白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第三章「エルフの国」

第三章 エピローグ

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 パチンっ、という音が屋敷内に響く。

「⋯⋯っ!」

 それは、レネがエストの頬を平手打ちした音だった。
 エルフの国での一件から翌日の夕方。ようやく全員はレネの屋敷に戻ってきたのだった。

「⋯⋯ごめんなさい」

 エストは謝る。しかし、レネは何も答えない。

「⋯⋯レネ、エスト本人もこう言っているんだし、許してやったらどうだ?」

 マサカズがエストのフォローに入る。
 たしかに、謝って済まされるようなことでは、到底ないかもしれない。だが、その気持ちは本物だった。

「ごめんなさい!」

 エストはレネの目を見て、はっきりとそう口にした。

「⋯⋯エスト」

「⋯⋯はい」

 レネの声から感じるのは威圧感と怒りだった。それは魔女としてのものではなく、レネ本人のものだった。

「⋯⋯二度と、こんなことはしない。そう誓えますか?」

「⋯⋯はい」

 もう二度と、仲間を、家族を裏切ることはしない。本心からエストはそう思って、レネに返事した。
 すると彼女の表情がやわらいだ。

「──おかえりなさい。エスト」

「⋯⋯! ただいま!」

 どうやら、レネはエストのことを許したようだった。
 一気に場の緊張が解ける。しかし、それは一旦のことであった。

「⋯⋯それで、とても言いにくいんだけど⋯⋯」

「⋯⋯どうしたのですか?」

 微小を浮かべていたレネの表情の雲行きが悪くなる。同時に、事情を知らないマサカズ以外のメンバーも、エストの発言に集中する。

「えっと、その⋯⋯私──多分人間になった」

「⋯⋯は?」

 ◆◆◆

 第一声は、『信じられない』というものであった。
 それもそのはずである。魔女化の儀式を行った場合、死ぬまで魔女として生きることになり、二度と人間には戻れないのが普通であるからだ。

「エストさん、もう一度魔女化の儀式⋯⋯でしたっけ? それをしてみては?」

「そう。私もそれを考えて、一度やってみたんだ。けど⋯⋯失敗した」

 エストは魔女化の儀式における詠唱文を覚えており、イシレアとメレカリナの殺害直後にそれを行ったのだが、何も起きなかったのだ。

「じゃあどうするんだよ?」

 まだ時間的に余裕があるとはいえ、魔王セレディナの討伐もできるだけ早めに行わなくてはならない。レネ一人だけではそれは厳しくて、ロアとの連絡も難しいだろう。

「どうもこうも⋯⋯あっ!」

 何か解決方法はないだろうか。そう考えていたエストだったが、そこである記憶を思い出す。

「レネ、私たちが魔女化の儀式をしたとき、少女を見なかった? 十代前半くらいの」

「少女? ⋯⋯姿は見ていませんが、たしかそれらしき声は⋯⋯」

 エストの義母であるルトアも昔、そんな少女を見たと言っていた。そしてルトアはこう言っていた。『彼女の力を継承することが、魔女化の儀式なんだと思うよ』と。

「⋯⋯つまり?」

 ナオトはエストたちの話が全く理解できなかったが、結論が出たんだろうなということは分かったため、彼女に説明を求める。

「私たち魔女が見たその少女──おそらく始祖の魔女イザベリアに直接会えば、私は魔女に戻れるかもしれないってことよ」

「⋯⋯で、その⋯⋯イザベリアとやらはどこに居るんだ?」

「分からない」

「分からないのかよ!?」

 思わずナオトはそうツッコミを入れる。

「でも、存在はしているはず⋯⋯だと思う」

「思うって⋯⋯」

 何とも確証のない話である。そんな実在するかも、どこに居るかも分からないような相手を探すなんて、どれだけ時間のかかることか。

「とりあえず、明日、私は王都の大図書館に行って始祖の魔女について調べてくるよ。皆は⋯⋯どうするの?」

 今回の事件に関して、エストの責任は大きい。その上で自分のやらかしから来た仕打ちを何とかするために、一度は裏切った仲間をすぐに頼るなんて、流石にできないようだ。
 しかし、

「⋯⋯俺は、冒険者組合で聞き込みをする」

「じゃあ私は王都で」

「⋯⋯全く。エストの力をさっさと取り返さないといけないからな。ボクも図書館で調べるのを手伝うよ」

わたくしは⋯⋯そうですね。国の上層部にでも聞き込みましょうか」

 皆は、エストに協力するようだった。

「ありがとう!」

 エストは満面の笑みで皆に感謝を告げた。

「⋯⋯とりあえず、そんな面倒なことは明日の俺たちに任せて、今日はパーっとやろうぜ? もう腹も減ったしよ」

 そのとき、マサカズのお腹が鳴ったのを、その場にいる全員が聞いた。

「そうだと思いまして、もうメイドたちには食事を用意させています。今夜は宴、ですね」

 時刻にして夕方の六時頃。食事にするには少し早いが、彼らは宴会を始めた。戦いの終わりを迎えて。一旦の区切りとして。

 ◆◆◆

 もうそろそろ日付が変わる頃。あまり眠らずに活動して、その上で宴会をしたためにレネとエストの二人は既に眠っていたのだが、マサカズ、ナオト、ユナの三人は起きていた。
 ベランダでよく知らないが綺麗な夜空に浮かぶ星々を、彼らは無言でじっと眺めていた。

「⋯⋯二人はさ、元の世界に戻りたいっていう気持ちあるのか?」

 そんなとき、マサカズは突然喋り始めた。

「⋯⋯俺は、戻りたい。たしかにこの世界も悪くないけど⋯⋯家族の元に帰りたい」

 突然の転移。召喚。分かれも告げることができずに、マサカズは元の世界を去った。
 彼の両親は彼にできるだけの愛情を持って接してくれていた。反抗期なんてとっくの昔に終えていた彼は、そのことに気づいていた。
 だから帰りたい。仮にそれができなくても、一度でいいから顔を見て、話したい。
 ──そう思っているからこそ、マサカズはエストの裏切りを許そうとしたのかもしれない。

「⋯⋯私も、そうですかね。帰りたいという気持ちがあります」

 現代日本は安心安全の国だった。だが、この世界ではいつ死ぬかはわからない。元の世界の方が環境が良いし、何より彼女はまだまだ血縁者との再開を望む子供であるのだ。独り立ちできるような成熟した精神を彼女はまだ持ち合わせていない。

「ボクは⋯⋯むしろ、帰りたくないな」

「⋯⋯そうなのか?」

「⋯⋯ああ。自由になれる分、こっちの方が良い」

「自由⋯⋯」

 言葉から、マサカズはナオトの背景を感じ取ることができた。
 事実、ナオトは非常に地頭がよく、知っている事もその年齢にしては多かった。そうつまり、彼は幼少期から英才教育が施されていた。
 愛情があるかもわからないような親との会話はいつも勉強のこと。将来のことで、学校のことや他愛もない会話など、全く無かった。
 環境は他二人よりずっと良かっただろう。彼の未来が成功することは約束されたことであった。しかし、両親は彼を子供として見てくれる人ではなかった。
 こっち異世界に来なければ、ナオトはそのうちきっと、とても強い反抗期に入ったか、もしくは──『皆が望む彼』になっただろう。

「⋯⋯二人が元の世界に戻ると言うなら、ボクは協力する。でも、ボク自身は、戻る気はない」

「⋯⋯そうか」

 それもまた一つの選択肢であるだろう。彼の環境をよく知らないマサカズは、どうこう言える立場にない。
 しかし、

「──ナオト。もし俺たちが元の世界に戻っても、たまに遊びに来てやるよ」

「⋯⋯帰れる方法が、一方通行の門でないことを祈るとするか」

 ◆◆◆

 翌日。
 始祖の魔女、イザベリアについて調べていたのだが、これといった情報は何も得られなかった。

「うーん⋯⋯何もわかりませんね⋯⋯」

 ユナは、一人、王都中を駆け回って始祖の魔女について調べていた。

「譲ちゃん。どうかしたのかい?」

 突然彼女はおっさんに話しかけられる。
 彼の体や顔には無数の傷があり、また装備している軽鎧と武器はかなりの上等品だろう。その筋肉量からするに、おそらく彼は冒険者だろうということも分かる。

「えっと、ちょっと人探し? をしていて」

「人探し? 彼氏さんかい?」

「いえ。⋯⋯始祖の魔女っていうんですけど」

 一般的に魔女は恐怖される存在であり、名を出すのさえ憚れるが、こと王国に関しては青の魔女の存在のおかけでそのイメージは払拭されつつある。

「始祖の魔女⋯⋯イザベリアだったか」

「知ってるんですか!?」

「あ、ああ」

 妙な食いつきにおっさん冒険者は少し驚く。

「とは言っても、俺もあまり知らないんだがな。⋯⋯俺の故郷のモルム聖共和国で、こんな話を聞いたことがあるだけなんだ」

 おっさん冒険者は話し始める。

「──始祖の魔女イザベリアの生まれ故郷はモルム聖共和国であり、彼女の師匠である『世界を創りし三人』のうち、魔法技術を創り出した男は、イザベリアが死亡した後に聖共和国に彼女のための墓を造った⋯⋯と」

 これは良い情報を手に入れたと、ユナは思ったと同時に、ある疑問が浮かんだ。

「⋯⋯あの、もう一つ聞きたいのですが⋯⋯『世界を創りし三人』って何ですか?」

「有名な神話だが、知らないのか? ⋯⋯まあいい。⋯⋯この世界には最初、荒れ果てた大地と何も存在しない海だけがあった。だがしかしそこに突然、三人の男女が現れた。彼らは世界の寵愛を受けた人間であり、そして彼らはそれぞれ生命、文化、魔法の三つを創り出した⋯⋯っていう神話だ」

 よくある世界の創造神話だ。知らないから聞いただけだったが、これは然程重要ではなかった。

「なるほど⋯⋯ありがとうございました!」

「ああ。気をつけてな。譲ちゃん」

「はい!」

 ──重要ではない。そう思っていた彼女だったが、その話のある部分が気になった。
 『突然現れた三人の男女』『世界の寵愛を受けた人間』

「⋯⋯まさかね」

 その二つの情報は、マサカズ、ナオト、ユナの三人にも当てはまった。
 馬鹿馬鹿しい考えだ。

「⋯⋯それにしてもモルム聖共和国ですか⋯⋯」

 以前、ナオトが読んでいた世界史の教科書を勝手に見たときにあった国名だ。

「たしか近くの『死者の大地』からのアンデッドを日々駆逐しているっていう国ですよね⋯⋯」

 ウェレール王国といい、ガールム帝国といい、エルフの国といい、毎回、ユナたちが行く先々で何かしらのトラブルが絶対発生している。
 最早、運命と言えるだろう。

「某名探偵ではないのですが⋯⋯また、ひと波乱ありそうですね。アンデッド関連で」

 否定できないのが悲しくある。

「そういえばアンデッドと言えば、テルムさんは今どうしているのでしょうか」

 スケルトンのテルム。あれ以来、会っていない。
 たしか彼は人間に戻るために旅に出てたはずだ。

「⋯⋯聖共和国についたら、アンデッドについても、少し調べておきますかね」

 ◆◆◆

「──ここは⋯⋯」

 黒色の革のローブを着た男は、最近この国に訪れたばかりだった。アンデッドについての研究が盛んなここでは、もしかしたら人間になれる方法が知れるかもしれないと考えたからだ。

「⋯⋯何だ? 何か⋯⋯引っかかる」

 何かを思い出せそうだ。自分の過去について。
 だが、思い出せそうなだけで、思い出すこと自体はできなかった。

「⋯⋯っ」

 フードが風によって飛ばされて、彼の顔を外に見せる。
 幸いにも周りに人は居なかった。だから、誰も彼が──アンデッドであると知れなかった。
 骨が太陽光に照らされる。何もないはずの眼窩に白い光が灯る。

「⋯⋯ふーあっぶな」

 彼──テルムは、再びフードを被り直した。

「⋯⋯にしても、本当にここは⋯⋯暑いな。人間なら歩いてここに来るのは、とんでもなく辛いだろうな」

 モルム聖共和国は砂漠の中にある大国である。年中通して、日中の気温は非常に高い。
 そんな国で、日中、外を長時間歩こうものなら、普通の人間なら一瞬で倒れてしまうだろう。アンデッドであり、疲労がないテルムだからこそ、歩いて来れたのだ。

「⋯⋯さてと、情報収集と行くか」

 革の靴で、彼は目の前にある町に向かって歩きだした。
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