239 / 338
第七章「暁に至る時」
第二百三十話 静夜
しおりを挟む
「⋯⋯文字通り命懸けだったなぁ」
レネにはああ言ったが、心臓を抜き取って、それを外に投擲し、そこから体を復活させるなどという博打は初めてやったことだ。
今度の戦闘では何度も窮地を脱するためにそうした賭け事をやり、ほぼ全てを通ってきた。幸運のように思えるが、実際はミカロナの実力が理由だった。
「で、肝心の爆弾だけど、やっぱりあんな渡し方したら防がれるよね」
遠く離れた位置で、ミカロナは煙が立つ王城の王の寝室を見る。あの大魔力結晶は暴走させると、軽く一つの都市を壊滅させるのだが、建物の一部崩壊程度で済んでいるのにはレネの力が関係していることだろう。
ミカロナであれば、あれをレネに見せるまでもなく爆発させて自分も逃げられる算段があったが、下手をすれば彼女らの計画に支障が出る。
「この下にある大魔法陣を傷つけると、何言われるか分かったものじゃないし」
それを言い終わったと同時にミカロナの肉体の再生が終了する。魔力がもう少しで枯渇するほど消耗した以上、低階級の治癒魔法を使わざるを得なくなった弊害だ。蘇生魔法による体の復活も必要最低限──四肢をまともに動かせないぐらいの欠損や全身の激痛、脳が少し足りないことによる頭痛と様々な障害を残していた──であったため、今ようやく動けるようになったということだ。そんなこともあり、ミカロナのコンディションは最悪そのもの。体の修復も完璧ではなく、今、過激に動けば体が引き裂けそうだ。
「あーあ、しばらくは動けなさそうだよ。これじゃあ殺されちゃうかもね⋯⋯でしょ、ネツァク?」
晴れ晴れとした天気を思わせる緑色のサイドテール。エメラルドが眼球の代わりに眼窩に嵌め込まれていることを除けば整った顔立ち。下着姿と殆ど変わらないほど露出しているチャイナドレスに似た服装を着用し、女性的な起伏のある、白い体はそれを目立たせている。
黒の教団幹部、『勝利』のネツァクとは、彼女のことである。
「あなたを殺すことのデメリットの方が、明らかにメリットを上回る。それに今のあなたでも、わたしを道連れにできるよね?」
「はっ、冗談さ。殺される気も、道連れにする気もない。僕を殺そうとしてくる奴らは何としてでも殺すか、逃げるよ」
そう言ってミカロナは木に背を預け、天空の星々を眺めた。
「それで、どうなったの? あなたがわたしに何の報告もせず、突然襲撃を決行し、無残にも負けてきた言い訳を聞きたいのだけど?」
「収穫はあったさ。僕は強くなれたし、まだまだ強くなれると知った」
「ふざけるな。組織としてあなたの行動は見過ごせない。それを叱咤している現状が分からないの?」
ネツァクは怒りを隠そうともしない。傍から見ればネツァクの言っていることは正しくそうである。組織に属するならば、報告、連絡、相談は大切であり、ミカロナのこの単独行動は責めるべき事案だ。
「アレオス・サンデリスを無力化できることが分かった。万全な状態であれば青の魔女にも勝てる。あとは現れていなかった魔人だけが不確定要素だけど、まあ何とかなるでしょ」
しかし、きちんと組織にとって有益な収穫も確保してきているのがミカロナの良い所であり、やるせない所でもある。
ミカロナが今回、最大の敵である神父サンデリスを単身撃破できることは何よりも嬉しい情報だ。
「とは言っても同時に三人の相手は無理だね。多分何もできずに死ぬ。できて二人⋯⋯もキツイね」
「なら、人間共をいくらか殺す? そうすれば、青の魔女は見過ごせないはずだし、分断できる。⋯⋯ああ、分断できるとは限らないかな」
「──いや、悪くない案だね。竜王には黒魔法をかけておいたんだ。それを起動すれば、竜側にも意識を惹かせられる。人間か竜が、選ばせてあげようよ。どっちかにつかなければその方を全滅させるのさ。どちらか片方だけでも足りるんでしょ?」
ミカロナがロックにかけた黒魔法がは、彼女が意識するだけで対象を衰弱させて、そして最後には死に至らされるものである。衰弱具合も設定することができ、一ヶ月、一年単位で弱らせていくことも可能。
「ええ、足りる。⋯⋯ここまで考えていたの?」
「まさか。打てるでは全て打っただけだね。こうして役立つことがあるから」
方針も決まる頃には、ミカロナは少しは回復した。まだまだ全身が痛いものの、隠れ家まで歩くことぐらいはできそうだ。
「何か食べ物ない? お腹空いた」
彼女は子供のように言う。
「魔女に食事は必要ないでしょ」
「君は水以外の、珈琲とか、紅茶とかを飲まないの?」
ミカロナは、とにかくそれを譲る気はないようだとネツァクは気づくと、深いため息をついた。
「⋯⋯後で持っていく。全く、あなたが何を考えているかさっぱり分からない」
「魔女は大体そんなものさ。何考えてんだかよく分からない奴ばっかだし、僕だってそう。君たちの主だってね。⋯⋯けれど、魔女と相対するならその理解困難な彼女らの行動を読まないといけないだよ。はは、骨が折れるね」
緑の彼女はどこか遠くを見つめながらそう言う。彼女も他の魔女たちと会ったことがないなんてことはない。どこか常に冗談めかしい彼女からは考えられないほど、真剣に答えている。
「その中でもレネは読みやすい。倫理観がぶっとんでて、自己利益しか考えない他とは違うからこそ、寧ろやりたいことが分かるのさ。彼女の『欲望』は他者を守ることであり、平等主義者故にね」
ミカロナはレネたちの策略を完全に読み切った上であえて引っかかった。それは危険を好む彼女の『欲望』のためでもあり、また、レネたちを個別に潰せるチャンスであったからである。
もしもレネが誰かを守る気がなく、ミカロナを殺すことしか脳になければ、アレオスを守らずにあのとき、意識外の一撃を放てたはずなのである。もっと言えばパトロールなんてせずにロックの近くに全員潜伏していれば⋯⋯と、いくらでも考えられた。
あの聡明なレネが思いつかないなんてことはない。ただ実行しなかっただけだ。
「つまり何が言いたいの?」
ああだ、こうだミカロナは言っているが、ネツァクには彼女の言いたいことが分かっていた。しかし、何も言わなければまだまだ喋り続けそうであるため、そう聞いた。
「僕が殺されるなんてないってこと。『欲望』を叶えるその時までね」
ミカロナが死ぬときは、『欲望』が満たされたときだけ。一度も味わったことのないその感覚は、時が来れば分かるだろうと根拠もないのに確信できた。
「さて、少しの間は休んで、それから最終確認しないとね。実行は二日後の夜で良いかい?」
普通の人間であれば、緑魔法があろうとその反動などで、一週間ほどは休養を取るべき傷なのだが、緑の魔女には関係がないようだ。
「ああ。それで構わないさ」
「じゃ⋯⋯って、僕、まだ動けないんだった。ネツァク、抱っこしてくれない?」
彼女の身長は百七十四センチメートルほどある。無理とは言わないが、運ぶなんて難しい。
「ふざけるな。⋯⋯ほら、魔力分けてあげるから」
「ありがとね」
ネツァクはミカロナと手を繋ぐと、そこから魔力が吸われている感覚がした。転移魔法に足りない分だけを吸い取る。
「それじゃあ、また二日後に会おうね。しくじらないでよ? 僕、君たちの主に怒られるつもりないから」
「わたしがそんなことするとでも? 怪しまれたとしても、気づかれることはない」
◆◆◆
「レネ様っ!」
その時レイが回っていた場所は、王城から離れた位置だった。故に事態に気づくのが遅れてしまい、到着した頃には既に終わっていた。
転移魔法を行使してレイが王城に現れた。そこで見たのは、気絶でもしているように倒れているアレオスと、拘束されて動けないでいるロック、ボロボロになって壁に座りかかるレネだった。
「⋯⋯っ! 今すぐに緑魔法を⋯⋯」
「ああ、レイさんですか。大丈夫です。まだ、魔力は」
残っていますから、と言おうとしたところを、レイが発言を被せてくる。
「いえ、安静にしていてください。何もできなかった私に、何かさせてください」
直後、心地良い暖かさがレネの全身を巡り、十秒も経たないうちにレネの傷は治った。服がボロボロで血もついていたため、レイは自分の上着をレネに羽織らせた。
「ありがとうございます」
「そんなことはありません。遅れて申し訳ございませんでした」
仕方のないことであったとはいえ、自分の主の姉のような存在の身に危険を許してしまったことは恥ずべき行いだ。
そういうところをレネは感じ取ったのか、彼女はあえて慰めることを辞める。
「⋯⋯まあ、今度からはきちんと助けに来てくださいね」
「⋯⋯はい!」
それからアレオスを叩き起こしたり、ロックの拘束などを解いたり、何があったかを衛兵と共有したりしていると時刻はもう真夜中だ。魔族であるレネとレイは問題ないが、人間であるアレオスはそろそろ睡眠を取らなければ明日の活動に支障が出始めるだろう。
「⋯⋯今回は助けられました」
人間用の寝室に向かう直前、アレオスはレネにそう言った。あくまでも感謝を直接言葉で伝えないのは彼の理念のためだったが、敵意剥き出しであった時と比べるとかなり対応は軟化している。
「どういたしまして」
「⋯⋯⋯⋯」
アレオスはさっさと歩き、伝えられた部屋に行った。それをレネは見届けることはわざわざせず、彼女もまた貸された部屋に向かった。ちなみにレイはレネの部屋の真隣に居るらしい。
「⋯⋯さてと、また話し合うことにはなるだろうけど、方針について考えるべきね」
レネはソファに座ると、鮮明なままの頭を回転させ始めた。まずは情報のまとめである。
「敵はミカロナが確定。これは分かっていたことだけど、問題は違う。戦闘力が、私の知っている範囲になかったことね」
少なくともレネが知るミカロナはもっと弱かったはずだ。具体的には基礎的な魔法能力は成長を加味しても急成長と言わざるを得なかったし、何より、あの能力の応用具合。レネには彼女の言っている意味がさっぱりだったが、分かることが一つある。それは、彼女に直接触れるような戦闘をすることは避けるべきであるということだ。
「魔法の撃ち合いでは、手数の多さと防御能力で私の方が上だけど、それだと私も決定打に欠ける」
しかし逆に言えば、レネ、レイ、アレオスの三人でかかれば勝てる可能性が高いということでもあった。
「⋯⋯じゃあどうやって三対一の状況を作る?」
これが思いつかない。まず、ミカロナも今回以上の無茶はしないだろう。したがって慎重に行動するはずであり、位置情報を漏らすなどないと考えるべきだ。
であれば、ミカロナは次、何をしてくるのだろうか。
「目的は虐殺。でも、それが目的ならあの大結晶を暴走させるだけで構わない。易易と用意できないとしても、ミカロナは範囲攻撃に長けているはずだから⋯⋯」
竜王国とは言っても、竜が住む地域は全体の三割あるかどうかだ。人間の居住区は四割であり、残りが森林など。
竜であるならばいさしらず、人間程度なら彼女単体でも鏖殺できるはずだし、実際にやったことがあった。
「乱暴な方法が取れない理由がある?」
もしもレネがあの大結晶の暴走を食い止められると、ミカロナが信じていたならば。敵を信用するなんて考えられないが、それをしてこそ魔女である。
つまり、何かしらの原因で大規模な破壊ができないということである。
「とすると、行動を絞り込むことができるね⋯⋯」
大規模な破壊行動をせずに虐殺を実行するならば、やり方は二つ。
一つ、集団に単身で突っ込み暴れる。多少破壊行動をすることになるだろうが、地形を変えるようなことはしない。が、これでは、少なくとも一人だと殺しきることができないだろう。
二つ、住民たちに反乱を起こさせ、戦争を勃発させる。ミカロナは戦争難民を始末するだけで、そのうち多くの生者が死体となる。
「可能性が高いのは二つ目。だけどミカロナが一人だとは限らないから、一の可能性もある⋯⋯住民たちの動向にも気を配りつつ、ミカロナの捜索も同時進行するべきね」
結局やることは変わらなかったが、何を目的にそうするかを明確にできたことは、案外軽視できたものではない。
「よし、寝よう。眠たくないし必要もないけれど、頭をリセットするという意味でも」
色々と考えて、情報が混在する頭の中身を、眠ることによって一度真っ白にすることにした。無論、記憶を喪失するわけではない。一種の気分転換のようなものだ。
そういうことで、レネは魔法で寝間着に着替えると、すぐさまベットの上で横になった。
レネにはああ言ったが、心臓を抜き取って、それを外に投擲し、そこから体を復活させるなどという博打は初めてやったことだ。
今度の戦闘では何度も窮地を脱するためにそうした賭け事をやり、ほぼ全てを通ってきた。幸運のように思えるが、実際はミカロナの実力が理由だった。
「で、肝心の爆弾だけど、やっぱりあんな渡し方したら防がれるよね」
遠く離れた位置で、ミカロナは煙が立つ王城の王の寝室を見る。あの大魔力結晶は暴走させると、軽く一つの都市を壊滅させるのだが、建物の一部崩壊程度で済んでいるのにはレネの力が関係していることだろう。
ミカロナであれば、あれをレネに見せるまでもなく爆発させて自分も逃げられる算段があったが、下手をすれば彼女らの計画に支障が出る。
「この下にある大魔法陣を傷つけると、何言われるか分かったものじゃないし」
それを言い終わったと同時にミカロナの肉体の再生が終了する。魔力がもう少しで枯渇するほど消耗した以上、低階級の治癒魔法を使わざるを得なくなった弊害だ。蘇生魔法による体の復活も必要最低限──四肢をまともに動かせないぐらいの欠損や全身の激痛、脳が少し足りないことによる頭痛と様々な障害を残していた──であったため、今ようやく動けるようになったということだ。そんなこともあり、ミカロナのコンディションは最悪そのもの。体の修復も完璧ではなく、今、過激に動けば体が引き裂けそうだ。
「あーあ、しばらくは動けなさそうだよ。これじゃあ殺されちゃうかもね⋯⋯でしょ、ネツァク?」
晴れ晴れとした天気を思わせる緑色のサイドテール。エメラルドが眼球の代わりに眼窩に嵌め込まれていることを除けば整った顔立ち。下着姿と殆ど変わらないほど露出しているチャイナドレスに似た服装を着用し、女性的な起伏のある、白い体はそれを目立たせている。
黒の教団幹部、『勝利』のネツァクとは、彼女のことである。
「あなたを殺すことのデメリットの方が、明らかにメリットを上回る。それに今のあなたでも、わたしを道連れにできるよね?」
「はっ、冗談さ。殺される気も、道連れにする気もない。僕を殺そうとしてくる奴らは何としてでも殺すか、逃げるよ」
そう言ってミカロナは木に背を預け、天空の星々を眺めた。
「それで、どうなったの? あなたがわたしに何の報告もせず、突然襲撃を決行し、無残にも負けてきた言い訳を聞きたいのだけど?」
「収穫はあったさ。僕は強くなれたし、まだまだ強くなれると知った」
「ふざけるな。組織としてあなたの行動は見過ごせない。それを叱咤している現状が分からないの?」
ネツァクは怒りを隠そうともしない。傍から見ればネツァクの言っていることは正しくそうである。組織に属するならば、報告、連絡、相談は大切であり、ミカロナのこの単独行動は責めるべき事案だ。
「アレオス・サンデリスを無力化できることが分かった。万全な状態であれば青の魔女にも勝てる。あとは現れていなかった魔人だけが不確定要素だけど、まあ何とかなるでしょ」
しかし、きちんと組織にとって有益な収穫も確保してきているのがミカロナの良い所であり、やるせない所でもある。
ミカロナが今回、最大の敵である神父サンデリスを単身撃破できることは何よりも嬉しい情報だ。
「とは言っても同時に三人の相手は無理だね。多分何もできずに死ぬ。できて二人⋯⋯もキツイね」
「なら、人間共をいくらか殺す? そうすれば、青の魔女は見過ごせないはずだし、分断できる。⋯⋯ああ、分断できるとは限らないかな」
「──いや、悪くない案だね。竜王には黒魔法をかけておいたんだ。それを起動すれば、竜側にも意識を惹かせられる。人間か竜が、選ばせてあげようよ。どっちかにつかなければその方を全滅させるのさ。どちらか片方だけでも足りるんでしょ?」
ミカロナがロックにかけた黒魔法がは、彼女が意識するだけで対象を衰弱させて、そして最後には死に至らされるものである。衰弱具合も設定することができ、一ヶ月、一年単位で弱らせていくことも可能。
「ええ、足りる。⋯⋯ここまで考えていたの?」
「まさか。打てるでは全て打っただけだね。こうして役立つことがあるから」
方針も決まる頃には、ミカロナは少しは回復した。まだまだ全身が痛いものの、隠れ家まで歩くことぐらいはできそうだ。
「何か食べ物ない? お腹空いた」
彼女は子供のように言う。
「魔女に食事は必要ないでしょ」
「君は水以外の、珈琲とか、紅茶とかを飲まないの?」
ミカロナは、とにかくそれを譲る気はないようだとネツァクは気づくと、深いため息をついた。
「⋯⋯後で持っていく。全く、あなたが何を考えているかさっぱり分からない」
「魔女は大体そんなものさ。何考えてんだかよく分からない奴ばっかだし、僕だってそう。君たちの主だってね。⋯⋯けれど、魔女と相対するならその理解困難な彼女らの行動を読まないといけないだよ。はは、骨が折れるね」
緑の彼女はどこか遠くを見つめながらそう言う。彼女も他の魔女たちと会ったことがないなんてことはない。どこか常に冗談めかしい彼女からは考えられないほど、真剣に答えている。
「その中でもレネは読みやすい。倫理観がぶっとんでて、自己利益しか考えない他とは違うからこそ、寧ろやりたいことが分かるのさ。彼女の『欲望』は他者を守ることであり、平等主義者故にね」
ミカロナはレネたちの策略を完全に読み切った上であえて引っかかった。それは危険を好む彼女の『欲望』のためでもあり、また、レネたちを個別に潰せるチャンスであったからである。
もしもレネが誰かを守る気がなく、ミカロナを殺すことしか脳になければ、アレオスを守らずにあのとき、意識外の一撃を放てたはずなのである。もっと言えばパトロールなんてせずにロックの近くに全員潜伏していれば⋯⋯と、いくらでも考えられた。
あの聡明なレネが思いつかないなんてことはない。ただ実行しなかっただけだ。
「つまり何が言いたいの?」
ああだ、こうだミカロナは言っているが、ネツァクには彼女の言いたいことが分かっていた。しかし、何も言わなければまだまだ喋り続けそうであるため、そう聞いた。
「僕が殺されるなんてないってこと。『欲望』を叶えるその時までね」
ミカロナが死ぬときは、『欲望』が満たされたときだけ。一度も味わったことのないその感覚は、時が来れば分かるだろうと根拠もないのに確信できた。
「さて、少しの間は休んで、それから最終確認しないとね。実行は二日後の夜で良いかい?」
普通の人間であれば、緑魔法があろうとその反動などで、一週間ほどは休養を取るべき傷なのだが、緑の魔女には関係がないようだ。
「ああ。それで構わないさ」
「じゃ⋯⋯って、僕、まだ動けないんだった。ネツァク、抱っこしてくれない?」
彼女の身長は百七十四センチメートルほどある。無理とは言わないが、運ぶなんて難しい。
「ふざけるな。⋯⋯ほら、魔力分けてあげるから」
「ありがとね」
ネツァクはミカロナと手を繋ぐと、そこから魔力が吸われている感覚がした。転移魔法に足りない分だけを吸い取る。
「それじゃあ、また二日後に会おうね。しくじらないでよ? 僕、君たちの主に怒られるつもりないから」
「わたしがそんなことするとでも? 怪しまれたとしても、気づかれることはない」
◆◆◆
「レネ様っ!」
その時レイが回っていた場所は、王城から離れた位置だった。故に事態に気づくのが遅れてしまい、到着した頃には既に終わっていた。
転移魔法を行使してレイが王城に現れた。そこで見たのは、気絶でもしているように倒れているアレオスと、拘束されて動けないでいるロック、ボロボロになって壁に座りかかるレネだった。
「⋯⋯っ! 今すぐに緑魔法を⋯⋯」
「ああ、レイさんですか。大丈夫です。まだ、魔力は」
残っていますから、と言おうとしたところを、レイが発言を被せてくる。
「いえ、安静にしていてください。何もできなかった私に、何かさせてください」
直後、心地良い暖かさがレネの全身を巡り、十秒も経たないうちにレネの傷は治った。服がボロボロで血もついていたため、レイは自分の上着をレネに羽織らせた。
「ありがとうございます」
「そんなことはありません。遅れて申し訳ございませんでした」
仕方のないことであったとはいえ、自分の主の姉のような存在の身に危険を許してしまったことは恥ずべき行いだ。
そういうところをレネは感じ取ったのか、彼女はあえて慰めることを辞める。
「⋯⋯まあ、今度からはきちんと助けに来てくださいね」
「⋯⋯はい!」
それからアレオスを叩き起こしたり、ロックの拘束などを解いたり、何があったかを衛兵と共有したりしていると時刻はもう真夜中だ。魔族であるレネとレイは問題ないが、人間であるアレオスはそろそろ睡眠を取らなければ明日の活動に支障が出始めるだろう。
「⋯⋯今回は助けられました」
人間用の寝室に向かう直前、アレオスはレネにそう言った。あくまでも感謝を直接言葉で伝えないのは彼の理念のためだったが、敵意剥き出しであった時と比べるとかなり対応は軟化している。
「どういたしまして」
「⋯⋯⋯⋯」
アレオスはさっさと歩き、伝えられた部屋に行った。それをレネは見届けることはわざわざせず、彼女もまた貸された部屋に向かった。ちなみにレイはレネの部屋の真隣に居るらしい。
「⋯⋯さてと、また話し合うことにはなるだろうけど、方針について考えるべきね」
レネはソファに座ると、鮮明なままの頭を回転させ始めた。まずは情報のまとめである。
「敵はミカロナが確定。これは分かっていたことだけど、問題は違う。戦闘力が、私の知っている範囲になかったことね」
少なくともレネが知るミカロナはもっと弱かったはずだ。具体的には基礎的な魔法能力は成長を加味しても急成長と言わざるを得なかったし、何より、あの能力の応用具合。レネには彼女の言っている意味がさっぱりだったが、分かることが一つある。それは、彼女に直接触れるような戦闘をすることは避けるべきであるということだ。
「魔法の撃ち合いでは、手数の多さと防御能力で私の方が上だけど、それだと私も決定打に欠ける」
しかし逆に言えば、レネ、レイ、アレオスの三人でかかれば勝てる可能性が高いということでもあった。
「⋯⋯じゃあどうやって三対一の状況を作る?」
これが思いつかない。まず、ミカロナも今回以上の無茶はしないだろう。したがって慎重に行動するはずであり、位置情報を漏らすなどないと考えるべきだ。
であれば、ミカロナは次、何をしてくるのだろうか。
「目的は虐殺。でも、それが目的ならあの大結晶を暴走させるだけで構わない。易易と用意できないとしても、ミカロナは範囲攻撃に長けているはずだから⋯⋯」
竜王国とは言っても、竜が住む地域は全体の三割あるかどうかだ。人間の居住区は四割であり、残りが森林など。
竜であるならばいさしらず、人間程度なら彼女単体でも鏖殺できるはずだし、実際にやったことがあった。
「乱暴な方法が取れない理由がある?」
もしもレネがあの大結晶の暴走を食い止められると、ミカロナが信じていたならば。敵を信用するなんて考えられないが、それをしてこそ魔女である。
つまり、何かしらの原因で大規模な破壊ができないということである。
「とすると、行動を絞り込むことができるね⋯⋯」
大規模な破壊行動をせずに虐殺を実行するならば、やり方は二つ。
一つ、集団に単身で突っ込み暴れる。多少破壊行動をすることになるだろうが、地形を変えるようなことはしない。が、これでは、少なくとも一人だと殺しきることができないだろう。
二つ、住民たちに反乱を起こさせ、戦争を勃発させる。ミカロナは戦争難民を始末するだけで、そのうち多くの生者が死体となる。
「可能性が高いのは二つ目。だけどミカロナが一人だとは限らないから、一の可能性もある⋯⋯住民たちの動向にも気を配りつつ、ミカロナの捜索も同時進行するべきね」
結局やることは変わらなかったが、何を目的にそうするかを明確にできたことは、案外軽視できたものではない。
「よし、寝よう。眠たくないし必要もないけれど、頭をリセットするという意味でも」
色々と考えて、情報が混在する頭の中身を、眠ることによって一度真っ白にすることにした。無論、記憶を喪失するわけではない。一種の気分転換のようなものだ。
そういうことで、レネは魔法で寝間着に着替えると、すぐさまベットの上で横になった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる