悪魔と委員長

GreenWings

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 どんな手段を使っても姉の魂を救うのだ、その決意が少年を突き動かしていた。燃える炎の中にうごめく姿に向かいかなたは叫んだ。

「くれてやるよ悪魔!供物くもつだ!俺の血をやる!だからあいつを倒せ!イーヴィス!! 」

 供物だと?エスレフェスは耳を疑った。

 炎の中から燃え盛る何かがかなたに襲い掛かった。見た事も無い犬にも猫にも似ていない獣が左腕に牙を立てがぶり噛みついている。だが噛み砕く意思は無さそうで暴れる事はしなかった。

「おおい!! 」

 エスレフェスが思わず火炎を途切れさせたが、イーヴィスらしき姿は未だ燃え続けていた。違う、イーヴィス自身が炎に姿を変えていた。それを今マントを脱ぐかの様に解いた。

 血色の悪魔の長いスカートの下から太い触手の様に伸びた先端が今かなたにかぶり付き、その血液をすすっていた。

「かなた! 」

 血相を変えたますみが弟の左腕に取り付くのとエスレフェスの槍が獣を断ち切るのはほぼ同時だった。

「小娘!ひっこめろ! 」

 言われるまでもなくますみはかなたを抱えて魔法円に押し込んだ。
 領域に接すると噛みついていた獣の頭部は弾け飛んで消え去った。

「かなた!しっかり!姉です!わかりますか!? 」

 急な失血で青くなっている弟をますみはゆっくり横たえた。

「うろたえるな、契約完了前にそいつが死んではあいつも困る。死なないはずだ。  それから…… すまん」

 エスレフェスの声を聞いているのかいないのか。ますみは弟の腕についた獣の噛み痕に持ち歩いている三枚の中で一番大きなハンカチを含む二枚を使って強く巻いていた。
 あれだけ強引に短時間で吸血された割に傷跡は小さく出血もほとんど無い、悪魔的な何かの力で成せる業なのだろうか。吸血鬼の映画ではまさにそんな感じではあったがイーヴィスは契約上そうせざるを得なかったのだろうか。

「ああ、かなた…… かなた…… なんて事を…… 」

 ますみの消え入りそうな声と相反する様にイーヴィスの高笑いが響いた。

「血!子供の生き血!まだ温かい体温の残る血液! 」

 エスレフェスが顔をしかめる。

「お前の弟は余計な事してくれたぞ。悪魔に罪の浅い子供の生き血をくれてやるとかよ。良質のオドまで与えちまったじゃないかよ」

 イーヴィスが艶のある微笑みを浮かべてそのゾッとする様な巨大な瞳にエスレフェスを映した。

「続きをしましょう」

「ち、かかって来やがれ」

 イーヴィスのドレスが翻る。その下から無数の獣が飛び出しエスレフェスに躍りかかった。

 漆黒の悪魔は一番端に居た獣の頭を燃える槍で突き刺すとそれを振るって他の者にまとめて叩きつけた。
 実際にぶつからなかった者まで衝撃波が及び、群れが一掃されると、完全に槍を振り抜いた状態の脇腹に向けてイーヴィスの氷の剣が迫っていた。
 空中に渦巻く炎が盾の様に現れる、だが血色の悪魔は勢いを止めずそれを突き通した。四散する火炎の奥で漆黒の獣はその右半身を真っ白に凍てつかせ、そのままどうと音を立てて倒れた。

「エスレフェス! 」

 倒れた巨体に向けてさらに刃は振るわれる。だがその瞬間獣が床を叩くとイーヴィスの足場が爆発した。血色の悪魔が即座に空中で身をひるがえしその場に立ち止まると、エスレフェスは無数の蝙蝠こうもりに姿を変えて辺りに散った。

「無駄よ」

 イーヴィスの指先に小さな光の玉が浮く。そして頭上に掲げられたそれを中心に白と言うには生気に欠けたくすんだ灰色の様な色の蛇が四方八方に一斉に飛び出した。
 空中を恐るべき速さで稲妻の様に這い回る蛇は蝙蝠達を追い回し、容赦なくその口に捕らえた。
 その中のそれが出来た者が血まみれになりながらもかろうじて逃れ一か所に集まると傷だらけな上にあちこち欠損したエスレフェスが宙に現れた。

 蛇は再びイーヴィスに集まり捕えて来た獲物を差し出すと、彼女はそれをぐしゃりと潰してはスカートから伸びる獣の口に放った。

「武器を拾っていいわ」

「そうさせてもらおう」

 イーヴィスの背後に回った燃え盛る槍は彼女を貫いたまま主の元に引き寄せた。
 心臓の辺りを貫通しているのにイーヴィスは顔色一つ変えていない。それどころかドレスに引火さえしていない。

 エスレフェスは赤い悪魔を睨んだ。彼女はわかっていたのだ。だからあえて突かせて近づいた。心臓はあらかじめ位置を動かしていたに違いない。イーヴィスは今、相手の武器の与える熱さえ掌握していると言うのか。

「動けなくなったあたしが来ると思ってたでしょ。可哀そう」

 瞬時に延びた髪が黒い獣を縛る。ぎりぎりと体に喰い込み引きちぎろうとする。その強さが想像以上だった為エスレフェスは低くうめき声をあげた。

「ああ…… 痛いのは嫌よね……」

 長いまつ毛が気の毒そうに降りるとイーヴィスは細氷を散らせている刃をエスレフェスの顔の前に持って来た。
 そしてその物憂げな表情のままついと振る。その途端にごとりと音がしてエスレフェスの右腕は体から離れ、床で砕けた。
 止めを刺せる状態での明らかな侮辱だ。

「てめぇ……」

「うん? 」

 肘までしかなかった左腕が右と同じ運命をたどる。

「エスレフェス!! 」

 ますみの声が響くが悪魔達はお互いの顔を見たまま動かなかった。
 すっと漆黒の獣の額の前に置かれた刃の先から細氷が舞う。

「さよなら」

 鈍く光る細身の剣が狼の額に突き立てられようとした瞬間、イーヴィスの全身は炎に包まれた。

「これは! 」

 床の上で赤いドレスのビスクドールが燃えていた。目の前にあるものを自由にできても意識の届いていなかった物にはそうでなかった。

「あれは…… フェイクでは! 」

 燃える髪を強引に引きちぎってエスレフェスは拘束から逃れた。

「何とかなるうちに使うかよ! 」

 右腕だけを再生したエスレフェスは敵を貫いている槍を一度掴むと気合いと共に放った。

 イーヴィスを串刺しにしたまま飛んだ槍は空中で突如木っ端みじんに爆発、彼女の腹部を消し飛ばし上半身と下半身を分断させた。エスレフェスにしてみれば残るとさえ思わなかったのだが、それでは終わらなかった。何と上半身も下半身も当たり前の様に宙を舞い、そして合流した。
 飴細工の様に傷が溶け合い失われていた腹部だけではなく身に着けていた物まですべて完璧に再生される。

「まだ死なないのか」

「エスレフェス! 」

 ますみが胸の辺りで手を合わせている。きっと癖なのだろう。

「悪魔に祈るんじゃねぇよ」

 自分の仕草に慌てて手を下ろしたますみは真剣な表情で言った。

「助けてくれるのですよね」

「契約だからな」

 その会話にイーヴィスが入り込んだ。

「どうかしら。お約束はね、果たされた時に効力を持つのよ。必ず果たされるという事ではないわ。対価を差し出したから叶うんじゃないの。叶えてもらったから差し出すのよ。見ればわかるでしょおねえちゃん。あの子の魂はあたしのものになるわ」

「させません」

「どうさせないの?これは本人と合意の上よ」

「付き合うな小娘」

 エスレフェスの言葉にますみは唇を噛んだ。言い合ってどうこうなるものでは無い、だが納得いかないのだ。その上かなたはこんな事までして……。

 そこでますみの顔が上がった。

「エスレフェス! 」

「なんだ!今それ所じゃない! 」

 ますみは意を決した顔をしていた。一度神に背を向けてしまったからとは言え、やはりますみには抵抗がある、しかしかなたは、弟は自分の為にそれを成したではないか!
 凛としたますみの声が響く。

「私の血をあなたにほどこします!受け取りなさい! 」

 魔法円の縁から白い腕が突き出される。

 その反応はあまりにも迅速だった、近くに潜伏していたのだ。見えない何かの牙ががますみの腕に食らいついたのだ。そして空間から滲み出す様に不可視だったそれが露になって血色のドレスの裾に行きついた。犬とも猫とも違う獣が今、細い腕から血液をすすっていた。

「馬鹿!! 」

「ああっ! 」

 慌てて引き戻そうとしたが食らいついた獣はますみを引っ張り出そうとするかの様に逆に引いて来た。

「ううっ! 」

 閃光。目の前の獣が蒸発する。

「ひっこめ小娘! 」

 そうだ、引っ込まなくては。軽い眩暈と吐き気を覚えながらますみは体を魔法円の内側へ引き戻した。
 立っているのがつらくてその場へへたり込む。

「おいしっかりしろ小娘!生きてんだろうな! 」

 エスレフェスの声が遠く聞こえる。
 そしてやたら甲高いイーヴィスの笑い声が再び響いているのがわかった。

「ああ素敵!なんて美味しいの?!これが敬虔な信徒の、そして穢れ無き乙女の血液!!処女の生き血!! 」

「なんてものを渡しちまうんだお前は……。 言ったろ!純潔がどれほど意味があるかって! 」

 狙って居たのだ。かなたが供物を捧げてイーヴィスが力を得たのを見たますみがエスレフェスに対し同じ事をするのを狡猾な悪魔は想定していたのだ。

 イーヴィスは今やそこに居るだけで圧倒的な存在感を持っていた。肌を通じてびりびりと力を感じさせる。その視線が当たればひりひりと燃え上がるような感覚さえ覚える。その輪郭に沿って世界が大きく歪んでいるかの様な錯覚さえ感じてしまう。イーヴィスの前ではエスレフェスの存在はその弱さを主張しているかの様にさえ見えてしまう。

「エスレフェス…… ごめんなさい……」

「弟よりはましの様だな。済んだ事は仕方ない」

「何とか…… できるの ですか」

「ちぇ、勝手言いやがって」

 エスレフェスは体を再生した。そうしなくてはどうにもならないのは明白だった。しかしかなたの血で力をつけたイーヴィスにさえここまで追い込まれたと言うのにますみの血まで得たこの悪魔相手をどうしたら倒せるのか手段が思いつかなかった。

 イーヴィスがエスレフェスに視線を向けると、巨体の獣はびくりと体を震わせ、指一本動かす事も出来なくなった。

「こいつ……。なんて邪視だ」

「まだ口を利くの?生意気よ」

 長いまつげに覆われた大きな瞳が細められると、それ以上エスレフェスは声を出す事も出来なくなった。

「エスレフェス!どうしたのです!エスレフェス! 」

 まだ立つには力が入りにくく座り込んだままでますみは声を上げた。

「わんちゃんは怖くなっちゃったのよ。ね~え」

 血色の悪魔が動けない獣に近づく。その背後の床ででゆっくりと燃え盛る長槍が幾つも幾つも音も無く出現した。

「無駄よ」

 振り返りもせずイーヴィスが言うと出現した槍は砂となって崩れた。

「今のあたしを出し抜けると思うの? 」

「待ってイーヴィス! 」

 ますみの声に血色の悪魔は面倒臭そうな声を漏らした。

「お姉ちゃんを助けようとしているのよ。止めるなんておかしいわ」

「この通りです。かなたを返して下さい」

 床に額をつけるますみの姿にイーヴィスは思わずそちらを向いた。
 邪視がそれ、少しだけ動ける様になったエスレフェスも驚きの表情を向けた。
 ますみが悪魔に対して下手したてに出た事があっただろうか。誰に対しても丁寧でにこやかな態度をとるますみであっても悪魔に対してだけは意図的に上から物を言う様にしていたのをエスレフェスは知っている。彼が思うには悪魔に対し情が移ったり親しみを感じてしまわない様一線を置く為にわざと使いたくない言葉を選んでいたのだろうが、それも信仰の成す業だ。
 悪魔に頭を下げるなんて態度を一度でもとればその後ずっと付け入られる事はますみにはわかっているはずだ。

 想像以上に追いつめられているんだこの娘は。エスレフェスはそう思った。
 土石流で弟が流されようとしている時の姿を思い出し、このままではそれが再現され、この稀代の輝きの魂は見る間に澱んで誰よりも質の低いものに変わるだろうと黒い悪魔は思った。なんと惜しい事か!!
 だがそれを思った後エスレフェスは自嘲した。なぜならそうなった時にはもうエスレフェスは存在していないのだから。

「駄目なのはわかっているのにどうしてそんな事するの? 」

 イーヴィスがますみを見下ろす。

「情にすがっています」

 これにはイーヴィスもエスレフェスも呆れるしかなかった。

「悪魔に情? 」

 イーヴィスの問いにますみは額をつけたまま答えた。

「あなたが本当にしたい事は人を苦しめる事ではないと思います」

 エスレフェスは苦笑するしかなかった。イーヴィスが眉を吊り上げている。

「わかってないのねお姉ちゃん。あたしはね、人間ほど憎いものは無いのよ! 」

 魔法円の周りに激しい雷が暴れまわる。だが内側には一切被害は出なかった。

「黙っておいてちょうだい」

「そうだよお姉ちゃん、お姉ちゃんが悪魔なんかに頭を下げちゃだめだ。お姉ちゃんはそんな事をして良い人じゃないんだよ」

「かなた! 」

 ようやく身を起こした弟をますみは抱き寄せる。
 弟の体温があたたかい、この子を悪魔の物になどしたくない。

 ますみの頭が必死に考えを巡らせる。契約がある以上このままではかなたの魂はイーヴィスのものになってしまう。それを阻止するにはエスレフェスに勝ってもらうしか方法が無い、だがそのエスレフェスは自分の不注意によって圧倒されてしまっている。何か覆す手段は無いか。何かエスレフェスに力を与える方法は無いか。
 ますみの血液が悪魔に大きな力を与える事はわかっている、だがそれを行おうとすれば間違いなくイーヴィスに奪われてしまうだろう。エスレフェスにだけ血を届ける方法などあるのだろうか。
 エスレフェスの呪詛人形を魔法円に放ってもらうのはどうだろう、それなら間接的に与える事が出来るのではなかろうか。
 だめだ、この領域に悪魔の力は及ばない。ただの人形になってしまうか、ともすれば人形そのものが弾かれてしまう可能性もある。かといって魔法円の外に出れば間違いなくイーヴィスの餌食になる。今のイーヴィスを逃れる術などまず無いだろう。

 イーヴィスが受け取れず血液と同等の価値のあるものを供物に出来ないだろうか。

「お姉ちゃん、これで良いんだよ。俺は満足だよ。お姉ちゃんを助けられるんだ、弟として本望だよ」

 かなたの言葉にますみは奥歯を噛んだ。
 こんな事を弟の口から言わせるなんてつくづく自分は浅はかだった。

「かなた…… どうか…… どうか姉を蔑まないで下さい…… いえ、違います、蔑まれても仕方ありません。姉は、それでもかなた、あなたを救いたいのです」

 悲痛、決心、慈愛、謝罪、それらが混ざり合った見た事も無いますみの表情にかなたは戸惑った。

「何を言ってるの……?お姉ちゃん…… 」

 ますみはふらふらと立ち上がり、エスレフェスに向いた。かなたはその小さな背中を見上げ酷く不安を感じる。

「エスレフェス、あなたに私の純潔を与えます」

 かなたは最初姉の言った意味が分からず考えるそぶりをしたが急に慌てふためいて立ち上がった。姉の持つイメージから出て来る言葉には思えなかった。
 ずっと一緒に育って来たのに急に遠い世界に行かれてしまった様な、神聖に思えていた領域がよからぬものに浸食された様な不快感がかなたを襲った。

「何言ってるんだよお姉ちゃん!馬鹿な事言い出さないでよ!! 」

 ますみは背を向けたまま答えた。いつだって相手の顔を見つめて会話するますみにはありえない態度だった。

「これしかないのですよかなた…… 」

 エスレフェスはますみを見ていた。汚らわしい存在であるはずの悪魔にこの少女は自分の尊厳を捧げようと言ったのだ。

 イーヴィスが驚いた表情でますみを見ている。どうやら悪魔達の間では供物としては上等なのだろう。

「おい小娘、以前言ったよな。お前達が考えている程純潔の価値は低くないと。そしてそれは取り戻す事は不可能だ。本当に自分が言った事がわかっているのか? 」

「そうだよお姉ちゃん!しっかりしてくれよ!お姉ちゃんがこれ以上何かを失う必要なんてないんだよ!! 」

 すがりつくかなたに一度微笑みを向けそっと頬を撫でた後、ますみは再び漆黒の獣に向いた。

「悪魔のくせに人間風情に配慮するのですか。欲しければその機を逃さず奪えばいいでしょう! 」

 ますみが魔法円から踏み出そうとする、だがそれをかなたが引っ張り戻した。

「やめてよお姉ちゃん! 」

 エスレフェスがにやりと笑う。

「小娘よ、殺し合いしているさなかでお楽しみなんてできると思うのか。けっ! 」

 イーヴィスの口が顔よりも大きく開かれた。空気が揺らぐほどの音波がエスレフェスを押しつぶす。結界の中が激しく震える。

 それなのにエスレフェスの声はまだ生きていた。

「大体よ、イーヴィスは男にもなれるんだぜ。お前はいろいろ考えが甘いんだよ小娘」

 イーヴィスが裾を翻すと再び剣の軍勢が現れ、それは音によって押さえつけられたエスレフェスに次々ライフル弾の様に飛んだ。

「だが、悪魔に対して口にしちまったからな。今散らしてやろうが後に取って置こうが人にくれてやろうが俺の好きに出来るって事だ」

 必死に敵の体に突き刺さろうとする剣はその体表で小刻みに震えていたが急に向きを変え。血色の悪魔に次々突き刺さった。

「小娘、お前の純潔は俺のものだ」

「そんな馬鹿な。実際に手に入れても居ないのに」

 血を吐きながらイーヴィスが獣を睨む。

「普通ならそうだな。だがお前も理解していたから止めを刺しに来たのだろう。あの小娘は約束を破った事が無い。その発言に高い信頼がある、契約並みにな。そして実際心からその言葉を言った。魂の代わりに純潔で契約をしたも同然だ。因果的に小娘が自分の意思でだれかに身を捧げる事はもう出来ない。所有権は既に移っている」

 突き刺さった剣を跳ね飛ばし、イーヴィスは口角を上げた。

「でも供物は契約じゃないわ」

 そしてかなたに顔を向ける。

「お兄ちゃん、いいの?悪魔なんかに大切なお姉ちゃんが汚されちゃっても。優しくてあったかくてやわらかいお姉ちゃんが、毛むくじゃらの化け物のおもちゃにされても良いの? 」

「良い訳あるか!とっととそいつを始末しろよ! 」

 かなたは怒鳴った。良い反応だとイーヴィスは思った。

「もちろんそうするわ。ええ、でもその為にはこのままじゃだめよ」

「小娘、弟に話を聞かせるな! 」

 エスレフェスがイーヴィスに襲い掛かる、だがイーヴィスは霧の様に散って別の場所に現れた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんが処女を与えなければこの悪魔は簡単に倒せるの。わかるでしょ? 」

「なんだよ!今更敵わないなんて言わせないぞ! 」

「かなた、あの悪魔と話してはなりません! 」

 ますみが弟の前に回り込むとかなたは一度姉の顔を見て泣きそうな顔を見せた。

「わからないの?お兄ちゃん。お姉ちゃんがこの汚らわしい化け物に処女を捧げられなければ事は簡単なのよ」

 ますみは彼女の言葉の意味を理解し思わず振り返った。艶のある微笑みと目が合う。

「あとは、わかるわね?お兄ちゃん」

 わかるわねと言われてもかなたはわからなかった。戸惑った表情のまま思案する。

 一体どういう意味だ。姉を外に出すなという事か?出なくてももう差し出した事になっているじゃないか。
 差し出してしまったものを差し出させるなってどういう意味だと言うのだ。
 あげたものを無かった事にしろと?

 戸惑いの表情が驚愕のそれに変わって行く。
 思わず姉を見上げた時、視線を戻した相手と丁度目が合ってしまった。

「そんな……」

 何をした訳でもないのに後ろめたさからかなたは二歩後ずさった。

「だってそんな……」

 イーヴィスの艶やかな声が追い打ちをかける。

「犯しなさい。ずっと憧れていたのでしょ。大好きで大好きでたまらないお姉ちゃんの美しい体を思うままに堪能したいと思っていたんでしょ?上等な楽器の様にお姉ちゃんの喘ぎ声を奏でてみたいと思うでしょ?するの、今それを」

 自分はともかく最も尊い存在を侮辱された様でかなたは血相を変えて怒鳴った。

「ふざけるな!誰だと思ってんだ!お姉ちゃんは俺にとって一番大切な人なんだ!何よりもだ! 」

 エスレフェスの攻撃を再び霧状に四散してやり過ごすとイーヴィスはさらに続けた。

「甘くていい香りに包まれながら綺麗な肌に手を這わせたら一体どんな感じかしら、まだ誰のものにもなっていないお姉ちゃんを自分の色に染めていくのはどれほど素敵かしら。あなたの下で喜びに悶えるこれまで知らなかったお姉ちゃんの顔を知りたいと思うでしょ? 」

「お前いい加減にしろよ?! 」

 魔法円から飛び出して食って掛かりそうな勢いの弟をますみは引き止めようと近づくと、かなたはその分だけ身を引いた。
 思わずますみの眉が下がる。イーヴィスの言葉でかなたは自身の事を汚らわしく思ったりしていないだろうか。

「ウフフ、むきになるのはねお兄ちゃん、図星だからなのよ。誰も責めていないじゃない。男が女を抱きたがる、普通の事よ。神がそう創ったの。大好きな相手にそういう気持ちを抱いて何が悪いの? 」

「イーヴィス!かなたを苦しめないで!あなたの契約者でしょ! 」

 イーヴィスは意にも介さなかった。

「お兄ちゃん、もう一度言うわ。お兄ちゃんがしなければお姉ちゃんの犯すのは悪魔になるのよ。悪魔がお姉ちゃんを大切にすると思うの?お兄ちゃんか悪魔か、どっちがお姉ちゃんにとってましか考えて」

「そんなの……」

 かなたは頭を抱えた。

「そんなのお前がとっととそいつをやっつければ済むじゃないか!! 」

 ますみは叫んだ。

「エスレフェス!イーヴィスを黙らせて! 」

「やってんだよ!こいつ今逃げに徹してんだ! 」

 黒い獣が炎を吐くが、イーヴィスは再び霧となって逃れた。エスレフェスの攻撃を一つでもまともに受けてしまったらきっともう再起は見込めない、先ほどまでの優位が嘘であるかの様にそれ程の力量差を今イーヴィスは感じていた。

「白状するわ、このままだとお姉ちゃんの魂は救えない。わかる?お兄ちゃんがしないならお姉ちゃんは魂も肉体も全部この悪魔の物になるのよ! 」

「そんなの駄目だ!! 」

「駄目ならやって!! 」

 かなたは奥歯を噛み締めた。姉が悪魔の物になるなんてことがあってたまるか。だから守りたいと思った、心から思った、なのになんだこの状況は。
 自分が姉の純潔を奪わなくては助けられないだって?それは助ける事だと言えるのか?悔しくて涙が出て来る。

「助ける為よ。お兄ちゃん」

 かなたはなかなか上げられない顔を必死に上げようとしていた。

「お兄ちゃん。 西野かなた!西野ますみを犯せ! 」

 かなたはゆっくり顔を上げた。
 その視線の先に憧れと親しみと賛美の象徴の様な存在がいた。
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