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深夜の自宅の庭、かなたは漆黒の異形と向き合っていた。
「ほう、槍を作って来たのか、小僧」
棒の先にナイフを固定した得物を見て悪魔は笑った。
「今日こそお前を倒してやる」
かなたが初めて悪魔を見たのは姉の帰りを出迎えた時だった。
ますみの前を小さなガーゴイルの様な物が浮いていたのだ。
驚いたかなただったがますみが気付いている様子を見せていなかった為、必死に動揺を隠し、いつもと変わらぬ対応をした。
気づいていない姉に恐怖を与えてはならない、最初はそう考えていた。
だがしばらくして、逆に姉は気づいていながら弟が見えない場合を考慮していた行動をしているのかもしれないとも考えた。
どちらの場合であっても自分が姉に悪魔が憑りついている事に気付いていると知ってしまえばそれはますみにとって大きな悩みの種となり苦しめる事になるだろう。
だから自分は悪魔の存在には気づいていない。姉の前では一切悪魔に反応しないし、不自然に見つめたり避けたりもしない。だが憑りつかせて置くことを許しはしない。
かなたはその日の夜、ますみが寝静まった頃合いを見て姉の部屋に行き徹底的に悪魔を挑発し、庭に連れ出したのだった。
「なぁ小僧、いい加減に諦めたらどうだ、もうわかったろうが」
初めてますみの家に来たその日の夜、どうやら弟の方も姿が見えていた様で夜中に押し込んで来たのを悪魔は思い出す。部屋で暴れられてはますみにばれて色々機嫌を損なわれるのは避けられない、だから弟の挑発に乗って庭に出てしばらく相手をしてやったのが始まりだ。
弟は毎晩手を変え品を変え姉を救う為に挑んで来る。悪魔にとっては実に煩わしいのが正直な所だ。
棒やらバットやら、柳葉包丁、聖水入りの水鉄砲……様々な物を武器にして悪魔を殺しに来るが、そもそもそんな物で傷を負う程低いステージに悪魔は居ない。
正直な所こんな子供など触れる事無く命を奪う事も可能だ。
だが、ますみの魂を手に入れる為にはますみの近辺の存在に手を出す訳にはいかない。これは正式な契約では無いが、ますみ自身が口に出してしまった事が大いに意味を持ってしまっている事を悪魔は良く分かっていた。
もし自分の周りで悪魔による被害者が出てしまったならば、ますみはその性格から自分自身を許さないだろう、それはますみ自身の魂の色を曇らせる可能性が大いにあるのだ。
つまり、悪魔はかなたに退治されることは無くかなたに手を出すこともできない無駄な時間を過ごさなくてはならないのだ。
最初は巨大な肉食獣の姿で間近で威嚇してみたり、子供には耐えられないであろう程おぞましい姿になってみたりした。
たいていの人間なら即座に恐怖に凍てつき失神するか理性を失って逃走するものだが、この小さな少年は涙を浮かべながらも悲鳴を噛み殺し、必死に理性を保って反撃してきた。
悪魔は人の感情には敏感だ、だから彼に人並み外れた勇気がある訳では無い事はわかる。ただそれ以上に怖いのだ、姉を悪魔の手にゆだねて置く事が。
「覚悟しろ! 」
自作に見える槍が筋肉粒々の鬼のような姿を取っている悪魔に突きかかっていた。
かわすまでも無い。量産された鉄の刃など悪魔の薄皮一枚通す事も出来ない。
が、次の瞬間悪魔は槍の柄の部分を片手ではじいた。
「気づいたか! 」
「アセイミナイフか、付与魔力が弱くて近づくまでそうだと気付かなかったがな」
「それでも純銀製だ!今夜で終わらせる! 」
貯金を全部使って手に入れた品だ、これで傷をつけられるなら賭けるしかない。
断続的に突きが繰り出される。だがかなたは武術を学んでいる訳では無い。目の動きや奥側の腕ですべて狙いがわかってしまう。
悪魔はわざとぎりぎりで避けたり指先でつまんだりしながらかなたを挑発した。こちらが手を出せない以上心をくじくのが手っ取り早いからだ。
「ほれほれ、もう少しだ、お姉ちゃんを守るんだろ?ああ、惜しい!あとちょっとだ、おお、良いぞ!そこだ! 」
毎晩の様にかなたでは追い払えないという事を思い知らせているのに、終わる頃にはいつも女児の様に悔し涙を溢れさせているのに、全く懲りない。
「全然だめだな。諦めろ。お前じゃあの小娘は救えねぇ」
「そんな事決めさせない! 」
突きでダメとなるとかなたは薙刀の様に振り回した。
長得物の扱いは素人にそうそうできるものではない。雑な動きは無駄が多すぎて悪魔はうんざりした。つい、ついと何度かかわした後、爪の先で柄の部分を撫でてやるとそこから綺麗な切り口で槍は折れ、勢いでナイフの付いた先端は遠くに飛んで行ってしまった。
かなたはそのままそれで突いて来る。想像通りで退屈だ。指先でつまんで止めると、そのまま槍を奪い取って放ってやった。
「まだだ! 」
いつも通り素手で殴りかかって来る。最後はいつもこうだ。めんどくさいのでそのままにさせて置く。渾身のパンチだろうがキックだろうが小学生の攻撃でどうこうなる様なひ弱な悪魔では無い。
「こいつ!こいつ!お姉ちゃんから離れろ! 」
「断る」
「いつもいつも馬鹿にしやがって! 」
この少年が気が済むことは無い。だから幾らか時間を付き合ったら終わりにする。毎回必死になって倒しに掛かって来るが、それゆえ明日に影響が出ない程度の時間で寝かせる必要があるからだ。
かなたも悪魔もこの事がますみに知れては都合が悪いと言う点では共通している、その為奇妙な紳士協定が出来ているのだ。
「小僧、今夜はこれくらいにするぞ。どうしてもってならまた明日な」
「まだだ!逃げるのか卑怯者! 」
「喰われなかっただけありがたいと思え。小娘に知られないうちに寝ろ! 」
かなたは奥歯をかみしめた。悔し涙がまた溢れた。
馬鹿にされ過ぎて相手は指一本触れて来ない。同じ土俵にすら立てていない。
こんな事ではいつ姉を助け出せるのかわかったものではない……。
もし悪魔が本当にますみの魂を手に入れてしまったらどうしたらいいのだろうか。
かなたは膝を着き、地面を叩いた。
「俺は絶対にお姉ちゃんを救うからな! 」
「ほう、槍を作って来たのか、小僧」
棒の先にナイフを固定した得物を見て悪魔は笑った。
「今日こそお前を倒してやる」
かなたが初めて悪魔を見たのは姉の帰りを出迎えた時だった。
ますみの前を小さなガーゴイルの様な物が浮いていたのだ。
驚いたかなただったがますみが気付いている様子を見せていなかった為、必死に動揺を隠し、いつもと変わらぬ対応をした。
気づいていない姉に恐怖を与えてはならない、最初はそう考えていた。
だがしばらくして、逆に姉は気づいていながら弟が見えない場合を考慮していた行動をしているのかもしれないとも考えた。
どちらの場合であっても自分が姉に悪魔が憑りついている事に気付いていると知ってしまえばそれはますみにとって大きな悩みの種となり苦しめる事になるだろう。
だから自分は悪魔の存在には気づいていない。姉の前では一切悪魔に反応しないし、不自然に見つめたり避けたりもしない。だが憑りつかせて置くことを許しはしない。
かなたはその日の夜、ますみが寝静まった頃合いを見て姉の部屋に行き徹底的に悪魔を挑発し、庭に連れ出したのだった。
「なぁ小僧、いい加減に諦めたらどうだ、もうわかったろうが」
初めてますみの家に来たその日の夜、どうやら弟の方も姿が見えていた様で夜中に押し込んで来たのを悪魔は思い出す。部屋で暴れられてはますみにばれて色々機嫌を損なわれるのは避けられない、だから弟の挑発に乗って庭に出てしばらく相手をしてやったのが始まりだ。
弟は毎晩手を変え品を変え姉を救う為に挑んで来る。悪魔にとっては実に煩わしいのが正直な所だ。
棒やらバットやら、柳葉包丁、聖水入りの水鉄砲……様々な物を武器にして悪魔を殺しに来るが、そもそもそんな物で傷を負う程低いステージに悪魔は居ない。
正直な所こんな子供など触れる事無く命を奪う事も可能だ。
だが、ますみの魂を手に入れる為にはますみの近辺の存在に手を出す訳にはいかない。これは正式な契約では無いが、ますみ自身が口に出してしまった事が大いに意味を持ってしまっている事を悪魔は良く分かっていた。
もし自分の周りで悪魔による被害者が出てしまったならば、ますみはその性格から自分自身を許さないだろう、それはますみ自身の魂の色を曇らせる可能性が大いにあるのだ。
つまり、悪魔はかなたに退治されることは無くかなたに手を出すこともできない無駄な時間を過ごさなくてはならないのだ。
最初は巨大な肉食獣の姿で間近で威嚇してみたり、子供には耐えられないであろう程おぞましい姿になってみたりした。
たいていの人間なら即座に恐怖に凍てつき失神するか理性を失って逃走するものだが、この小さな少年は涙を浮かべながらも悲鳴を噛み殺し、必死に理性を保って反撃してきた。
悪魔は人の感情には敏感だ、だから彼に人並み外れた勇気がある訳では無い事はわかる。ただそれ以上に怖いのだ、姉を悪魔の手にゆだねて置く事が。
「覚悟しろ! 」
自作に見える槍が筋肉粒々の鬼のような姿を取っている悪魔に突きかかっていた。
かわすまでも無い。量産された鉄の刃など悪魔の薄皮一枚通す事も出来ない。
が、次の瞬間悪魔は槍の柄の部分を片手ではじいた。
「気づいたか! 」
「アセイミナイフか、付与魔力が弱くて近づくまでそうだと気付かなかったがな」
「それでも純銀製だ!今夜で終わらせる! 」
貯金を全部使って手に入れた品だ、これで傷をつけられるなら賭けるしかない。
断続的に突きが繰り出される。だがかなたは武術を学んでいる訳では無い。目の動きや奥側の腕ですべて狙いがわかってしまう。
悪魔はわざとぎりぎりで避けたり指先でつまんだりしながらかなたを挑発した。こちらが手を出せない以上心をくじくのが手っ取り早いからだ。
「ほれほれ、もう少しだ、お姉ちゃんを守るんだろ?ああ、惜しい!あとちょっとだ、おお、良いぞ!そこだ! 」
毎晩の様にかなたでは追い払えないという事を思い知らせているのに、終わる頃にはいつも女児の様に悔し涙を溢れさせているのに、全く懲りない。
「全然だめだな。諦めろ。お前じゃあの小娘は救えねぇ」
「そんな事決めさせない! 」
突きでダメとなるとかなたは薙刀の様に振り回した。
長得物の扱いは素人にそうそうできるものではない。雑な動きは無駄が多すぎて悪魔はうんざりした。つい、ついと何度かかわした後、爪の先で柄の部分を撫でてやるとそこから綺麗な切り口で槍は折れ、勢いでナイフの付いた先端は遠くに飛んで行ってしまった。
かなたはそのままそれで突いて来る。想像通りで退屈だ。指先でつまんで止めると、そのまま槍を奪い取って放ってやった。
「まだだ! 」
いつも通り素手で殴りかかって来る。最後はいつもこうだ。めんどくさいのでそのままにさせて置く。渾身のパンチだろうがキックだろうが小学生の攻撃でどうこうなる様なひ弱な悪魔では無い。
「こいつ!こいつ!お姉ちゃんから離れろ! 」
「断る」
「いつもいつも馬鹿にしやがって! 」
この少年が気が済むことは無い。だから幾らか時間を付き合ったら終わりにする。毎回必死になって倒しに掛かって来るが、それゆえ明日に影響が出ない程度の時間で寝かせる必要があるからだ。
かなたも悪魔もこの事がますみに知れては都合が悪いと言う点では共通している、その為奇妙な紳士協定が出来ているのだ。
「小僧、今夜はこれくらいにするぞ。どうしてもってならまた明日な」
「まだだ!逃げるのか卑怯者! 」
「喰われなかっただけありがたいと思え。小娘に知られないうちに寝ろ! 」
かなたは奥歯をかみしめた。悔し涙がまた溢れた。
馬鹿にされ過ぎて相手は指一本触れて来ない。同じ土俵にすら立てていない。
こんな事ではいつ姉を助け出せるのかわかったものではない……。
もし悪魔が本当にますみの魂を手に入れてしまったらどうしたらいいのだろうか。
かなたは膝を着き、地面を叩いた。
「俺は絶対にお姉ちゃんを救うからな! 」
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