白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第六章「黒」

第百四十七話 衝突

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 『暴食』ベルゴール、『憤怒』サンタナ、『色欲』カルテナ、『怠惰』シニフィタの四人もまた、黒の教団の幹部たちと遭遇していた。

「あらあら、可愛い子に、逞しい男。更には美しい女性。最高だわ!」

「全く⋯⋯何で俺こいつと組まされてんの?」

 そう言いつつも、女の方の教団幹部は魔法を行使してきた。四人全員を一度に殺せるくらいの大火力の魔法であり、噂に聞く幹部の力からはあまりにもかけ離れているように思われる。単純な実力であれば大罪魔人に匹敵する──或いは上回る魔力だった。
 しかし、ベルゴール、サンタナ、カルテナの三人はその魔法に対して防御行為をしようともしなかった。反応できなかったのではない。する必要がなかったからだ。

「って⋯⋯は?」

 黒の教団患部の男の方が、その光景を見て困惑の意を溢した。何せ、同僚──ビナーの魔法が、一瞬で無力化されるどころか、それが返ってきたからだ。
 しかし、ビナーはそれに狼狽えず、再度魔法を撃つ。自分の魔法であるから、相殺できた。

「ゲブラー、ほんとにあなたって人の話を聞いていないのね?」

 困惑しているゲブラーを見て、ビナーは呆れたようにそう言う。

「『怠惰』の魔人、シニフィタ」

「あの女のことか?」

「ええ。そして彼女の能力『怠惰の罪』は、ありとあらゆる力の向きを操り、そして魔力を消費することでその力の大きささえも変えることができるのよ」

 能力は基本的にそれのみで完結する場合が多い。しかし例外も勿論のこと存在し、その数少ない例がシニフィタの能力だ。
 力の向きと大きさベクトルの操作。それが大罪魔人最強たる所以の能力。加えて基礎身体能力、魔法能力の高さもある。まさに非の打ち所がない魔人だ。

「知っているってことは、殺すべき相手ってことね?」

 シニフィタがゆっくりと歩いてくる。その歩みには余裕、そして下らないという感情がふんだんに詰め込まれていた。
 後ろの三人は、シニフィタを援護する気さえもない。何せ、彼女にその必要はないから。

「これ、俺たちじゃ無理じゃね?」

「そうね。さっきの不意打ちが無意味ってことは」

 黒の教団も完璧に魔王軍の能力を把握しているわけではない。まさかシニフィタの能力が自動発動だとまでは判明していなかった──否、

「もう少し早く魔法を行使すれば、アタシを殺せたかも。でも、あんたたちは弱い」

 シニフィタの能力は完全手動発動型だ。ベクトルの操作だって、意識しなければならないし、理解もしておく必要がある。

「面倒だ。計算も、理解も。でも殺されることはもっと面倒なことになる。死んでしまったら、一体誰がセレディナお嬢様を守るの? アタシは死後に、ツェリスカ様に叱られることは嫌なのよ」

 死ぬことさえ面倒。怠惰なシニフィタは、死を最も恐れている。だからこそ、彼女は、死なないためになら怠惰であることを辞める。

「死ね」

 彼女は石ころを持ち上げ、軽く投げつける。だがその速度はとんでもなく速かった。摩擦抵抗、重力さえも水平方向の推進力へと変化させ、更に魔力でその大きさも増加させる。
 ただの石ころは大砲を超える弾となり、ビナーとゲブラーを襲った。だがしかし、

「私たちが無理なら、可能性の高い人に任せるのが普通でしょ?」

 石ころは、空中で静止した。どれだけ速くても、それがただの石ころであることには変わりない。見切ることさえできれば、止めることは可能だ。

「────」

 三人の大罪魔人が臨戦態勢に入った。それほどまでに、乱入者である二名は強かったからだ。

「さーて、今度こそ鏖殺だ」

 自然の緑をそのままプリントアウトしたみたいに美しい髪、鬱蒼とした森のような瞳。緑を基調とした服装は、コートとドレスをかけ合わせたようなものに近い。
 露出している肩、胸元、くびれ、背中、足は白く、雪をまとったみたいだった。
 活発な外で遊ぶのが好きな女の子みたいな笑顔を浮かべ、緑の魔女、ミカロナはそこに転移してきた。

「ゲブラー、ビナー、そして私であの三体の大罪魔人を殺します。ミカロナは『怠惰』を頼みましたよ」

「りょーかい、司教様。首は綺麗に切った方が良いよね?」

「どちらでも。別にそんなのいりませんがね」

 ミカロナは自分で転移してきていない。彼女と一緒に転移してきたのは、白髪の混じった金髪の老人、ダートだった。
 彼は黒の教団のローブを着用していて、背はミカロナより少し低い百六十二センチメートル。瞳は朱色であり、老人ながらもそこには力強さが宿っていた。
 魔法使いではあるが体は鍛えられており、ローブから見える腕は、声から察せられる年齢にしては逞しい。
 彼はフードを取り外すと、その素顔が顕になった。
 若い頃はさぞ整っていたのだとわかる顔立ちは今でさえも失っておらず、皺は非常に少ない。肌は白いが、それは単に日に当たっていないがためだ。

「アタシを殺す、か。できるの?」

「ボクは君の天敵だと思うよ、シニフィタ。⋯⋯さあ、あっちで殺し合おうか」

 ミカロナは近くの公園の方を指す。確かあそこは瓦礫も少なく、十分な広さがあったはずだ。

「⋯⋯わかったわ」

 ミカロナの実力は不明だ。だからこそ、周りを巻き込む可能性だってある。特にカルテナを巻き込んでしまうことは避けたい。なにせ、今度の王都崩壊事件の犯人は、目の前の緑の魔女なのだから。また同じことがされないと思うのはよしておいたほうが良い。
 ミカロナとシニフィタたちは近くの公園の方へ向かうと、そこには六名が残った。
 ベルゴール、サンタナ、カルテナ。そしてゲブラー、ビナー、ダート。
 相手の具体的な戦闘力が不明であるにも関わらず、自分たちの能力はある程度把握されている。特にダートの力は警戒すべきだろう。

「司教、か」

 サンタナは先程ミカロナが言った言葉を思い出す。もしその言葉がミスリードでないのなら、ダートは司教──つまりは黒の教団教徒の総括であり、黒の魔女に次ぐ組織のナンバーツーだ。

「まずは⋯⋯」

 戦闘には、ある程度のパターンが存在する。例えば魔法使いとの距離は取るべきでなく、常に距離を詰めておくべき、とかだ。
 そんな中に、集団戦についてのパターンも当然あった。

「私が先制攻撃を仕掛け、ヤツを始末するか。ベルゴール、お前はカルテナを守ってくれ」

 サンタナはバスターソードを持った男、ゲブラーを指差しながら言う。

「⋯⋯了解」

 普段殆ど喋らないベルゴールの声は低く、小さかったが、確実に聞こえた。彼の実力は大罪魔人彼の同僚がよく知っている。安心してサンタナはカルテナのことを任せて、一人で敵に突っ込んだ。
 迎撃したのは期待通りのゲブラーだった。
 サンタナは両手に短剣を創造し、ゲブラーのバスターソードを受け止める。風圧が発生し、地面の砂を巻き上げた。
 そしてそれを片手で滑らせ、サンタナはゲブラーの胸を突く。しかしゲブラーは反応し、器用に足で短剣の腹を弾いた。

「うおらァ!」

 バスターソードは『斬る』というより『叩き潰す』と言った方が正しい武器だ。
 力に任せて乱暴に大剣を振り下ろす。今度、サンタナはそれを躱して、攻撃後の隙を狙おうとするが、

「〈万落雷ヘビーサンダー〉」

 雷が落ちる。それは的確にサンタナだけを狙っていて、単なる自然現象でないことは周知の事実。
 普通に直撃すれば即死は免れない高階級の雷系赤魔法はビナーが行使したものだ。しかし事大罪魔人において、その普通はあり得ない。
 電流と電圧による痺れ、熱による火傷とその痛みは、サンタナにとっては重症そのものだ。 
 そしてホワイトアウトした視界に、ゲブラーの追撃が迫って来ていた。

「──っ!」

 バスターソードが薙ぎ払われるも、サンタナは既の所で身長ほどの大きさの戦斧を生成。バスターソードを受け止めたが、衝撃を耐えきることはできず、近くの家屋に打ち飛ばされる。
 前衛に出ていたサンタナを一時的ではあろうが無力化したことで、ダートは魔法を詠唱する。

「〈地面断裂グランドラプチャー〉」

 対象は勿論ベルゴールとカルテナだ。
 地面が振動し、そして口を開く。捕食活動をする食虫植物のように、二人を飲み込もうとしたが、直前でベルゴールはカルテナを抱えて跳躍した。
 断裂した地面に落ちればそのまま閉じて、圧死。安全地帯まで逃げられるなら、魔法使い二人相手に有利に働くか、それともカルテナと一緒に近づくしかなかった。
 勿論近づくベルゴールとカルテナをそのままビナーとダートが見ているはずがなく、

「〈魔法階級突破オーバーマジック連鎖する龍電撃チェインドラゴンライトニング〉」

「〈破裂する岩散弾バーステシィブロックショット〉」

 青白い龍の形を模した雷撃が二人を襲い、続いて拳大の岩の弾丸が撃たれる。
 
「────」

 それら魔法にベルゴールは手を翳すと──消える。

「⋯⋯⋯⋯」

 だが、ビナーもダートもそれに驚かない。そんなこと知っていて、二者は魔法を行使したのだ。寧ろそれこそが狙いである。何しろ、ベルゴールの能力、『暴食の罪』は、

「お味はどうですか、『暴食』」

「⋯⋯⋯⋯」

 ベルゴールは『戦闘態勢』に入り、上半身を晒す。
 彼はメラリスのように、裸を好むわけではない。それどころか素肌を晒すのを嫌うタイプだ。そのため、彼がそうするのは戦いの時だけ。
 彼の全身には『口』があった。人間の口ではない。もっと凶悪な猛獣のような口だ。唯一人間らしい口と言えば、顔にあるものくらいだろうか。
 『暴食の罪』は、全身にある口でありとあらゆるモノを喰らうことができる能力だ。そして喰らった力を奪うこともできる。しかしこれには弱点があった。

「さて、一体どれだけ私たちをの魔法を食らえるの?」

 人は食べれば満腹になるように、ベルゴールも能力には限界があるし、一定以上力を取り込むと制御することに重きを起き、あまつさえ弱体化する。
 つまり、ビナーとダートの狙いは、魔法を食わせて、腹が破裂するのを待つことだ。
 
「⋯⋯カルテナ」

「何?」

 ベルゴールは背中の口を大きく開ける。

「俺の中に入れ」

「⋯⋯それ、危険」

 ベルゴールの胃袋は食したものを隔離することができるし、取り出すこともできる。だからカルテナが捕食されたところで彼あるいは彼女は死ぬことはないが、それは同時にカルテナの治癒魔法を受けられなくなるということでもあった。
 ベルゴールは食したものを消化しなければ、その能力を奪えないし使えない。しかし胃袋内部では、囚われた対象はあらゆる力を制御されるし、その制御を超えると吐き出されるため、カルテナはベルゴールの胃袋内部で治癒魔法を使えない。

「⋯⋯だが」

「いい。ボク、戦う覚悟、できてる」

「⋯⋯分かった」

 ベルゴールはカルテナを傷つけたくなかった。大罪魔人でもまだ若く、弱いレヴィアとカルテナは、皆から守られていた。確かに能力は優秀だが、肝心の身体能力が低かったし、何より経験が少ない。

「カルテナ、まずはサンタナを起こせ。俺があの二人を止める」

 何よりも、家屋の瓦礫の下敷きとなっているサンタナを叩き起こし、人数不利から何とかしなければならない。
 ベルゴールの見立てでは、あの二人を相手にし、時間を稼げるのは持って一分だろう。
 その間にカルテナはゲブラーを相手にしつつサンタナを起こす必要がある。でなければ全員死亡する。

「了解」

 カルテナは一声そう発して、サンタナの下へと走り出した。

「ゲブラー、『色欲』を殺しなさい」

「承知しましたよ、司教様」

 ゲブラーがバスターソードを構え、疾風のように走り出し、風からは逃げられないようにカルテナに一瞬で追いつく。
 無慈悲にバスターソードを振り下ろすが、カルテナもそこまで弱くはない。飛び込むようにしてバスターソードを避けて、魔法で反撃する。

「〈酸弾アシッドバレット〉 」

 目を狙った一撃。視力を奪われてしまえばゲブラーはそこで終わりだ。何とか目に酸性液は入らなかったが、その代わり咄嗟に出した右手が犠牲になった。

「ちっ⋯⋯」

 甘く見ていたゲブラーは自分に対して舌打ちをする。カルテナを油断ならない敵であると改め、本気でぶつかる。
 使い物にならなくなった右手ではなく、利き手でない左手のみでバスターソードを握る。本来両手で持つべきその剣を片手で持てるだけで異常だが、彼はそれを振り回せた。
 当然スピードもパワーも小さくなったが、それでも尚脅威には変わりない。
 薙ぎ払いを避けるために跳躍したが、それはゲブラーの狙い通りだった。すかさず彼はカルテナに蹴りを入れた。

「がっ⋯⋯」

 地面を何度かバウンドし、転がり、倒れる。

「この右手は俺の落ち度だ。お前を甘く見ていた俺の、な。『色欲』の魔人、カルテナ。言い残すことは?」

 ゲブラーはカルテナに歩み寄り、最期の言葉を訊こうとする。カルテナは血反吐を吐きながら立ち上がって、それを見たゲブラーはニヤリと笑う。

「──ない。まだ、死なないから」
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