白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第七章「暁に至る時」

第二百四十話 仕組まれた罠

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「アハハハハハハハッ! ボクだけを相手にしていて良いのかなぁっ!?」

 すっかりハイになったミカロナは、頭の中で演算を行うが、それはほぼ無意識だった。最低限の計算しかせず、効率なんて一切考えていない。
 絶え間なく氷の弾丸が空中で生成され、アレオス、レイ、エストに向かって発射される。レネはロックの相手をするために三人から離れており、彼女の支援は期待できないため、躱す。

「⋯⋯氷像。あれはそこまで強くなかったはずだよ」

 エストはミカロナの言葉が気になった。その裏に隠されている意味を読み取る。

「ボクと君が戦ったときはね。あれから四百年経ってること、わかっているのかい?」

 後方──黒の教団員、氷像軍と竜王国民が戦争を繰り広げている場所で、何人もの悲鳴が聞こえた。同時、そこに氷の巨大な柱が立ち上がる。

「は?」

 予想外のことにエストは一瞬気が取られ、ミカロナが接近してきたことへの反応に遅れる。

「しまっ」

 ミカロナはエストの顔面を掴み、そこに魔法陣を展開する。が、それが行使されるより先に腕が吹き飛ぶ。レイが戦技を行使したのだ。衝撃で吹き飛ばされたミカロナを、アレオスが追撃。彼は背後に生成された氷の槍を躱して、ミカロナは自傷することになった。

「URAAAAA!」

 アレオスはミカロナの首を斬り飛ばし、胴体を細切れにした。しかし一瞬で肉体はくっつき、転移魔法が発動すると、ミカロナは三人から距離を取る。

「いやいやいや⋯⋯三人相手にして殺すことは無理だね。ってことで、ボクは考えたのさ。君らの目的は何? ボクを殺すこと? それとも──」

 エストはミカロナに対して炎の魔法を行使。家一つを巻き込み、灰に変えられそうな魔法であったが、ミカロナは氷の壁を創り出して防いだ。火傷どころか、熱いとさえ思っていなかっただろう。

「エスト様⋯⋯」

「分かってる。んだよね?」

 先程からずっと続いていたことだが、戦闘が始まった同時に、急激に気温が低下していっている。〈白銀の死〉による影響ではない。もっと、単純な理屈によるものだ。

「あらららら。気づいていたの? もっと進んでから気づいて、絶望してくれて良かったのに」

 ──〈氷像軍〉は、今も増殖している。雨や冷気による自然増殖ではない。魔法による生成だ。そうでなければ、こんなにも冷たくなることはない。

「どこにそんな魔力があるの。キミのあの魔法は⋯⋯」

 四百年前、エストに対して軍が召喚されたとき、ミカロナはそれだけで動けなくなるほどの魔力を失った。確かに、その時、彼女の魔力量は万全時の半分もなかったが、それでも大量の魔力を消費する。

「ボクは魔法陣を刻んだ。起動した。それだけ。近くに魔力石を用意し、人造人間ホムンクルスに魔法陣の維持をさせれば良いだけなのさ」

 不味い。非常に不味い。用意された魔力石の量は分からないが、ミカロナは計算した上でそれらを集めたはずだ。少なくとも、この首都を確実に陥落させられるほどはある。

(⋯⋯いや、そんなものじゃない)

 ミカロナたちの目的は、だ。

「レイ、アレオス。ミカロナを必ず殺して。一刻も早く。奴が死ななければ⋯⋯私たちは敗北する」

「エスト様は?」

「当初の作戦通り。防衛は必要ないと思ったのが間違いだったみたいだ」

 ミカロナは両手を叩き、絶賛するように、そして煽るように言う。

「流石はエスト。状況把握が早いね」

 今、エストたちが居る首都なんて国全体の一部でしかない。だから、氷像軍はこの都市に収まる規模である、ということさえ希望的観測となる。

(私のミスだ。〈氷像軍〉がそこまで多くないし、他の戦力もそこまで脅威じゃなかったから、こっちに回ったのが駄目だった⋯⋯そして、ミカロナはこの都合の良い偶然を逃しはしない)

「でもね、残念。ボクがキミをあっちに行かせるわけないでしょ。君は化物だ。才能の塊で、黒の魔女と似た感じがする君を、警戒しないとでも?」

「チッ⋯⋯」

「エスト、君は自分の危険性をもう少し考えるべきだね。君はボクを殺せる。何度でもね。レイとアレオスが居るのなら、ボクは君たちに敵わないだろう。⋯⋯けど、ボクは何度も死んだくらいで発狂しないし、引きつけることぐらいはできる。さあ! ダンスをしよう! 破滅のその時までさッ!」

 ミカロナは、エスト、レイ、アレオスの三人をここに引き留めて、氷像の増殖を待つ。やがてその時が来れば、最早止められることはできない災害が起こされる。

「────」「〈完全転移不能パーフェクト・アンチ・テレポート〉」

 エストの転移をミカロナは防ぐ。彼女はエストの行動一つ見逃す気はないようだ。それだけ警戒されている。ここから逃げることはできない。ここから離れて、後方に向かうことはできない。つまり、ここでミカロナを殺す必要があるということだ。

「⋯⋯二人とも、私に合わせて。ここでミカロナは殺す、何としてでも」

「承知しました」

「私に命令するな、魔女。最初からそのつもりです」

 三人は、たった一人、ミカロナと相対する。

「アハハハハハハハ! 君らはこのまま死ぬのさ! 君ら三人で、ボクを殺すことはできても倒すことはできないっ!」

 レイとアレオスが同時にミカロナの方へ走り出すも、距離が詰まるより先に氷のスパイクが創造される。氷の針が地面から突き出て、二人は防御せざるを得なかった。接近は難しいだろう。であるならば、魔法攻撃にかかるだけだ。
 エストは左掌をミカロナに向けると、次の瞬間、彼女は転移魔法でその場から消え去る。そしてミカロナがいた場所を炎が走る。が、

「〈空間封鎖ブロック・ルーム〉ね」

 ミカロナは一定範囲内を超える転移魔法ができなかった。これは一定範囲の空間を外部と断絶し、物理的、魔法的問わずに一切の通過を許さなくする魔法だ。唯一通り抜ける方法は大きく分けて三つある。一つ、空間を断ち切る魔法──例えば〈次元断〉や〈空間切断〉を行使する。二つ、魔法抵抗力が、対象の魔法を完全にレジストできるぐらい強い。三つ、行使者を殺害する。これらの方法以外の脱出方法はない。

「ボクから逃げられないのなら、ボクを逃さないようにして一気に決着をつけようって?」

「そうだね。この閉鎖的な場所で羽を奪われ、残酷に、そして綺麗にこの世から去ね」

 エストの背後に無数の魔法陣が展開される。彼女は苦しそうな表情を浮かべるが、それでも少しだけ笑って、

「レイ、アレオス、巻き込まれないでね」

 無詠唱化された〈獄炎〉をエストは行使する。膨大な熱量が発せられ、人体を容易く焼き尽くす赤黒い炎はミカロナを襲った。転移魔法を行使しても、すぐさまレイとアレオスが追撃してくるはずだ。炎を防御しようにも、エストの魔法に今度も耐えられるとは思えない。ので、ミカロナは燃やし尽くされた。

「アハハハハハハハ!」

 ミカロナは、自己を蘇生しつつ、治癒しつつ、灼熱の中を、苦痛の中を、彼女にとって極楽の中を、走り、エストに近づく。あまりの執念深さ、あるいは狂った精神、もしくは理解できない意思に、エストは一瞬も気が取られることは、今度はなく、冷静に対処する。
 〈重力操作〉によって、ミカロナの体は空中に固定される。それを好機と見たレイが、魔法を唱えた。

「〈深紅火閃クリムゾン・ブレイズ〉」

 空中に深紅の光が収束し、そこからは莫大な魔力、熱が感じられる。閃光はミカロナを貫き、貫いたあとも終わることはなく、空中で直角に二度方向転換し、また貫いた。それが何重も同時に行われ、何度も繰り返され、ミカロナの体は焼け焦げているのか、切断されているのかさえ分からないほど損傷を受けている。
 ミカロナの体が重力操作から解き放たれ──抵抗をようやく成功させ、自由となる。着地した時、スティレットの雨が彼女を射抜く。神聖属性は彼女の体を蝕み、かつてない苦痛を味あわせた。肉体が蒸発する、シュー、という肉を焼くような音が隔絶された空間内に反響した。

「〈神罰〉」

 ミカロナの無詠唱魔法は完全に破壊され、アレオスの接近を許す。彼女は最早回避運動を取ろうとすることさえせず、全身をスティレットに串刺しにされ、頭に聖剣が突き刺されることを受け入れた。頭蓋骨を砕き、脳を突き刺し、掻き回し、抉り、グチャグチャにして、原型を留めなくなり、思考の一欠片もできなくなる。が、魂のレベルで行使がされる蘇生魔法は防ぎようがなく、誰がどう見ても死んでいた体は熱を取り戻す。

「何度?」

 首を刎ねられる。

「どれだけ?」

 心臓が潰される。

「いつまで?」

 全身が細切れになる。

「ボクの魔力は尽きない。いくらでも。この国が滅ぶまで。君たちが死ぬまで。その時まで、ボクは生き続ける」

 ──二桁では済まないだけ、この短時間でミカロナを殺した。それでも尚、彼女は生き返ることを望み続ける。そして魔力も尽きることがなかった。いくら魔女であっても、もう魔力はなくなっていなくてはならないはずだ。それぐらい、削ったはずなのだ。

「何で、魔力が、無くなら、ないか。それ、が、不思議で、堪らない、といっ、た顔だ、ね。でも、教えてあ、げない。ボク、の勘が、言っ、て、る、から、ね」

 台詞を喋っているときにさえ殺され続けるが、ミカロナはまるで気にしている素振りを見せなかった。
 何かトリックがある。しかし、それが分からない。魔力石を持っているのだとしても、手には持っていないし、身につけている様子もない。

(魔力が尽きないと、私たちがいずれ負ける。⋯⋯なんとかできる手段はあるけど、ここで切るべき手札じゃない)

 レイとアレオスに前衛を任せつつ、エストはミカロナを観察する。やはり、彼女は何も持っていない。ではどのようにして、大量の魔力を保有しているのか。

「⋯⋯そうか」

 少し考えたところで、エストはあることに気がついた。
 魔力石は手元にない。ロアやエストのような無限の魔力もない。なのに、膨大な魔力量を保有している。その理由は、極々単純なものだった。

 エストはミカロナとの距離を詰める。単純な身体能力ではエストのほうが速かった。だが、『第六感』で事前に察知したミカロナを捉えることはできず、空振る。
 
「⋯⋯ふふふ。キミのその能力は、ありていに言えば危機を察知する能力だよね。でも私は今、キミを殺そうとはしなかった。ただキミの胸を確かめようとしただけさ。なのに⋯⋯」

「⋯⋯ボクの能力を逆手に取ったってことね」

 ──ミカロナは体内に魔力石を埋め込んでいる。

「胸部は一番魔力石を詰め込みやすい場所だからね。足や腕だと、その部位を動かすのに支障が出るし」

 魔力石は例え粉々になっても保有する魔力は離散しない。だから本体さえ元に戻れば、魔力石はいくら破壊されても問題はないのだ。

「で、だから何? それがボクを殺せる理由になるのかな?」

「それを抜き取れば良いだけでしょ?」

 エストの背後からレイが現れる。鎌を振りかぶり、そして、

「承知致しました、エスト様」

 レイはミカロナの胸に鎌を突き刺そうとする。しかし、容易に躱されてしまった。アレオスも連撃を仕掛ける。だが、刃がミカロナに届くことはない。

「あと、キミには誤算がある」

 ミカロナはレイとアレオスの連撃を躱し、時にいなして、全く攻撃を受けない。

「重力を操れる相手に、物を奪われないと思ったことさ」

 エストの左手に魔法陣が展開されることはなく、彼女は重力を操作する。それこそが『世界の理』であり、彼女が歪めた正常性だ。
 ミカロナの胸部にあった魔力石は空中で固定され、動いていたミカロナから離される。

「重力操作は、操作する対象さえ分かっていて、範囲内であるならば、見えていなくても使える。一つ賢くなったね」

 そしてエストは左拳を勢い良く握ると、魔力石もパリンっ、という音ともに砕け散った。やがて魔力は空中に離散し、消えてしまうだろう。まず確実に、ミカロナに魔力が供給されることはなくなった。

「まだ! まだボクは⋯⋯」

「こうなった時点でキミの負けさ。もう勝つことはない」 

「何を根拠に⋯⋯」

「キミはこの私の、私たちの猛攻を、魔力石なしで耐え切ることができるの?」

 エストは口角を不自然なまでに上げる。

「はははははっ! 滑稽だねぇ!」

 エストは魔法を、レイは鎌を、アレオスは十字の剣を構えて、一瞬の猶予もなくミカロナに仕掛ける。炎で焼かれ、鎌で首を切断され、十字の剣で切り刻まれることだろう。しかし死ぬことはなかった。ある意味でミカロナの能力の精度は、死の危険性を得ることで上がったのだ。

(特にエストには気をつけないと。何としてでも耐えなきゃ。あとちょっと、あとちょっとでボクの軍は完成する⋯⋯!)

 ミカロナの計算では、もうエストにさえ止められない軍力があと少しで完成するはずなのだ。それまでに耐えきれば、ミカロナは勝利する。
 あと少し。あと少し。あと少し。あと少しで。
 ミカロナがそう思うほど、体感時間は引き伸ばされていく。最早『感覚支配』は『第六感』にリソースを全て割いており、命中するのは百に一度の割だ。それでも、物量には押されてしまう。
 しばらくやり合うこと一分。

「この、感覚⋯⋯っ!」

 ──耐えきれる!
 ある時、ミカロナはそう確信した。エストらの攻撃の質、量が低くなり始めたのだ。疲労だろう。このままのペースでいけば、氷像の軍は完全と成る。

「勝った! ボクは⋯⋯君たちに!」

 勝利宣言だ。まだ、氷像の軍は完成していない。しかし、あと数十秒で完成する。それまでにミカロナがエストにも、レイにも、アレオスにも殺されることはない。確実な勝利を得た。それを確信できる。疑いようがない。この場にいるメンバーで、誰もミカロナを殺せはしない。レネであっても、洗脳が解かれたロックであっても。

「──ふふ。そう?」

 ──は?
 ────なんで。
 ──────

 ミカロナの目前には三人がいる。距離は離れている。誰の魔法も、剣も、痛みの位置にはない。彼女は目の前の三人には痛めつけられていない。なのに、いや、だとすれば。この、感覚は。

「──背、後⋯⋯ッ!?」

 ミカロナが振り返ると、そこにはが居た。彼女の両手には短剣が握られている。その剣には金色のオーラが纏われており、ミカロナはこれ以上にない痛みを感じた。『痛い』が頭の中を支配する。

「⋯⋯二つめのキミの誤算。それは、私たちがキミを殺すのだと思っていたことだよ。キミを殺すのは誰でもない、この国の民なのさ」

「まさか⋯⋯あれは⋯⋯!」

 ネツァクの死体がそこにはなかった。

「『対象に、あらゆる五感さえ騙す幻覚を見せつける』⋯⋯それが、私の『憂鬱の罪』です」

 ミカロナはネツァクの死体を幻視してきた。いや、だとしてもだ。いくら幻覚でも、生者を死者だと見紛うことはない。現にミカロナはネツァクの死体に、一度は蘇生魔法を行使したのだ。

「キミの疑問は、なぜ蘇生魔法を一度は行使できたか、でしょ? 答えは単純明快。レイがキミに見せたのは、ネツァクの死体の幻覚。でもね、そのヴェールに隠されたものも死体だったのさ」

 そう、ロミシィーは死体だった。エストがネツァクの死体に施したとされていた意地の悪いトラップは、ロミシィーの死体にやっていたことだったのだ。

「そのナイフには〈反蘇生アンチ・リザレクション〉っていう魔法がかけられている。だから蘇生魔法は意味ないし、魔力が尽きかけているキミには十分な治癒魔法も使えない。アレオスのスティレットと同じ神聖属性を付与しているからね。このままキミは死ぬのさ」

 ミカロナはエストのネタバラシを聞き切る前に地面に倒れ伏せる。

「あ⋯⋯がっ⋯⋯。くっ、ハハ⋯⋯」

 そして、傷に意識が奪われて、目を閉じた。最後に笑いながら。殺しても死なないミカロナは、気絶して無力化されたのだ。このまま放置すれば、きっと死ぬだろう。

「⋯⋯さてと、トドメ刺すかな。何があるか分からないし」

 エストはミカロナの頭に手を翳すと、赤色の魔法陣を展開した。そして、魔力を流動させる。魔法を行使する感覚を得ると同時、魔法陣から炎が発現する。

 ──そして、魔法陣は砕かれた。

「⋯⋯え」

 エストの魔法を掻き消したのは誰でもない。アレオスだった。
 突然のこと過ぎて、エストには理解ができなかった。違う、理解したくなかった。続くレイの、エストを殺すための攻撃を見て。

「嘘でしょ⋯⋯」

 二人は明らかな敵対意識を持ってして、エストと相対している。そこに彼ら自身の意思はないように思われる。その状態はまるで、

「洗脳! ⋯⋯加護かっ!?」

 黒の魔女、メーデアが能力で生み出した『黒の加護』。それを、黒の教団員は持っている。その加護は普通の加護とは違って、能力に近いものだ。つまり、死んでもなお、『黒の加護』の権能は続く。
 エストは、レイとアレオスと戦わねばならなくなったのである。
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