冒険者の手引き

叡琉

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旅、しないか?

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 ネザ大陸、北部港町『ケーナズ』港町ではあるが、大きな港ではなく、主な産業は漁業、そして人口に対して、不釣り合いな孤児院がある。孤児院の隣には立派な学校があり、町の中で一番栄えている場所でもあった。
「ムサカー!えんちょ、よんでるー」
 庭に響く子供達の声を聞きながらベンチに座って様子を見ていた少し明るい色の髪の彼、大陸名<ムサカ-ヨチョムル-キライル >は呼ばれた方へ歩いて行った。
「ネル、園長じゃなくて、院長な」
「リルが、えんちょ、っていったんだもん」
 双子に挟まれて手を引かれてる。
「まぁ、お前らにしたらどっちでもいいのか」
 ムサカは、優しい笑顔の青年で、面倒見がよく、子供達にもとても好かれていた。食事や掃除、洗濯などの家事全般を完璧にこなす能力にも長けていたので、孤児院の世話役をしていた。
「ムサカ、夕食の…」
 食堂の前で、同じ立場のアニスに声をかけられるが、ネルとリルに引っ張られ
「悪い、あとでな」
「ムサカーえんちょ、まってる」
「まってるー」
 そのまま、院長室の前の廊下まで連れていかれる。これ以上は入室の許可がない限り、子供達は扉には近付かない。
「二人とも、ありがと」
 両手で同時に二人の頭を撫でる。見送られて院長室に入る。
「遅くなりました」
 彼が部屋に入ると、院長のルファテミシアは窓際に立って庭で遊ぶ子供達を見ていた。質素な黒いドレスにアッシュグレーの髪を編み込み纏めた姿は気品に満ちていた。
「お座りなさい」
 言われるがまま、椅子に座る。
「何か用事ですか?」
「私に何か言いたいことはないの?」
 質問を質問で返され、ふと、視線を外す。
「今は…ないですね」
 今、という言葉に重さがあった。ムサカには冒険者をしていた過去があった。それが2年前、ある出来事がきっかけで旅を止め、孤児院へと戻って来た。院の手伝いをしてくれている彼には感謝しているが、このまま、埋もれさせてしまうには惜しい人材であることも理解していた。
「そう、わかったわ。何か決めたらすぐに言いに来なさい。渡すものがあるから」
「失礼します」
 院長室を出た扉の前で立ち止まる。

ー何も…変わらないー

 旅を止めたあの日から、ムサカの時間は止まっていた。何も失わないという根拠のない自信で旅立った。子供だった。そう気付かされ押し寄せた現実が彼から、生きる力を奪って行った。今、彼が動いているのは、誰の為でもなく、何のためでもなく、ただそこに在るだけだった。
「さぁて、散歩でも連れてくか」
 ぐっと伸びをして、また庭に戻っていく。その場にいたネル、リルと他に四人ほど連れて、砂浜まで歩いていく。目の届く範囲で遊ばせていると、岩場の方から双子が走って来た。
「ムサカー、あっちに青い人」
「青い人?」
 水死体かとも考えたが、二人がそれほど怖がっていないことから言われたところまで様子を見に行く。
「ほら、青い人」
「リル、ネル、みんなに帰るよって集めてくれる?」
「わかったー」
 他の子供達を双子に任せ、彼はその「青い人」に近付く。真っ青な流れるような美しい髪、白い肌に細い首、白を基調とした特徴ある形状の衣服。背中には不釣り合いの太刀。
「日極国人…か」
 抱き起こすと、まるで人形のような愛くるしい顔が現れた。身体は冷えきって、意識もない。このまま放置すれば確実に命にかかわる。
 その時、頬を撫でるような風が吹き抜けていった。

ー何か、動き出す…ー

 海辺で拾ったその人を、孤児院の自室に運んだ。大量に水を含んだ着物は金属ほどの重量になっており、沈まなかったのは奇跡的だと思われた。ともあれ、寝間着に着替えさせたが、その際に背中の右肩に焼き印を見た。まだ、付けられてから日が経っていないのか、傷としても痛々しいほどだった。手当てをし、自分のベッドに寝かせ、自身は濡れた着物を持って洗い場に向かった。
「…重い。こんなの着て泳げないだろ」
 手洗いしながら、裏地の右肩部分には血が滲んでいた。
「烙印…」
 あんな子供にすることなのかと、ただ以前聞いたことがあったのは日極国には死刑がなく、どんな重罪でも流刑が最適とされていると。彼の頭の中では色々なことが巡っていたが、それを表に出すことはなかった。
 洗濯物を干したあと、食堂でスープをつくり、鍋と皿をワゴンにのせて部屋に戻った。
「…から…に…」
 声がして、ドアを開けると目の前に鋒を向けられた。太刀の重量を考えるととても子供の片手で持てる物とは思えなかった。
「お前は、誰だ」
 髪と同じ鮮やかな青い瞳が、彼を捉えていた。
「俺はムサカ、キミの敵じゃない」
敵意がないことを見せるため、両方の手のひらを見せる。
「なんで、そう言い切れる」
 声は少し高いが、少年であることははっきりした。
「敵対する、理由がないだろ?」
「それも、そう…」
 鋒が下がると同時に、両腕から血飛沫が上がり少年の身体がぐらっと傾く。ムサカは少年を抱き止め、
「なんだ、これ、どうなってる!」
「今、空だから…オレの血で、足さないと…」
「足す?何を…」
 流れ出た血の行き先を見て、現状を理解する。刀が血を吸収していた。
「妖刀…とかいうやつなのか?」
 ある程度吸収を終えると、刀は鞘に戻っていた。彼は少年をベッドに座らせ、両腕の手当てをした。
「『漆黒』はある程度の妖力があれば抜けるんだけど、ほんとに空っぽだと代用としてオレの血で一定時間だけ抜けるんだ…けど久しぶりにここまで空っぽになってるとは…」
 さらりと、説明してはいるが、両腕はだらりと下がり指先は微かに震えていた。その指先を両手で包み込み、
「無理すんな」
 と、微笑んだ。
「あんた、優しいね」
「あんたじゃなくて、ムサカな」
「呼び捨ては気にしないんだ」
「名前」
 スープを皿よそいながら尋ねる。
「ヤマト…で、いいや」
 その言い方で、偽名なことはすぐにわかったが、ムサカはそれに対して掘り下げるようなことはしなかった。
「じゃヤマト、何か食べられないものはあるか?」
 すると、ヤマトが答える前に盛大に腹の虫が鳴った。
「ないよ。でも今は手が…」
「ほら、口開けて、熱かったら言えよ」
 少し冷ましたスープを掬い、優しく口に運ぶ。年頃合いによっては嫌がるかとも思われたが、ヤマトはそのまま口に入れた。そして、
「…美味しい」
 その表情に嘘はなかった。何度か食べさせた後、自分の手が動くようになると、鍋が空になるまでペロリとたいらげた。
 ムサカはその様子を見ながら、廊下が騒がしい事に気付き、ドアを開けると子供達が雪崩となって部屋に入って来た。
「静かにしてって言ったよな」
 子供達は真新しいオモチャを見つけたように、ヤマトの回りを囲んでいた。
「ねぇ、どこから来たの?」
「その髪、本物?」
「年は?」
 質問攻めにされて、返答に困りムサカに助けを求める。
「たすけ…いった!…」
 子供の一人が、ヤマトの髪を無造作に引っ張った。ムサカは子供の手を外し、
「ここには来ちゃダメって。彼は怪我人なんだ、元気になったらみんなにちゃんと挨拶するから、ね」
 ムサカに言われて、全員が大人しく出ていく。物言いには優しさがあるが、従わないものにはそれなりのペナルティがあることを全員が理解していた。ドアを閉めると一つ息を吐く。
「うるさくて悪いな」
「そんなことないよ。人が多いのは慣れてるし」
 ベッドに腰掛けたまま、足をぶらぶらと揺らしながら言った。少しうつむく顔に感情の沈みがあった。
「ヤマトは…」
 ムサカは何かを言いかけて止める。
「何?」
 青い輝くような瞳が向けられて、一瞬鼓動が跳ねるのを感じた。
「あー、えっと…そうだ、身分証持ち物になかったからあるなら…」
「ないよ」
 ヤマトは即答した。身分証はこの大陸で生活する上で必要不可欠であった。正規の入国者ならば船上で手続きが行われるが、それ以外の場合は取得のために手続きが必要だ。
「じゃあ、登録にギルド…この辺りだとC&A商会になるが、今日は休んで明日にでも行くか」
 少し目を放すと、座ったまま眠り始めた。ムサカはふぅと息を吐くと、ヤマトを寝かせ布団をかけて部屋を出た。
 翌日、朝食を終えると二人で一番近くの冒険者ギルド『C&A商会』の建物の中にいた。
「すいません、身分証の発行お願いしたいですけど…」
 受付に人の姿はなく、少し大きめの声でムサカが呼び掛ける。
「受付ってかいてあるけど、誰もいないね」
「まぁ、田舎のギルドだといろいろほかのこととかしなきゃならないから、いないことの方が当たり前だな」
 少し待っていると、奥から慌てて女性出て来た。
「あら、お待たせ。貴方たしか孤児院の…」
「今日は俺の用じゃなくて、この子の身分証が欲しいので」
「それじゃ、この紙に名前と、生年月日を大陸歴と文字でお願いね」
 紙を渡されたヤマトの様子を黙って見ていたムサカ。偽名の件も気にはなっていたが、とりあえずは口を出さずにヤマトの行動を見守っていた。
「はーい、書いたよ」
 紙を受け取り、確認すると
「ヤムト・キズエラ・トムラ?」
「ヤマト・キジエラ・カムラ!大陸語書くと難しいんだよ」
 綺麗に書き直して受付に渡すムサカ。
「確かに。身分証だけでいいの?」
「今日はいいですよ」
「日極国人だから、あれもかなって」
「それは、また今度。それじゃ失礼」
 発行された身分証を受け取り、その場を離れる。
「あれって、なんのこと?」
「ん?何が?」
「日極国人だからって」
「ああ、仕事柄癖になってるんだろ。大陸外からの来訪者はここじゃ珍しいしな」
 ムサカははっきりとは答えなかった。
「ムサカは田舎だっていうけど、ここはいろんな人がいるよね」
 ヤマトが言う、いろんな人と言う意味はムサカには分からなかった。子供達だけを見れば、確かに地域の統一性はない。彼らは大陸全土を駆け回る冒険者たちの血縁者も少なくない。もちろんそれ以外も。
「子供達、散歩連れてく時間だな」
「オレも行く」
 孤児院に戻ると、園庭に子供達が集まっていた。
「ムサカー!」
「ムサカー!」
 ネルとリルが同時にムサカの両手にしがみつく。二人とも困った顔をしていた。
「どうした?」
 手を引かれて行くと、男の子二人が取っ組み合いの喧嘩をしていた。二人は元々折り合いが悪かったが、片方の親が冒険者として格付けが上がり、仕送りに差が付いた。院内の生活は突然の変化はないが、隣の学園に通う学生達にはあからさまな変化が現れる。金による待遇の改善。子供達にとっては、その格差こそが争いの原因になっていた。
「ほら、やめな」
 ムサカが間に入って、二人を引き離す。
「あいつが、オレの親父を馬鹿にしたんだ!」
「五年経っても中級に上がれない冒険者なんて無能でしかないだろ!」
「初級の何が悪いんだ!皆初めは同じじゃないか!」
 ムサカはあえて口を出さずに、二人の言葉を聞いていた。そこに院長が現れる。
「何です、朝から騒々しい」
 泥だらけになった二人の制服を叩く。
「こいつが!」
「お前!」
 二人同時に説明しようとしたが、院長はさっと手を上げて発言を止める。
「二人とも、その制服では通学させられません。今すぐ、自分たちで何とかしなさい」
 院長に言われると二人は意気消沈して、建物の中に入って行った。集まっていた子供達も通学を始め、残ったのは就学前の子供達と院長とムサカとヤマトだった。
 院長はヤマトの顔をじっと見つめ、無表情のまままた建物の中に戻っていった。
「今の人は?」
 あまりにもじっと見られたので、黙っていたヤマトだったが、院長が戻るとムサカに尋ねた。
「ここの責任者だよ」
 さらりと答えるムサカの言葉に、なんの感情も含まれていないことに違和感を持った。
「一番偉い人ってこと?」
「まあ、そうだな。それよりまずは日課をこなさないとな」
 その言葉通りに淡々と子供達の世話や、家事作業などをこなし、ヤマトは子供達と遊びながらその様子を見ていた。子供達とかかわっているときには気が付かなかったが、一人で作業をしている彼は存在がひどく透明だった。
「このまま、消えちゃうのなぁ…」
 ふと、よみがえる記憶。まだ、そこまで風化するはずもない思い出。
「何が消えるの?」
 ベンチに座るヤマトに声をかけてきたのは、赤毛で顔に大きな傷のある女性だった。格好は学生でも高学年で自分よりも年上に見えた。
「キミは?」
「私はアニス。ここで学生しながら仕事もしてるの。キミは昨日ムサカが海で拾って来た子よね。泳いで来たの?」
 奇妙な質問に首を捻る。
「そんなわけないじゃん。でもなんで?」
「ここ、二三日船の事故がないから。この近海で。人が流れつく範囲って意味ね」
 アニスの言葉に考え込むヤマト。記憶が散漫になっていることに気がつく。
「うーん、わかんない」
「わかんないってなに?日極国人は独特の空気だよね。みんなそうなの?」
 初めてではない言い方に、
「会ったことあるの?日極国人」
「母さんの仲間の知り合いにいたの。普段はぼーっとしてるのに戦闘になると人が変わるって」
 矢継ぎ早の質問に、答えるがつまる。彼女の瞳は異国の者への興味本意ではなく、別のところにあると感じられたからだった。
「キミは、何が知りたいの?」
「え…?」
 答えではなく、突然の切り返しに戸惑うアニス。見た目ではわからない、雰囲気が彼にはあった。
「ホントに聞きたいことは何?」
 本当という言葉に尻込みしてしまったアニスは顔を真っ赤にして立ち上がる。
「ゴメン、なんでもない」
 そのまま歩き去るアニスと入れ替わるように仕事を終えたムサカがベンチに座る。
「何かあったか?」
「うん、ただ質問に答えただけ。でも彼女が知りたいことには、答えてあげられなかったけどね」
「知りたかったこと?」
「多分、ムサカのことだと思う」
 話の内容まではわからなかったが、ムサカには今まで出会ったことのないものをヤマトに感じていた。のほほんとしているようで、見ているものはしっかりと見ている。孤児院の子供達とも、普通の子供達とも何かが違う物腰は不思議と惹き付けられるものがあった。
「ヤマトは…」
 言いかけてやめる。知り合って間もないがムサカは自分のことは何でも後回しにする傾向なのだと気が付いた。
「なんで、やめるの?」
 青い瞳がじっと次の言葉を待っていた。
「俺には言える資格がない…気がする」
 すると、ヤマトは吹き出した。
「なにそれ、自分で言うための資格って。いいじゃん、ムサカの言葉でオレに伝えてよ」
 その言葉に大きく息を吐き、腹を決めて顔をあげる。
「旅、しないか?」
 ムサカはヤマトの顔をじっと見つめる。その表情一つも見逃さないように。
「いいよ」
 ヤマトは笑顔で即答した。
「もう少し考えても…」
「考えても答えは変わらないから」
 ヤマトの瞳の奥に、決意が揺らいでいた。このまま、孤児院にいるより自分の力で進む道を決めたあの日の自分が重なった。
「ありがとう」
「ありがとうじゃないよ。よろしくね」
 出会ったばかりのこの不思議な雰囲気を持つ少年に、ともに進む決心をさせる何かがあった。
「旅をしたことは?」
「遠いのはあんまりないかな。だから支度とかは全然わかんない」
「そこは任せてくれ。何かしたいこととか、目的みたいなものはあるか?」
 「旅ってことは、冒険者になるってことでしょ?だったら、目指すのは『神の門』じゃないの?」
 全ての冒険者が目指す『神の門』へ至ることが最大の誉であり、ほとんどの者がその目的を果たすことのできない険しい道程。冒険者を名乗る人々は己が実力に合わせて、個人的な目標や目的を持って行動する。
「俺が知りたいのは、ヤマトが何をしたいかだよ」
「じゃあ、美味しいもの食べたい」
「美味しいもの…」
 意外な返答に、思わず笑いがこぼれる。ムサカの素の表情に少し安心するヤマト。
「よかった。ちゃんと、人間だね」
「なんだよ、それ」
 ヤマトの不思議な言葉に、首を捻るムサカ。
「ムサカはちゃんとしすぎてて、表情を仕草もなんか、人間っぽくないんだもん」
 わずかな時間で本質的な部分まで見抜いていた。
「お前の周りには、いい人ばっかりだったんだな」
「そうでもないよ。でも、大好きな人はいつも隣にいてくれたかな」
 視線が下を向く。ムサカはそのとき初めて失言したと気付いた。
「悪い…」
 何かしらの罪の証が、ヤマトの体に刻まれていたことを失念していた。そんな事態にこの年齢で追い込まれてしまった彼に、思い出させるようなことを言ってしまったと。
「別に、気にしてないよ」
 気にしてないという言葉を口にするのは、本心ではなかった。それがわからないほど、ムサカは子供ではなかった。わかってしまったからこそ、言葉ではなく黙ったままヤマトの頭を撫でた。
「ムサカの手、似てる」
「似てる?」
「うん、忘れたくない人」
 忘れたくないという表現は、そうしなければいつか薄れてしまうということ。
 今は聞くときではない。それはお互いに感じていた。全てはここからはじまるのだから、何一つとして、焦ることはない。
「俺は、お前を信じるよ」
 すると、ヤマトは立ち上がって振り返り
「後悔しないでよ」
 そして微笑んだ。

 翌日からムサカは旅に出るための支度を始めた。忘れていた感覚と、感情のありか。惰性で生活していた2年という月日に、失ったものを確かめる作業のようにヤマトと手合わせをしていた。
 お互いに木刀のはずなのに、激しく火花が散るような剣戟。ヤマトは線が細いが、速さと一撃に込める力に無駄がない、戦闘慣れした剣技で『剣士』という言葉が当てはまる。
 一方のムサカは正確で堅実な動きで、的確に攻撃を加える『戦士』と言える。
「で?オレは合格?」
 手合わせを終えると、一息ついてヤマトが言う。
「テストしてるつもりじゃなかったけど、さすが日極国人だよ。闘い慣れしてるし無駄な動きがない」
 戦闘民族と言われるほど日極国人は総じて武術に通じており、冒険者として大陸に訪れる者は即戦力として重宝されている。
「ムサカはほんとはもっと強いよね?手加減してるのわかったから、テストなんだと思ったんだよ」
 勘の鋭い少年だと思わざるを得なかった。
「お前は?俺をどう思ったんだ?」
「オレ相手に手加減できる人は限られてるから、ムサカもその一人になったよ」
「そうか、ならよかった」
 時間はそろそろ昼食の時間が近くなっていた。ヤマトの空腹を知らせる音がなった。
「お腹すいたー」
「お前は正直だなぁ。それじゃ帰るか」
 手合わせは園庭では子供達がいて危険なので、少し離れた丘の上まで来ていた。丘の上から港が見え、小さな船が行き交っていた。大きな外国船は入れない小さな港。たまに中型の商船が来る程度だった。ふと、疑問を口にする。
「どんな船に乗っていたんだ?」
「うーんと、それなりにおっきかったと思うけど、雷がドーンて」
「雷?」
 流れ着いたのはヤマトだけだった。ほかの乗客や、積み荷や船体などは確認できなかった。
「だったと思うけど、はっきりはわかんない」
 左手で、右肩を押さえる仕草に傷を思い出させた。
「変なこと聞いたな。帰ろう、昼飯何がいい?」
 言葉が届いていないのを感じた。
「海の中で女の人に、会った…気がする」
「ヤマト?」
 顔を見ると、血の気が引いて目の焦点が僅かにずれていた。明らかな変調、
「…っ…」
 突然全身の力が抜け、意識を失った。ムサカはヤマトの身体を抱え、足早に自室に戻った。
 ベッドに寝かせ、自分は枕元に椅子を置いて座る。普通に会話していると思ったら、突然意識を失うほどの負荷にさらされたとするならば、考えられるのは『呪い』だった。正確には元凶とされる何かにあてられたと。
「…女の人か」
 ふと呟いて、ざわめく。
「ムサカ、ちょっといい?」
 ドアの外から声がかかる。相手はアニス。立ち上がって応対する。
「どうかしたか?」
「冒険者に戻るって聞いたんだけど、本当に?」
「本当にって、変な聞き方だな」
「茶化さないで。あの子の為なの?」
「誰かの為に冒険者になるわけじゃないよ。それはアニスも解ってるだろ?」
 彼女の頭をポンポンと撫でる。
「子供扱いしないで!また、繰り返すの?私はまたあんな姿のムサカ見たくないよ…」
「そうならないように努力するよ」
「今度は日極国人とだから大丈夫だと?子供でも戦闘民族だから使い物にはなるものね」
「その言い方はよくないよ」
「だって事実じゃない。前は足手まといでしかない女の世話しながらあんな目に遭って戻ってきたのに、また冒険者になるなんてあの子が言い出さなきゃそんなこと思うはずないじゃない」
 溜め込んでいた不満を吐き出すアニス。
「誘ったのは俺だよ。ヤマトを悪者扱いしないでくれ」
「あの子が、来なかったらまた戻ろうなんて考えなかったでしょ?」
 直線的な言葉が触れられたくない部分を掠めていく。
「いつまでも院の世話になるわけにはいかないだろ?」
「院にも人手は必要だし、ムサカはみんなに必要とされてるじゃない」
「院長は、そう考えてないよ。少なくとも俺はそう感じた。だからいつかは出ていかなくちゃいけない。それが少し早まっただけさ」
 ムサカは日頃感じていたものを初めて口にした。
「そんなはずない!院長はムサカは特別だって…」
「あの人にそんなつもりはないよ。誰も特別扱いはしない」
「それはムサカが…」
 アニスが何かを言おうとした時、廊下を双子が走って来た。
「ムサカー!」
「えんちょーよんでる」
 二人同時に両手を引いて歩き出す。
「まだ、話終わってない!」
「悪い、アニスまたあとで」
 双子に手を引かれて院長室の前まで歩いていく。何だか最近こまめに呼び出されているような気がするが、内容は大したことではないのが気になっていた。
「二人とも、ありがとな」
 同時に頭を撫で、自分は院長室のドアを叩く。
「入りなさい」
 ドアを開けると、定位置に座りムサカに椅子に座るように促した。ただ、いつもと違っていたのは机に置かれた箱。
「何か言うことはありますか?」
 用があって呼び出したわけではない。真意の確認。
「冒険者になろうと、思います」
「もどるのではなくて?」
「今度は自分の意思で、冒険者になります」
 院長の言葉の意味も、自分で発した言葉の意味もしっかりと飲み込んでいた。後悔はしないと。
「そうですか。ならば、これをお持ちなさい」
 その箱は軽量化の魔術がかけられていた。
「何ですか?」
「貴方の出生の手掛かりになるもの…なのでしょう」
 ふたを開けると、中には大型の魔導銃とホルダーと弾倉が入っていた。
「魔導銃ですか…」
 見た目には重厚感があり、かなり重そうだったがムサカはそれを軽々と持ち上げた。
「やはり人を選ぶのですね、その銃は」
「これは軽量化の魔術だからでは…」
「箱を開けた時点で魔術は解除されています。貴方か今持ち上げているのは大人が二人かがりでようやく動かせる代物ですよ」
 院長が、そんな冗談を言うような人間ではないことは理解しているが、どうにも言葉の意味がわからなかった。
 魔導銃は属性魔法を銃弾として打ち出す他に、味方の能力上昇効果のある弾丸や、使用者次第では神器に匹敵するともいわれ、そもそも流通量が限られ、ほとんどが一点物になっている。汎用性は皆無で、何より使用者を選ぶというのが通説だった。
「どうして、今これを俺に?」
 どうして、今なのか。それは当たり前の疑問だった。
「今度は、貴方が自分で決めたのでしょう。誰かの為ではなく、自分の為に」
 院長の問いに間髪いれずに答える。
「それは重要なことではないです。時が来れば出ていくことは考えていたので。いつまでも院の世話になり続けるわけにはいかなかったので」
 線を引く。この時の彼の感情を読み取れる者はいない。感情を見せないことが彼にとっての自己防衛でもあった。
「いいでしょう。今はそれで。では質問を変えて、出発はいつ頃を考えているのですか?」
「明日にでも」
 院長の眉が微かに動く。
「準備は?」
「必要な物は揃えました。足りないものは後々に」
 ヤマトが運び込まれてからわずかな時間で、そこまで周到に用意しているとは院長ですら認識していなかった。
 ムサカという人間を理解しているようで、まだ何処かで子供扱いしていたのだと思い知らされた。しかし、彼は一度冒険者として旅立っている。その知識も経験も何一つとして無駄ではなかったのだと。
「ならば、一つ経験者からの忠告です」
 この人にしては珍しい切り出しかたと思いながらも、その言葉に耳を傾けるムサカ。
「なんですか?」
「仲間を思うように、自分を想いなさい」
 魔導銃を持ち、頭を下げ無言のまま院長室を出る。細長い廊下、あの日の影が重なる。
 隣を歩く軽快な靴音と、明るい声で未来への希望を語った彼女。
 後悔と迷いの日々の中で過ごした時間と、同じ過ちは繰り返さない決意が次の一歩を重くする。

ー俺は、ここから進めるのだろうか…ー

 ふとよみがえる苦い記憶。
『…ねぇ、行こうよ…』
 忘れられない瞳。捕らわれていく記憶。

「ムサカ!」
 細長い廊下の先に一つの影。立ち尽くす彼を現実に呼び戻す声。
「どうかしたか?」
 近付いて声をかける。
「それ、こっちの台詞。廊下の真ん中で突っ立ってなにしてんの?」
 それは、『今』を確かめさせる。
「なにって…ちょっと思い出してただけだ」
「それ、ドアの前ですること?」
 この少年は、希望で未来は語らない。
「そうだな、じゃあ、行くか」
「明日は晴れるって」
「なんでわかる?」
「ネルとリルが靴投げて晴れだって」
 子供達のただの遊びからの言葉だが、不思議と信じられる気がした。
「それじゃ、旅立つにはいい天気だな」
 するとヤマトはムサカの前に立ち、
「オレを選んだこと、後悔はさせないから」
 その言葉に、今まで感じたことのない高揚感を抱き旅立つ二人だった。




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「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

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