白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第六章「黒」

第百五十話 無理解

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 左腕には剣を最早握れない。ならば、左腕そのものを武器にしてやれば良い。
 サンタナは割けた左腕に刃物を差込み、『憤怒の罪』の能力で固定し、自らの左腕を武器とした。

「〈爆裂電撃エクスプロードライトニング〉」

 赤色の魔法陣は青色の電撃を放ち、それは爆裂するかのように放電した。
 超電圧がサンタナの身を焦がし、そして電流をも与えたが、それで彼が跪くことはなかった。
 猪突猛進してサンタナはビナーとの距離を無くし、左腕に融合させた剣を振るう。神経とそのまま接着したそれを振るうことはとんでもない激痛を伴うが、サンタナにはそれに構っていられる程の余裕はない。
 魔法使いであるビナーは、勿論のこと近接戦闘が不得意だ。故に〈飛行〉でサンタナとの距離を取ろうとするが、魔法による移動より、彼の身体能力のほうが高い。
 しかしそれでも刹那の猶予は生み出せた。ビナーは防御魔法を行使し、障壁を展開。サンタナの一撃と共に障壁は硝子のように砕けるが、それでもその即死攻撃を防げた恩恵は大きい。
 続く剣戟より先に、ビナーは攻撃魔法を行使する。
 〈雷砲〉が行使されると、まさにその名に相応しい雷が撃ちだされる。攻撃魔法において一番着撃までの時間が短い雷系魔法は、魔法には珍しく近距離でも扱える。当然、最高位の雷系魔法でもなければ即着撃ではないため、どんな戦士の剣より速いわけではないが、その戦士の中にサンタナは居ない。
 またもや雷撃を全身で受ける。身は焼けているし、体には痺れが残っている。動きも鈍い。内臓にも損傷があったようで、動くだけ痛みは増している。
 だがしかし、それで攻撃を辞める理由にはならない。

「──ッ!」

 声にならない雄叫びを上げて、地面を蹴る。

「〈範囲拡大レンジエクスペンション高圧電流束縛ハイテンションライトニングバインド〉」

 が、しかし、サンタナの両足を電流の縄が掴み、束縛した。

「〈高圧電流ハイテンションライトニング〉」

 高電圧、高電流がサンタナを襲う。痛み、熱さがサンタナを襲い、肉を焼かれ、血管を剥き出しにされ、そこからは鮮血がほとばしる。

「まだまだ!」

 何度も何度も何度も、ビナーは〈高圧電流〉を行使した。痺れて動けないうちに魔法を詠唱することを繰り返す。魔力が尽きるか体力が尽きるまで、幾度となく。
 やがてサンタナが完全に倒れ伏せたとき、ビナーの残存魔力量はほぼ無いに等しかった。
 魔力が枯渇寸前のとき頭痛や吐き気がすることは、魔法使いならば誰しもが通った道であろう。今正にその状態になっているのがビナーであった。

「これで」

 あれだけ魔法を行使したというのに、サンタナは未だ生きている。それほどまでにこの男は強く、ビナーにとって最高の相手になった。
 だがしかし、この男は殺さなくてはならない。惜しい気持ちはない。そんなことをしてしまえば、ダート司教とゲブラーの命を貶しているも同然だ。

「終わりよ」

 太ももの内側に隠していたナイフを取り出し、サンタナの首に突き刺す。魔力をこれ以上消費することを避けたため、わざわざこうしていた。もうあと何度か魔法を行使すれば、気絶しただろうから。それほどまでに危ない戦いだった。
 ナイフがサンタナの首を貫く──

 ◆◆◆

 その魔人に『仲間』というものを教えてくれたのはツェリスカだった。それまで彼は一匹狼で、以前の『憤怒の罪』の保持者を殺し、獲得したあとはそれはもう、暴れん坊だった。

 ──俺に勝てる奴はいない。俺こそ最強だ。

 そう、それこそ絶体だと強く確信していた。
 故に魔人として召喚されたときも、召喚者との契約を結ぶ前に相手を殺害し、そのまま一国を滅ぼしたこともあった。召喚者が女ならば、自分に都合の良い契約を結ばせ、何十年もその女やまた別の女、酒で遊んだこともある。
 しかし、ある時、その魔族に召喚されたときから、憤怒の魔人は生き方が変わった。

「⋯⋯可愛らしい女じゃねぇか。俺にその体を渡せ。それが契約だ」

 このあと、いつもなら女は拒否し、だが憤怒の魔人は無理矢理にでも襲い、契約を結ばせる。そして満足するまで犯し続け、遊び続ける。それがいつもの事だった。でも、

「私を可愛らしいとはね。今時珍しい。それとも、流石というべきか?」

 目の前の女は、憤怒の魔人を見ても怯えず、それどころか余裕さえ保っていた。
 このとき、憤怒の魔人は女が虚勢を張っていると思った──そんなわけないと、頭の中では分かっていても。
 だから、憤怒の魔人は能力を駆使して、殺そうとした。剣を作り出し、振るう。しかしそれを止めたのは目の前の女ではなかった。また別の女だ。

「君、下品だね。同じ大罪の魔人として本当に虫唾が走るよ」

 銀髪の女──後にわかったことだが、彼女は『強欲』であった──が、憤怒の魔人の剣戟から召喚者を守ったのだ。
 魔法。それと同じ位の魔人であると理解した途端、憤怒の魔人はようやく自分の立場が分かった。

 ──召喚者は、魔王は、俺より強い、と。

「女⋯⋯いや、あなたの名前は」

「名前を訊くならば、まずは自分からよね、あなた?」

 召喚者はサンタナに顔を近づける。目は紅かった。彼女は吸血鬼だったのだ。それも、最上位の。
 憤怒の魔人は跪き、そして憤怒の魔人であることを伝える。

「⋯⋯ねぇ、フィル。魔人って名無しが多いの? あなた以外ももしかして?」

「そうですね、ツェリスカ様。名前を持っている魔人の方が少ないですよ。コレのように、二つ名を名乗っている場合もありますが」

「そう。⋯⋯そうね、ならあなたにも名前をつけないとね」

 ツェリスカは少し考える素振りを見せてから、何か思いついたように憤怒の魔人に言葉を掛ける。

「あなたの名前は⋯⋯サンタナ。よろしくね。私はツェリスカよ」

 ツェリスカ──は、サンタナにそう言って微笑んだ。今までに見てきたどんな美女のどんな顔より、そのときの彼女は美しかった。

「君、今度さっきみたいなことをツェリスカ様に言ったら、本気で殺すから。いいね?」

 でもこの銀髪の魔人は、サンタナには少し気に食わなかった。
 そうして、サンタナは仲間というものを理解した。自分がこれまでどれだけ愚かしかったのかを、長い時間をかけたが理解していった。
 ツェリスカが治める国で内乱を抑えたとき、死者がほぼゼロだったのはサンタナが一人だけではなかったからだ。
 レヴィアという少女は最初、自己嫌悪していた。だからサンタナは彼女に彼女自身を好きにさせるよう努力したこともあった。
 ツェリスカがケント・ノザキという男を連れてきたとき、祝福したのはカルテナくらいだった。だがその男をサンタナたちが認めるのには、そこまで時間を要しなかった。何せ、その男は強く、そして優しかったし、ツェリスカを何よりも愛していたから。ならばサンタナたちが認めない理由は最早ない。
 勿論、喧嘩をしたこともあった。相手はベルゴールだった。些細な喧嘩だ。デザートを勝手に食べられたという、本当に下らないもの。何故か喧嘩は激化し、もう少しで城が壊れるところだったのを、シニフィタに殴られて止められた。あれは本当に痛かった。レヴィアと喧嘩しかけたこともあったが、サンタナは死ぬ気がしたのですぐに自分から謝った。多分、誠心誠意にツェリスカ以外に頭を下げたことはこれが初だった。
 ツェリスカに子供ができたと聞いたとき、サンタナたちは耳を疑った。まさかアンデッドに子供なんてできるとは思っていなかったからだ。聞くと、腐っていないものに限るが、肉体を持つアンデッドは普通に生殖活動ができるらしい。とは言っても普通の人間よりも受精はし辛いとのこと。
 ツェリスカの子供は、セレディナと名付けられた。容姿はツェリスカによく似ていたが、目元なんかは父親に似ていた。とても可愛らしい。サンタナの指を握ったとき、彼はそう思った。二人の子供なんだな、とすぐ分かった。

 ──私は寂しかっただけだ。

 それに気づいたとき、世界は変わった気がした。
 遊び呆けたのも、寂寥感から目を逸らしたかったから。群れなかったのも、誰かに捨てられたくなかったから。

 ──私を、ツェリスカ様は暖かく迎えてくれた。同じ大罪の魔人たちとも、すぐに仲良くなれた。
 私が『憤怒』していたのは、弱い自分のことであったのだと、やっと分かった。
 私は救われた、あの御方に。魔王、ツェリスカ様に。そして大切なものを気づかせてくれた、仲間たちに。他の大罪の魔人たちに。
 私が今ここにいるのだって、ツェリスカ様が死んでもまたこの世界に現れたのだって、全てはツェリスカ様への恩返しであり、そしてのため。仲間たちのためだ。だから、決して私は──

 ◆◆◆

「──負けられない。私はお前に勝つ」

 ナイフを、右手で、掴んだ。
 手の平の肉が切り裂かれ、血が吹き出る。痛みはもはや感じない。感じるのは、思うのは、仲間のこと。そしてセレディナのことだ。

「な、に」

 さらに、サンタナはナイフを握る力を強める、柄を掴むように。
 大地が揺れるかのような咆哮をして、サンタナはビナーからナイフを奪った。そして、それをビナーの頸動脈を目掛けて突き刺した。
 人を殺すためだけの一撃。決死の一撃。その一撃は、確実にビナーを殺す。
 
「私こそ、負けるわけにはいかない!」

 ただ即死はしない。人智を遥かに超えた生命力を以てして、そして自分の覚悟が、決意がビナーにその刹那を与えた。
 体内の残り僅かな魔力をビナーは練り、彼女の人生ならぬ魔人生で最高の出力を実現した、最期の最強の魔法。

 ──〈万落雷ヘビーサンダー

 サンタナはビナーの首にナイフを突き立て、ビナーはサンタナに雷を落とした。電流は生きているかのようにサンタナを襲った。
 喉がはちきれそうなくらい、声で血管が切れそうなくらい叫ぶ。
 意地と意地のぶつかり合い。殺意と殺意の殴り合い。その結果は──、

「──勝っ、たっ⋯⋯!」

 サンタナが、最後に立っていた。

 ──。────。──────だが、その余韻は一瞬で霧散する。

「⋯⋯へぇ、やるじゃん、君」

 満身創痍。全身ボロボロのサンタナの後ろから、靴音が聞こえた。勿論その声にも聞き覚えがあった。
 嘘だ、とサンタナは思った。だって、そいつの相手をしているのは大罪魔人でも直接戦闘能力最強の、『怠惰』、シニフィタであったはずだからだ。

「まさか、君たちがあの三人を殺すとは思えなかったよ。まあ、君一人しか生き残っていないようだけど」

「────」

 信じられない。目の前の女は、掠り傷こそ負っていても、まともな傷は負っていない。ほぼ無傷と言っても良い。そんなわけがない、しかし現実はそうだ。それは虚構ではない。

「⋯⋯ああ、ボクが彼女を殺したことが信じられない、って顔だね?」

 図星をつかれて、サンタナはすぐさま臨戦態勢に入った。もしかすればミカロナはこう見えて消耗が酷いのかもしれない。魔力がないならば、サンタナにだって相手できるはずだ。

「いいねぇ、その目。覚悟している人の目だ。⋯⋯そして、壊したくなる目だ」

 ミカロナは氷の魔法を行使する。展開された赤色の魔法陣から氷柱が生成され、撃ち出される。
 サンタナは痛む全身に構わず、氷柱の弾幕を掻い潜りながらミカロナに接近。そしてその腹に二本の剣を突き刺した。
 ミカロナの腹部は赤く染まり──いや待て、

「──はい、残念。ボクが腹を刺されたくらいで痛むとも、ましてや死ぬとでも思ったの?」

 抜けない。ミカロナは自分の腹にサンタナの剣を突き刺ささせ、そこに拘束したのだ。
 そしてミカロナは、サンタナを抱擁した。首の後ろに腕を回し、抱き締めたのだ。

「よしよし、よく頑張りました」

 理解が追いつかなかった。この魔女は何をやっているのか、と。

「サンタナ、あなたは本当に頑張ったね」

 ──否、この抱擁は当たり前だった。何せ、抱き締めてくれているのは──ツェリスカだったのだから。

「ツェリスカ⋯⋯様!」

 もう会えないと思っていた。でも今こうして会えた。感動で涙が止まらない。このままいつまでも抱き締めていて欲しかった。

「私は⋯⋯俺は、あなた様を愛しています! 皆もそうです。戻ってきてくれて、本当に⋯⋯」

「うん、うん⋯⋯私もよ、サンタナ。だから」

 暖かい。こんな気持ちになったのであの日以来だ。

「──だから、死んでくれる?」

「────え」

 サンタナの胴体を、氷柱が貫いた。誰がどう見ても即死。どんな処置でも死は免れない。⋯⋯ミカロナという、緑の魔女でもない限り。

「ふふふ⋯⋯この絶望感。久しぶりの感情。素晴らしい。わざわざ演技しただけの価値はあったよ」

「な⋯⋯で」

「おっと、まだ解除していなかったね」

 その瞬間、サンタナの目に映っていたツェリスカの姿が、ミカロナへと変貌する。そうして自分の身に何が怒ったのかを理解した途端、サンタナは『憤怒』に燃えた。しかし、いくら燃えたって続くわけではない。
 
「視覚、聴覚を操った。黒の魔女から君の初めの主人のことは聞いていたからね。あれは何と、声とかも完璧に再現してくれたんだ。だからボクも、聞いたそれに聞こえるように、見たそれに見えるように、そして君の『第六感』を鈍化させ、騙した」

 『第六感』──それは危機管理能力でもあった。つまるところ、サンタナの思考は半支配下に置かれ、脳が状況を正しく理解できないでいた。だから、目の前のミカロナがツェリスカに急に変わったって、違和感を持たなかった。

「初めてやったんだけど、素晴らしい結果だ。ありがとう、サンタナ。そしてこれはそのお礼さ」

 ミカロナの瞳が光る。しかし今度は幻覚ではない。痛覚を操られ、サンタナの感じる痛みは先程までのそれを遥かに超えた。絶叫し、しかし気絶するわけではない。

「じゃあね、サンタナ。あの世で主人と感動の再会をしてくるといい」

 トドメとでも言うように、サンタナの周りを無数の氷柱が囲んだ。それらは一気に固定から解除され、対象の身を撃ち抜く。
 最早千切るという表現が正しい、酷く──美麗な処刑方法だった。

 ──『憤怒』の魔人、サンタナの命は、ここで尽きた。
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