78 / 338
第四章「始祖の欲望」
第七十三話 露見する闇
しおりを挟む
前回、そして前々回の『死に戻り』から、推測できることが一つあった。ずばり、それは、マイたちは何らかの方法を用いて、マサカズたちの位置を特定しているのではないか、ということだ。『死者の大地』に居るのだと特定するのは、あの時点ではほとんど不可能であるのだから、そうとしか考えようがない。
銃器を創作できる加護を持っているマイであれば、発信機のようなものが創作できても何らおかしくない。それをいつ、どこで取り付けられたかは不明だが、マサカズの『死に戻り』のポイント以前の時間であることは確実だろう。
調べるだけならば、然程リスクはない。もし発見されたら爆発するなんていう趣味の悪い仕掛けがあったとしても、初見殺しを実質無力化できるマサカズであれば意味はない。いや精神的ダメージは深刻なのだが。
「⋯⋯追跡魔法がキミに行使されているね」
発信機ではないかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
魔女ではないにせよ、その知識の量と質はあまり以前とは変わりない。魔法のエキスパートでもあるエストによると、マサカズは追跡されていたらしい。
「妨害できるか?」
「この魔法の行使者は私より魔法能力が劣っているみたいだからね。勿論できるさ。それどころか、無効化することも、なんなら逆に特定してやって、攻撃魔法をぶつけることもできるけど」
ということで、エストは追跡魔法の行使者に〈爆裂〉の魔法を贈った。即死ないしは重傷、もし事前に報復を察知したとしても、
「爆発音⋯⋯防衛要塞の方からか」
このようにして、追跡者の位置を特定できる。
「さて、これからどうするのさ。今の状況を一番詳しく理解できるのはマサカズ、キミだけだ」
エストの言うとおり、これからどうするか、正しく判断できるのは当事者でもあるマサカズだけだ。
「⋯⋯お前がもし、能力を使えるなら、全部任せるんだけどな」
責任逃れ。自分より問題への対処能力が高いと思われるエストに、全てを擦り付けたいと思うタイプの人間がマサカズだ。ある意味でそれは賢いのだが、彼の場合、任せるだけ任せて自分は何もしない嫌な奴である。
「私は生憎、他者の記憶の全てを見る気にはなれないんだよね」
エストの能力による記憶の閲覧は、ある程度本人の意思によって見たい記憶のみを見ることができるのだが、見たくない記憶の判断条件が緩いと、結果として全てを見てしまうことになるのだ。
「本当、そういうとこ面倒だよな」
厭味たらしいが、それは実のところマサカズの本心である。互いを理解して、その境界線を積極的に引こうとしない、自分勝手なところが目立つ二人だからこその関係だ。
「誰に何と言われようと、私はしたくないことはしたくないんだよ」
エストとマサカズが睨み合う。二人の間の空気が一気に悪くなっているようだ。
「好きと嫌いは表裏一体⋯⋯お前ら本当に仲いいな」
あるものを嫌いになるには、それを知らなければならないように、嫌悪もある意味では理解と言える。
だが、もし、その嫌悪を対象に伝えたなら、それは本心からの嫌悪だろうか。本当に嫌いなら、無視するはずだ。関わらないことが、一番、相手から遠ざかる方法であるからだ。あるいは、好きな子に悪戯を仕掛ける男子の心理がそこにあるからだろう。
「俺とこいつがか? 何回か殺されたんだが? ナオト」
「私とマサカズが? 冗談ならもう少しマシなのを頼むよ」
エストとマサカズの二人の声が重なって、部屋に響いた。
「⋯⋯エルフの国の一件のこと、忘れたのか、こいつら」
ないものについて何時までも話し合うことは時間の無駄だ。馴れ合いもさっさと終わらせて、マサカズは行動の方針を決定する。
「まあいいや。⋯⋯で、行動方針だが⋯⋯前回と同じ──『始祖の魔女の墳墓』に向かうことだ」
追跡がされない今の状況なら、無事に『始祖の魔女の墳墓』にたどり着けるだろう。であればそれ以外に現状、マサカズに思いつける範囲だと、選択できる道はない。
「そして⋯⋯テルムとエレノアとは、ここで別れる」
「⋯⋯どうしてだ? 戦力は多いほうがいいだろ?」
ただでさえ相手はマイという転生者と、クアインという謎の実力者だ。戦力は少しでも多いほうがいいと考えるのが普通である。
「そうだな。建前と本音の理由がそれぞれあるが、どっちが聞きたい?」
不穏な発言だ。
「⋯⋯本音」
マサカズは何の悪びれもなく、その理由を明かす。
「二手に別れれば、当然だが発見されるリスクも、相手側の戦力も半分になるし、囮にもなる。要はもう片方の犠牲になってもらうということだ」
マイの力は圧倒的だ。最大戦力でも倒すことは不可能に近くて、倒すという選択肢はない。
「なるほどな⋯⋯分かった。じゃあオレたちは別の国に逃げることにする」
「まあ囮になってもらう可能性も考えて、ワイバーンを使っていい。⋯⋯次に会うときは死体じゃないことを祈るぜ」
「何言ってんだ。オレはもう死体だぜ?」
「ああ⋯⋯そうだったな」
マサカズとテルムは互いに笑い合って、覚悟を決める。
「⋯⋯ああ、そうだ。建前の理由もついでに教えといてやる」
マサカズたちの足元に、エストの転移魔法が展開されとき、彼はテルムに話しかけた。
完全に振り返ることはせず、顔の半分だけが見える程度に、彼は首を回した。
「エレノアを危険な目に遭わせたくないから、だ」
それだけ言うと、彼の、彼らの姿はこの部屋から消えた。
「⋯⋯建前ねぇ」
理由としては弱い。テルム一人に任せるより、マサカズたちと一緒にいた方が、エレノアにとっては安全だろう。しかし、その理由は完全な建前ではなかった。本心の一部である。
「⋯⋯エレノア、行くぞ」
「⋯⋯うん」
スケルトンと一人の少女は、人目がつかないように宿屋から出て行き、ワイバーンに乗ると、そのまま飛び立つ。
「結局、人化については分からないままか。⋯⋯まあ、ゆっくりと時間をかけて探せばいいか」
テルムは、モルム聖共和国から離れていく。それだけなのに、どうも寂しいという感情が現れた。そうまるで、故郷から離れるような感覚に近い。
「⋯⋯」
どうでも良い、と考えると、その感傷はすぐに消えた。
──記憶にない思いというのは、どうしてこんなにも儚いのか。
◆◆◆
『死者の大地』には行かないほうが良かった、というのは、所詮、結果論というものだ。
いざエストたちが『死者の大地』に転移すると、その瞬間、軍人に発見されたのだ。
阻害の魔法があるように、転移魔法というのは非常に危険視すべき魔法の一種である。そして転移阻害魔法よりも低階級の対転移魔法には〈転移感知〉というものがある。範囲内では転移魔法による転移が確認されると言った効果を持つ魔法だ。
おそらく、少し前のエストの爆裂魔法による報復で、軍が警戒状態になった為に敷かれた警戒網だろう。つまり、戦犯はエストである。
「どうすんだよ⋯⋯これ」
即発見されたエストたちは、そのまま都市内に逃げ込んだ。今は路地裏に居るが、見つかるのも時間の問題だろう。
「⋯⋯ボクとユナで、壁上の兵を全員無力化できるか試してみるか?」
ナオトの隠密戦技と、ユナの遠距離射撃による奇襲。一時的にであれば監視の目を物理的に消すことができるし、そのまま『死者の大地』へ侵入することが可能だろう。
だがしかし、それをしてしまえば、前回と同じ道を歩むことにもなるだろう。監視兵を消してしまえば、当然だが怪しまれる。一度『死者の大地』に侵入したこともあり、そうした理由を悟られてもおかしくない。
「駄目だ。⋯⋯とは言っても、どうすべきか」
先が見えない暗闇の中、路頭に迷ったように、これから何をすべきかを正しく判断できない。
いや正しく判断するもなにも、選択肢さえないのかもしれない。詰みの状況。言うなれば、将棋の対面で、どんな手段を用いても、一手先に王を取られることが容易に、確実に、理解できてしまうような状況である。
『死に戻り』の本質は未だ理解しきれていない。この世界に召喚されて、その加護の効力を初めて知ったときに煩慮した、もし、その死が完全にどうしようもない場合、『死に戻り』の加護は発動するのか、ということが、まさに今のこの状況ではないか。
いや、考えるな。答えなどない。確実な正解はない。問題集に付属している解答は、この世界にはないのだ。
考えるほど、考察するほど、低廻するほど、不安は募る。不安はやがて生きる意味を見失う材料となり、結果として精神は、心は崩壊することになってしまうだろう。そんな未来を、マサカズは知っているかのように思い描ける。
「──」
人間の力はどうしてこうも中途半端なのだろうか。
絶望的な現状を、冷静に理解できてしまう知能はあるのに、その絶望を打開する術を思いつける知能はない。発想力もない。
無知の知という言葉がある。自分が無知であるということを知っていなければならず、自分が無知であると知らないことは、実際に無知であることより愚かだ、という意味である。だが、その実、無知であるということも十分過ぎるほどに愚かである。
「⋯⋯何か考えろ。何か⋯⋯」
人は焦れば焦るほど、思考能力は著しく低下する。特に、焦るとパーフォーマンスが落ちるマサカズには、それが顕著に出てしまっている。
あれは駄目だ。これも駄目だ。きっとこうなる。絶対に不可能だ。何度も問を、何度も無理だ、という解答で、何度もも繰り返す。
循環数のように、その思考は永遠に続くだろう。だが小数が永遠に続く数字は四捨五入をしてニアイコールで表すように、何事にも、何かしらの形で終わりはあるものだ。
「⋯⋯マサカズさんたち、ですよね?」
悩みに悩み、どうすることもできないと思い込んでいた頃、突然、彼らに話しかける少女が居た。
現在、町中ではマサカズたちは凶悪犯罪者として指名手配されているはずだ。一般人なら、もし彼らを見つけても話しかけるなんてことはせずに、直ちに軍に情報を提供するはずだ。
少女のロングヘアはワインレッドと、マサカズたちの居た元の世界では、まず地毛としては存在しないだろう奇抜な色に、瞳は真っ赤だが、充血しているわけではない。
その人は、この町に一緒に来た夫婦の共通の友人である少女。名を、
「レイチェル⋯⋯さんですよね?」
ユナが彼女にそう聞くと、彼女は答える。
「はい。⋯⋯それより、何があったんですか?」
軍部より、殆ど初対面のようなマサカズたちを、レイチェルは信用しているようだった。
ささっと何があったかを簡潔にマサカズはレイチェルに説明すると、彼女は何の疑いもなくマサカズたちの言葉を信じた──いや、鵜呑みにした。
「⋯⋯俺が言うのもあれだが、なぜそこまで信じられる? 正直、俺がお前なら、真っ先に逃げるんだが⋯⋯」
もっともな感想だ。自ら危険は冒したくないものだし、下手をすれば、マサカズ共々巻き込まれて殺されたっておかしくない。近づくこと自体、すべきことではないだろう。
「⋯⋯私は、元より軍部を疑っていて、信用なんてしていなかったのです」
少し間を置いて、いつぞやのように周りを確認してから、彼女はそう言った。
「⋯⋯え?」
衝撃だ。本来軍とは、民を守るための機関である。少なくとも、この国では軍はそれほど悪とはされていないようだったのに。
「──私の母は、ある日突然、この世から去りました」
レイチェルは軍部を信頼しない理由を訥々と明かし始めた。
「父は、母は事故で亡くなったと言っていましたが、私はある日、真夜中、家のリビングで一人お酒を飲んで、独り言を言っている父を見たのです」
軍部への不信とレイチェルの母の死。一見関係無さそうに思われる事柄であるというのに、そこに何か関係があるのではないかと、何故か勘繰ってしまう。
「『俺があの日見たのはアイツじゃない。なあ⋯⋯お前は今どこで、何をしているんだ?』と、父は言っていたのです」
アイツとは、おそらくレイチェルの母のことだろう。
「⋯⋯怖かったですが、私は父にそのことについて翌朝、聞きました。そして⋯⋯父はこんなことを言いました」
──軍部は、母を誘拐した。
「⋯⋯最初、私は信じられなかったです。ですが⋯⋯その一ヶ月後、父は死にました。死因は⋯⋯軍事演習中の事故死でした」
母の不審な死。そして直後の父の、同じく不審な死。
ここまで来て、軍部を疑わないほうが、奇天烈な話だ。
「軍部は何かを隠してます。⋯⋯皆さんに頼みがあります」
レイチェルは何か決心したように、マサカズたちに顔を向けて口を開く。
「──私の両親の仇を取ってください」
銃器を創作できる加護を持っているマイであれば、発信機のようなものが創作できても何らおかしくない。それをいつ、どこで取り付けられたかは不明だが、マサカズの『死に戻り』のポイント以前の時間であることは確実だろう。
調べるだけならば、然程リスクはない。もし発見されたら爆発するなんていう趣味の悪い仕掛けがあったとしても、初見殺しを実質無力化できるマサカズであれば意味はない。いや精神的ダメージは深刻なのだが。
「⋯⋯追跡魔法がキミに行使されているね」
発信機ではないかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
魔女ではないにせよ、その知識の量と質はあまり以前とは変わりない。魔法のエキスパートでもあるエストによると、マサカズは追跡されていたらしい。
「妨害できるか?」
「この魔法の行使者は私より魔法能力が劣っているみたいだからね。勿論できるさ。それどころか、無効化することも、なんなら逆に特定してやって、攻撃魔法をぶつけることもできるけど」
ということで、エストは追跡魔法の行使者に〈爆裂〉の魔法を贈った。即死ないしは重傷、もし事前に報復を察知したとしても、
「爆発音⋯⋯防衛要塞の方からか」
このようにして、追跡者の位置を特定できる。
「さて、これからどうするのさ。今の状況を一番詳しく理解できるのはマサカズ、キミだけだ」
エストの言うとおり、これからどうするか、正しく判断できるのは当事者でもあるマサカズだけだ。
「⋯⋯お前がもし、能力を使えるなら、全部任せるんだけどな」
責任逃れ。自分より問題への対処能力が高いと思われるエストに、全てを擦り付けたいと思うタイプの人間がマサカズだ。ある意味でそれは賢いのだが、彼の場合、任せるだけ任せて自分は何もしない嫌な奴である。
「私は生憎、他者の記憶の全てを見る気にはなれないんだよね」
エストの能力による記憶の閲覧は、ある程度本人の意思によって見たい記憶のみを見ることができるのだが、見たくない記憶の判断条件が緩いと、結果として全てを見てしまうことになるのだ。
「本当、そういうとこ面倒だよな」
厭味たらしいが、それは実のところマサカズの本心である。互いを理解して、その境界線を積極的に引こうとしない、自分勝手なところが目立つ二人だからこその関係だ。
「誰に何と言われようと、私はしたくないことはしたくないんだよ」
エストとマサカズが睨み合う。二人の間の空気が一気に悪くなっているようだ。
「好きと嫌いは表裏一体⋯⋯お前ら本当に仲いいな」
あるものを嫌いになるには、それを知らなければならないように、嫌悪もある意味では理解と言える。
だが、もし、その嫌悪を対象に伝えたなら、それは本心からの嫌悪だろうか。本当に嫌いなら、無視するはずだ。関わらないことが、一番、相手から遠ざかる方法であるからだ。あるいは、好きな子に悪戯を仕掛ける男子の心理がそこにあるからだろう。
「俺とこいつがか? 何回か殺されたんだが? ナオト」
「私とマサカズが? 冗談ならもう少しマシなのを頼むよ」
エストとマサカズの二人の声が重なって、部屋に響いた。
「⋯⋯エルフの国の一件のこと、忘れたのか、こいつら」
ないものについて何時までも話し合うことは時間の無駄だ。馴れ合いもさっさと終わらせて、マサカズは行動の方針を決定する。
「まあいいや。⋯⋯で、行動方針だが⋯⋯前回と同じ──『始祖の魔女の墳墓』に向かうことだ」
追跡がされない今の状況なら、無事に『始祖の魔女の墳墓』にたどり着けるだろう。であればそれ以外に現状、マサカズに思いつける範囲だと、選択できる道はない。
「そして⋯⋯テルムとエレノアとは、ここで別れる」
「⋯⋯どうしてだ? 戦力は多いほうがいいだろ?」
ただでさえ相手はマイという転生者と、クアインという謎の実力者だ。戦力は少しでも多いほうがいいと考えるのが普通である。
「そうだな。建前と本音の理由がそれぞれあるが、どっちが聞きたい?」
不穏な発言だ。
「⋯⋯本音」
マサカズは何の悪びれもなく、その理由を明かす。
「二手に別れれば、当然だが発見されるリスクも、相手側の戦力も半分になるし、囮にもなる。要はもう片方の犠牲になってもらうということだ」
マイの力は圧倒的だ。最大戦力でも倒すことは不可能に近くて、倒すという選択肢はない。
「なるほどな⋯⋯分かった。じゃあオレたちは別の国に逃げることにする」
「まあ囮になってもらう可能性も考えて、ワイバーンを使っていい。⋯⋯次に会うときは死体じゃないことを祈るぜ」
「何言ってんだ。オレはもう死体だぜ?」
「ああ⋯⋯そうだったな」
マサカズとテルムは互いに笑い合って、覚悟を決める。
「⋯⋯ああ、そうだ。建前の理由もついでに教えといてやる」
マサカズたちの足元に、エストの転移魔法が展開されとき、彼はテルムに話しかけた。
完全に振り返ることはせず、顔の半分だけが見える程度に、彼は首を回した。
「エレノアを危険な目に遭わせたくないから、だ」
それだけ言うと、彼の、彼らの姿はこの部屋から消えた。
「⋯⋯建前ねぇ」
理由としては弱い。テルム一人に任せるより、マサカズたちと一緒にいた方が、エレノアにとっては安全だろう。しかし、その理由は完全な建前ではなかった。本心の一部である。
「⋯⋯エレノア、行くぞ」
「⋯⋯うん」
スケルトンと一人の少女は、人目がつかないように宿屋から出て行き、ワイバーンに乗ると、そのまま飛び立つ。
「結局、人化については分からないままか。⋯⋯まあ、ゆっくりと時間をかけて探せばいいか」
テルムは、モルム聖共和国から離れていく。それだけなのに、どうも寂しいという感情が現れた。そうまるで、故郷から離れるような感覚に近い。
「⋯⋯」
どうでも良い、と考えると、その感傷はすぐに消えた。
──記憶にない思いというのは、どうしてこんなにも儚いのか。
◆◆◆
『死者の大地』には行かないほうが良かった、というのは、所詮、結果論というものだ。
いざエストたちが『死者の大地』に転移すると、その瞬間、軍人に発見されたのだ。
阻害の魔法があるように、転移魔法というのは非常に危険視すべき魔法の一種である。そして転移阻害魔法よりも低階級の対転移魔法には〈転移感知〉というものがある。範囲内では転移魔法による転移が確認されると言った効果を持つ魔法だ。
おそらく、少し前のエストの爆裂魔法による報復で、軍が警戒状態になった為に敷かれた警戒網だろう。つまり、戦犯はエストである。
「どうすんだよ⋯⋯これ」
即発見されたエストたちは、そのまま都市内に逃げ込んだ。今は路地裏に居るが、見つかるのも時間の問題だろう。
「⋯⋯ボクとユナで、壁上の兵を全員無力化できるか試してみるか?」
ナオトの隠密戦技と、ユナの遠距離射撃による奇襲。一時的にであれば監視の目を物理的に消すことができるし、そのまま『死者の大地』へ侵入することが可能だろう。
だがしかし、それをしてしまえば、前回と同じ道を歩むことにもなるだろう。監視兵を消してしまえば、当然だが怪しまれる。一度『死者の大地』に侵入したこともあり、そうした理由を悟られてもおかしくない。
「駄目だ。⋯⋯とは言っても、どうすべきか」
先が見えない暗闇の中、路頭に迷ったように、これから何をすべきかを正しく判断できない。
いや正しく判断するもなにも、選択肢さえないのかもしれない。詰みの状況。言うなれば、将棋の対面で、どんな手段を用いても、一手先に王を取られることが容易に、確実に、理解できてしまうような状況である。
『死に戻り』の本質は未だ理解しきれていない。この世界に召喚されて、その加護の効力を初めて知ったときに煩慮した、もし、その死が完全にどうしようもない場合、『死に戻り』の加護は発動するのか、ということが、まさに今のこの状況ではないか。
いや、考えるな。答えなどない。確実な正解はない。問題集に付属している解答は、この世界にはないのだ。
考えるほど、考察するほど、低廻するほど、不安は募る。不安はやがて生きる意味を見失う材料となり、結果として精神は、心は崩壊することになってしまうだろう。そんな未来を、マサカズは知っているかのように思い描ける。
「──」
人間の力はどうしてこうも中途半端なのだろうか。
絶望的な現状を、冷静に理解できてしまう知能はあるのに、その絶望を打開する術を思いつける知能はない。発想力もない。
無知の知という言葉がある。自分が無知であるということを知っていなければならず、自分が無知であると知らないことは、実際に無知であることより愚かだ、という意味である。だが、その実、無知であるということも十分過ぎるほどに愚かである。
「⋯⋯何か考えろ。何か⋯⋯」
人は焦れば焦るほど、思考能力は著しく低下する。特に、焦るとパーフォーマンスが落ちるマサカズには、それが顕著に出てしまっている。
あれは駄目だ。これも駄目だ。きっとこうなる。絶対に不可能だ。何度も問を、何度も無理だ、という解答で、何度もも繰り返す。
循環数のように、その思考は永遠に続くだろう。だが小数が永遠に続く数字は四捨五入をしてニアイコールで表すように、何事にも、何かしらの形で終わりはあるものだ。
「⋯⋯マサカズさんたち、ですよね?」
悩みに悩み、どうすることもできないと思い込んでいた頃、突然、彼らに話しかける少女が居た。
現在、町中ではマサカズたちは凶悪犯罪者として指名手配されているはずだ。一般人なら、もし彼らを見つけても話しかけるなんてことはせずに、直ちに軍に情報を提供するはずだ。
少女のロングヘアはワインレッドと、マサカズたちの居た元の世界では、まず地毛としては存在しないだろう奇抜な色に、瞳は真っ赤だが、充血しているわけではない。
その人は、この町に一緒に来た夫婦の共通の友人である少女。名を、
「レイチェル⋯⋯さんですよね?」
ユナが彼女にそう聞くと、彼女は答える。
「はい。⋯⋯それより、何があったんですか?」
軍部より、殆ど初対面のようなマサカズたちを、レイチェルは信用しているようだった。
ささっと何があったかを簡潔にマサカズはレイチェルに説明すると、彼女は何の疑いもなくマサカズたちの言葉を信じた──いや、鵜呑みにした。
「⋯⋯俺が言うのもあれだが、なぜそこまで信じられる? 正直、俺がお前なら、真っ先に逃げるんだが⋯⋯」
もっともな感想だ。自ら危険は冒したくないものだし、下手をすれば、マサカズ共々巻き込まれて殺されたっておかしくない。近づくこと自体、すべきことではないだろう。
「⋯⋯私は、元より軍部を疑っていて、信用なんてしていなかったのです」
少し間を置いて、いつぞやのように周りを確認してから、彼女はそう言った。
「⋯⋯え?」
衝撃だ。本来軍とは、民を守るための機関である。少なくとも、この国では軍はそれほど悪とはされていないようだったのに。
「──私の母は、ある日突然、この世から去りました」
レイチェルは軍部を信頼しない理由を訥々と明かし始めた。
「父は、母は事故で亡くなったと言っていましたが、私はある日、真夜中、家のリビングで一人お酒を飲んで、独り言を言っている父を見たのです」
軍部への不信とレイチェルの母の死。一見関係無さそうに思われる事柄であるというのに、そこに何か関係があるのではないかと、何故か勘繰ってしまう。
「『俺があの日見たのはアイツじゃない。なあ⋯⋯お前は今どこで、何をしているんだ?』と、父は言っていたのです」
アイツとは、おそらくレイチェルの母のことだろう。
「⋯⋯怖かったですが、私は父にそのことについて翌朝、聞きました。そして⋯⋯父はこんなことを言いました」
──軍部は、母を誘拐した。
「⋯⋯最初、私は信じられなかったです。ですが⋯⋯その一ヶ月後、父は死にました。死因は⋯⋯軍事演習中の事故死でした」
母の不審な死。そして直後の父の、同じく不審な死。
ここまで来て、軍部を疑わないほうが、奇天烈な話だ。
「軍部は何かを隠してます。⋯⋯皆さんに頼みがあります」
レイチェルは何か決心したように、マサカズたちに顔を向けて口を開く。
「──私の両親の仇を取ってください」
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる