白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第六章「黒」

第百四十六話 灼熱地獄

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「レヴィ、別にお前は手伝う必要ないぞ?」

 鍛え上げられた鋼鉄のような筋肉を晒しながら歩く巨漢の隣には、比較すればとても小さな黒髪の、黒のウエディングドレスを着た幼女が居た。
 『傲慢』メラリスと、『嫉妬』レヴィアの二人は現在、王都で行方不明者の捜索活動に加わっているのだが、レヴィアは外見通りひ弱なため、加わる必要はなかった。しかし、

「ワタシは誰にも『嫉妬』したくないの。ワタシは美しく、ワタシは誰からも見られないといけない。だからワタシは、皆に必要とされ、貢献しなきゃならないの」

 要は、あらゆる人々の、可愛くて助けてくれる一番好きな人になりたい、ということだ。もし、ここで捜索活動に参加しなければ、そのイメージが崩れてしまうと危惧しているのだ。

「そうか。だが、無理はするなよ。あと数十年もしなければ、お前はまだまだ弱いんだからな」

 レヴィアの今の強さは、能力のみだ。本体自体は外見そのままの人間くらいで、強いて挙げるなら耐久力が高い程度か。
 魔人に寿命はないようなものだが、成長はする。歳を重ねればその分強くなることは他の生命体と同じだ。

「分かってる。ありがとう」

「ああ」

 メラリスは『傲慢』な性格をしており、また、他者を気遣うことなどほぼない。認めた相手ならば気を遣うが、それでもあまり、だ。
 レヴィアにはそんなメラリスでさえ庇護欲を沸かせる力がある。

「いない、か」

 メラリスの筋力ならば、片手で瓦礫を、発泡スチロールかのように持ち上げることができる。そのため捜索自体は早いが、人はあまり見つからないし、見つかったとしてもそれは死体だ。これまでに生存者を見つけた試しがなく、しかしまだ死者しかいないと決まったわけでもない。
 メラリスにとって、人間の殆どは弱小で興味なんてない。だから死のうが生きようがどうでも良いが、セレディナの命令であるため捜索の手を抜くことはできない。彼にとってのセレディナは、強者と言うよりも仕えて当然の相手だ。勿論実力も認めてはいるが、まだまだだ。

「⋯⋯⋯⋯」

 そんなことを考えているとき、メラリスは嫌な空気を感じた。野生の勘とでも言うべきそれが反応したのだ。ドス黒い、醜悪な気配がした。
 感覚は──特に嫌な予感というものはどうも当たりやすい。
 メラリスはレヴィアを後ろに隠し、嫌な気配を感じた方を向く。するとそこには、

「『傲慢』メラリス。能力は熱を操る」

「『嫉妬』レヴィア。能力は自身の顔を見たものを即死させる」

 自分たちのの名前、能力を言い当てられた。
 もうここまで来ると言われずとも、その正体が分かる。そして、彼らはその答え合わせを行った。

「僕は黒の教団、『慈悲』ケセド」

 目が隠れるくらい長い髪は青く、碧眼。白のコートの下には青と黒から成るセーターと、黒一色のスキニーパンツを穿いている。顔立ちにはまだ幼さがあるが、青年らしい。
 
「同じく、『基礎』イェソドです」

 紫色の髪は長いらしく、後ろでまとめていても肩までかかっている。目は紫陽花あじさいのように美しく、キリッとしている。かなりの美形であり、女性と見間違えそうな顔である。服装は黒と紫から成るスーツに近似したもの。黒の手袋に片眼鏡をつけている。

「⋯⋯黒の教団、幹部か」

 ケセドは両手にメラリスの知らない武器──その名は拳銃──を持ち、イェソドはレイピアを構えた。

「──さて、まずは厄介な方から片付けようか」

 ケセドは左手に持つ拳銃の照準をレヴィアに向けると、その引き金を引く。
 火薬の代わりに内部の魔法が発動し、鉛の弾丸が回転しつつ発射する。口径は四十五であり、人を殺すには十分だ。
 聞いたことのない爆発音と、知らない武器による攻撃は、メラリスを動揺させる。だが反応し、レヴィアをその身を挺して守った。

「っ!」

「あーあ。外しちゃった」

「何してるんですか、全く⋯⋯」

 魔法武器によるダメージは、流石のメラリスにもよく効く。何発も受ければ失血死するし、何より痛みが鬱陶しい。

「レヴィア!」

 レヴィアは顔を晒すが、当然そのことを知っていたケセドとイェソドは目を閉じ、彼女の顔を直視しない。
 しかし、視力は奪ってやった。そんなことで能力の完全に克服することはできない。
 メラリスは大地を蹴り、メイスを取り出した。それでケセドの脳天を叩き潰してやろうと思ったが、

「目が見えなくなった程度で、私たちが何もできなくなるとでも? ここには分かっていて来たのですよ?」

 メイスはイェソドのレイピアによって弾かれた。その細い肉体には確かにメラリスほどの筋力はないが、彼はそれを技術で補ったのだ。

「────」

 イェソドは刺突を連続させ、メラリスの体を何度も突き刺す。だが彼の鋼鉄のような筋肉には刃は刺さりづらく、ダメージは少ない。
 イェソドは軽く舌打ちし、それを聞いたケセドはニヤリと笑う。

「完璧主義者、一人じゃそれはできないね?」

「黙って、さっさと撃ちなさい」

 ケセドは今度は両方の銃口をメラリスに向けると、イェソドはその場から消え去るようにして逃げる。
 もう片方はおよそ十三ミリの対物ライフル弾を使用する拳銃だ。到底人間には扱えない代物を、彼は片手で撃つ。
 高レートの四十五口径拳銃、高威力の十三ミリ拳銃による射撃は、オーバーキルも甚だしい火力だ。

「〈加速〉」

 戦技により、メラリスの世界はスローモーションとなった。その中を等倍速で動く彼にとって、銃弾を避け、あるいはメイスで叩き落とすことは可能。しかしあまりにも多過ぎるため、距離は詰められない。
 やがて装弾数を撃ち尽くすと、当然だがリロードに入る。だがその隙を、イェソドが埋めた。

「〈先見〉」

 メラリスによる打撃を全て的確に、イェソドは弾き返す。致命傷は負いもしないし負わせることもできない。極短時間のうちの近接戦闘の後、再びケセドが銃を射撃してくるだろう。
 レヴィアの能力によって二人からは視力を奪っているが、それはあまり効果がないらしい。このままメラリスが間違って見てしまう危険性もあったため、レヴィアは顔を隠した。
 すると、ケセドとイェソドは目を開く。やはり実力は変わらない。ほんの少しだけ、動きが良くなっただけだ。

(⋯⋯不味い。このままだと押し負ける)

 二人の教団幹部の実力は、確実にメラリスより下だ。しかし、合わさると互いの欠点をカバーし合い、攻めるに欠ける要塞となる。時間さえ経てば負けることは分かりきった事実だ。

「レヴィア! ここから逃げろ!」

「良い判断。でも、そうはさせないよ」

 逃げ出そうとしたレヴィアを、ケセドが撃つ。狙いは頭部。脳髄をぶちまけ、即死する未来を見た。だが、
 ──弾丸は、レヴィアに命中する直前で融解した。

「⋯⋯なるほど」

「あれくらいあればできるんだよ、黒の教団」

 メラリスの瞳は光っていた。
 高熱によって、レヴィアを襲う弾丸を融かしたのだ。距離がなくては融かしきれないため、近接戦闘では使えないが、それも今まで。

「燃やし尽くしてやる」

 メラリスがレヴィアを逃したのは、彼女に助けを呼んできてもらうためではなく、ただ単に、危険だったからだったのだろう。何せ、メラリスが全力を出すときは、敵味方区別なく燃やし尽くすのだから。

「ほう⋯⋯」

 メラリスの体温が一気に上昇し、空気が加熱され歪む。炎が発生すると、それが鎧かの様にメラリスを包み込んだ。
 熱はメラリスの立つ地面を融かし、あまつさえ周辺の特に発火しやすいものはメラメラと音を立てて燃え始めた。
 これが彼の本気であり、殺意の現れである。

「────」

 吐き出した息は更に高熱で、シューッという音を立てた。そして、メラリスは散歩でもするように、堂々と歩き、イェソドとの距離を詰める。

「ケホっ、ケホっ⋯⋯下手に呼吸したら肺が焼けるますね⋯⋯」

 イェソドは口を片腕で覆って、ようやく呼吸できる。熱で目を開けることさえ困難だ。

「そうだね⋯⋯さっさと終わらせなきゃ、僕たちが先に死ぬ」

 銃声が鳴る。片方の銃弾はメラリスに命中する前に融解し、もう片方は命中こそすれ、

「痒いな」

 ほとんど融けたようなものだったから、傷はあっても掠り傷程度だ。そして近寄れば近寄るほど熱は高くなっていく。

「私のレイピアは元より、更に熱が加わったことで使い物になりませんね」

 イェソドはレイピアを眺めると、それは融けかけていた。直接メラリスの肉を斬ろうとしたならば、瞬時に融解しそうなくらいだ。

「つまり、僕のこれを、直接額につけてトリガーを引くしかないってことか。つまらない冗談だよ」

 今の所、有効なのはイェソドの銃だけだ。しかしそれも遠くから撃てば弾は融けて、効果は薄いどころではない。
 だったら文字通りゼロ距離で撃てば良いのだが、近づくこともままならない。水も刹那しか持たずに蒸発する。

「⋯⋯イェソドなら、一発くらいは撃てるでしょ?」

「まあ⋯⋯おそらく。ですがそれはあなたの魔力があってこそ十全の威力を出すものです。使用者でない私が撃ったところで、それほど効果があるかどうかも」

 イェソドは身体能力も、魔法能力さえも高い。好んで剣を握るが、魔法も同程度には使える。だから魔力量という面だけ見れば、この魔法銃器と呼ばれる武器を使うことは可能なのだが、それはケセドの魔力に合わせて作られた特別品だ。だから、彼以外の魔力では本来の力を発揮しない。魔力は個人によって違いがあるのだ。

「だったら、僕の命と引き換えか。仕方ないね」

「ですね。あなたのことは私が覚えておきましょう」

 おそらく──否、確実に、ケセドは死ぬ。蘇生魔法も使えないくらい残酷に。今のメラリスに近づくことは自殺に等しく、例え脳漿をぶちまけさせても、ケセドの死は確定的に明らかだ。
 死が怖いからケセドは一度、イェソドにその使命を託しそうとしたのではない。単に、自分の死が無意味ではないかと思ったからだ。無意味な死は、彼の主に対しての謀反に同義。有意義な死であれば、そこに迷いは既に無い。

「──話は済んだか? 主へのお祈りはやったか? 死ぬ覚悟はついたか? 俺に殺される準備は終わったか?」

 仁王立ちしてずっと待っていたメラリスは問うた。

「話は済みました。あの御方への祈りなど必要ありません。何せ、全てはあの御方の意思により決定されたもの言っても構いありませんから」

「死ぬ覚悟なんて、僕が僕に成ったずっと前からついてる。殺される準備は終わったよ。あんたはどう?」

 声は至って冷静。ケセドとイェソドは平然と答えた。

「不必要だ、この、俺には」

「そうかい」

「ならば、後悔してください」

 イェソドはレイピアを投擲する。レイピアはその間に融解し、ドロドロになって、しかしそれをメラリスが被るより先に蒸発する。だがその間、その一瞬、鉄が液体となって遮蔽となる瞬間に、イェソドはメラリスに肉薄した。

「〈水炸裂散弾アクアエクスプローシブショット〉」

 水の形をした暴力の塊が、SATPでの温度下における音速に匹敵するスピードで発射される。それは命中させるべき相手メラリスに当たる直前で蒸発するが──刹那、そこの温度が低下した。その瞬間に、ケセドはその身を焼き焦がしながら突っ込む。

「──ッ!」

 十三ミリ弾を使用する銃の銃口を、殴りつけるようにメラリスの額に密着させ、その引き金を勢い良く引く。
 一発の銃声が響いた。同時、一瞬低下した熱が再び戻り、ケセドの体を燃やし尽くし、その身を灰へと変貌させる。

「⋯⋯⋯⋯」

 辺りの熱が、その直後消え去った。
 能力は能力者が死亡しても消えることはない。だがそれはあくまで行使者がいなくなることのみが、効果消失の原因である場合のみの話だ。例えば、能力によって生み出された水は、自然的現象により、普通に蒸発するように、熱も物理学に法って、発熱体が無くなったために熱は周りと混ざり合う。
 多少気温は今も高いが、時間が経てば元通りだろう。

「⋯⋯俺にはその必要はないと言っただろう」

 メラリスの額には傷があったし、血も流れていた。だが、頭部に貫通した穴はないし、彼は立ったままだ。何より、そこに銃弾はない。体温は外気より遥かに高く、血液に至っては溶岩がぬるま湯に感じられるだろうくらい高い温度となっている。
 彼は灰を見下ろしながら、

「俺にこの力を使わせたことは賞賛しよう。だが、自惚れたな。この俺を、お前たちは殺せない」

 そして、踏みつけた。
 勝利の余韻にメラリスは浸っていたが、

「世辞の句はもう済ませましたか?」

 ──メラリスの後頭部に、また別の銃器が突きつけられる。
 メラリスは今、能力を解除した。今の彼の体温は、通常時と同じ。例えそれが完全な力を発揮できずとも、確実に頭蓋骨を砕き、脳味噌を地面にぶちまけさせるだろう火力はある。
 イェソドのそう問いかけたが、彼はその答えを待つほど優しくはないし、馬鹿でもない。問いかけるだけ問いかけて、彼はなんの躊躇もなくトリガーを引こうと──

「ワタシが逃げるわけないよ。だって、ワタシは『嫉妬』したくないから」

 『嫉妬』が、レヴィアの素顔が、イェソドの顔をのぞき込んできた。美しく、可愛らしく、美という美をそこに結集し、完成された、完全で完璧で文句の付け所がなく最高で最上な美貌であったが、同時に死を齎す魔人の顔でもあった。
 『嫉妬の罪』は発動し、イェソドの命を奪った。

「万が一の時のために、ワタシに準備させておいてよかったね、お兄ちゃん」

「そうだな。今のは流石に予想外だった。迂闊だったな」

 メラリスは『傲慢』な性格ではあるが、それは勝つための努力や反省を怠らないという意味ではない。だがその性格を治す気もさらさらない。

「⋯⋯黒の教団があの二人だけではないはずだ。おそらく、他のところでも戦いは起きているはずだろう」

「だね。ワタシはマサカズお兄さんのところへ行くよ。あの人たち弱いし」

 レヴィアも決して強いとは言えないが、能力を加味すると一転、最強となる。対処法こそあれ、それは視力を奪うということでもあった。先の二人のように、盲目でも戦えなければ、レヴィアにとってはどんな相手でもカモ同然だ。

「分かった。俺はセレディナ様のところへ行く」

 それだけ言って、メラリスとレヴィアはその場で別れて、各々目的の場所へ走り始めた。
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