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第三章「エルフの国」
第四十一話 エルフの国へ
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前日、エルフの国の王であるドメイは、マサカズたちが居るレネの屋敷に訪れた。その要件はガールム帝国の聖教会に囚われていたフェリシア王女を救ってくれたことのお礼だそうだ。
そして前日、マサカズたちはそれらに向けての準備を一日かけて行った。
流石に一文無しでエルフの国へ行くわけにもいかないが、かといって王国政府からの助金を使うわけにもいかないと迷っていたマサカズたちだったが、レネは三人に労働の給料の前払いとして、少年少女が持つには少し多すぎるほど──日本円への換算では、ちゃんとしたメーカーのエントリーロードバイクが余裕で買えるくらいの金額が入った財布を渡した。ちなみにその財布もプレゼントとしてなら、彼らには少し高いものだ。
「⋯⋯なんか、アレだな」
そもそも、労働の理由は屋敷に泊まらせてもらっていることへの代償であり、給料が欲しくてやっているわけではない。だというのに、高校生のアルバイトにしてはかなり高額の給料が与えられたのだ。心情としては、嬉しさと申し訳なさが半々で、とても複雑だ。
「⋯⋯まあ、優しさを断るのも失礼だ。ここは大人しく、受け取っておくべきだと、ボクは思うな」
「⋯⋯それもそうか」
金貨は中身も金であるらしく、中々に重い。確かなずっしりとした感覚は、この財布の中身がどれだけ肥えているかを表している。
大金を所持したときにパーッと派手に使うか、大切に使うか、どちらかと言えば後者であるマサカズは、これらを全部、エルフの国で使い果たせるとは思えなかった。
「それだけしか渡さないので、大切に使ってくださいよ」
レネにとっての金貨約三十枚の出費は、それほど痛手にはならない。彼女の稼ぎはかなりあり、合計で三桁前半までなら三人に渡せるくらいだ。しかし、それはどう考えてもあの労働には見合わない給料である。
逆に言えば衣食住の絶対保証が付いている住み込みの仕事で、手元に十金貨が与えられる。しかもそれは研修期間で、だ。太っ腹にも程がある。
屋敷を赤髪のメイド、メリッサと青髪のメイド、マリーに任せて、その他八人はエルフの国、ローゼルク王国へ向かう。
エルフの国はその国土の八割を森林、もしくは平原が占めている。しかし、残り二割もエルフたちが住まうに必要最低限の開拓しか行われていないため、全土が森林だと言っても過言ではない。
そして、エルフの国の森林は普通の森林ではなく、その殆どは大樹である。そのことから、エルフの国の森林は大樹の森とも呼ばれている。
「⋯⋯なんかこれ、俺の知ってる魔獣車ではないんだけど」
マサカズたちの目の前にあるのは、カテゴリー的にはたしかに魔獣車だ。しかし、客車を引いている魔獣は似てはいるが陸走竜ではない種類だった。
「ああ、これは森林走竜。陸走竜の亜種とでも言うべきかな。森林の木々を必ず避ける加護を持っている種類なんだよ」
この世界には生まれたと同時に必ず加護を授かる種類というのがある。これの括りは殆どの場合、種族であるが、人間にもある家系に生まれたら必ずその加護を授かる、という珍しい場合もある。
「たしか『森林走之加護』だっけ」
「名前もそっから来てるのか」
安直なネーミングセンスである。
「にしても、『木々を避けて通れる加護』か。⋯⋯通りで、森の中を走るにしては客車が大きなと思ったぜ」
通常の馬車は三人乗りだ。これはモンスター蔓延るこの世界では、可能な限りスピードを追求する必要があるための設計である。しかし、こと魔獣車に関しては、六人くらい乗せても時速100km以上で走ることは可能である。
「さて、そろそろ出発の時間だ。⋯⋯けど、ドメイはどこなのかな?」
魔獣車は二つある。そのうち一つにマサカズ達全員が乗車し、もう一つに荷物を載せてある。
ここにいるメンバーで御者ができるのはドメイと緑髪のメイドのミントだけだ。
「あーすまん。トイレ行ってた。待たせたな」
少しだけ遅れてドメイが屋敷から出てくる。
メンバーが揃ったことで、ようやく出発ができる。最後に荷物の確認を終えると、魔獣車に乗り込む。
「では行ってきます。その間、屋敷は頼みましたよ?」
「はい。行ってらっしゃいませ、レネ様。そして、皆様。安全をお祈りしています」
二人のメイドの声が重なり、彼らを送り出す。
「⋯⋯この数日間だけは、少し休むか。⋯⋯何もなければ、いいんだが」
マサカズは黒の教団、魔王軍の問題から一時的に目を背けて、夢にまで見たエルフの美女のと出会いに胸を躍らせる。
◆◆◆
魔獣車の速度は現代日本の実用車よりも速い程度であるにも関わらず、揺れは一切ない。何せこの魔獣車に揺れを防ぐ魔法を行使しているのは青の魔女であるからだ。
特にすることもなく、各々、外の景色を眺めたり、寝たり、魔導書を読んでいた。
「⋯⋯フォレスト・ドラゴランナーって魔獣なの? それとも竜なの?」
マサカズはふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。名称に『竜』があるにも関わらず、彼らが引いている車の名前は魔獣車であるのだ。
「そうですね⋯⋯それを説明するには、まずは魔獣の定義から、ですかね」
答えたのはレネだった。
魔獣とは、簡単に言えば通常よりも魔力を多く有し、また特殊な力を持つ獣のことだ。外見は通常の獣に類似している場合が多いも、例外もあるため、見た目では判断されないことが殆ど。
そして、そんな魔獣と種族の違いはずばり、知能や文化である。たしかに魔獣は通常の獣よりも知能が高いが、人間と比べれば低いし、何より文化を持たない。
「なるほどな。⋯⋯ってそうなると、普通のドラゴンは文化を持つのか?」
「はい。ここから東の方向にはドラゴンの大国がありますよ」
「へぇー。ドラゴンの大国か」
「ええ。世界で最も軍事力がある国です。まあ、国民の六割を最強種族のドラゴンが占めてるので、当たり前と言えば当たり前ですが」
「⋯⋯? 最強種族ってドラゴンなのか。お前ら魔女ではないんだな」
「──単体じゃあ、私達魔女の方が強い。数と種類が多くある種族で最強なのがドラゴンってなだけさ。でも、古竜は私達に匹敵する能力を持ってるし、あながち間違いでもないんだけどね」
魔導書を読んでいたエストが会話に入ってくる。
ドラゴン種は歳を重ねると重ねるだけ、その力を増す。つまり寿命の時まで成長し続けるということだ。それこそが、最強種族たる所以だろう。
会話が終了すると、無言が続く。そうして、魔獣車はエルフの国の大樹の森に到着する。
「す、すげぇ⋯⋯」
加護は魔法よりも、世界の理を捻じ曲げる力が強い。森林の木々はフォレスト・ドラゴランナーの移動を妨げないように、不自然に自立移動して道を開ける。勿論、フォレスト・ドラゴランナーが通ったあとは元通りに戻る。
しばらく走り続けた頃。
「⋯⋯変だな」
「そうですね⋯⋯」
ナオトとレネの二人が、急にそんなことを言い出した。
「モンスターが全く居ない」
この世界では、人が住まう地域以外であれば、モンスターの出没など日常茶飯事である。特にこんな大樹の森は、数多くのモンスターが生息していたっておかしくないし、こんな派手に走る存在が居るなら、近寄ってくるモンスターが一匹ぐらいは居るはずだ。しかし、ナオトの〈敵知覚〉や、レネの〈魔力感知〉によると、全く反応がない。
明らかに、異常。だが、その理由は不明。
嫌な予感がしたため、ナオトは寝ていたマサカズ、ユナを叩き起こす。エストも読んでいた魔導書を異空間に戻し、周りの警戒をする。
「レイ、キミはミントを守っておいて」
「はっ」
レイは御者台へと向かう。
「⋯⋯右方向に敵反応だ!」
ナオトがそう叫ぶ。全員が右方向を確認すると、そこには一匹の熊が居た。しかし、その熊はただの熊ではない。
「大黒熊⋯⋯?」
全身が黒く、そして滑らかな毛によって覆われており、大きい、と名がつくようにその体長は3m。大きい個体だと5mにもなるという。
性格は極めて攻撃的で、その性格に見合うだけの能力があり、遭遇すれば死者が出るとまで言われるモンスターだ。害獣認定は当然、されてある。唯一の救いは、彼らは夜行性であるため、迂闊に夜の森に入らなければ、遭遇することはないということだろう。
だが、現在時刻は夕方。あと数時間もすれば夜になるとはいえ、まだまだ辺りは明るい時間帯だ。そして何より、
「何かから逃げている?」
彼らは怯えていた。彼らは森の中では強者だ。怯えて、あまつさえ普段は眠っている時間帯に活動し、さらにはその場から逃げ出そうとしている。
「あっちの方向は⋯⋯エルフの国ね」
逃げ出そうとしている方向はエルフの国がある場所。このまま放っておけば、エルフたちに被害が出るだろう。
「〈死〉」
エストが即死魔法を行使すると、大黒熊は成す術なく死亡する。
「大黒熊は個体数が少なくて、群れをなさない種類。だけど、この森に一体しかいないなんて考えられないし⋯⋯エルフの国に到着したら、森の調査も必要かもね」
ドメイはエルフの国の王であると同時に、軍部の調査隊隊長でもある。すぐにでも、森の調査は可能だろう。
大樹の森を抜けるまでの間に数体の大黒熊と遭遇したが、全固体が何かに怯えていた。
しかし、肝心の『何か』については一切分からずじまいであったし、エストたちでも、その『何か』の存在が居るかどうかすら分からなかった。
「大黒熊が怯えるほどの存在は魔獣くらいなもの。⋯⋯でも、魔獣の気配なんて一切しない⋯⋯」
エストは脳内にある、あらゆるモンスター、もしくは魔獣についてのデータを記憶から引き出す。だが、該当する存在は居ない。
「⋯⋯。何か嫌な予感がする」
◆◆◆
大樹の森を抜けたのは、入ってから二時間後。森の奥に進めば進むほど、大樹の数は少なくなり、大きさも小さくなっていった。
「ここが⋯⋯」
エルフの国。ここはローゼルク王国の城壁都市だ。
既に日は完全に落ちており、森は真っ暗。だが、城壁を抜けるとそこは昼間かと見間違えるほどに明るい都市だった。
夜空を見上げれば、そこには無数の星々がきらびやかに光っていた。マサカズたちが知る星座はなかったが、それでも、人は星々に惹かれるらしい。
「あっ、エスト。お久しぶりです」
突然、エルフの美しい男性がエストに話しかけてきた。名前を知っているということは、同時に彼女が魔女であるとも知っているということ。それなのに、彼の態度はまるで昔ながらの友人と、久しぶりに再会したようなものだ。──いや、そうなのだ。
「ああ、キミは⋯⋯リーグルかな?」
「はいそうです。リーグルです」
エストが彼、リーグルの名前を思い出すのに時間がかかったということは、最後に会ったのが本当に昔のことであったのだろう。
「⋯⋯知り合い?」
「そう。私が人間のときに遊んだことがあるんだ」
エストが人間だったのは、現在から約六百年前だ。つまり、目の前のエルフは六百歳ほどであるということ。
「エスト、こちらの方々は?」
「仲間と従者。あと友人とか」
「あ、俺はマサカズ・クロイだ。よろしくな」
「初めまして、マサカズさん。リーグル・レレルです」
リーグルという美男子はマサカズたちに挨拶をする。
これからマサカズたちは王城へ向かわなくてはならないため、挨拶はそれだけで済ませた。
そして前日、マサカズたちはそれらに向けての準備を一日かけて行った。
流石に一文無しでエルフの国へ行くわけにもいかないが、かといって王国政府からの助金を使うわけにもいかないと迷っていたマサカズたちだったが、レネは三人に労働の給料の前払いとして、少年少女が持つには少し多すぎるほど──日本円への換算では、ちゃんとしたメーカーのエントリーロードバイクが余裕で買えるくらいの金額が入った財布を渡した。ちなみにその財布もプレゼントとしてなら、彼らには少し高いものだ。
「⋯⋯なんか、アレだな」
そもそも、労働の理由は屋敷に泊まらせてもらっていることへの代償であり、給料が欲しくてやっているわけではない。だというのに、高校生のアルバイトにしてはかなり高額の給料が与えられたのだ。心情としては、嬉しさと申し訳なさが半々で、とても複雑だ。
「⋯⋯まあ、優しさを断るのも失礼だ。ここは大人しく、受け取っておくべきだと、ボクは思うな」
「⋯⋯それもそうか」
金貨は中身も金であるらしく、中々に重い。確かなずっしりとした感覚は、この財布の中身がどれだけ肥えているかを表している。
大金を所持したときにパーッと派手に使うか、大切に使うか、どちらかと言えば後者であるマサカズは、これらを全部、エルフの国で使い果たせるとは思えなかった。
「それだけしか渡さないので、大切に使ってくださいよ」
レネにとっての金貨約三十枚の出費は、それほど痛手にはならない。彼女の稼ぎはかなりあり、合計で三桁前半までなら三人に渡せるくらいだ。しかし、それはどう考えてもあの労働には見合わない給料である。
逆に言えば衣食住の絶対保証が付いている住み込みの仕事で、手元に十金貨が与えられる。しかもそれは研修期間で、だ。太っ腹にも程がある。
屋敷を赤髪のメイド、メリッサと青髪のメイド、マリーに任せて、その他八人はエルフの国、ローゼルク王国へ向かう。
エルフの国はその国土の八割を森林、もしくは平原が占めている。しかし、残り二割もエルフたちが住まうに必要最低限の開拓しか行われていないため、全土が森林だと言っても過言ではない。
そして、エルフの国の森林は普通の森林ではなく、その殆どは大樹である。そのことから、エルフの国の森林は大樹の森とも呼ばれている。
「⋯⋯なんかこれ、俺の知ってる魔獣車ではないんだけど」
マサカズたちの目の前にあるのは、カテゴリー的にはたしかに魔獣車だ。しかし、客車を引いている魔獣は似てはいるが陸走竜ではない種類だった。
「ああ、これは森林走竜。陸走竜の亜種とでも言うべきかな。森林の木々を必ず避ける加護を持っている種類なんだよ」
この世界には生まれたと同時に必ず加護を授かる種類というのがある。これの括りは殆どの場合、種族であるが、人間にもある家系に生まれたら必ずその加護を授かる、という珍しい場合もある。
「たしか『森林走之加護』だっけ」
「名前もそっから来てるのか」
安直なネーミングセンスである。
「にしても、『木々を避けて通れる加護』か。⋯⋯通りで、森の中を走るにしては客車が大きなと思ったぜ」
通常の馬車は三人乗りだ。これはモンスター蔓延るこの世界では、可能な限りスピードを追求する必要があるための設計である。しかし、こと魔獣車に関しては、六人くらい乗せても時速100km以上で走ることは可能である。
「さて、そろそろ出発の時間だ。⋯⋯けど、ドメイはどこなのかな?」
魔獣車は二つある。そのうち一つにマサカズ達全員が乗車し、もう一つに荷物を載せてある。
ここにいるメンバーで御者ができるのはドメイと緑髪のメイドのミントだけだ。
「あーすまん。トイレ行ってた。待たせたな」
少しだけ遅れてドメイが屋敷から出てくる。
メンバーが揃ったことで、ようやく出発ができる。最後に荷物の確認を終えると、魔獣車に乗り込む。
「では行ってきます。その間、屋敷は頼みましたよ?」
「はい。行ってらっしゃいませ、レネ様。そして、皆様。安全をお祈りしています」
二人のメイドの声が重なり、彼らを送り出す。
「⋯⋯この数日間だけは、少し休むか。⋯⋯何もなければ、いいんだが」
マサカズは黒の教団、魔王軍の問題から一時的に目を背けて、夢にまで見たエルフの美女のと出会いに胸を躍らせる。
◆◆◆
魔獣車の速度は現代日本の実用車よりも速い程度であるにも関わらず、揺れは一切ない。何せこの魔獣車に揺れを防ぐ魔法を行使しているのは青の魔女であるからだ。
特にすることもなく、各々、外の景色を眺めたり、寝たり、魔導書を読んでいた。
「⋯⋯フォレスト・ドラゴランナーって魔獣なの? それとも竜なの?」
マサカズはふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。名称に『竜』があるにも関わらず、彼らが引いている車の名前は魔獣車であるのだ。
「そうですね⋯⋯それを説明するには、まずは魔獣の定義から、ですかね」
答えたのはレネだった。
魔獣とは、簡単に言えば通常よりも魔力を多く有し、また特殊な力を持つ獣のことだ。外見は通常の獣に類似している場合が多いも、例外もあるため、見た目では判断されないことが殆ど。
そして、そんな魔獣と種族の違いはずばり、知能や文化である。たしかに魔獣は通常の獣よりも知能が高いが、人間と比べれば低いし、何より文化を持たない。
「なるほどな。⋯⋯ってそうなると、普通のドラゴンは文化を持つのか?」
「はい。ここから東の方向にはドラゴンの大国がありますよ」
「へぇー。ドラゴンの大国か」
「ええ。世界で最も軍事力がある国です。まあ、国民の六割を最強種族のドラゴンが占めてるので、当たり前と言えば当たり前ですが」
「⋯⋯? 最強種族ってドラゴンなのか。お前ら魔女ではないんだな」
「──単体じゃあ、私達魔女の方が強い。数と種類が多くある種族で最強なのがドラゴンってなだけさ。でも、古竜は私達に匹敵する能力を持ってるし、あながち間違いでもないんだけどね」
魔導書を読んでいたエストが会話に入ってくる。
ドラゴン種は歳を重ねると重ねるだけ、その力を増す。つまり寿命の時まで成長し続けるということだ。それこそが、最強種族たる所以だろう。
会話が終了すると、無言が続く。そうして、魔獣車はエルフの国の大樹の森に到着する。
「す、すげぇ⋯⋯」
加護は魔法よりも、世界の理を捻じ曲げる力が強い。森林の木々はフォレスト・ドラゴランナーの移動を妨げないように、不自然に自立移動して道を開ける。勿論、フォレスト・ドラゴランナーが通ったあとは元通りに戻る。
しばらく走り続けた頃。
「⋯⋯変だな」
「そうですね⋯⋯」
ナオトとレネの二人が、急にそんなことを言い出した。
「モンスターが全く居ない」
この世界では、人が住まう地域以外であれば、モンスターの出没など日常茶飯事である。特にこんな大樹の森は、数多くのモンスターが生息していたっておかしくないし、こんな派手に走る存在が居るなら、近寄ってくるモンスターが一匹ぐらいは居るはずだ。しかし、ナオトの〈敵知覚〉や、レネの〈魔力感知〉によると、全く反応がない。
明らかに、異常。だが、その理由は不明。
嫌な予感がしたため、ナオトは寝ていたマサカズ、ユナを叩き起こす。エストも読んでいた魔導書を異空間に戻し、周りの警戒をする。
「レイ、キミはミントを守っておいて」
「はっ」
レイは御者台へと向かう。
「⋯⋯右方向に敵反応だ!」
ナオトがそう叫ぶ。全員が右方向を確認すると、そこには一匹の熊が居た。しかし、その熊はただの熊ではない。
「大黒熊⋯⋯?」
全身が黒く、そして滑らかな毛によって覆われており、大きい、と名がつくようにその体長は3m。大きい個体だと5mにもなるという。
性格は極めて攻撃的で、その性格に見合うだけの能力があり、遭遇すれば死者が出るとまで言われるモンスターだ。害獣認定は当然、されてある。唯一の救いは、彼らは夜行性であるため、迂闊に夜の森に入らなければ、遭遇することはないということだろう。
だが、現在時刻は夕方。あと数時間もすれば夜になるとはいえ、まだまだ辺りは明るい時間帯だ。そして何より、
「何かから逃げている?」
彼らは怯えていた。彼らは森の中では強者だ。怯えて、あまつさえ普段は眠っている時間帯に活動し、さらにはその場から逃げ出そうとしている。
「あっちの方向は⋯⋯エルフの国ね」
逃げ出そうとしている方向はエルフの国がある場所。このまま放っておけば、エルフたちに被害が出るだろう。
「〈死〉」
エストが即死魔法を行使すると、大黒熊は成す術なく死亡する。
「大黒熊は個体数が少なくて、群れをなさない種類。だけど、この森に一体しかいないなんて考えられないし⋯⋯エルフの国に到着したら、森の調査も必要かもね」
ドメイはエルフの国の王であると同時に、軍部の調査隊隊長でもある。すぐにでも、森の調査は可能だろう。
大樹の森を抜けるまでの間に数体の大黒熊と遭遇したが、全固体が何かに怯えていた。
しかし、肝心の『何か』については一切分からずじまいであったし、エストたちでも、その『何か』の存在が居るかどうかすら分からなかった。
「大黒熊が怯えるほどの存在は魔獣くらいなもの。⋯⋯でも、魔獣の気配なんて一切しない⋯⋯」
エストは脳内にある、あらゆるモンスター、もしくは魔獣についてのデータを記憶から引き出す。だが、該当する存在は居ない。
「⋯⋯。何か嫌な予感がする」
◆◆◆
大樹の森を抜けたのは、入ってから二時間後。森の奥に進めば進むほど、大樹の数は少なくなり、大きさも小さくなっていった。
「ここが⋯⋯」
エルフの国。ここはローゼルク王国の城壁都市だ。
既に日は完全に落ちており、森は真っ暗。だが、城壁を抜けるとそこは昼間かと見間違えるほどに明るい都市だった。
夜空を見上げれば、そこには無数の星々がきらびやかに光っていた。マサカズたちが知る星座はなかったが、それでも、人は星々に惹かれるらしい。
「あっ、エスト。お久しぶりです」
突然、エルフの美しい男性がエストに話しかけてきた。名前を知っているということは、同時に彼女が魔女であるとも知っているということ。それなのに、彼の態度はまるで昔ながらの友人と、久しぶりに再会したようなものだ。──いや、そうなのだ。
「ああ、キミは⋯⋯リーグルかな?」
「はいそうです。リーグルです」
エストが彼、リーグルの名前を思い出すのに時間がかかったということは、最後に会ったのが本当に昔のことであったのだろう。
「⋯⋯知り合い?」
「そう。私が人間のときに遊んだことがあるんだ」
エストが人間だったのは、現在から約六百年前だ。つまり、目の前のエルフは六百歳ほどであるということ。
「エスト、こちらの方々は?」
「仲間と従者。あと友人とか」
「あ、俺はマサカズ・クロイだ。よろしくな」
「初めまして、マサカズさん。リーグル・レレルです」
リーグルという美男子はマサカズたちに挨拶をする。
これからマサカズたちは王城へ向かわなくてはならないため、挨拶はそれだけで済ませた。
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