いつも通りの聖夜

GreenWings

文字の大きさ
上 下
4 / 7
第二幕:聖夜

第二場:起こらない奇跡

しおりを挟む
 言葉をなくしてしまったかのように押し黙ったままの子供たちは降りしきる雪の中に背を預け合って座りこんでいた。
 寒さに慣れたのかそうでないのか、いつしか体の震えは止まり、身を切るような痛みはあまり感じなくなっていた。
 それはただ待つしかない身としてはとてもありがたい事で、そのまま身を凍えさせる事もなく待ち人の登場まで過ごす事ができればなどと思えた。

 身を縮め、膝を抱えていたものだから皆すっかり雪にまみれ、誰が誰だかわからなくなってしまっている。
 冷たいはずの雪だが逆にそれが風よけになってくれているのだろうかと思ったり、あるいはどうでもよかったりした。

 体も心も淀んだ夜に染まった黒い雪に覆われ、凍りついてしまったかのように動かない。
 そんなさなかにそれは起こった。



 光がさした。

 それは闇の中だからこそ見えるよう様なささやかなものだった。
 雲に隙間ができ、そこから星明かりがもれたのだ。

 無関心だった四人は無意識にその微かで清らかな筋を見つめた。

 一瞬だった。

 全天を覆う雲の総てがはじけ飛ぶようにかき消え、磨き上げられたような星々がこうこうと輝き視界いっぱいに広がった。
 そしてそれと同時に辺りを敷き詰めていた闇色の雪が白銀に照りかえした。

 余りの事態に四人はきょろきょろとあたりを見回すしかない。

「晴れた……」

「うん」

 ひときわ強い風が四人を掠めて吹きぬけ、それが見つめる先で大きな渦になった。
 見えない風がそうなったとわかったのは周りの雪を派手に巻き上げ、らせん状に吸いあげたからだ。

 子供たちは思わず立ち上がり、それを凝視した。

 突風は周囲の雪を天高く持ち上げ、それを上空から四方八方に花火かクラッカーの様にまき散らし、星明かりがその飛沫一つ一つをきらめかせて彩りを添える。

「なんだこれ……! 」

 マックが思わす声を漏らす。

「ああっ……」

 ニネットは両手で口を押さえた。

「これは…… 」
 
「いや、こんなのたまたまだ! 」

 ネオが否定した。

 この時期に起こり得るはずの無い竜巻は天を覆いかねない勢いで立ち昇り月明かりを受けて輝いた。
 しかしなにより驚くべきはそれではなかった。

「見て! 」

 跳ねるように立ち上がったニネットが体をいっぱいに伸ばして指差しす。

 巨大であるにもかかわらず、その場から一切動こうとしない竜巻の中にそれは確かに見えた。

 大樹。

 いまだかつて見た事もないほど巨大な大樹がその中にあった。
 
 全員が息をのんだ。

 星明かりを受けてなのか、あるいは自らそうしているのか、大樹には光の玉がちりばめられていた。
 それだけではない、竜巻がさえぎる中よくよく見れば柊の飾りや羊飼いの杖、金色のベルまで輝いている。

 目の前の光景が日常から逸脱しすぎていて言葉が出ない。

 そんなことはおかまいなしに竜巻はさらに雪を巻き上げ、そして派手にそれらを撒き散らして唐突に消え去った。

 大芝原のエリアのあちこちにどさどさと雪が落っこちて重い音を立てる中、四人の子供たちの前には竜巻の何倍も巨大な大樹がそびえていた。

 闇を照らすかのように内から光をにじませ、数え切れないほどのオーナメントで身を飾り、あちこちにろうそくの灯をともして、確かにそれは目の前に登場した。
 その幹があまりにも太いので向こう側の景色が完全に隠れてしまう程にそれは巨大だった。

 ジャスティンは一歩踏み出し、そして見上げた。

 視界いっぱいが張り出した枝でふさがれ空が一切見えなくなっている。

 上が見えないものだからベツレヘムの星があるのかどうかは確認できないが、これは間違いなくクリスマスツリーだ。しかも、想像を絶する大きさの!

「ジャスティン! 」

 黄色い声にジャスティンは振り返った。

「来たのよ!サンタさんが!アハハ! 」

 ニネットが胸に両手をあてて身を乗り出して叫んだ。

「来たのよ!ジャスティン!見て!こんな大きなツリー!私見た事ないわ!きっと世界中のどこにもないはずよ! 」

 小躍りしながらニネットはジャスティンに駆け寄るとその手を取って大樹に引っ張って行った。

「そんな馬鹿な……。 論理的にあり得ない。だってそうだろ?! 」

 ネオが目を見開いたままそう漏らしたが、マックは穏やかな表情で微笑んでいた。

「こりゃ、反論の余地がないな」

「けどマック!こんな事ってあるかい? 」

 狼狽するネオをマックは笑った。

「認めるしかないだろネオ、他にどう説明するってんだ?姿は見てなかったさ、けど人間業じゃない。こりゃ、本物の仕業だ」

 マックの見つめる先でジャスティンはニネットにとられた手を大樹に押し付けられていた。

「ほら!本当にある!すごい!すごいよジャスティン! 」

「あ、ああ…… 」

 自分の手と幹を交互に見てジャスティンはようやくそう漏らした。

「ジャスティン! 」

 ニネットがジャスティンの顔を下から覗きこむ。

「来たんだよ。サンタさん!ジャスティンの所に」

「そうか…… え? そうか、来てくれたんだ」

「うんっ! 」

 いつもよりも大きく頷くニネットの姿にジャスティンはようやく表情を取り戻し、そしてもう一度空を覆う偉大な大樹を見上げた。

「来たんだ! 」

「うんっ!来たよっ! 」

 来たんだぁっ! 」

「うんっ! 」

 叫ぶジャスティンにニネットは何度も頷いた。

「奇跡が起こった! 」

「違うわよジャスティン」

 ニネットは小さくかぶりを振った。

「何が違うのさ」

「これは奇跡が起こったんじゃないわ。起こる事が当たり前に起こったのよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...