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一番大切なもの
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イーヴィスの言葉を遠くに聞きながらかなたは唇をきつく結んでますみを見つめていた。
かなたのどこか泣きそうな思い詰めた表情とは裏腹にますみは穏やかな眼差しを弟に注いでいた。
かなたが一歩ますみに近づくが彼女は一歩も退く事をしなかった。
「おいイーヴィス!こんな時間稼ぎは無意味ってもんだぞ! 」
エスレフェスの火炎の渦が血色の悪魔に向けられるが、イーヴィスは今完全に攻撃を避ける事に尽くしていた。そよ風の様にふらりとそれを逃れ、相手が力を失うのを待つ。
「無意味ですって?知らないの?あの子はお姉ちゃんが大好きなのよ。それも特別ね!御覧なさい、お姉ちゃんの方もまんざらじゃない様だわ」
小さな歩幅で近づいて来る弟を、ますみは逃げる事も怯える事もせず優しげに見守っている。やめなさいとも考え直せとも言わない。
「まんざらじゃないだと?ヘっ!そうじゃねぇよ。お前悪魔だろ」
エスレフェスが侮蔑を込めた声を上げるとイーヴィスはそうねと答えた。
「お姉ちゃん達は家庭環境が特殊だったから案外こうなるのを望んでいたんだわ」
かなたがますみの前にたどり着く。視線をなかなか合わす事が出来ない。でもこれからしようとする事に対して責任を持たなくてはならない。
かなたは必死に少し高い所にある姉の瞳をを見上げた。
「かなた……」
聞きなれた心地良い声が自分を呼ぶ。体が震える、喉の奥が痛くなる。でもきっと姉の方が怖いはずだ。出来るだけ怖がらせない様に、辛くさせないようにしないと。かなたは自分を落ち着けようと一度息を吐いたが吸い込んだ時に姉の匂いが肺いっぱいに入って来て苦しくなった。耳の中で心音が轟いている。早鐘の様に打ち鳴らされている。それでもかなたは必死に落ち着いた様にふるまおうとしていた。
一度服で拭った両手をかなたはゆっくり伸ばし、ますみの後頭部に回すとそっと引き寄せた。髪の柔らかさが胸に詰まる。抵抗する事も無く前屈みになるますみ、その額にかなたの唇が優しく触れた。
『額のキスは大切のキス』
そう教えたのはますみだった。
むやみにするなと教えていたのだ。多分、弟が誰かに行った初めての口付けだろう。
「お姉ちゃん……」
腕を緩められてますみは改めて弟の顔を見た。耳まで真っ赤に染まっている。こんなに赤面する弟を見たのは初めてかもしれない。何と言うか必死な顔、そんな風に思えた。
それ以上弟が何もして来ないのでますみは再び身を起こした。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんが悪魔にひどい扱いされても良いの?! 」
イーヴィスの声にかなたは唇を噛んだ。
幼さの残る両手がセーラー服のスカーフにおずおずと延びると、恐々とぎこちなく結び目をほどいてそれを抜き取った。初めて触れるその生地の感触にかなたはひどい罪悪感を感じた。本来これは自分が触れるものでは無いのだ。
スカーフの始末に困って丁寧にたたんでポケットに半分ほど突っ込むと、かなたは再び姉を見上げた。
ますみは相変わらず微笑みを向けている。不快感を露わにしたり拒絶や叱責する様子を見せない。それが逆にかなたを苦しめた。だがここでやめてしまったら姉は悪魔のおもちゃにされてしまう。魂まで奪われてしまう。
どんな汚れ役であろうと、極悪人になろうとかなたはこれを行わなくてはならないのだ。
一度喉を鳴らし、かなたはセーラー服の合わせのファスナーに手を掛けた。
意図した訳では無いが曲げた間接が膨らみにあたってしまって思わず手を引っ込めた。だがこれから行う事は比較にならない罪だ、そう思いなおし再び試みる。
姉は抵抗しない。かなたがファスナーを下げても身をよじる事も声を掛ける事もしなかった。
正直な所かなたはその場を逃げ出したかった。魂を差し出すと決めた時よりも遥かに重い罪悪感がのしかかった。今自分は完全に姉の意思を無視している。自分の勝手を押し付けている。一生残る傷を刻もうとしている。
ファスナーが降り切ると前がだらりと開いてインナーが露になった。
破れかぶれだった。目を閉じて合わせ目だったところを掴む。掴んだ所から辿った襟を掴み直して肩を抜く様に押し開くと服の中に閉じ込められていた体温が大気中に漏れ出してかなたの顔を撫でた。
今自分はますみの服を強引に脱がせた、そう思うと自分を刃物で刺してしまいたい衝動にかられた。悪魔に魂を捧げてしまった以上地獄に行くと決まっているからと言って、こんな事が許されるはずがないそれでも悪魔に姉を渡すよりはましだ!こうしない限りますみを助けられないのだ!
かなたは目を開いた。
いつも身に着けていたセーラー服を両袖で引っ掛けただけの状態でセーラーズニット姿のますみが立っていた。
広く深く開いた襟ぐりから眩しい肌が覗いていてかなたは息を呑んだ。
一緒に暮らしていたのだからますみの鎖骨やデコルテを目にする機会はあった。だがそれとは全く意味が違う、今自分は無抵抗な姉の衣服を無理やり脱がせて露出させたのだ。目にしているものの余りの罪の無さと自分の業の深さにかなたは恐怖した。
こんなに綺麗なものを、こんなに美しいものを、こんな尊いものを自分は今どうしようとした?
心臓が痛くなる、呼吸が整わなくなる、心の中で誰かが叫んでいる。
どうしようもなくなってかたなはますみを見上げた。
大切な姉は、かなたにとって最もかけがえのない人は、真っすぐ視線を合わせて、そしていつも通りに微笑んでいた。
誰よりも誰よりも、そう、世界中の誰よりも大好きなお姉ちゃんが今かなたの前に居た。
鼻が痛いと感じた時、もうそれは手遅れの合図だった。
恥も外聞も無い号泣、幼い子が良くやる様に喉を笛の様に鳴らしてかなたは泣いた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!俺はこんな事をしたかったんじゃないんだよ!俺はお姉ちゃんが大好きなんだ!大好きだけど!大好きだけどさぁ!こう言うんじゃないんだよ!こんなのとは違うんだよ!!俺は!俺は!!ただお姉ちゃんが好きなんだよ!! 」
「かなた……」
ますみは泣きじゃくる弟にそっと両腕を絡め抱き寄せた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!お姉ちゃん!ごめんなさい!ごめんなさい! 」
ますみはそのまま弟の頭を撫で、そしてあやす様に体を小さくゆっくりゆすった。
「誰の姉だと思っているのですかかなた。みぃんな知っています。みぃんな知っていますよ。だから、だから謝らなくて良いのです。かなたは何も悪い事はしていないのですよ。姉はあなたを愛しています」
イーヴィスが怒りと驚きの表情を浮かべている時、エスレフェスは大笑いしていた。
「言ったろ。そうじゃねぇって。お前それでも悪魔か。もっとよく見ろ人間をよ」
「なぜ!なぜなのお兄ちゃん!だって、お姉ちゃんだって受け入れて……」
甲高い声を上げるイーヴィスにエスレフェスはさらに続けた。
「わかってねぇな、あれは弟に対する絶対的な信頼の表情だ。それからあいつらはな、愛情と欲情の違いをわきまえてるのよ」
「何よそれ……」
イーヴィスが唇を噛み締める。それはつまりもうエスレフェスに対抗できないという事か?
「そろそろ腹を括れ、イーヴィス」
エスレフェスの邪視がイーヴィスを捕える。
その場に張り付けられた様に動けなくなった血色の悪魔はかなたに叫んだ。
「お兄ちゃん!良いの?!おねえちゃんが救われないわよ! 」
ますみの腕の中で号泣していたかなたは槍で突かれたように身を起こした。
「それは駄目だ……」
「かなた、良いのです」
自分を優しく撫でる大切な人の腕からそっと抜け出るとかなたは血色の悪魔に向いた。
相手は今新たな炎の槍を突き刺され、半ば炭化していた。すぐに燃え尽きないのは必死に最後の抵抗を試みているからだろう。
「おい、黒い悪魔、所有権を渡す事でも力を得られるって言ったな」
エスレフェスは面倒臭そうにかなたに向いた。
「見ての通りだ」
「そうか、今俺が死んだらイーヴィスの契約が無効になっちゃう、けどもし所有権を渡すって言ったらどうだ」
「何だと? 」
黒い獣の声と同時にイーヴィスの目がちらりとかなたに向く。
「おいイーヴィス、この黒い悪魔に勝ったら俺を殺せば良い、そうしたらそこで魂が手に入るだろ?だから必ず倒してお姉ちゃんの魂と純潔を守れ! 」
「かなた! 」
「おい! 」
ますみとエスレフェスの声は空しく消える。
少年の言葉は腹に響く決意に満ちたものだった。
「俺の命をお前にやるよイーヴィス」
深々と突き刺さった槍が枯れ枝の様に砕かれる。炭化した体の奥から瑞々しい新たな肌が現れる。今まで身動きさえさせなかった邪視の中で血色のドレスを纏った妖艶な悪魔はゆっくりと伸びをした。
「命を捧げて来るなんて思ってもみなかったわ」
「かなた!なんて事を…… ああ……」
絶対に誰にも渡したくないとの思いが無意識のうちに弟の背中を抱きしめさせていた。
「形勢逆転ね」
艶やかに微笑むイーヴィスをエスレフェスは鼻で笑った。
「そうされてたまるかよ」
イーヴィスの冷たい視線が黒い獣を見つめると、相手の体表に白い薄氷が張り出した。
エスレフェスは力づくでそれを砕き、イーヴィスを睨む。血色のドレスが再び燃え上がるが女が溜め息を吐くとケーキのろうそくの火の様にあっさり消えた。
「やっぱり形勢逆転よ」
ドレスの裾から触手の獣達が怒涛の様に飛び出したが次の瞬間それらの頭はそれぞれ燃える槍で床に繋ぎ止められていた。だがその槍の傷から裂ける様に増えた獣は再び敵に向かって牙をむく。あらゆる方向から襲い掛かった獣達はたちまちエスレフェスの体を見えなくなる程覆い尽くし血飛沫を跳ね上げた。だがそれは漆黒の獣のものでは無かった。
エスレフェスは触手の獣を体中で喰っていた。あらゆる箇所を口に変えてその牙で襲い掛かってきた獣の頭を噛み砕いていた。
イーヴィスが大きく口を開く。その声が出る前にエスレフェスは槍を投げ込んだ。炎の刃が喉を焼くと思われた時、それは粉々に砕けて押し返された。
自らに繋がる触手まで対象に放たれた音はエスレフェスの血液を沸騰させ、結果体のあちこちを次々破裂させる。線香花火の様に血液の花と散らしながら黒い獣は壁に押し付けられた。
声を出したまま血色の悪魔はすらりと鈍く輝く細身の剣を構える。
エスレフェスの眼球が熱によって白濁し、ついに破裂したのを観止めるとイーヴィスは二振りの得物を敵に向かって投げつけた。
心臓と眉間に向けて放たれたそれが当たる寸前に黒い獣は砂の様に崩れた。
声を止めたイーヴィスは口をすぼめ、床に散った砂に向かって吹雪を吐いた。
黒い砂は嫌がる様に即座にそれを避け、燃え盛る渦となって血色の悪魔に飛び付いた。
灼熱の砂を浴びた血色の悪魔は嫌な匂いを上げて焼け焦げて行ったが、それも次の瞬間までの事だった。表皮がはじけ飛び燃え盛る砂を四散させる。そこに再生した触手の獣が口を開く。
エスレフェスは体を集めて再び実体化し、噛みついて来る獣を放熱で焦がした。
負けてはいないものの、ますみの目にはエスレフェスが圧されているように映った。現に彼は両目を失い体中から流血しているではないか。
あの状態でもイーヴィスを襲ったのだから目が見えなくても戦う手段があるのかもしれないが、それでもきっと万全という訳では無いだろう。
「エスレフェス……」
ますみの不安を裏付ける様にイーヴィスの表情には余裕が戻っていた。
「手を緩めるな!畳みかけろ! 」
かなたが声を上げる。
わかったとばかりにイーヴィスはすべての腕に武器を取り出した。
「おいイーヴィス」
エスレフェスが見えない相手に声を掛ける。
「命乞いなら無駄よ」
「畳みかけろって言ってるんだ! 」
かなたの声が再び上がるがエスレフェスが一喝した。
「黙っていろ小僧!お楽しみを増やそうってんだ。イーヴィス、お前は間違いなく乗るぜ」
イーヴィスの口角がさらに上がる。
「言ってみて」
「俺とも一つ賭けをしようじゃないか」
「賭け?あなたこれから死ぬのよ? 」
エスレフェスはイーヴィスの嘲笑を意にもかけず続けた。
「やる事は簡単だ、俺とお前が戦う、それはこれまで通り、その勝敗にお互い副賞をつけ合おうってんだよ」
殺し合いが終わった時、そこに相手はいない、何を言い出すのだろうこの悪魔は。
「どういう事よ」
次の言葉に血色の悪魔は息を呑んだ。エスレフェスは確かにこう告げたのだ。
「俺が負けたら、西野ますみの魂をやる」
その場の誰もがすぐ声を出す事が出来なかった。
「西野…… あなたがやっと手に入れた魂を? 」
「そうだ、お前では手に入れる事が出来なかった魂だ。俺が消えれば契約は成立しなくなり、本来ならば本人のもとに返還される。だが、そうならない様にお前に所有権を譲渡する契約をしておくと言っているのだ」
これに逆上したのはかなただった。
「おい勝手なこと言うなよ!?イーヴィス!そんなの受けられない事位わかっているだろうな!お前はお姉ちゃんを助ける契約をしているんだぞ! 」
かなたの言葉に返事もせず、イーヴィスは黒い獣をじっと見て言った。
「あなたの要求は? 」
エスレフェスはにやりと笑った。
「お前が小僧から捧げられた供物のすべてを本人に返す事だ」
ますみはこの時エスレフェスの意図がようやくわかって口を押えた。
かなたはイーヴィスに命を捧げてしまっている。これは供物であって契約ではない。履行不能で返還されるなどと言うことは無いのだ。
エスレフェスは『かなたを助ける』と言う契約を守る為にこの賭けを持ちかけたのだ。
イーヴィスは一度ますみを見た。
かなたの血、ますみの血、そしてかなたの命まで捧げられた今の自分がエスレフェスに後れを取るはずがない。イーヴィスの読みではそうはならないはずだがもしますみまでエスレフェスに命を捧げると言い出したらどうだ。そうなっては再び明らかな逆転が起こる。
「面白そうね、でも一つ条件があるわ」
エスレフェスが不服そうになんだと答える。
「お姉ちゃん、あなたがエスレフェスと呼ぶこの悪魔に命を捧げたら賭けは無かった事にする。それでいい? 」
黒い悪魔が一瞬顔をしかめたのをイーヴィスは見逃さなかった。やはりそれを期待していたのだろう。
「構いませんよ」
ますみはあっけなくそう答えた。
「私はまだ死ぬ訳にはいきません。かなたが立派に育つまで育てる責任があります。そしてそれが願いでもあります」
「お前そこは捧げて置けよ、すぐ奪うとは言ってないだろ! 」
「ならいいわ」
イーヴィスは冷ややかな笑みを漆黒の獣に向けた。
「その賭け、乗るわ」
「そんな事許さないぞイーヴィス!お前は俺と契約したんだ!お姉ちゃんの魂を奪うなんて事、させる訳には行かない! 」
少年の怒声を一瞥し、イーヴィスは答えた。
「契約する時お兄ちゃんは何て言った?あたしはそのまま契約書を作ったのよ。『お姉ちゃんの魂を奪う悪魔をやっつけろ』お姉ちゃんを守れなんて言われていないわ。それにあたしは奪う訳じゃない、正当な方法で所有者と合意の下に手に入れるのよ」
顔面蒼白のかなたはどうして良いのかわからずただただ震えながら意味も無くあちこちを見回した。
「待って…… 待ってくれよ…… じゃぁ…… じゃぁどっちが勝っても…… どっちが勝ってもお姉ちゃんの魂は戻らないじゃないか…… お姉ちゃんが…… そんな…… そんなのってあるかよ!!俺どうしたら良いんだよ!!どいつもこいつもふざけるなよ!!なんだよ!!悪魔って……なんだよそれ!! 」
体中が震えて再び涙が溢れ出した。もっとよく考えるべきだった。そうじゃない、悪魔などの力を借りたのが間違いだったのだ。悪魔などに関わってはならなかったのだ。
「うああああああっ!! 」
魔法円の外に飛び出そうとする弟をますみは危うい所で捕まえた。
「かなた!かなたっ!落ち着いて! 」
「俺が!俺がやっつけなくちゃ!お姉ちゃんはあの悪魔共に!! 」
「かなたっ!かなたっ!かなたっ! 」
暴れまわる弟の腰に必死でしがみつき、ますみは抑え込んでいた。
弟の気持ちが痛いほどわかった。悔しさや怒りが全部理解できた。だから余計に苦しかった。
「賭けは成立よ」
イーヴィスがそう答えるとエスレフェスは満身創痍の体を再生し、羊皮紙に書きつけた。
「書面にした」
それに目を通しイーヴィスは艶やかに微笑んだ。
「馬鹿な人ね」
「悪魔だからな」
再び両者に殺意が立ち上る。イーヴィスにとってはますみの魂が手に入るなどと言う事はまさに棚から牡丹餅だった。美琴のみならず、一部とはいえ同等の魂をもう一つ並べて持ち帰ったら神やサタンはどんな顔をするだろうか。
自分の命以上の供物を人間は持っていない。つまりそれは何か別の物。例えばますみが自分の腕の自由や視覚などを供物として捧げたとしてもかなたが捧げた命に比べては比較にはならない。つまりエスレフェスがこれ以上優位に立つ要素はもう無いのだ。
「続きをしましょう! 」
「もちろんだ」
血色の敵の声に漆黒の獣は咆哮を上げた。それは礼拝堂を震わせ反響してより大きく聞こえた。
狼の口が閉じた時、血色の疾風が迫って来ていた。
大げさに身を引くと、先程まで首があった辺りに振るわれたであろう刃の軌跡から破裂音と共に衝撃波が生まれた。音を超えた斬撃がそれを生み出したのだ。直撃を免れただけでは納まらないその攻撃は獅子の鬣を散らした。
それだけには終わらない。イーヴィスの何本もの腕はそれぞれに得物を持っている。それだが矢継ぎ早に繰り出されるのをエスレフェスは凍傷を作りながらかいくぐった。
下から狙って来る触手の獣を踏みつぶし全身から輝く熱を放出すると表面を焦がされたイーヴィスはやっと身を引いた。だがその代わりに鋭く尖らせた髪の先を鋼に変えて放って来た。
エスレフェスは触れた先からそれを融解させ、さらに渦巻く炎を吐き出した。
対抗する様にイーヴィスが吹き出した凍れる息吹は火炎の渦をただの風に変え、さらには押し返した。
ますみとしてはエスレフェスに勝ってもらわなければならない。
イーヴィスが勝ってしまったら自分のみならず弟まで犠牲になるのだから。
だが見る限りイーヴィスが手数も能力も上回ってしまっている。
不利な状況で賭けを言い出し相手に乗って来させたは良いが、その後の対策は一切無しだと言うのか。
「今のあたしにはこんな事もできるのよ」
ドレスの裾から現れたおびただしい数の剣を空中に並べ、ついと指先でなぞる。するとそれらのすべての刃から細氷がこぼれだした。
あれが一つでも当たったらエスレフェスは凍り付いてしまう。ますみの眉が寄る。てっきりそうするものかと思ったのに黒い悪魔は炎の槍を出さない。
「行け」
破裂音と共に放たれた剣の壁は一瞬で壁に突き刺さった。だがそこに黒い獣の姿は無かった。
血色の悪魔のその背後、まるで垂直の見えない水面から飛びを出す様にその巨体は襲い掛かっていた。
背中の腕がそれぞれの得物を振りかざしたがそれよりも早く漆黒の悪魔の爪は敵の体を貫き、その手の中には心臓が握られていた。
血を吐きながら動きを止めたイーヴィスだったが自分の体から生えている腕がそれを握り潰すより先に氷に変えた。
砕けるエスレフェスの腕の先、その手の中で微かに脈打つそれを奪い、自分の体にあいた穴に押し込む。
その間にエスレフェスはイーヴィスの背中側の腕が振るう刃を防がなくてはならなかった。
急ごしらえの円形の盾は最初の一撃で凍り付き、二振り目の斬撃にあっけなく砕け、そして続く連撃を己の体を燃やして防ごうとしたが相手の力に圧され、見事に左腕も凍らせられてしまった。
「乙女のハートを奪うには強引よ」
「冷たくあしらわれたな」
再び距離を開けた二柱だったが、体の修復が完全に終わる前に動いた。
血色の悪魔が自分の前に剣を並べた時、漆黒の獣は輝く様な熱線を彼女に放っていた。余熱が自身の凍った腕を砕いても容赦は無かった。
霧となってぎりぎり難を逃れたイーヴィスがその上空に現れるとエスレフェスは熱線を放つのをやめた。未だに元の場所にイーヴィスの剣が浮いている。それは辺りの空気を冷却していた。
熱で押し広げられた空気が今度は密度の低い方に集まって行く。
霧のイーヴィスは自らの剣の方に押されて行く。エスレフェスの口が開かれるのが見えた。
イーヴィスは思った。ああ、防御は無理そうだ。
渦巻く火炎が再びイーヴィスに向けられた時。彼女は漆黒の獣の背後に居た。エスレフェスがした事をイーヴィスもやったのだ。
瞬間移動に気付いたエスレフェスはとっさに背後に向けて槍を放った。
ぎりぎりで弾かれる刃から細氷が舞い、続く攻撃は空を切った。
イーヴィスに向き直り、連撃を弾くエスレフェスだったがそれは未だ空中に並んだ剣達に背を向ける事だった。それをイーヴィスが使わない訳が無い。
両腕と背中に並んだ腕総てで血色の悪魔は漆黒の獣に襲い掛かった。
分かっていようがいまいが前後からこれだけの攻撃を受けきれるはずは無い。
「後ろです! 」
ますみの声が届いた時は既に刃はエスレフェスにまさに届くところだった。
だがそれはそこでぴたりと止まる。
「勘が良いな」
「槍を出さずわざと狙われるんだもの。自分を呪詛人形にするなんて。返してもらうわ」
イーヴィスが形代を無効化する間にエスレフェスは雷に変わって囲みを抜け天井で再び姿を戻した。
剣の群れが砕氷を散らしながら追うが、エスレフェスが強く息を吹きかけると剣先から火花を散らし、それがやがて炎に変わった。そしてエスレフェスの前に来るとくるりと向きを変えて血色の悪魔に向かって躍りかかった。
イーヴィスが大降りに得物を振る、その途端に勢いを失った炎の剣は次々と墜落して床に転がった。その間にエスレフェスは再び槍を手にした。
「心臓とっとと潰しておくんだったな」
「調子に乗っていたのは認めるわ」
イーヴィスが左手の武器を投げつける。それを槍の先で払うエスレフェスだったが血色の悪魔の狙いは別にあった。空いた左手はいっぱいに伸ばされたままでぐっと握られ、力強く引き戻された。
太い首にくっきりと手形をつけ、巨大な獣が引き落とされる。
イーヴィスが大きく腕を振るうとエスレフェスは壁に床に、轟音を立てながら何度も激しく打ち付けられた。
容赦ない直接魔力での拘束、力量差があれば別だが抵抗されかねない相手に行えば消耗は激しいはずだ。
「エスレフェス!エスレフェス!! 」
ますみの声の向こうで漆黒の獣はいい様に嬲られていた。
「あたしそろそろ飽きて来たのよ」
イーヴィスがつまらなそうに口をとがらせる。
「あなたもでしょ?だからそろそろ終わりにしましょう」
見つめているますみにエスレフェスが一度目を合わせる。どういう意味だ?
命をよこせと言うのか?そうしないとかなたの魂と命が奪われてしまうと、そう言っているのだろうか。所有権を得たからと言ってすぐに殺しはしないと悪魔は言った、自分を信じろと言うのか?違う、彼は悪魔である自分を信じるなと言った。
大体命を差し出してしまったら『賭け』が無効になってしまう。それではかなたの魂は戻っても命は戻らない。
エスレフェスが再び雷に変わる。所が即座に反応したイーヴィスはその場に身を転じ、なんと素手で掴んで壁に押し付けた。
漆黒の巨体が再び現れるとイーヴィスは右手の剣を掲げた。
エスレフェスは全身を発熱させる、襲って来た剣さえバターの様に融かす熱だ。それをまともに浴びながらイーヴィスは敵の巨体を壁に押し付けていた。
今までの様に体を炭化させる事も無く、涼しい顔をしてエスレフェスを見ていた。
なんて事だろう!ますみは息を呑んだ。やはり敵わないのか?命はそうできなくても魂だけでもかなたを救う為に賭けを無効にすべきだろうか。
再びエスレフェスの視線がますみと合う。こちらの覚悟を試すかの様に。
エスレフェスは契約を破らない、悪魔だから。だからかなたを助ける為にならない事はしないだろう、ならば何を欲している。命以上の供物など人間には無いとイーヴィスは言った。
ますみは弟を抱いたまま両手を合わせていた。
思い過ごしか?今エスレフェスの口角が上がった様な。こちらを見たままにやりとした様な。
次の瞬間ますみは目を見開いた。
ああ、そうだ、あいつは、あの漆黒の獣は悪魔なのだ。この状況はエスレフェスが作った訳では無いが、彼は今これをうまく利用しようとしているのだ。イーヴィスがエスレフェスを手の上で踊らせたように、今エスレフェスはイーヴィスを利用して最高の供物を捧げさせようとしているのだ。このピンチこそが狡猾な黒い悪魔にとって大きなチャンスになっているのだ。
「そんな……」
ますみは小さくかぶりを振った。自分が応じなければエスレフェスはこのままイーヴィスによって消滅する、だが彼はますみが応じる事を確信している。なぜならそうしなければかなたが救われないから。かなたを救うと言う契約をしながら今、悪魔エスレフェスはかなたを人質にしていたのだ。
悪魔の思う壺である事はますみにとって気に入らない事だった。
イーヴィスが獣の心臓に凍れる剣を突き刺すが、エスレフェスはその部分を霧に変えてそれを辛くも回避した。
ますみは一度目を閉じた。
神は乗り越えられない試練は与えない、そして神は全知全能だとするのならこれは神の知る所だ、そしてそれはそのまま意志という事にもなる。何という事だろう。
再び目を開いたますみは怒りと悲壮とそして慈愛を混ぜ合わせた複雑な表情を浮かべていた。
涙を溢れさせながら、半ば声を震わせながらますみは漆黒の悪魔の名を呼んだ。
「エスレフェス!あなたが欲しがっているものを捧げます。だからかなたを救いなさい」
イーヴィスが目を見開きますみに向いた。
「お姉ちゃん、賭けの条件はわかっているのよね」
「もちろんです」
ますみは血色の悪魔などに目を向けず、自分と契約をした悪魔だけを視界に収めていた。
「残酷な悪魔……」
「悪魔ってのはそう言うものだ」
ますみは一度唇を噛んだ。
これから自分はこれまでの人生を否定する。
神が意図した事であっても、悪魔の知略の結果であっても、今ますみは自分の意思としてそれを言った。
「私の信仰心を、捧げます」
かなたのどこか泣きそうな思い詰めた表情とは裏腹にますみは穏やかな眼差しを弟に注いでいた。
かなたが一歩ますみに近づくが彼女は一歩も退く事をしなかった。
「おいイーヴィス!こんな時間稼ぎは無意味ってもんだぞ! 」
エスレフェスの火炎の渦が血色の悪魔に向けられるが、イーヴィスは今完全に攻撃を避ける事に尽くしていた。そよ風の様にふらりとそれを逃れ、相手が力を失うのを待つ。
「無意味ですって?知らないの?あの子はお姉ちゃんが大好きなのよ。それも特別ね!御覧なさい、お姉ちゃんの方もまんざらじゃない様だわ」
小さな歩幅で近づいて来る弟を、ますみは逃げる事も怯える事もせず優しげに見守っている。やめなさいとも考え直せとも言わない。
「まんざらじゃないだと?ヘっ!そうじゃねぇよ。お前悪魔だろ」
エスレフェスが侮蔑を込めた声を上げるとイーヴィスはそうねと答えた。
「お姉ちゃん達は家庭環境が特殊だったから案外こうなるのを望んでいたんだわ」
かなたがますみの前にたどり着く。視線をなかなか合わす事が出来ない。でもこれからしようとする事に対して責任を持たなくてはならない。
かなたは必死に少し高い所にある姉の瞳をを見上げた。
「かなた……」
聞きなれた心地良い声が自分を呼ぶ。体が震える、喉の奥が痛くなる。でもきっと姉の方が怖いはずだ。出来るだけ怖がらせない様に、辛くさせないようにしないと。かなたは自分を落ち着けようと一度息を吐いたが吸い込んだ時に姉の匂いが肺いっぱいに入って来て苦しくなった。耳の中で心音が轟いている。早鐘の様に打ち鳴らされている。それでもかなたは必死に落ち着いた様にふるまおうとしていた。
一度服で拭った両手をかなたはゆっくり伸ばし、ますみの後頭部に回すとそっと引き寄せた。髪の柔らかさが胸に詰まる。抵抗する事も無く前屈みになるますみ、その額にかなたの唇が優しく触れた。
『額のキスは大切のキス』
そう教えたのはますみだった。
むやみにするなと教えていたのだ。多分、弟が誰かに行った初めての口付けだろう。
「お姉ちゃん……」
腕を緩められてますみは改めて弟の顔を見た。耳まで真っ赤に染まっている。こんなに赤面する弟を見たのは初めてかもしれない。何と言うか必死な顔、そんな風に思えた。
それ以上弟が何もして来ないのでますみは再び身を起こした。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんが悪魔にひどい扱いされても良いの?! 」
イーヴィスの声にかなたは唇を噛んだ。
幼さの残る両手がセーラー服のスカーフにおずおずと延びると、恐々とぎこちなく結び目をほどいてそれを抜き取った。初めて触れるその生地の感触にかなたはひどい罪悪感を感じた。本来これは自分が触れるものでは無いのだ。
スカーフの始末に困って丁寧にたたんでポケットに半分ほど突っ込むと、かなたは再び姉を見上げた。
ますみは相変わらず微笑みを向けている。不快感を露わにしたり拒絶や叱責する様子を見せない。それが逆にかなたを苦しめた。だがここでやめてしまったら姉は悪魔のおもちゃにされてしまう。魂まで奪われてしまう。
どんな汚れ役であろうと、極悪人になろうとかなたはこれを行わなくてはならないのだ。
一度喉を鳴らし、かなたはセーラー服の合わせのファスナーに手を掛けた。
意図した訳では無いが曲げた間接が膨らみにあたってしまって思わず手を引っ込めた。だがこれから行う事は比較にならない罪だ、そう思いなおし再び試みる。
姉は抵抗しない。かなたがファスナーを下げても身をよじる事も声を掛ける事もしなかった。
正直な所かなたはその場を逃げ出したかった。魂を差し出すと決めた時よりも遥かに重い罪悪感がのしかかった。今自分は完全に姉の意思を無視している。自分の勝手を押し付けている。一生残る傷を刻もうとしている。
ファスナーが降り切ると前がだらりと開いてインナーが露になった。
破れかぶれだった。目を閉じて合わせ目だったところを掴む。掴んだ所から辿った襟を掴み直して肩を抜く様に押し開くと服の中に閉じ込められていた体温が大気中に漏れ出してかなたの顔を撫でた。
今自分はますみの服を強引に脱がせた、そう思うと自分を刃物で刺してしまいたい衝動にかられた。悪魔に魂を捧げてしまった以上地獄に行くと決まっているからと言って、こんな事が許されるはずがないそれでも悪魔に姉を渡すよりはましだ!こうしない限りますみを助けられないのだ!
かなたは目を開いた。
いつも身に着けていたセーラー服を両袖で引っ掛けただけの状態でセーラーズニット姿のますみが立っていた。
広く深く開いた襟ぐりから眩しい肌が覗いていてかなたは息を呑んだ。
一緒に暮らしていたのだからますみの鎖骨やデコルテを目にする機会はあった。だがそれとは全く意味が違う、今自分は無抵抗な姉の衣服を無理やり脱がせて露出させたのだ。目にしているものの余りの罪の無さと自分の業の深さにかなたは恐怖した。
こんなに綺麗なものを、こんなに美しいものを、こんな尊いものを自分は今どうしようとした?
心臓が痛くなる、呼吸が整わなくなる、心の中で誰かが叫んでいる。
どうしようもなくなってかたなはますみを見上げた。
大切な姉は、かなたにとって最もかけがえのない人は、真っすぐ視線を合わせて、そしていつも通りに微笑んでいた。
誰よりも誰よりも、そう、世界中の誰よりも大好きなお姉ちゃんが今かなたの前に居た。
鼻が痛いと感じた時、もうそれは手遅れの合図だった。
恥も外聞も無い号泣、幼い子が良くやる様に喉を笛の様に鳴らしてかなたは泣いた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!俺はこんな事をしたかったんじゃないんだよ!俺はお姉ちゃんが大好きなんだ!大好きだけど!大好きだけどさぁ!こう言うんじゃないんだよ!こんなのとは違うんだよ!!俺は!俺は!!ただお姉ちゃんが好きなんだよ!! 」
「かなた……」
ますみは泣きじゃくる弟にそっと両腕を絡め抱き寄せた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!お姉ちゃん!ごめんなさい!ごめんなさい! 」
ますみはそのまま弟の頭を撫で、そしてあやす様に体を小さくゆっくりゆすった。
「誰の姉だと思っているのですかかなた。みぃんな知っています。みぃんな知っていますよ。だから、だから謝らなくて良いのです。かなたは何も悪い事はしていないのですよ。姉はあなたを愛しています」
イーヴィスが怒りと驚きの表情を浮かべている時、エスレフェスは大笑いしていた。
「言ったろ。そうじゃねぇって。お前それでも悪魔か。もっとよく見ろ人間をよ」
「なぜ!なぜなのお兄ちゃん!だって、お姉ちゃんだって受け入れて……」
甲高い声を上げるイーヴィスにエスレフェスはさらに続けた。
「わかってねぇな、あれは弟に対する絶対的な信頼の表情だ。それからあいつらはな、愛情と欲情の違いをわきまえてるのよ」
「何よそれ……」
イーヴィスが唇を噛み締める。それはつまりもうエスレフェスに対抗できないという事か?
「そろそろ腹を括れ、イーヴィス」
エスレフェスの邪視がイーヴィスを捕える。
その場に張り付けられた様に動けなくなった血色の悪魔はかなたに叫んだ。
「お兄ちゃん!良いの?!おねえちゃんが救われないわよ! 」
ますみの腕の中で号泣していたかなたは槍で突かれたように身を起こした。
「それは駄目だ……」
「かなた、良いのです」
自分を優しく撫でる大切な人の腕からそっと抜け出るとかなたは血色の悪魔に向いた。
相手は今新たな炎の槍を突き刺され、半ば炭化していた。すぐに燃え尽きないのは必死に最後の抵抗を試みているからだろう。
「おい、黒い悪魔、所有権を渡す事でも力を得られるって言ったな」
エスレフェスは面倒臭そうにかなたに向いた。
「見ての通りだ」
「そうか、今俺が死んだらイーヴィスの契約が無効になっちゃう、けどもし所有権を渡すって言ったらどうだ」
「何だと? 」
黒い獣の声と同時にイーヴィスの目がちらりとかなたに向く。
「おいイーヴィス、この黒い悪魔に勝ったら俺を殺せば良い、そうしたらそこで魂が手に入るだろ?だから必ず倒してお姉ちゃんの魂と純潔を守れ! 」
「かなた! 」
「おい! 」
ますみとエスレフェスの声は空しく消える。
少年の言葉は腹に響く決意に満ちたものだった。
「俺の命をお前にやるよイーヴィス」
深々と突き刺さった槍が枯れ枝の様に砕かれる。炭化した体の奥から瑞々しい新たな肌が現れる。今まで身動きさえさせなかった邪視の中で血色のドレスを纏った妖艶な悪魔はゆっくりと伸びをした。
「命を捧げて来るなんて思ってもみなかったわ」
「かなた!なんて事を…… ああ……」
絶対に誰にも渡したくないとの思いが無意識のうちに弟の背中を抱きしめさせていた。
「形勢逆転ね」
艶やかに微笑むイーヴィスをエスレフェスは鼻で笑った。
「そうされてたまるかよ」
イーヴィスの冷たい視線が黒い獣を見つめると、相手の体表に白い薄氷が張り出した。
エスレフェスは力づくでそれを砕き、イーヴィスを睨む。血色のドレスが再び燃え上がるが女が溜め息を吐くとケーキのろうそくの火の様にあっさり消えた。
「やっぱり形勢逆転よ」
ドレスの裾から触手の獣達が怒涛の様に飛び出したが次の瞬間それらの頭はそれぞれ燃える槍で床に繋ぎ止められていた。だがその槍の傷から裂ける様に増えた獣は再び敵に向かって牙をむく。あらゆる方向から襲い掛かった獣達はたちまちエスレフェスの体を見えなくなる程覆い尽くし血飛沫を跳ね上げた。だがそれは漆黒の獣のものでは無かった。
エスレフェスは触手の獣を体中で喰っていた。あらゆる箇所を口に変えてその牙で襲い掛かってきた獣の頭を噛み砕いていた。
イーヴィスが大きく口を開く。その声が出る前にエスレフェスは槍を投げ込んだ。炎の刃が喉を焼くと思われた時、それは粉々に砕けて押し返された。
自らに繋がる触手まで対象に放たれた音はエスレフェスの血液を沸騰させ、結果体のあちこちを次々破裂させる。線香花火の様に血液の花と散らしながら黒い獣は壁に押し付けられた。
声を出したまま血色の悪魔はすらりと鈍く輝く細身の剣を構える。
エスレフェスの眼球が熱によって白濁し、ついに破裂したのを観止めるとイーヴィスは二振りの得物を敵に向かって投げつけた。
心臓と眉間に向けて放たれたそれが当たる寸前に黒い獣は砂の様に崩れた。
声を止めたイーヴィスは口をすぼめ、床に散った砂に向かって吹雪を吐いた。
黒い砂は嫌がる様に即座にそれを避け、燃え盛る渦となって血色の悪魔に飛び付いた。
灼熱の砂を浴びた血色の悪魔は嫌な匂いを上げて焼け焦げて行ったが、それも次の瞬間までの事だった。表皮がはじけ飛び燃え盛る砂を四散させる。そこに再生した触手の獣が口を開く。
エスレフェスは体を集めて再び実体化し、噛みついて来る獣を放熱で焦がした。
負けてはいないものの、ますみの目にはエスレフェスが圧されているように映った。現に彼は両目を失い体中から流血しているではないか。
あの状態でもイーヴィスを襲ったのだから目が見えなくても戦う手段があるのかもしれないが、それでもきっと万全という訳では無いだろう。
「エスレフェス……」
ますみの不安を裏付ける様にイーヴィスの表情には余裕が戻っていた。
「手を緩めるな!畳みかけろ! 」
かなたが声を上げる。
わかったとばかりにイーヴィスはすべての腕に武器を取り出した。
「おいイーヴィス」
エスレフェスが見えない相手に声を掛ける。
「命乞いなら無駄よ」
「畳みかけろって言ってるんだ! 」
かなたの声が再び上がるがエスレフェスが一喝した。
「黙っていろ小僧!お楽しみを増やそうってんだ。イーヴィス、お前は間違いなく乗るぜ」
イーヴィスの口角がさらに上がる。
「言ってみて」
「俺とも一つ賭けをしようじゃないか」
「賭け?あなたこれから死ぬのよ? 」
エスレフェスはイーヴィスの嘲笑を意にもかけず続けた。
「やる事は簡単だ、俺とお前が戦う、それはこれまで通り、その勝敗にお互い副賞をつけ合おうってんだよ」
殺し合いが終わった時、そこに相手はいない、何を言い出すのだろうこの悪魔は。
「どういう事よ」
次の言葉に血色の悪魔は息を呑んだ。エスレフェスは確かにこう告げたのだ。
「俺が負けたら、西野ますみの魂をやる」
その場の誰もがすぐ声を出す事が出来なかった。
「西野…… あなたがやっと手に入れた魂を? 」
「そうだ、お前では手に入れる事が出来なかった魂だ。俺が消えれば契約は成立しなくなり、本来ならば本人のもとに返還される。だが、そうならない様にお前に所有権を譲渡する契約をしておくと言っているのだ」
これに逆上したのはかなただった。
「おい勝手なこと言うなよ!?イーヴィス!そんなの受けられない事位わかっているだろうな!お前はお姉ちゃんを助ける契約をしているんだぞ! 」
かなたの言葉に返事もせず、イーヴィスは黒い獣をじっと見て言った。
「あなたの要求は? 」
エスレフェスはにやりと笑った。
「お前が小僧から捧げられた供物のすべてを本人に返す事だ」
ますみはこの時エスレフェスの意図がようやくわかって口を押えた。
かなたはイーヴィスに命を捧げてしまっている。これは供物であって契約ではない。履行不能で返還されるなどと言うことは無いのだ。
エスレフェスは『かなたを助ける』と言う契約を守る為にこの賭けを持ちかけたのだ。
イーヴィスは一度ますみを見た。
かなたの血、ますみの血、そしてかなたの命まで捧げられた今の自分がエスレフェスに後れを取るはずがない。イーヴィスの読みではそうはならないはずだがもしますみまでエスレフェスに命を捧げると言い出したらどうだ。そうなっては再び明らかな逆転が起こる。
「面白そうね、でも一つ条件があるわ」
エスレフェスが不服そうになんだと答える。
「お姉ちゃん、あなたがエスレフェスと呼ぶこの悪魔に命を捧げたら賭けは無かった事にする。それでいい? 」
黒い悪魔が一瞬顔をしかめたのをイーヴィスは見逃さなかった。やはりそれを期待していたのだろう。
「構いませんよ」
ますみはあっけなくそう答えた。
「私はまだ死ぬ訳にはいきません。かなたが立派に育つまで育てる責任があります。そしてそれが願いでもあります」
「お前そこは捧げて置けよ、すぐ奪うとは言ってないだろ! 」
「ならいいわ」
イーヴィスは冷ややかな笑みを漆黒の獣に向けた。
「その賭け、乗るわ」
「そんな事許さないぞイーヴィス!お前は俺と契約したんだ!お姉ちゃんの魂を奪うなんて事、させる訳には行かない! 」
少年の怒声を一瞥し、イーヴィスは答えた。
「契約する時お兄ちゃんは何て言った?あたしはそのまま契約書を作ったのよ。『お姉ちゃんの魂を奪う悪魔をやっつけろ』お姉ちゃんを守れなんて言われていないわ。それにあたしは奪う訳じゃない、正当な方法で所有者と合意の下に手に入れるのよ」
顔面蒼白のかなたはどうして良いのかわからずただただ震えながら意味も無くあちこちを見回した。
「待って…… 待ってくれよ…… じゃぁ…… じゃぁどっちが勝っても…… どっちが勝ってもお姉ちゃんの魂は戻らないじゃないか…… お姉ちゃんが…… そんな…… そんなのってあるかよ!!俺どうしたら良いんだよ!!どいつもこいつもふざけるなよ!!なんだよ!!悪魔って……なんだよそれ!! 」
体中が震えて再び涙が溢れ出した。もっとよく考えるべきだった。そうじゃない、悪魔などの力を借りたのが間違いだったのだ。悪魔などに関わってはならなかったのだ。
「うああああああっ!! 」
魔法円の外に飛び出そうとする弟をますみは危うい所で捕まえた。
「かなた!かなたっ!落ち着いて! 」
「俺が!俺がやっつけなくちゃ!お姉ちゃんはあの悪魔共に!! 」
「かなたっ!かなたっ!かなたっ! 」
暴れまわる弟の腰に必死でしがみつき、ますみは抑え込んでいた。
弟の気持ちが痛いほどわかった。悔しさや怒りが全部理解できた。だから余計に苦しかった。
「賭けは成立よ」
イーヴィスがそう答えるとエスレフェスは満身創痍の体を再生し、羊皮紙に書きつけた。
「書面にした」
それに目を通しイーヴィスは艶やかに微笑んだ。
「馬鹿な人ね」
「悪魔だからな」
再び両者に殺意が立ち上る。イーヴィスにとってはますみの魂が手に入るなどと言う事はまさに棚から牡丹餅だった。美琴のみならず、一部とはいえ同等の魂をもう一つ並べて持ち帰ったら神やサタンはどんな顔をするだろうか。
自分の命以上の供物を人間は持っていない。つまりそれは何か別の物。例えばますみが自分の腕の自由や視覚などを供物として捧げたとしてもかなたが捧げた命に比べては比較にはならない。つまりエスレフェスがこれ以上優位に立つ要素はもう無いのだ。
「続きをしましょう! 」
「もちろんだ」
血色の敵の声に漆黒の獣は咆哮を上げた。それは礼拝堂を震わせ反響してより大きく聞こえた。
狼の口が閉じた時、血色の疾風が迫って来ていた。
大げさに身を引くと、先程まで首があった辺りに振るわれたであろう刃の軌跡から破裂音と共に衝撃波が生まれた。音を超えた斬撃がそれを生み出したのだ。直撃を免れただけでは納まらないその攻撃は獅子の鬣を散らした。
それだけには終わらない。イーヴィスの何本もの腕はそれぞれに得物を持っている。それだが矢継ぎ早に繰り出されるのをエスレフェスは凍傷を作りながらかいくぐった。
下から狙って来る触手の獣を踏みつぶし全身から輝く熱を放出すると表面を焦がされたイーヴィスはやっと身を引いた。だがその代わりに鋭く尖らせた髪の先を鋼に変えて放って来た。
エスレフェスは触れた先からそれを融解させ、さらに渦巻く炎を吐き出した。
対抗する様にイーヴィスが吹き出した凍れる息吹は火炎の渦をただの風に変え、さらには押し返した。
ますみとしてはエスレフェスに勝ってもらわなければならない。
イーヴィスが勝ってしまったら自分のみならず弟まで犠牲になるのだから。
だが見る限りイーヴィスが手数も能力も上回ってしまっている。
不利な状況で賭けを言い出し相手に乗って来させたは良いが、その後の対策は一切無しだと言うのか。
「今のあたしにはこんな事もできるのよ」
ドレスの裾から現れたおびただしい数の剣を空中に並べ、ついと指先でなぞる。するとそれらのすべての刃から細氷がこぼれだした。
あれが一つでも当たったらエスレフェスは凍り付いてしまう。ますみの眉が寄る。てっきりそうするものかと思ったのに黒い悪魔は炎の槍を出さない。
「行け」
破裂音と共に放たれた剣の壁は一瞬で壁に突き刺さった。だがそこに黒い獣の姿は無かった。
血色の悪魔のその背後、まるで垂直の見えない水面から飛びを出す様にその巨体は襲い掛かっていた。
背中の腕がそれぞれの得物を振りかざしたがそれよりも早く漆黒の悪魔の爪は敵の体を貫き、その手の中には心臓が握られていた。
血を吐きながら動きを止めたイーヴィスだったが自分の体から生えている腕がそれを握り潰すより先に氷に変えた。
砕けるエスレフェスの腕の先、その手の中で微かに脈打つそれを奪い、自分の体にあいた穴に押し込む。
その間にエスレフェスはイーヴィスの背中側の腕が振るう刃を防がなくてはならなかった。
急ごしらえの円形の盾は最初の一撃で凍り付き、二振り目の斬撃にあっけなく砕け、そして続く連撃を己の体を燃やして防ごうとしたが相手の力に圧され、見事に左腕も凍らせられてしまった。
「乙女のハートを奪うには強引よ」
「冷たくあしらわれたな」
再び距離を開けた二柱だったが、体の修復が完全に終わる前に動いた。
血色の悪魔が自分の前に剣を並べた時、漆黒の獣は輝く様な熱線を彼女に放っていた。余熱が自身の凍った腕を砕いても容赦は無かった。
霧となってぎりぎり難を逃れたイーヴィスがその上空に現れるとエスレフェスは熱線を放つのをやめた。未だに元の場所にイーヴィスの剣が浮いている。それは辺りの空気を冷却していた。
熱で押し広げられた空気が今度は密度の低い方に集まって行く。
霧のイーヴィスは自らの剣の方に押されて行く。エスレフェスの口が開かれるのが見えた。
イーヴィスは思った。ああ、防御は無理そうだ。
渦巻く火炎が再びイーヴィスに向けられた時。彼女は漆黒の獣の背後に居た。エスレフェスがした事をイーヴィスもやったのだ。
瞬間移動に気付いたエスレフェスはとっさに背後に向けて槍を放った。
ぎりぎりで弾かれる刃から細氷が舞い、続く攻撃は空を切った。
イーヴィスに向き直り、連撃を弾くエスレフェスだったがそれは未だ空中に並んだ剣達に背を向ける事だった。それをイーヴィスが使わない訳が無い。
両腕と背中に並んだ腕総てで血色の悪魔は漆黒の獣に襲い掛かった。
分かっていようがいまいが前後からこれだけの攻撃を受けきれるはずは無い。
「後ろです! 」
ますみの声が届いた時は既に刃はエスレフェスにまさに届くところだった。
だがそれはそこでぴたりと止まる。
「勘が良いな」
「槍を出さずわざと狙われるんだもの。自分を呪詛人形にするなんて。返してもらうわ」
イーヴィスが形代を無効化する間にエスレフェスは雷に変わって囲みを抜け天井で再び姿を戻した。
剣の群れが砕氷を散らしながら追うが、エスレフェスが強く息を吹きかけると剣先から火花を散らし、それがやがて炎に変わった。そしてエスレフェスの前に来るとくるりと向きを変えて血色の悪魔に向かって躍りかかった。
イーヴィスが大降りに得物を振る、その途端に勢いを失った炎の剣は次々と墜落して床に転がった。その間にエスレフェスは再び槍を手にした。
「心臓とっとと潰しておくんだったな」
「調子に乗っていたのは認めるわ」
イーヴィスが左手の武器を投げつける。それを槍の先で払うエスレフェスだったが血色の悪魔の狙いは別にあった。空いた左手はいっぱいに伸ばされたままでぐっと握られ、力強く引き戻された。
太い首にくっきりと手形をつけ、巨大な獣が引き落とされる。
イーヴィスが大きく腕を振るうとエスレフェスは壁に床に、轟音を立てながら何度も激しく打ち付けられた。
容赦ない直接魔力での拘束、力量差があれば別だが抵抗されかねない相手に行えば消耗は激しいはずだ。
「エスレフェス!エスレフェス!! 」
ますみの声の向こうで漆黒の獣はいい様に嬲られていた。
「あたしそろそろ飽きて来たのよ」
イーヴィスがつまらなそうに口をとがらせる。
「あなたもでしょ?だからそろそろ終わりにしましょう」
見つめているますみにエスレフェスが一度目を合わせる。どういう意味だ?
命をよこせと言うのか?そうしないとかなたの魂と命が奪われてしまうと、そう言っているのだろうか。所有権を得たからと言ってすぐに殺しはしないと悪魔は言った、自分を信じろと言うのか?違う、彼は悪魔である自分を信じるなと言った。
大体命を差し出してしまったら『賭け』が無効になってしまう。それではかなたの魂は戻っても命は戻らない。
エスレフェスが再び雷に変わる。所が即座に反応したイーヴィスはその場に身を転じ、なんと素手で掴んで壁に押し付けた。
漆黒の巨体が再び現れるとイーヴィスは右手の剣を掲げた。
エスレフェスは全身を発熱させる、襲って来た剣さえバターの様に融かす熱だ。それをまともに浴びながらイーヴィスは敵の巨体を壁に押し付けていた。
今までの様に体を炭化させる事も無く、涼しい顔をしてエスレフェスを見ていた。
なんて事だろう!ますみは息を呑んだ。やはり敵わないのか?命はそうできなくても魂だけでもかなたを救う為に賭けを無効にすべきだろうか。
再びエスレフェスの視線がますみと合う。こちらの覚悟を試すかの様に。
エスレフェスは契約を破らない、悪魔だから。だからかなたを助ける為にならない事はしないだろう、ならば何を欲している。命以上の供物など人間には無いとイーヴィスは言った。
ますみは弟を抱いたまま両手を合わせていた。
思い過ごしか?今エスレフェスの口角が上がった様な。こちらを見たままにやりとした様な。
次の瞬間ますみは目を見開いた。
ああ、そうだ、あいつは、あの漆黒の獣は悪魔なのだ。この状況はエスレフェスが作った訳では無いが、彼は今これをうまく利用しようとしているのだ。イーヴィスがエスレフェスを手の上で踊らせたように、今エスレフェスはイーヴィスを利用して最高の供物を捧げさせようとしているのだ。このピンチこそが狡猾な黒い悪魔にとって大きなチャンスになっているのだ。
「そんな……」
ますみは小さくかぶりを振った。自分が応じなければエスレフェスはこのままイーヴィスによって消滅する、だが彼はますみが応じる事を確信している。なぜならそうしなければかなたが救われないから。かなたを救うと言う契約をしながら今、悪魔エスレフェスはかなたを人質にしていたのだ。
悪魔の思う壺である事はますみにとって気に入らない事だった。
イーヴィスが獣の心臓に凍れる剣を突き刺すが、エスレフェスはその部分を霧に変えてそれを辛くも回避した。
ますみは一度目を閉じた。
神は乗り越えられない試練は与えない、そして神は全知全能だとするのならこれは神の知る所だ、そしてそれはそのまま意志という事にもなる。何という事だろう。
再び目を開いたますみは怒りと悲壮とそして慈愛を混ぜ合わせた複雑な表情を浮かべていた。
涙を溢れさせながら、半ば声を震わせながらますみは漆黒の悪魔の名を呼んだ。
「エスレフェス!あなたが欲しがっているものを捧げます。だからかなたを救いなさい」
イーヴィスが目を見開きますみに向いた。
「お姉ちゃん、賭けの条件はわかっているのよね」
「もちろんです」
ますみは血色の悪魔などに目を向けず、自分と契約をした悪魔だけを視界に収めていた。
「残酷な悪魔……」
「悪魔ってのはそう言うものだ」
ますみは一度唇を噛んだ。
これから自分はこれまでの人生を否定する。
神が意図した事であっても、悪魔の知略の結果であっても、今ますみは自分の意思としてそれを言った。
「私の信仰心を、捧げます」
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