白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第七章「暁に至る時」

第二百八十九話 人間vs死神Ⅲ 〜始まりはいつも絶望から〜

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 突然の襲撃から数分が経過した。ウーテマたちは各々に別れ、事態の鎮圧に走っていた。
 ここで戦力を分断することはリスクが大き過ぎる。正しい行動は一つに纏ることだ。にも関わらずこうしたのには理由がある。敵も別れて行動しているからだ。しばらくして分かったことではあるが、今度の襲撃者は『死神』たちに限られている。配下となるモンスターは一体も存在しなかったのだ。
 『死神』が団体行動していることはなかった。しかし、彼らは一人でも大きな力を持つ。寧ろそうした方が殲滅作戦として効率的だ。
 だからこそ、こちらも分かれた。元より単体であろうと『死神』に勝てるのはエストただ一人だ。ならば各個を足止めするに留め、エストがその間に撃破していく。あるいは、他のプランもないことはないが⋯⋯。
 ともあれ、アベラドたちも別れるとしても、一人になることは避けるべきだ。だから基本的に二人一組で別れるようにした。

「この世で最も受けたくないもの。⋯⋯君、なんだと思う?」

 うち一組、ウーテマ、モーリッツのペアが遭遇した相手は、おそらく『死神』の中で最も会いたくない相手だろう。
 背後から掛けられる声に一瞬で反応し、ウーテマ、モーリッツは即座に戦闘体制に入る。だが当の相手は両手を上げて、非戦闘員かのような仕草を見せた。

「おっと、私は悪い魔族じゃないよ。話をしに来たんだ」

 長い銀髪。透明感のある白色の肌。それを漆黒のドレスで包み、妖艶な雰囲気を漂わせる女性。『死神』が皆着けている仮面の下にはどのような顔があるのだろうか。

「見ての通り、私は手ぶらだから。戦う術がないのさ。魔法杖だってない」

 だから安心しろ、とでも言いたいのだろうか。全く、ナメ腐っている。

「⋯⋯魔法を使う化物は幾らでもいる。そして、奴らが魔法杖を持つことは少ない」

 ウーテマはそう吐き捨てた。

「⋯⋯⋯⋯」

「そして何より、あなたからは魔力を感じる。⋯⋯私は魔法を使っていませんし、エルフの血を引くわけでもないのに」

 モーリッツが更に証拠を付け加えた。その声は僅かだが震えている。

「⋯⋯そう?」

 その時、モーリッツが感じていた魔力が消え去った。魔力制御の一環だ。これほどの魔法使いであれば、できて当然のことである。
 エルフの魔力感知能力さえも掻い潜る精度の魔力抑制操作。圧倒的な力量差故に感じる感知能力など無意味となる。
 もし感知しようとすれば、その系統の魔法を使わなければいけない。

「⋯⋯ええ。だからこそです」

 モーリッツの魔法杖を握る力が増した。

「何が話し合いだ。お前たち『死神』に滅ぼされた都市の住人にも同じことが言えるのか。先に手を出したのはどちらだ」

「尤もな反論だ。確かに話し合いと言うには遅すぎるね。⋯⋯じゃあ言い方を変えよう。降伏してくれない?」

「⋯⋯はぁ?」

 話題は交渉から要求へと変化したのをウーテマは理解した。

「私たちだってさ、殺したくて殺してるわけじゃない。心が痛いよ。私たちと君たちの外見はよく似てる。中身だってそうだ。少しだけ心理構造に乖離はあるけれど、犬や猫と比べればまだ近い。だから、私たちは共存できるのさ。今回、私たちから襲撃したのにも理由がある。私たちだって人間と魔族の間にある絶対的な溝を知らないわけじゃないからね。話し合いに応じてくれるわけがないと思った。でも今こうして対話しているのは、君たちは最早そうせざるを得なくなっただろうからだよ。ようやく、私たちは話を交わすことのできる同等の立場に立つことができたってわけなのよ」

 早口であるというのに聞き取りやすく、内容の割には納得感が妙にある。まるで心を手玉に取られているような、そんな雰囲気が彼女にはあった。
 思わずモーリッツは納得しかけた。しかし、先にウーテマが声を荒らげた。

「そうか。死ね。共存する為にはお前たちが死ね」

「それって共存って言わないよ?」

 ウーテマが投擲したナイフが、『死神』の首に突き刺さり貫通する。血が流れ、漆黒のドレスに真っ赤な模様を描いた。そして倒れる。

「⋯⋯え。や、やりました⋯⋯?」

 酷く呆気なく『死神』が死んだから、モーリッツは思わずウーテマに聞いてしまった。誰がどう見ても即死だ。心臓の鼓動音を聞けば止まっていることが確認できる。

「こんなに、簡単に⋯⋯」

「そんなわけないだろう。こいつは⋯⋯」

 ウーテマの頭を狙って飛来してきたクリスタルの弾丸を、彼女は右手に握っていたナイフで受け流した。それで刃が欠けた。完璧な受け流しができたと思っていたが、どうやらこの刃物では力不足なようだった。

「やはりな」

 仰向けに倒れたまま、『死神』は右腕を前に出して魔法を行使したのだ。それを確認した次の瞬間、風圧が生じた。ウーテマの反応速度を超えるスピードで『死神』が迫ってきていたのだ。
 ウーテマの腹に膝蹴りが叩き込まれ、凄まじい嘔吐感を覚えた。同時に顔面を蹴られて、彼女は後方にあった公園の噴水に突っ込む。

「ウーテマさんっ!」

 モーリッツはこの『死神』が魔法使いであると思っていた。事実、間違っていない。しかし勘違いはあった。
 化物は魔法使いであろうと肉体能力が人間のそれを超えるものである、ということだ。

「やれやれ。この状況下で勘の良い人を騙すのは無理だね」

 『死神』は手を払う。目線の先は噴水に固定されていた。あの攻撃を食らわせても、殺した手応えを感じなかったのだろう。
 実際そうであった。水温を鳴らしてウーテマがゆっくりと立ち上がる。水は赤に染まりつつあった。

「⋯⋯死んでないとは思ったが、どんなインチキだ。なぜ生きている?」

「喉を刺したくらいでは死なないよ⋯⋯と言いたい所だけど、実はそんなことない。喉突き刺されたら死ぬよ。でも生き返った」

「そんなことが⋯⋯」

 緑魔法のエキスパートだから、モーリッツはその発言を疑いたかった。緑魔法に分類される蘇生魔法は高位の魔法である。使えるだけでもおかしいのに、自己蘇生など以ての外だ。

「そんなこと? 私は白魔法も使える。緑魔法に赤魔法。私が使えないのは黒だけだよ」

「白魔法⋯⋯まさか、時間を操作して⋯⋯!?」

「正解。物知りだね、君。普通の魔法使いにとっての白魔法と言えば、空間操作系なのに。時間操作もできるの、知ってるんだ?」

 魔法学を深く学べば、各色の魔法の特性は把握し切れる。一般的に知られている特性は人間が使える範囲に限られたものであるのだ。だから緑魔法に蘇生魔法があるとか、白魔法に時間操作魔法があるとか、そういった常識ではない。

「⋯⋯ネタバラシも終わったことだし、そろそろやろう? 君たちの足止めに乗ってあげるよ」

「分かっていたのか」

「当たり前じゃん。君たちが私たちを足止めして、エストに各個撃破してもらおうって魂胆でしょ? そうなるように誘導したのは私だからね。私たちが別れて行動すれば、君たちはそれに乗ってくるだろうって思ったの」

 今ので確信した。エストが言っていた『死神』の頭脳担当はコイツであると。つまり、ここで殺さなければ後々面倒なことになる。

「⋯⋯ああ、あと、もう一つの狙いもね」

「────」

「あら。図星って顔だね」

 なぜだ。なぜ、この『死神』の前では感情を抑制することができないのか。心の中で渦巻く怒り、憎しみ、そして恐怖がいつもより主張している。

「あの男が魔剣を平然と持っているという情報があってね、不思議に思ったんだ。私が知るあの魔剣の特性からすれば、たかだかあの程度の人間には持つことなんてできるはずない。だったら考えられるのは一つだけ。魔剣には意思があり、私たちの知る特性はその魔剣の拒絶反応に類似したものだと。大方、大公は魔剣に認められた人間とかそんなとこでしょ。だから拒絶反応を受けず、易易握ることができる」

 この『死神』は本当に危険だ。単なる戦闘力では最強でなくても、その思考能力が他とは一線を画している。
 目の前にいるのはエスト、アベラドに匹敵する頭脳を持つ化物だ。それが下手な魔女を超える実力であると知らないのは数少ない幸運であった。

「さ、今度こそ始めようよ?」

 ◆◆◆

 別れたメンバーが続々と『死神』と接敵する中、ノーワ、アベラドのペアもそうだった。

「何で⋯⋯攻撃が反射されるの!?」

 金髪の『死神』への攻撃は全て反射されるのだ。真反対に飛ぶだけならまだしも、的確にノーワを狙って反射している。魔法の様子もない。ただこればかりは断言することはできない。
 なんにせよ、この反射能力の弱点を探し出すまではどうしようもない。死なないように死ぬ気で時間稼ぎをするか⋯⋯もしくはアベラドがどうにかするか。
 
「陛下!」

「分かっている! なんとかして隙を作るぞ!」

 アベラドの『殃戮魔剣』であれば『死神』を殺せる可能性がある。一撃で決める必要があるだろう。相手は手練だ。二撃目はない。しかし、

「アンタたちが考えていることは無意味よ。あたしには効かないから」

 『死神』──ピグリディアはそう言った。その言葉がハッタリなのか真実なのか分からない。どちらが本当でもおかしくはないのだ。

「⋯⋯っ」

 ピグリディアの言葉を信じず、アベラドは彼女に斬りかかった。彼女は避けることもせず、その場に立ったままだ。
 当たらなかった。刃が届くことはなかった。他の攻撃と全く同じ様に反射される。持ち主であるアベラドを崩壊させることはなかった。が、『殃戮魔剣』はただの刃物としても上物である。アベラドが負った傷はかなり深い。右腕を刻まれたのだが、もうまともに動かせないだろう。
 アベラドは即座に左手に『殃戮魔剣』を持ち替え、構えた。様になっており、右利きとは思えない程だ。

「陛下、いけそうですか? 大丈夫ですか?」

「これを見て大丈夫だと思うか? 馬鹿言え。滅茶苦茶痛いわ」

 アベラドは自身のズタズタになった右腕をノーワに見せつけた。非常に痛々しい。今も血が流れ出ていっている。このまま放置すれば失血死は免れないだろう。

「さっさと終わらせるわよ? 死ぬ準備はできたかしら?」

 ピグリディアが前に屈んだかと思えば、瞬きしていなくても見切れない速度でノーワの目の前に現れた。右拳が迫ってくる。速い。人間の域ではない。

(防御、反撃、全部駄目っ! 躱すしか⋯⋯!)

 いつものノーワなら、ここでナイフによる防御を選択したはずだ。幸いにも黒いナイフは滅多なことでは壊れない。だが、そうしてしまえばピグリディアに反射されてしまい、ノーワがダメージを受ける。
 攻撃を予測し、軌道から離れるように体を動かす。するとピグリディアの拳は空を切った。
 それからノーワは彼女から距離を取る。そこにアベラドも向かった。

「どうします? 絡繰がまるで分からない」

「我もだ。ただ単なる反射ではないくらいだ。⋯⋯もう少し材料が欲しい」

「⋯⋯分かりました。殴れば良いんですね」

 話し合いも終わり、再びノーワはピグリディアを注視する。しかしそこには誰も居なかった。
 目を離したのか? それとも会話に夢中だったのか? どちらも否。ノーワは絶えずピグリディアを見ていたはずだし、他に気を取られることはない。
 つまり、

「後ろ見てください!」

「分かっておる!」

 ノーワとアベラドが背中合わせに立った。前後左右に加え、上下全てを警戒する。数秒が何分、何時間だと錯覚するほどの緊張感を覚えた。

「⋯⋯上っ!」「下だっ!」

 二人、同時に別々の方向を叫ぶ。どちらかが間違っているわけではない。どちらも正解だ。上からピグリディア、下に魔法陣が展開されたのである。
 勿論、上下で挟み撃ちにされれば逃げる先は左右となる。急いで二人はその場から離れた。が、

「嘘っ!?」

 空中で意味不明な軌道を描き落下したピグリディアはノーワの目の前に着地し、首根っこを掴む。そしてアベラドの方へと投げた。
 その細い腕のどこにそんな力があるのか。ノーワを受け止めたアベラドだが、彼はそのまま家屋の壁に叩き付けられる。何とか耐えようとしたからそれで済んだが、壁を突き破っていてもおかしくない威力だった。

「終わりじゃないわよ」

 叩きつけられた壁に赤い魔法陣が展開される。丁度、二人の背中だ。

「チィッ!」

 アベラドはその展開された魔法陣に魔剣を振り下ろす。すると硝子の割れるような音と共に魔法陣が崩壊した。

「⋯⋯あら。その魔剣、魔法も対象なのかしら?」

「生憎な。⋯⋯知られたくはなかったが」

 魔法を壊すこともできるという情報は、魔法使いにとって有益そのものだ。これでいざという時、魔法を壊されて大きな隙を見せてしまうことはなくなったのだから。

「すみません、陛下」

「良い。死ぬよりはマシだ」

 ノーワは肺に溜まった血を吐き出し、体制を整える。力が入りづらくなっている。胸が痛い。尋常ではないほど痛い。呼吸しても酸素を取り込みづらい。

「⋯⋯胸骨、やられました。肺に突き刺さりましたかね、これ」

「そのようだな。過呼吸になっているぞ」

 一先ず〈痛覚無効〉を行使して痛みを遮断する。傷が治ったわけではないから違和感は生じているが、随分と動きやすくなった。
 それだけ、下手に動けば死に突っ走りやすいという意味でもある。痛みは限界を知らせるアラームだ。無視するべきではない。

「⋯⋯お前、治癒魔法とか使えないか? できるならそんなことするより治すべきだ」

 アベラドはノーワが身に付ける小手を見ながら言った。どうやら彼は魔法装備に関する知識もあるようだ。

「慧眼ですね。使えます。この感じだと一度だけですが」

 エストから貰った装備の一つ、治癒小手ヒーリング・グローブ。〈治癒〉の魔法に類似した魔法的治癒能力を有する魔法装備である。しかしその治癒能力を使うには魔力または体力を消費する必要がある。消費した魔力または体力量によって治癒能力が変化するのだ。

「ならばそれを使え」

「陛下の腕を治すべきかと」

「すぐに治癒せず、温存したということはそういうことだろう? 我は両利きだ。右手が使えずとも大した弊害はない」

 アベラドが右利きならば、あの瞬間、ノーワは治癒能力を使っていた。だが彼は両利きであり、だから彼女は力の温存に徹した。

「温存することは悪くないことだ。しかしカードは切らねば意味がない。温存と躊躇いは違うぞ」

 アベラドがそう言ったこともあって、ノーワは治癒能力を使った。戦士にとって魔力とはそこまで重要なものではない。生存に必要な分だけを残し、あと全ては使い果たしても問題はない。
 ノーワの体から多くの魔力が失われ、少しだけ頭痛がした。それもすぐに引いたと思えば、胸の痛みは消えていた。

「魔法装備、治癒系かしら? 人間が持つにしては不相応ね。魔女のもの?」

「だったら何?」

「面倒そう、ってこと」

 拾っていた石をピグリディアは投げた。フォーム、勢いからは考えられないスピード、パワーでノーワの方に飛んできた。ノーワはこれなら防いでも問題ないと判断し、ナイフを構える。

「──避けろっ!」

 けれど、叫ぶアベラドの声に反応して石を避けた。石はノーワを過ぎたかと思えば反転し、ブーメランの要領で向かってくる。ノーワはそれも避けようとしたが、不自然なカーブを見せて石はノーワの脚を抉る。

「痛⋯⋯!」

 不味い。足が動かない。走るのには致命的な損傷を受けた。
 こればかりはどうしようもなかったから、ノーワは体力を消耗して治癒能力を発動させた。足の傷は治ったが、無視できない疲労が体に蓄積された。

「──ようやく分かったぞ。お前の力」

 防いでも良かった投石を、わざわざ避けろとアベラドは言った。つまり、彼はピグリディアの力を把握したということである。そのことに感心した彼女はアベラドの話に付き合うことにした。

「力の向きを操作する、ってところだろ」

 見事、正解だ。アベラドの推測は間違っていない。この短時間でよく分かったものだ。

「そうね。でも、満点ではないわ」

「⋯⋯ほう」

「ま、教えないけど。それに分かったところでどうしようもないわ。どう対処すると言うの?」

「さあな。だが、これで一歩進めたことに変わりはない」

 アベラドは再び剣を構える。その姿はまるで歴戦の猛者のようだった。ノーワもナイフを構え直した。

「良い威勢ね。本当に面倒そう。⋯⋯でも、退屈しないわ」
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