。それの典型的な例だろう。
「どうした? 貴様。それでもレベル6か? このままであれば、押し切れそうだぞ」
能力による体質変化により、ロイは常人以上に失血しても問題ない。血は必要に応じて生成されるからだ。その限度を超えなければ、彼が血を失うことはない。
「ならさっさと押し切ってみせろ。それができないから、撃ち合ってるんだろ?」
「⋯⋯⋯⋯。くくく。そうか。であれば、そうしよう」
直後、今までよりも、より大質量の血液の槍が迫る。さっきと同じようにアルゼスはそれらを弾こうとしたが、一瞬、抵抗される。
スピードとパワーが増している。かと言って苦しそうな様子は見られない。変わった点はないようだ。
(こいつ、一段階ギアを上げたな? 様子見だった、ってことか)
アルゼスの斥力に抗い始めた。それはつまり、防御し切るのに必要な時間が増えたということである。
ロイの能力は応用性に長けている。何も、血を固めて槍のように突き刺すことしかできないわけではない。
(奴の超能力は強い。そして推測するに、全力ではない。私と同じように、様子見をしている)
奇しくも、アルゼスとロイの戦い方は似ていた。最初は様子見しつつ戦い、相手の手札を出させてから一気に叩く。
(私もまだ全力でないことも、奴は分かっているのだろう。動きに余裕が見える。おそらく、今仕掛けたところで対処されるだけだ。⋯⋯しかし)
そうであるのなら、どうするべきか。
ロイもこう言った場面に合ったことは少なくない。そしていつも、同じ手順で相手を仕留めている。
彼の能力は、元から強いわけではない。レベル5の上位勢や、レベル6たちは、半ば概念操作に踏み込んでいることが多い。でなくても、破壊力や範囲が規格外なのだ。
それらと比べてしまうと、やはり、ロイは劣っている。だから、レベル4相当の超能力なのだ。
彼にとっての仕事とは、常に格上狩りという難題。
「──何か来る」
アルゼスは気がついた。ロイの周りに血の球体がいくつか浮かんでいることに。
瞬間、そこを起点に線が走る。一直線に、アルゼスに向かって伸びてきた。
能力を用いて弾こうとした。だが、軌道が多少ズレただけで、彼の目の下、肩、腹部、大腿部を少しばかり削った。
(なっ⋯⋯俺の能力を貫通した⋯⋯!?)
動揺。
そして、追撃。
大質量の血の槍が、放たれる。アルゼスはこれを弾いた。しかしそれは、硬質化されたものではない。液体状の槍。
離散した血液の粒は無数。想定外が二度も続けば、相手はどうしたくなるか。
(──距離を取ることは悪手だと考える。奴の能力⋯⋯『暗黒斥力』なら、尚更そうだ)
血の光線という、あからさまな遠距離、貫通力特化の技。それは圧縮された血の球体を、一方向に開放することで行われる。
これを見せられては、頭が回る人間は遠距離に回ろうとはしない。距離を詰めて戦うべきだと判断する。あえてそうしないのなら、この血の光線と撃ち合えるだけの遠距離特化の超能力者だろう。
予想通り、アルゼスは距離を詰めてきた。
(誰だってそうする。もし私が貴様と同じ状況下なら、そうせざるを得ない。⋯⋯だが)
ロイの超能力は、一芸では済まない。
彼の超能力は、血を操るもの。固めて突き刺すだけには留まらない。
向かってくるアルゼス。彼は拳を握った。斥力を付与したパンチを繰り出した。体もその瞬間、超加速した。
普通なら見切れない。だが、ロイはそれを躱したのだ。
「なに!?」
「ふんッ!」
拳に血のナックルを纏い、ぶん殴った。アルゼスの顔面にヒットした。
まだ終わらない。怯んだアルゼスに、更に膝蹴りを腹部に叩き込む。吐きそうな声を出した彼の頭を掴み、壁へと投げ当てた。
「ドーピングだ。血圧を高めて血の流れを速くした。散々血の槍を見せられたんだ。近接を仕掛けてくるとは思わなかっただろう」
ロイは体内の血も操ることができる。そうすることで身体能力の強化が可能だ。普通の人間であれば血管が破裂し、自殺行為となるが、彼の能力の都合上、そうなることはない。
しかし全くの無反動というわけでもない。身体に大きな負荷をかけているため、長期戦には向かない。
だから、このようにして一気に畳み掛けるための奥の手として運用している技だ。
「終わりだ。アルゼス・スミス」
血のナイフを作り出し、ロイは無慈悲にもそれを振り下ろした。躊躇なく、油断無く、確実に殺しに掛かった。
もしアルゼスが動いたとしても、冷静に対処できるように。
「──は?」
しかし、これは予想していなかった。何せ、血のナイフが急に元の血液に戻ったのだから。固まっていたそれは液状化し、ロイに返り血のように付着した。
「っ!?」
目を向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。彼はロイを見ていた。
この異常事態には心当たりがある。ロイたちのリーダー。ルイズの能力の一つ。『能力を封じる能力』ならば、今のような芸当ができるだろう。
つまり、この男は、オリジナル。
「⋯⋯そうか。貴様が⋯⋯!」
イーライは間一髪の所で間に合ったのだ。
「そこまでにして貰おうか」
拳銃の照準を合わせられた。能力が使えない今、弾丸を防ぐことはできず、躱せるような余裕もない。ルイズではないのだから。
ロイは両手を上げ、無抵抗を示す。
(クソ⋯⋯時間をかけ過ぎた。逃げられるか? ⋯⋯いや、無理だな。何か手を打たなければ)
「そのまま後ろを向いて膝を付け」
指示通りにロイは行動する。
足音で、イーライが彼に近寄っているのを理解できた。そしてそれだけで分かる。イーライは只者ではない。微塵の隙もない。
(気絶させられるか殺されるな。⋯⋯慣れてる。⋯⋯ここまでか)
埋め込まれた自殺プログラムがもう少しで起動するだろう。そうなれば、ロイは死ぬ。だが恐怖はなかった。いつかこうなると覚悟していたから。
「────」
ロイは急に、自らの首を締め付けた。
「な⋯⋯何をやっている!?」
「く、かははは⋯⋯の、能力が使えないなら⋯⋯ま、こう来るか⋯⋯妥当、だな⋯⋯」
自らの意思ではない。体が操られて、自死を強要されている。それには逆らえない。力を入れて抵抗することが全く叶わない。
「超能力ではないのか!?」
それが能力由来であれば、イーライの能力で封じることができる。にも関わらず継続されているということは、それは能力ではないという何よりもの証拠。
「プログラム⋯⋯。私、たちを⋯⋯った⋯⋯クソ野郎共の、保身システムだっ⋯⋯。許、さ、ねぇ⋯⋯ッ! 死ね!」
朦朧とする意識の中。ロイは呪いの言葉を吐く。自分たちをこんな目に遭わせた財団の科学者たちを。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
能力者であろうと、人間だ。首を全力で締め続ければ、窒息して死ぬことには変わりない。
糸が切れたマリオネットのように、ロイは倒れて死亡した。
敵とはいえ、酷い殺人を見せられた。
イーライは目を細め、表情を歪める。
「⋯⋯不愉快だ」
ただただ、そう口にした。
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