白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第八章「終止符を打つ魔女」

第三百五話 殺し屋

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 能力を発動。手に赤いナイフを作り出し、握る。
 その時、空っぽの眼窩に白い光が灯った。能力者共通の特徴は、目を持たないモンスターでさえ適応される。それがこの世を創り出した者が定めたルールだ。

「全く⋯⋯何でこんなことに」

 正直言って、テルムは混乱していた。過去の記憶もなく、気づけばアンデッドとして存在していた。暗殺者としての生活にも慣れてきた頃に、突然拉致され、魔女によって記憶を詰め込まれた。
 何にせよ、それによる自由意志の欠落が認められないことから、この記憶は偽りではないのだろう。ただ、それとこれとでは話が違う。

「⋯⋯やる気がないようだな。ならば去れ」

 到底、人間では持ち上げることさえ不可能と思えるバスターソードを、いとも簡単に構えている赤髪の男。名を峻厳ケブラー

「そうそう。どっちも痛い目遭いたくないでしょ?」

 得物はなく、しかし威圧感はあることから魔法使いと思われる黒髪の女。名を理解ビナー
 
「まあ⋯⋯そうだな。痛いのも、苦しいのも、オレは嫌いだ。尤も、この体とそういうのはほぼ感じないんだが⋯⋯」

「そう。⋯⋯で? 殺るの? 殺らないの?」

 問いかけ。テルムはこれを疑ったが、躊躇わずに近寄った。
 目標は魔法使いビナーだ。厄介な遠距離攻撃持ちであり、そして近接との相性が悪いのだから、真っ先に狙うのは常套手段。
 しかしだ。だからこそ魔法使いは一人では戦わない。

「おっと、思っていたより速いし強い。こりゃ一人じゃ勝てねぇぞ」

 赤いナイフによる斬撃を受け止めたのは、防御魔法ではなくバスターソードだった。
 テルムは骨であり、筋力がない。故にスピードもないように思われるが、そもそも筋肉がないのに動いている時点で理屈も何もない。
 彼らのような化物を動かしているのは負のエネルギーだ。それが筋力代わりとなっている。その上軽いとくれば、スピードが高いのには納得がいくだろう。

「そうね。これは一筋縄ではいかなさそう」

「お前らを殺すのは一筋縄でいけそうだがな」

 テルムは瞬時にしてビナーの後ろに回る。

(速い⋯⋯! さっきのでまだ全力じゃあ⋯⋯!?)

 無詠唱魔法行使の雷撃。それによってテルムの接近を拒もうとするが避けられる。ケブラーもカバーに間に合わなず、なす術無くナイフによる連撃を食らう。

「──おっと」

 普通の人間ならば殺せたが、相手はそうではない。体表に防御魔法を展開し、ダメージを抑えられた。
 バスターソードが振り下ろされるものの、テルムには命中しない。それでも二撃目、三撃目が来る。

(流石、戦い慣れてるな。体制を崩しに来ている)

 これで殺す気ではない。しかし避けなければ死ぬ。そして避けようとすれば体制を崩してしまう。
 殺すための戦い方。殺すための技術。殺すための意思。

(で、勿論、隙はちゃんと突いてくるよな)

 狙っていたものを見逃す馬鹿は居ない。そしてカウンターを警戒しない阿呆も居ない。的確に自らの隙を潰し、一方的な攻撃を行う。正にプロの所業。
 しかしだからこそ、テルムにとっては都合が良かった。

「受け流し⋯⋯!?」

 体制を崩したのも、隙を作ったのも、それらを敢えて分かりにくくしたのも、全部テルムの戦術だ。
 ケブラーが相手にしているのは暗殺者だ。だが正面戦闘が弱いわけではない。彼は暗殺者であり、殺し屋である。
 バスターソードを受け止めるという愚行はしない。受け流し、ナイフをケブラーの首に突き刺す。

「ケブラーっ!」

 ビナーが叫び、魔法を行使。雷魔法は系統としては最速の魔法であるが、確実に行使と命中までにはラグがある。
 テルムは魔法行使の前に対策済みだ。ケブラーを盾にし、触れないようにしていた。赤いナイフは絶縁性だから問題はなかった。

「あと一人」

「まだ二人だ」

 テルムの腹部に衝撃が走る。軽い骨の体は簡単に吹き飛び、空中に放り出される。

「ま」

「〈落雷サンダー・ボルト〉」

 無から、強いて言えば魔法陣から放たれた雷がテルムを貫いた。
 自然の雷でさえオーバーキル。魔法の雷ともなれば、防御魔法や阿魔法抵抗を持たなければ塵も残らない。
 無論、直撃ともなれば、

「しくったな⋯⋯」

 煙が立ち込め、骨の一部が溶けている。まだ戦えるが、戦闘能力は大きく弱化した。
 しかし、この決戦に回復方法の一つも用意せず挑むことはなかった。
 テルムはポケットから魔法瓶ポーションを取り出した。
 
「スケルトンがポーションを飲むとは。どういう詐術だ?」

 アンデッドが治癒のポーションを飲めるはずがない。降り掛かっただけで体が溶ける。
 スケルトンに限って言えば、そもそも喉もなければ胃もない。飲むフリはできてもポーションの内容物を捨てることしかできないのだ。

「魔法だ。似非でこんなことはできねぇよ」

 治癒のポーションの作り方は大きく分けて三つある。薬草や生き物由来のものなどを使う非魔法調合法、薬草などと魔法的加工を加えられた液体及びそれに準ずるものを使った半魔法調合法、魔法的加工物のみを使った完全魔法調合法。
 魔法を使う割合が大きければ大きいほど回復効果は高く、比例するように費用も高くなるのが通説だ。よってほぼ全てのポーションは非魔法、半魔法調合法を用いて作られている。

「ポーションを飲ませるわけ無いでしょ」

 ビナーはテルムの持つポーションを狙って魔法を行使した。
 魔法に完全に由来したポーションにはいくつか欠点がある。費用が高い、例外を除けば劣化が速い、用法用量を間違えれば過剰効果を引き出すなどなど。しかし中でも一番の欠点は、魔法に非常に弱いということ。

「っ」

 これはニッチな知識に属する。よって魔法使いでさえ知らない者が多くて、魔法使いでなければ知っている方がおかしいほどだ。
 テルムが手に持っていたポーションは即座に蒸発した。

「電子機器に大きな電流を流せば壊れるように、魔法由来のものに大きな魔力を流せば壊れてしまう。一つ賢くなったわね」

 ポーションは一本だけじゃない。なかった。すぐさまテルムのコートのポケットあたりを狙った雷撃魔法によって、全部駄目になったのである。

「ああ! あの魔女め、それくらい説明しろよ!」

 テルムは悪態をつきながらも、戦いを続行するしかなかった。

 ◆◆◆

 首を斬ったのに殺した感覚がなかった。
 あれほど経験したもの。数えるのも馬鹿らしくなるほど殺した。そういった感覚が消えることはない。だからこれは正しく、信じるべきだ。
 信じられなかったら死ぬ。勘を疑った奴から死んでいくのを、グレイは何度も見てきた。
 頭に突きつけられた銃口。咄嗟に反応し、躱す。側頭部が少し削られたが死にはしなかった。

「何で生きてるの?」

 間違いなく首を切断した。事実として目の前には首無し死体がある。が、それは立っている。
 黒い靄が首の断面から漏れ出て、頭を拾い、くっつけた。

首無の騎士デュラハンでもそんな頭の付け方はしないよ」

 やがてケセドは復活した。

「全く⋯⋯首を落とされるなんて油断しすぎですね」

「相手連合国最強の『剣聖』よ?」

 と、まるで死ぬことが状態異常の一種かのように話している。

(でも、生き返るのに代償は必要のはず。必要ないならもっと不死性を利用した戦い方するしね)

 単に痛いのが嫌なだけの可能性もあるが、それならそれで好都合。どちらにせよ殺し続けることには変わりない。肉体のリソースか、精神のリソースを削り切るまで殺せば良い。言葉にすれば単純だ。

「いやもっと良い方法がある」

 グレイは鞘に刀を納める。

「⋯⋯ふーん。殺せない相手を殺す方法? それとも逃げる?」

「殺せないなら、動けなくするんだよ」

 グレイはイェソドに一瞬にして近づき、足を払った。空中で回転しそうな彼の頭を掴み、地面に叩きつける。そしてそのまま頭をねじ切り、それをケセドの方に投げた。少しでも動揺を誘うために。

「〈華流斬〉」

 居合抜刀系の戦技ではあるが、多くのものと異なりスピードを重視しない戦技。それは見えない斬撃。正しく言えば刀身を隠し、死角から打ち込む方法。動きに緩急を付け、予測しづらい距離の詰め方。
 ケセドの射撃はかすりもせず、全て当たらず、どう避けてよいのか分からないままひと太刀浴びせられる。
 体が斜めに引き裂かれ、いや断たれ、絶命。

「これさ、首を細切れにしたらどうなるの?」

 地面に落ちていたイェソドの頭を放り投げ、細切れにした。
 しかし黒い靄のようなものが立ち込めて、首が段々と再生していくのが見えたから今度は胴体を細切れにした。ケセドにも同じことをすると、ここで分かったことが一つ。

「損傷が大きければ大きいほど回復には時間がかかるみたいだね」

 これは僥倖。再生スピードに明らかに違いがあった。

「だから何?」

「いや? 僕の作戦が上手く行きそうだなって」

 ケセドに向かって突撃するグレイ。それを阻止するように動くイェソド。刀と剣とが激突し、甲高い音が何度も響く。銃撃も躱し、まるで援護にならない。
 刀は剣とは違って耐久性が低い。が、魔法刀ともなれば話は違う。むしろ壊れるのは剣の方だった。

「しまっ」

「ははっ!」

 得物を失うことは、即ち防御手段を失うということ。
 神速の連撃が叩き込まれ、瞬く間に細切れにされる。何千もの肉片となった。傍から見れば血の霧が作られたようなものだった。

「次は君だ」

 引き金を引く。そうすれば弾丸は発射される。されど当たらず、されど殺せず。
 瞬きを一度する間にグレイが目の前に来ている。

「────」

 拳銃でグレイの頭を殴ろうとしたがあまりにも遅い。逆に奪い取られた。

「へぇ~結構重い」

 銃口をケセドの下顎に突きつけ、引き金を引く。頭蓋骨をぶち割り、脳髄をぶちまける。
 倒れたケセドに照準を定め、何度も何度も引き金を引いた。ハンマーがノックするだけ、カチカチと言うだけでもう弾丸は発射されない。

「弾切れ⋯⋯まあいいか」

 お楽しみもここまでだ。ケセドの体を血の霧へと変貌させ、治りかけていたイェソドも同様だ。これで再生の進捗をゼロに戻した。
 それからグレイは地面に彼らの肉片を配置し、掻き回すように抉った。
 こうした方が再生も阻害できて良さそうだ。仮に体が治ったとしてもまともに身動きできない。

「よし終わり。⋯⋯にしても弱かった。もっと強いのいないのかな」

 とんでもないほど呆気なく終わった戦いに不満を漏らしながら、グレイはその場から立ち去った。
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