白の魔女の世界救済譚

月乃彰

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第二章「魔女殺しの神父」

第三十一話 手段だからだ

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 喉を掻き毟ることは、今度はなかった。老衰死──自然死というのは意外にも苦しくなかったからだ。

「⋯⋯結界、か」

 マサカズが死ぬ前、エストと対峙たいじした時にアレオスが言っていた「結界のコアを破壊し尽くしたということですか」という言葉。十中八九その結界とやらはエストの弱体化に関係しているはずだ。

(俺達に効果がないのは単純に弱体化対象にないからだろう。対象となる条件は一定以上の実力者? それとも魔女であるかどうかか?)

 マサカズの昔やっていたゲームでも似たような魔法があった。その名も結界魔法。結界のコアを中心とした一定範囲内に存在する対象の能力を弱体化させるといった魔法だ。そしてコアはその対象には破壊できないが、対象でなければ容易に破壊できる。

(対象となる条件の幅が狭ければ狭いほど、弱体化の効果は強くなるのが特性──だったよな。もし本当に似た魔法だったら、かなり厄介だ)

 マサカズの知る結界魔法は維持コストもかなり高かった。そのため魔女が10人いるわけでもなければ、コアは多くても15個程度のはずだと判断する。

(⋯⋯だとすると一度エスト達が殺されたのは結界が理由だったわけだ。でも前回はその結界が破壊されたことでエストとアレオスは対等以上にやり合えた──ならそれを目標とするか)

 神人部隊を引き止め、そして結界を破壊し回る。ここで問題になるのは結界を破壊する理由をどう説明するか。

(⋯⋯そうだな。これなら納得してもらえるはずだ)

 説得方法が思い浮かぶと、ナオトとユナの二人に説明しつつ、神人部隊を引き止めに行く。そして状況説明を行い、結界の破壊理由を述べる。

「この帝国は人間主義国家だ。特に教会の奴らはその思想が濃い。⋯⋯そしてもう一つ、どうして魔女であるはずのレネが単身で脱出しない?」

 魔女は強大な力を持つ。魔女の中では戦闘能力が低いレネだろうと、この世界では強者であるドラゴンを軽くあしらえるほどだ。例え拘束されていようが、無詠唱でも魔法が使えるはず。なのに、どうしてそれをしないか。簡単だ。それ以外に理由があるから。

「まさか⋯⋯」

「ああそのまさかだ。無詠唱の魔法は通常よりも弱くなるらしいな? もしそこに結界とかで更なる弱体化が入ったら?」

 紐は切れても、鉄格子までは切れない。その程度の攻撃力しか持たない魔法となるだろう。

「⋯⋯つまり、結界の破壊をすることでレネ様自ら脱出してもらおうという事ですか?」

「助けに行く頃には見張りを殺しているだろうな」

 あくまでレネの力を復活させるという目的のみを述べた。レネを神格化している彼らならば、彼女のためだと言えば納得してもらえるとマサカズは考えたのだ。

「それで、結界のコアはどこにあるんですか?」

「⋯⋯俺は魔法には詳しくないから今から言うことはあくまでもおそらくの話だが──」

 ──結界のコアは破壊されやすい。そのため、目に付きにくい所に設置するのがあのゲームでのセオリーだ。そしてこの街における目に付きにくい所というのは、すばり路地裏。それもコアは割と大きいので、すこし開けた場所にしか設置できないのだ。

「⋯⋯なるほど。わかりました」

「事態は急を要する。そっちは三人で別れてくれ」

「それなら全員バラバラになれば良いのでは?」

「いや、コアには見張りがいてもおかしくない。戦闘の可能性も見据えての人数だ」

 アキラは納得したようで、それ以上は何も言わなかった。

「⋯⋯それじゃあ、作戦開始だ!」

 ここにいる全員が三手に別れる。そのうち二手は作戦通りに路地裏に駆け出したが、

「⋯⋯よし、行ったな」

 マサカズ達は路地裏には行かなかった。その理由は、エストの怒りを買わないようにするため──これからレイを助けるからだ。
 町の中央、アレオスと遭遇した場所の近くで潜伏する。程よく三人が入れそうな木箱があったため、某蛇のようにそこに隠れる。

(死に戻りをしても変わらない運命というのがある。それの一つが⋯⋯)

 潜伏していると、足音が聞こえてくる。足音の主は三人が入っている木箱の前で止まると、

「サンデリスです。⋯⋯全滅しましたか、わかりました。あなたは国にこのことを。⋯⋯ええ、私は大丈夫ですよ」

 どうやら誰かと会話しているようだ。しかしこの世界に電話があるとは聞いたことがないし、あるとも思えない。だとするとそのような魔具があるということなのだろう。

(⋯⋯魔法使いでなくても使用できる遠隔の会話手段か。いや、それより──)

 最初からおかしいと思ったのだ。なぜ、レネをこのタイミングで攫ったか。レネを攫うことは王国への宣戦布告のようならものであるというのに、果たしてそれを一団体が独断で実行に移すだろうか? いや、普通はできないし、しない。つまり最初から、

(──教会と帝国政府は繋がっていたということか。だとすると俺達はアレオスだけでなく、軍も相手取ることになるな。⋯⋯軍人を殺す、か)

 人殺し。考えてみればしたことがなかった。人に剣を振ったことはあっても、殺すまではしたことがない。

(⋯⋯今更人殺しをしたくないなんて言ってられないな)

 綺麗事は言わない。殺さなきゃ殺されるのだから。生きるか死ぬかの二択なのだから。自分の生存のためなら、人を殺すことに躊躇ためらいはない。
 アレオスは誰かとの会話を終えると、その場を立ち去る。
 その三十分後、走ってきたレイと情報を交換する。

「あの神父はレネさんを殺しに行ったかもしれないってことですか!?」

「はい。ですが⋯⋯」

 レイは自分の拳を握る。

「⋯⋯結界のせいで、普段のように動けません。今の状態で行ったって瞬殺されるのが関の山でしょう」

 どちらにせよ結界のコアが破壊されるまでは動けない。しかし今すぐにでもレネを助けに行かなくては彼女が殺されるということが判明した。

「⋯⋯」

 どうすればいい。どうすればレネの生存を、誰の犠牲ぎせいもなしに達成できる?

「⋯⋯そうだ」

「何か思いつきましたか?」

 マサカズ、ナオト、ユナは人殺しの覚悟はできている。だがしかし、それは自己防衛を目的とした場合のみにおいてであり──

「⋯⋯強者から犠牲もなしに誰かを救うことなんてできない。犠牲は絶対に必要になるんだ」

 ──あくまでも自己利益のためではなかった。私利私欲のために人を殺すまではいかなくても、利用する覚悟は、少なくともナオトとユナにはなかった。しかし、マサカズにはそれがあった。
 目的のためならば手段は問わない。味方の損害と利益を重視し、敵には一切の容赦をかけない。

「⋯⋯人質ひとじちだ。アレオスに脅しをかける。それもそこらの信者ではない──アレオスにとって重要な人物が必要だ」

 そしてその人質候補は既に埋まっている。彼女の名は、

「シスター・リム。彼女を生け捕りにする」

 たがしかし、マサカズは教会に向かうも、そこでシスターの生け捕りの計画は実行できないと知る。
 教会内部は至るところに血肉がぶちまけられており、ここで行われていたことがどれだけ凄惨であったかを物語っていた。そして出口の近くには、シスター服を着た首なし死体が転がっており、床を汚す血はまだ乾いていない。ついさっきここで殺されたということだろう。

「遅かったか⋯⋯」

 天井や壁には何かが──おそらく目の前の死体が──ぶつけられたような跡がある。シスターは強者だった。つまり、これを行ったのはエストである可能性が高い。

(⋯⋯今回は──駄目そうだな)

 レイが殺されたときのエストの怒りっぷりは予想以上だった。そしてレネとエストの関係はかなり親密そうであった。

(レネが死んだらとうなるか。そんなのは火を見るより明らかだな)

 既に今回は『捨て』だろう。これ以上足掻いたって、暴走したエストによって殺される未来に変わりはない。ここで優先すべきは次へ活かすための情報集めである。

(結界のコアの位置、だな)

「皆、コアの位置特定に向かう。人質が使えない以上、コア破壊をするしかない」

 エストはおそらく、もうロア達と合流しているはずだ。そして魔法をよく知る彼女が結界の存在を知らないはずがない。どんな形であれ、コアの破壊をしている可能性は高い。

(⋯⋯ん? これ神人部隊と合流しないか──いや、あっちにはメリッサが居る。レネのメイドと分かれば、殺戮ショーが始まることはないはずだが⋯⋯)

 しかし、問題なのはマサカズ達とエストとの関係がまず間違いなく問われるということ。もし魔女の存在を隠して今まで活動していたと発覚すればどうなるか。

「──不味い。非常に不味い、な。レイ、エストの位置とか分からないか?」

「⋯⋯分かりませんが、〈通話コール〉で聞くことは可能かと」

「ならそれで早く伝えてくれ、神人部隊と遭遇するかもしれないから教会に来いって」

「了解しました。〈通話コール〉⋯⋯エスト様、説明は後でするので今すぐに教会に⋯⋯え? あ、はい。分かりました」

「なんて言ってた?」

「⋯⋯既に神人部隊と合流してしまっていたようですが、メリッサさんが説得したことで事なきを得た、と」

「⋯⋯杞憂だったわけか」

 その後町でマサカズは最初の予定通り、結界のコアの位置特定を行う。その数は13個であり、位置も覚えた。人は本当に死ぬ気でやれば、本来以上のパフォーマンスが行えるようだった。

(さて、と。またエストのあの魔法で死ぬのは苦しいし、せめて楽に死ぬか)

 マサカズは事態が既に手遅れであると予想している。このままレネを助けに行ったって、エストが怒り狂うだけだろうと。
 この事を知るレイ、ナオト、ユナの三人は、これからマサカズが何を行うかを知っていた。

「⋯⋯レイ、頼む」

「⋯⋯わかりました。次に繋げてください」

「ああ」

 無詠唱化された転移魔法によって、一人だけ静かにその場から居なくなる。マサカズとレイは最後尾を歩いていた。少しの間は居なくなったことはバレないだろう。
 転移先は見知らぬ場所。それもそのはず、マサカズがレイに希望した内容は「楽に死ねる場所」だけ。あとはレイのおまかせであったからだ。

「なるほどな。ここなら、楽に死ねるってわけだ」

 吹く風はとても強い。このあたりの木々を大きく揺らすほどだ。
 太陽は遠くの山々に隠れて、その光は遮断しゃだんされ、世界に夜が訪れることを予告する。しかしながらまだ完全に光は失われていない。空に赤みが残る今この時、日没直後のこの瞬間を黄昏時たそがれどきと言う。

「なんとも感動的な景色だな」

 マサカズが現在居るのは山岳。そして眼前がんぜんにはビルほどの高さのがけがある。無論、ここから落ちれば即死は免れない。

「⋯⋯」

 即死とは死の中で一番楽なものだろう。痛みや苦しみは感じずに死ねるのだから。しかし、死は恐怖だと本能にり込まれている。だから、いくら覚悟していてもいざ目の前に死を見ると躊躇ってしまう。
 逃げてしまおうか。そう一瞬でも思ってしまった自分が憎い。
 恐怖を無理矢理押さえつけ、一歩、また一歩と、ゆっくりと崖際に歩いて行く。

「⋯⋯どうして、俺はこんなにも冷静なんだ?」

 たしかに死ぬことは怖い。正直逃げたい。しかし、マサカズは今から自殺をしようとしているという狂人じみた行動をすることになんの抵抗もない。

「俺が覚悟したからか? 死ぬと、判断したからか?」

 自問する。
 彼は臆病物だ。いくら覚悟しても、それが簡単に揺らぐことは十分あり得る。しかし、今、こうして死のうとしている。そこには既に躊躇がない。

「いや⋯⋯手段だからだ」

 自答する。
 そう。マサカズにとって死ぬこととは手段の一つだ。どれたけ怖くても、どれだけ苦しくても、結局は生き返る。本来の意味で死ぬことはないことがこれまでの経験で証明されている。
 死への恐怖は本能的なものだ。だがマサカズは、彼の魂は知っている、その本能の制御の仕方を。

「⋯⋯俺はもう正常な人間ではないかもしれないな」

 ──彼は自身の足を、地面のない空間へと運ぶ。目をつむって、視覚情報を遮断する。
 走馬灯はいつの間にか見れなくなっていた。だから、三秒間の落下を、全身で、等倍速で感じることができた。そして地面に衝突した瞬間、加護を与えた世界は彼を死なせないために時間を巻き戻し始める。
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