白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第六章「黒」

第百四十三話 災害への対策方法

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「──つまり、敵は黒の魔女だけでなく、緑の魔女も居るってわけだ」

 時は現在に戻る。
 冒険者組合施設の地下の臨時会議室。そこにはエスト、マサカズ、セレディナ、ジュンの四人が居た。残りのメンバーは皆、外の警備や住民の捜索隊に加わって貰っている。
 
「ふむ⋯⋯厄介だね。『第六感』か⋯⋯」

 昔、エストを殺しに来たとき、ミカロナはそんな力は使っていなかった。能力を他者ではなく自分自身に使うということを意識的にできるのは難しい。エストも、『記憶操作』を下手に扱えば自分自身を廃人にするかもしれない。
 何より、普段は実感もできない『第六感』を使いこなすなんて、独学で未知の言語を学ぶようなものだ。

「黒の教団幹部があと何人いるのかも不明だね。これまで殺したのはケテル、ティファレト、コクマーの三人⋯⋯だったか?」

「⋯⋯そうだ。ずっと言おうと思ってたんだが、おそらく黒の教団幹部は全員で十一人。つまりその三人を引いて、現存する幹部は八人だ」

 マサカズはジュンの疑問に断言して答える。その断言具合を怪しく思ったのか、「なぜそう言える?」とセレディナは質問した。

「俺は異世界人だ。そして、ゲームの関係で神話だとかに齧る程度だが知識がある。だから、ケテルを聞いたときから頭の隅にはあったんだが⋯⋯ティファレト、コクマーと続けばもう確実。それは『セフィロトの樹』の『セフィラ』だ」

 ケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ケブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト、ダート。

「⋯⋯なんでマサカズの世界の神話が──ってそうか」

 魔法言語は英語だった。つまり、この世界の魔法システムはこの世界特有のものではなく、必ずその根幹には異世界人が関わっている。
 
「エスト、セレディナ。現地人にしか分からないことだが⋯⋯今までこんな魔法は聞いたことがあるか?」

 二人はないと答える。セレディナは魔法に詳しくないため単に知らないだけの場合もあり得るのだが、エストが知らないとなると、いよいよマサカズの憂事は真実味を帯びてくる。

「──は? それってつまり」

 エストが知らない魔法と言えば、それこそ第十一階級魔法。そして第十一階級魔法はほぼ独自魔法オリジナルマジックのようなものであるため、『セフィロト』なんていうマサカズたちの世界特有の固有名詞を使っているということは、

「相手には更に、異世界人──それもイザベリアクラスの魔法使いが居る可能性が高い」

 最悪な可能性。それも確実に近いほど高い確率の。

「⋯⋯イザベリアは今、あの少年を相手にしているはずだ。負けることはないだろうが⋯⋯」

 黒の魔女に、同等以上の転生者の魔法使い。イザベリアと言えども、その二人を相手にし、勝利することは不可能。
 考えられる作戦なんて、精々残りの戦力でどちらか片方を抑えておくことくらいだが、イザベリアクラスならば時間稼ぎさえできると思えない。

「黄の魔女はどうなんだ?」

 更なる爆弾。緑の魔女と同じく、連絡なんて取れるはずがないもう一人の魔女だ。

「さあね。つまりそういうことさ」

 わからない。即ち警戒対象へ入れておくべきだろうと言うことだ。

「あー⋯⋯詰みにも程があるぞ。抗うことが延命にもならない気がする現状に絶望したい」

 確定事項は黒の魔女、緑の魔女、残り八名の教団幹部を全て始末する必要があるということ。不確定事項は黒の魔女に匹敵する転生者に、黄の魔女。それと数が断定できないほど多くの戦闘に不慣れな転移者なら殺せるクラスの下っ端。
 それに対してエストたちの戦力が、始祖の魔女と、魔女三人に転生者、魔王と、大罪魔人八体。そして転移者三人。
 数でもエスト陣営が負けており、最高戦力の数とそれ以下との差が激しすぎる。はっきり言って正面から勝てるわけがない。

「⋯⋯他の国にも救援を要請する。黒の魔女なんかはどうにもならないかもしれないが、数は力だ。幹部クラスならばあるいは」

 ならば戦力を増やせば良いのだが、

「ああ、確かに周辺諸国の全軍を集めればまだマシな戦力にはなるだろうね。でも──周辺国家で一番の軍力があった帝国は私たちが滅ぼしたし、残存兵力なんか雀の涙。エルフの国は言わずもがな。モルム聖共和国も先の一件で国力が低下している。そしてスズル他種族国、リフルカ王国、アサイフ聖王国、エルティア公国は万全だろうけど、私たちの協力要請とまともに取り合ってくれるの?」

 身元も分からないような集団からの救援要請。内容は黒の魔女が王国を滅ぼしたので、助けて欲しいというもの。
 一体誰が助けるのか。まず間違いなく、救援なんかは寄越さないだろう。更には、

「それに、最早救援を要請する国さえないのかもしれないよ」

 黒の教団はその大規模な組織であるというのに、これまで足取り一つも掴めたことのない組織でもある。
 ケテルがそうであったように、黒の教団とは世界各地に広まっている可能性が高い。
 果たして、ミカロナだけが早々と、独断で、ウェレール王国を襲ったのだろうか?
 ──否。断じて否。

「ウェレール王国の生き残りはここにいる千人程度。君たちのような者たちが必死になって守ってこれだ。⋯⋯ねぇ、他の国も襲われなかったという確証はどこにあるの?」

 黒の魔女の目的──不明。
 そのための手段──大陸全土の国々の滅亡。
 黒の魔女の計画性──まさに端倪すべからざる。
 黒の教団の戦力──国々をいくつでも同時に滅ぼせる。
 
「──それじゃあ、この大陸の生き残りが俺たちだけってことかよ」

「そんなこともあり得るだろうね。居たとしても極少数だろう」

 諸国に救援を要請することもできない。正面から戦えば負けることが目に見える。かと言って逃げようにも、

「別大陸に逃げたとして、黒の魔女がこの大陸だけで満足するはずがないから、問題の先送りだ。それに逃げようにも、時間が足りない」

 ジュンは乾いた笑いを溢しながら言い捨てる。
 大陸間を移動するには海上を渡るしかないのだが、そのための船を用意し、操舵手を確保しなければならない。そもそも、自分たち以外の人間が鏖殺されているかもしれないというのに、逃げることは技術的に不可能だと言っても構わない。

「⋯⋯じゃあ結局は」

 マサカズが諦めるしかないのか、と言おうとしたとき、エストはそれより早く口を開く。

「──黒の魔女を、私たちだけで殺す」

「⋯⋯は?」

 無理難題。無謀。無理な話。理不尽。不可能。それら言葉に『黒の魔女の殺害』を入れても違和感はないだろう。それほどまでに突拍子もないことをエストは提案しているのだ。

「まさか⋯⋯レヴィか?」

 言わずもがな、レヴィアの『嫉妬の罪』は素顔を見た相手を問答無用で即死させるインチキじみた能力だ。しかし、それを黒の魔女が警戒しないはずがない。何せ、一時は協力関係にあったのだから。能力くらい把握されているに違いない。

「勿論、普通に彼女の素顔を見せたって意味がない。それどころか、レヴィアを前に出した時点で殺されることも考えられるね」

 核爆弾のスイッチを目の前で押そうとするのを殴って止めるように、黒の魔女も流石にレヴィアを最優先で殺すだろうし、それを止められることは無理だ。

「⋯⋯私たち全員が囮となり、顔を晒したレヴィを見せつける?」

 セレディナの考えは、自分たちが全力で黒の魔女を相手にして、負ける。そこで油断した黒の魔女にレヴィアの顔を見せつけるというものだ。レヴィアは黒の教団に、殺されたと偽情報を流すなりすれば良い。

「キミのその考えは危険な橋を渡ることになるね」

 黒の魔女はとんでもなく頭が切れる。理性のある狂人であり、

「情報の精査は完璧。ちょっとしたところから真実を見抜く術をアレは持っている。私たちが黒の魔女に特攻ようものなら、きっとアレはレヴィアの存在を疑い、警戒するだろうね」

 考え過ぎかもしれない。だが考え過ぎなくては、黒の魔女の思考に追いつくことはできないし、追い抜くこともできない。
 
「じゃあどうする?」

「──そうか。レネさんの魔法か」

 レネの独自魔法オリジナルマジック、〈永遠時間停止牢獄〉は、ルトアの〈壊れた時計は動かない〉と良く似た魔法である。違いは準備が必要であるかどうか、と、行使者の命を代償にするかしないかである。
 黒の魔女にレネの魔法の効果があるかは分からない。しかしルトアの魔法は通用したのだし、レネの魔法も絶対に効果がないとは言えない。それが例え低確率であっても、やらなければ終わるだけだ。

「そうさ。姉──レネには悪いけど、働いてもらう」

 右目を失ったことで、今のレネの戦闘力は低くなっている。無くした右目の視力に慣れるだけの時間はない。
 
「あとは黒の魔女の位置だが⋯⋯」

「自ずと接触することになるだろうね」

 黒の魔女の目的は相変わらず詳しく不明だが、狙いはおそらくエストにある。なぜエストを狙うのかもやはり分からないが、いずれどこかのタイミングで遭遇するだろう。
 黒の魔女の位置をこちらから特定できない以上、受け身になるのは仕方ない。対策法は、警戒を緩めない他ないだろう。

「要するに出たとこ勝負。俺たちもレヴィアも囮にして、レネさんの封印魔法に全てを賭けるってわけだ。レネさんを信用していないわけではないが、分の悪い勝負だな」

 できるならばベータ以降のプランも考えておきたい。しかし、現状で打てる最高の策は、同時に唯一のものでもあった。それ以外は机上論の方がまだマシな程度。理論上でも無理──例えば正面から殺すや、罠にかける、あるいは説得など──だ。一寸先は闇を、悪い意味で裏切ってくれる。

「まあ⋯⋯そうだね。正直な話、博打しか手がない。本当、災害でも相手にしている気分だよ」

 エストはそれを笑い──失笑だが──ながら言った。

「⋯⋯あと、イザベリアはどうするんだ?」

 セレディナが言うまでここの誰もが忘れていたのだが、今もイザベリアはマガと戦っている。その戦況がどんなものであるかは不明であるが、マガがエストたちを追ってきていないということは、少なくとも足止め程度にはなっているということだ。勿論、足止めではなく、一方的な殺戮になっている可能性も、互角の勝負になっているかもしれないが。

「⋯⋯イザベリア?」

 このメンバーの中で彼女の名を知らないジュンは首を傾げる。エストが「始祖の魔女。私たちの仲間」とだけ答えると、彼は納得したように──また、呆れたように頷いた。

「始祖の魔女ね。また高密度な二週間程度を過ごしたのか」

「まあな。俺からしてみれば二週間と一日か二日くらいだが」

 振り返れば何度も『死に戻り』した二週間だった。その疲労をまるで回復していないまま、最終決戦になるだろうから、少々不安は残る。

「で、イザベリアの件だけど⋯⋯助けに行くことは多分、足手まといを増やすものだろうね」

 イザベリアの実力は文字通り、エストの体が知っている。そんな彼女が出なければならないマガの実力も。考察することもなく、あの二人はエストたちとは別次元に居るだろう。

「つまり?」

「助けには行かない。戻ってくる方によって、私たちの未来は決定するってことさ」

 最初から決まっていたようなものだが、イザベリアたちの戦いに手出しすることは無意味どころかイザベリアの負荷になるようなもの。即ちすべきでないことだ。物語のお姫様みたく、主人公の勝利を祈るような、何の手助けにもならないことしかエストたちにはできない。それがもどかしくないと言えば嘘になるが、それこそ事実なのだから仕方がないというものだ。

「じゃあ最後の議題⋯⋯これからここで行われるだろう、総力戦についてだね」

 仮定として、ウェレール王国以外の国は壊滅しているとする。生き残りが居たとしてもそれは戦力として数えないとするならば、王国が最終決戦の舞台になる確率は極めて高い。次点であの平原だ。
 そして敵は黒の教団。総戦力は不明だが、

「敵の数は二百は覚悟しておいた方が良いだろうね。それに、一人一人が一騎当千」

 この数の根拠は、『死者の大地』で黒の教団員と遭遇したとき、彼らの人数が二十人であったからだ。あれが全てコクマーの専属部下だとすれば、セフィロトたちの部下は総勢二百名と推測できる。当然このデータの信用度は、サンプルが少なすぎるし確定的でないため低いが、目安としては十分だ。

「対して、この国の残存戦力は千人程度。数では勝ってても質では大敗しているのが大半だ。私たちも、体がいくつもあるわけではないし、教団幹部の力も未知数。警戒はいくらしても足りないくらいだね」

 純粋な戦闘力において、ケテル以上の強者は教団幹部には居ない。しかし、教団幹部はいずれも特殊な加護を持っていた。ケテルならば体を再生する加護。ティファレトなら命を代償に魔獣を生み出す加護というように。

「コクマーは分からなかったが、あれも何か加護を持っていたんだろうな。⋯⋯その加護次第では、戦いがどうなるか分からない」

 アレオスがそうであったように、加護持ちは能力者より劣るとは考えない方が良い。場合によっては能力よりも厄介なのだ。
 
「⋯⋯情報がなさすぎる⋯⋯が、一つ聞きたいことがある」

「何かな、セレディナ」

「黒の教団の構成員は人間か?」

 突然、セレディナは変なことを聞く。確かに黒の教団員が普通の人間とは思えない戦闘力を誇るのに疑問を覚えるのは分かるが。

「詠唱以外でまともに喋ろうともしない。冷酷なんだか残忍なのかも分からないほどのポーカーフェイス。生きているか怪しい目。だがまあ、人間というのが肉体的な意味であるならば彼らの多くは人間だ」

「多くは?」

「一人悪魔とか居た」

 セレディナは何か考えるような仕草をした後、手の中に剣を作りだす。

「私の能力は『毒生成』。こういうふうに個体とした毒で剣を作り出したりすることもできる。で、これは特に人間に対して強い毒性のみで構成されたものだ。⋯⋯これは普通の人間に対してだから、黒の教団員にも必ず通用するとは言えないがな」

 敵に対して効果的である可能性のある武器の供給。これで何もできずに死ぬということはないだろう。
 その後、いくらか都市決戦の考え得るシミュレートを行い、決戦前の会議は解散した。

「⋯⋯さて、それについては私がやるよ。仮にも、この国の関係者だしね、私」

 これから行うことについて、エストは自ら買って出た。このメンバーの中では、レネに次ぐ国の責任者であるからだ。

「僕がやっても良いぞ?」

「駄目だね。私がやる。だって⋯⋯」

 エストは笑みを溢す。しかしそれは、楽しそうではなく、復讐心が含まれていた。

「──私は白の魔女、エスト。黒の魔女を殺すのは私だからさ。例え直接手を下すのが私でなくても、私がその全ての主導権を握っていなければならないんだ」

 白の欲望。それは──黒の魔女を殺すことだ。
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