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第二幕:聖夜
第一場:中央大公園
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多くの者がいつもよりもいくらか幸せな気持ちに包まれながらそのひとときに感謝し、子供たちは明日の朝に胸を躍らせながら、ベッドに入る。そんな特別な夜がやってきた。
近年まれに見る猛烈な寒波によって白銀の世界に染め上げられた聖夜の街は、数え切れないほどの人間達が住んでいるのがまるで嘘であるかのように沈黙を守り、ガラス一枚隔てたあたたかく穏やかな世界とは一線を画している。
その寒さと美しさと静けさでぞっとするような中を、身を丸めながら少年は歩いていた。
賭けの勝敗を決めるために必要な事はサンタが実在するかどうかであり、巨大なツリーが建っているかどうかではなかった。
その為ジャスティンもマックもサンタがジャスティンの元に来るか来ないかで結果を決める事になっていた。
そうでなければ何かしらの手段を使ってツリーを手配したのちマックに見せれば良い事になってしまうからだった。
どこよりも巨大なツリーをジャスティンの枕元に届けさせることはさすがに無理である事はマックも理解していたので、クリスマスイブの夜にジャスティンが屋外にいることを提案した。
ジャスティンはならばビルが建つ建設予定地があると言ったが、どうせならもっと大勢に見える方が良いとマックは中央大公園の中心に位置する芝原にしようと言った。
ジャスティンは母親が自分の寝顔に興味がない事を知っていた。だから集めておいたガラクタであたかも子供が眠っているかのように布団を盛り上げ、彼女の帰宅よりも早く家を抜け出していた。
冬用の厚手の靴の底を通して来る地面の冷たさに足裏を刺されながら、強く吹き付けるビルの谷間風を必死に耐えてマックと示し合わせていた中央大公園の入り口にようやくたどり着くと、既にそこには彼と見届け人を申し出たネオがいた。
「逃げずに来たな」
「そっちもな」
三人が合流し、目的の場所に移動しようとしたその時、吹きつける強い風の中に意外な声が背を追い掛けて来た。
「待って―! 」
三人が顔を見合せて振り返ると真っ白い息を弾ませながらニネットが駆けて来るところだった。
「何しに来たんだよ! 」
ジャスティンが思わず声をあげる。
そんな事などおかまいなしに三人の見守る所にたどり着いた彼女は膝に手をついて荒い息を整える。
「こんな寒い中、女子が来る事はなかったんだ」
マックが呆れたように言う。
するとニネットは荒い息の間から返事を絞り出す。
「あら、私だって、賭けに…… 加わって…… いたはずよ……! 」
「帰れよ。結果は明日教えるから」
ジャスティンもそう言った。
「そうだよ。今日は冷え込むらしいぜ? 」
ネオも首を振ったがニネットは従わなかった。
「私だけのけ者にするつもり?もし置いていくって言うんならあなた達のお母さんにこの事ばらすんだから」
三人は再び顔を見合わせた。
さすがにそんなことで計画が中止されたのではまた一年待たなくてはならなくなる。
「わかったよ。その代わりきつくなったらちゃんと帰れよ?女子の面倒なんて見ていられないからな」
マックが渋々そう言うとジャスティンも肩をすくめた。
「あら、女子が男子よりひ弱だなんていつ決まったのかしら。マックこそ音をあげて逃げ出さないでよね」
四人になった一行はイルミネーションで明るく照らされた入口を後に、木々の茂る園内に進んで行った。
ビル風の吹かないそこはいくらか体感温度が和らいだものの、照明があまりに乏しく、淀むように曇った空が星明かりを隠しているせいで子供たちの不安を煽った。
しんと静まり返り、雪を踏む足音だけが響く中、子供たちは黙って歩いた。
聖夜の家を抜け出して来ている後ろめたさと凍てつく寒さから軽口を叩く気にはならなかったからだ。
葉をすっかり落とした辺りの木々は闇の中でのたうちまわる異形のように禍々しく見え、近づくのをためらわせ、誰かが遊びで作ったであろうあちこちの点在してている雪だるまさえも今は可愛らしいと言うよりも不気味に思えた。
昼間の様子は知っていたのに夜の姿を初めて体験した子供たちは思いのほか心細くなっていて、その為なのか目的の地点につくまで予想よりもずっと時間がかかってしまった。
大芝生の広場は春や夏には大勢の人々が押し寄せる非常に人気の高い場所だ。
走り回っても球技をしても問題にならないくらいの広大な広さと大空がある。
しかし12月の現在は閉鎖されていて誰も入る事が出来ない。
子供たちはここにたどり着くとそのエリアへの侵入を防いでいるフェンスにとりついた。
マックがネオを肩にのせ、立ち上がった上でフェンスに手をつきながらネオも立ち上がり、これをよじ登って乗り越え、向こう側にぶら下がって飛び降りる。
これをジャスティンも行い、二人が越えた向こうから縄梯子を放ってそれを掴み、マックがこれを使って登るのを支える。
ニネットは縄梯子が固定されているのではなく、子供が二人で掴んでいるだけだと言う事が不安だったが、今さら退くわけにもいかず意を決してそれを登り、先を行った三人のようフェンスにぶら下がって飛び降りた。
「へぇ、女子なのにやるじゃん」
「男子女子は関係ないでしょ」
怖かった事は隠して澄ました顔で言う。
関門を突破した四人はひとけのない雪の野原に深い足跡をつけながら進んで行った。
ただでさえ広い場所であるのに自分たち以外誰もおらず、しかも遠くにやたら巨大な建物がそびえているのが見えているといよいよ自分たちの存在が小さく思えてくる。
その広さ一杯に寒々しい闇夜の雪色がくまなく敷き詰められ、頭上をすっかりよどんだ闇色に満たされた光景が心の中まで冷気を押しこんでくるようだ。
ニネットはマフラーで口元を覆い、首をさらに縮めた。
深い雪に足を取られながら四人はその広大なエリアの中央と思しき辺りまで来ると周りを見回した。
「この辺でいいだろう」
マックが言うとジャスティンも頷いた。
「しかしジャスティン、お前が寝ていないとサンタはこないんじゃないか? 」
ネオが言う。
「それは大丈夫だ。サンタが誰にも目撃されていないんなら誰も姿を知らないはずだし、面と向かってプレゼントを渡される話だってある。基本的には寝た子の所に来る事にはなっているが、一晩寝ないと決めている子には起きている間に渡すしかないだろう。俺がもらう資格があればだけどな」
「じゃぁいいんだな」
ジャスティンは頷いた。
ビルの間を吹き抜ける突風の様な激しいものではないにしろ、さえぎるものがまるでないここは12月の冷たい風が容赦なく吹いて来ていた。
四人はひとまずそこに座り、意味もなく空を見上げていた。
誰も話そうとしなかった。
皮膚をひっかくような冷たい風が顔にあたるものだから話す事がおっくうなのだ。
歩く事さえしなくなったものだからたいして時間が経たないうちに体が冷えてきて指先がジンジンと痛くなってくる。耳の先がひりひりし始める。冷たさのあまり鼻で息をするのも辛くなってくる。
ろくに時間が過ぎぬうちに子供たちはうんざりして来てしまった。
「おいジャスティン、本当に来るのかよ」
ネオが言った。
「それを確かめるんだろ」
めんどくさそうにジャスティンが返す。
「一晩こんなの続けるなんて気が遠くならぁ」
「黙れよネオ、まだここへ来て30分も経っていないんだ」
マックが言うとネオは目を丸くした。
「もうかれこれ2時間は居るかと思ったよ」
再びの沈黙。
動こうとしない静物ばかりの灰色の視界を瞳に映しながら子供たちは寒さの中でじっと耐えた。
そもそもこんな静的な事態は動的である子供にとって非常に苦痛なものであったが、雪遊びをして待とうとか、駆けまわって体を温めようとか、動き回る元気を奪う寒さがそれをさせなかった。
根が生えたように四人は黙って座っていた。
そのうちカチカチとおかしな音が鳴りだした。
ジャスティンが怪訝そうにそちらに向くとネオが小刻みに震えて歯をならしていた。
「ネオ、大丈夫か? 」
ネオは震える声で平気だと答えたが顔色は良くなかった。
「ねぇ、みんなでくっつかない?賭けをしているからって何も離れて座る事もないと思うの。みんなで背中をくっつけて座ったらいくらかましになるんじゃないかしら」
ニネットが提案した。
「そうだな、ネオもきつそうだしそうすべきだな。ネオとニネットは風下側で俺とジャスティンは風上な。良いよなジャスティン」
マックの言葉にジャスティンはもちろんだと答えた。
「あら、私は寒いの平気よ」
「じゃぁあとで代わってくれたらいいさ」
「うん」
四人は背中をくっつけて座りなおした。
そうしてみればネオ以外も体を震わせていて皆が凍えていた事が明白になった。
お互いがいくらか風よけになった事でほんの少しだけ寒さから解放され、背中にぬくもりが感じられる。
かと言ってそれがこの圧倒的寒さに対抗する手段になりえはしないのだが、一人で耐えている訳ではない事に少し安心できた。
「ネオ大丈夫か? 」
「ああ、ずいぶん暖かくなってきたよ」
マックの問いかけにがちがちと歯を鳴らしながら凍えた声でネオは答えた。
「本当にきつくなったら言えよ?クリスマスに風邪っぴきなんて間の抜けた話だからな」
ネオは返事をしなかったがこくんと頷く振動が全員の背中に伝わった。
吹きつける真冬の風に耐えながら子供たちは身を寄せ合って待ち続けた。
背中越しに他の者の震えを感じながら身を縮めて待ち続けた。
せめて風を避けられる木々の間で待つ事が出来たならいくらかましだったかもしれないが、そこでは上空から現れるであろうサンタの目にとまらないのではないかとそれをよしとしなかった。
動かない景色の中、音の無い世界で、子供たちは話す事も忘れてただ座り続けた。
マックは何事もなくそのまま朝になる事を知っていた。つまり、サンタが登場する事はないため、朝までここを離れることはできないと言う事だ。
腕時計を何度見てもたいして時間は経過していない。ここに来た時から今までの事を考えるとその何倍もの時間を同様に過ごさなくてはならない。
ぞっとするような苦行だ。
それでも今さらやめる訳にはいかない。言いだしたのは自分であるし、実際の所自分にはどうでもいい事であっても相手は本気で受けてきたのだから。
ネオは後悔していた。
そもそもサンタが居ようといまいと自分にはどうでもよい事だった、クリスマスの朝にプレゼントが届いていれば贈り主がだれであろうとそんな事はどうでもよかったのだ。
しかしつい面白そうな馬の尻にのってしまったのだ。
とはいえ、ここまで話が動いてしまったうえ、今さらマックに口出しなどできないのが実際だった。
なんで自分までこんな目につきあわされなくてはならないのだろう。
本人たちで勝手にやってくれたらよかったのに。
ニネットは祈っていた。
サンタが実在しますように、ではなく、サンタがジャスティンの元に来てくれますようにと。
これまで彼が重ねてきた事の総てを見てくれていますようにと。
そうでなければこの先のジャスティンはきっととても脆いものになってしまう。
世界は最後の良心を残してくれていますようにと。
ジャスティンは何も考えないようにしていた。
今夜起こる事、起こらない事、すべてをありのままに受け入れる事に決めていた。
先入観を持たず、期待も悲壮感も持たず。
ただ、聖夜の奇跡が起こるのかどうかを見極めようと思っていた。
吹きつける風の中に冷たいものが混じり始めていた。
再びの雪の予兆にも子供たちはいつものように心を躍らせることはなかった。
近年まれに見る猛烈な寒波によって白銀の世界に染め上げられた聖夜の街は、数え切れないほどの人間達が住んでいるのがまるで嘘であるかのように沈黙を守り、ガラス一枚隔てたあたたかく穏やかな世界とは一線を画している。
その寒さと美しさと静けさでぞっとするような中を、身を丸めながら少年は歩いていた。
賭けの勝敗を決めるために必要な事はサンタが実在するかどうかであり、巨大なツリーが建っているかどうかではなかった。
その為ジャスティンもマックもサンタがジャスティンの元に来るか来ないかで結果を決める事になっていた。
そうでなければ何かしらの手段を使ってツリーを手配したのちマックに見せれば良い事になってしまうからだった。
どこよりも巨大なツリーをジャスティンの枕元に届けさせることはさすがに無理である事はマックも理解していたので、クリスマスイブの夜にジャスティンが屋外にいることを提案した。
ジャスティンはならばビルが建つ建設予定地があると言ったが、どうせならもっと大勢に見える方が良いとマックは中央大公園の中心に位置する芝原にしようと言った。
ジャスティンは母親が自分の寝顔に興味がない事を知っていた。だから集めておいたガラクタであたかも子供が眠っているかのように布団を盛り上げ、彼女の帰宅よりも早く家を抜け出していた。
冬用の厚手の靴の底を通して来る地面の冷たさに足裏を刺されながら、強く吹き付けるビルの谷間風を必死に耐えてマックと示し合わせていた中央大公園の入り口にようやくたどり着くと、既にそこには彼と見届け人を申し出たネオがいた。
「逃げずに来たな」
「そっちもな」
三人が合流し、目的の場所に移動しようとしたその時、吹きつける強い風の中に意外な声が背を追い掛けて来た。
「待って―! 」
三人が顔を見合せて振り返ると真っ白い息を弾ませながらニネットが駆けて来るところだった。
「何しに来たんだよ! 」
ジャスティンが思わず声をあげる。
そんな事などおかまいなしに三人の見守る所にたどり着いた彼女は膝に手をついて荒い息を整える。
「こんな寒い中、女子が来る事はなかったんだ」
マックが呆れたように言う。
するとニネットは荒い息の間から返事を絞り出す。
「あら、私だって、賭けに…… 加わって…… いたはずよ……! 」
「帰れよ。結果は明日教えるから」
ジャスティンもそう言った。
「そうだよ。今日は冷え込むらしいぜ? 」
ネオも首を振ったがニネットは従わなかった。
「私だけのけ者にするつもり?もし置いていくって言うんならあなた達のお母さんにこの事ばらすんだから」
三人は再び顔を見合わせた。
さすがにそんなことで計画が中止されたのではまた一年待たなくてはならなくなる。
「わかったよ。その代わりきつくなったらちゃんと帰れよ?女子の面倒なんて見ていられないからな」
マックが渋々そう言うとジャスティンも肩をすくめた。
「あら、女子が男子よりひ弱だなんていつ決まったのかしら。マックこそ音をあげて逃げ出さないでよね」
四人になった一行はイルミネーションで明るく照らされた入口を後に、木々の茂る園内に進んで行った。
ビル風の吹かないそこはいくらか体感温度が和らいだものの、照明があまりに乏しく、淀むように曇った空が星明かりを隠しているせいで子供たちの不安を煽った。
しんと静まり返り、雪を踏む足音だけが響く中、子供たちは黙って歩いた。
聖夜の家を抜け出して来ている後ろめたさと凍てつく寒さから軽口を叩く気にはならなかったからだ。
葉をすっかり落とした辺りの木々は闇の中でのたうちまわる異形のように禍々しく見え、近づくのをためらわせ、誰かが遊びで作ったであろうあちこちの点在してている雪だるまさえも今は可愛らしいと言うよりも不気味に思えた。
昼間の様子は知っていたのに夜の姿を初めて体験した子供たちは思いのほか心細くなっていて、その為なのか目的の地点につくまで予想よりもずっと時間がかかってしまった。
大芝生の広場は春や夏には大勢の人々が押し寄せる非常に人気の高い場所だ。
走り回っても球技をしても問題にならないくらいの広大な広さと大空がある。
しかし12月の現在は閉鎖されていて誰も入る事が出来ない。
子供たちはここにたどり着くとそのエリアへの侵入を防いでいるフェンスにとりついた。
マックがネオを肩にのせ、立ち上がった上でフェンスに手をつきながらネオも立ち上がり、これをよじ登って乗り越え、向こう側にぶら下がって飛び降りる。
これをジャスティンも行い、二人が越えた向こうから縄梯子を放ってそれを掴み、マックがこれを使って登るのを支える。
ニネットは縄梯子が固定されているのではなく、子供が二人で掴んでいるだけだと言う事が不安だったが、今さら退くわけにもいかず意を決してそれを登り、先を行った三人のようフェンスにぶら下がって飛び降りた。
「へぇ、女子なのにやるじゃん」
「男子女子は関係ないでしょ」
怖かった事は隠して澄ました顔で言う。
関門を突破した四人はひとけのない雪の野原に深い足跡をつけながら進んで行った。
ただでさえ広い場所であるのに自分たち以外誰もおらず、しかも遠くにやたら巨大な建物がそびえているのが見えているといよいよ自分たちの存在が小さく思えてくる。
その広さ一杯に寒々しい闇夜の雪色がくまなく敷き詰められ、頭上をすっかりよどんだ闇色に満たされた光景が心の中まで冷気を押しこんでくるようだ。
ニネットはマフラーで口元を覆い、首をさらに縮めた。
深い雪に足を取られながら四人はその広大なエリアの中央と思しき辺りまで来ると周りを見回した。
「この辺でいいだろう」
マックが言うとジャスティンも頷いた。
「しかしジャスティン、お前が寝ていないとサンタはこないんじゃないか? 」
ネオが言う。
「それは大丈夫だ。サンタが誰にも目撃されていないんなら誰も姿を知らないはずだし、面と向かってプレゼントを渡される話だってある。基本的には寝た子の所に来る事にはなっているが、一晩寝ないと決めている子には起きている間に渡すしかないだろう。俺がもらう資格があればだけどな」
「じゃぁいいんだな」
ジャスティンは頷いた。
ビルの間を吹き抜ける突風の様な激しいものではないにしろ、さえぎるものがまるでないここは12月の冷たい風が容赦なく吹いて来ていた。
四人はひとまずそこに座り、意味もなく空を見上げていた。
誰も話そうとしなかった。
皮膚をひっかくような冷たい風が顔にあたるものだから話す事がおっくうなのだ。
歩く事さえしなくなったものだからたいして時間が経たないうちに体が冷えてきて指先がジンジンと痛くなってくる。耳の先がひりひりし始める。冷たさのあまり鼻で息をするのも辛くなってくる。
ろくに時間が過ぎぬうちに子供たちはうんざりして来てしまった。
「おいジャスティン、本当に来るのかよ」
ネオが言った。
「それを確かめるんだろ」
めんどくさそうにジャスティンが返す。
「一晩こんなの続けるなんて気が遠くならぁ」
「黙れよネオ、まだここへ来て30分も経っていないんだ」
マックが言うとネオは目を丸くした。
「もうかれこれ2時間は居るかと思ったよ」
再びの沈黙。
動こうとしない静物ばかりの灰色の視界を瞳に映しながら子供たちは寒さの中でじっと耐えた。
そもそもこんな静的な事態は動的である子供にとって非常に苦痛なものであったが、雪遊びをして待とうとか、駆けまわって体を温めようとか、動き回る元気を奪う寒さがそれをさせなかった。
根が生えたように四人は黙って座っていた。
そのうちカチカチとおかしな音が鳴りだした。
ジャスティンが怪訝そうにそちらに向くとネオが小刻みに震えて歯をならしていた。
「ネオ、大丈夫か? 」
ネオは震える声で平気だと答えたが顔色は良くなかった。
「ねぇ、みんなでくっつかない?賭けをしているからって何も離れて座る事もないと思うの。みんなで背中をくっつけて座ったらいくらかましになるんじゃないかしら」
ニネットが提案した。
「そうだな、ネオもきつそうだしそうすべきだな。ネオとニネットは風下側で俺とジャスティンは風上な。良いよなジャスティン」
マックの言葉にジャスティンはもちろんだと答えた。
「あら、私は寒いの平気よ」
「じゃぁあとで代わってくれたらいいさ」
「うん」
四人は背中をくっつけて座りなおした。
そうしてみればネオ以外も体を震わせていて皆が凍えていた事が明白になった。
お互いがいくらか風よけになった事でほんの少しだけ寒さから解放され、背中にぬくもりが感じられる。
かと言ってそれがこの圧倒的寒さに対抗する手段になりえはしないのだが、一人で耐えている訳ではない事に少し安心できた。
「ネオ大丈夫か? 」
「ああ、ずいぶん暖かくなってきたよ」
マックの問いかけにがちがちと歯を鳴らしながら凍えた声でネオは答えた。
「本当にきつくなったら言えよ?クリスマスに風邪っぴきなんて間の抜けた話だからな」
ネオは返事をしなかったがこくんと頷く振動が全員の背中に伝わった。
吹きつける真冬の風に耐えながら子供たちは身を寄せ合って待ち続けた。
背中越しに他の者の震えを感じながら身を縮めて待ち続けた。
せめて風を避けられる木々の間で待つ事が出来たならいくらかましだったかもしれないが、そこでは上空から現れるであろうサンタの目にとまらないのではないかとそれをよしとしなかった。
動かない景色の中、音の無い世界で、子供たちは話す事も忘れてただ座り続けた。
マックは何事もなくそのまま朝になる事を知っていた。つまり、サンタが登場する事はないため、朝までここを離れることはできないと言う事だ。
腕時計を何度見てもたいして時間は経過していない。ここに来た時から今までの事を考えるとその何倍もの時間を同様に過ごさなくてはならない。
ぞっとするような苦行だ。
それでも今さらやめる訳にはいかない。言いだしたのは自分であるし、実際の所自分にはどうでもいい事であっても相手は本気で受けてきたのだから。
ネオは後悔していた。
そもそもサンタが居ようといまいと自分にはどうでもよい事だった、クリスマスの朝にプレゼントが届いていれば贈り主がだれであろうとそんな事はどうでもよかったのだ。
しかしつい面白そうな馬の尻にのってしまったのだ。
とはいえ、ここまで話が動いてしまったうえ、今さらマックに口出しなどできないのが実際だった。
なんで自分までこんな目につきあわされなくてはならないのだろう。
本人たちで勝手にやってくれたらよかったのに。
ニネットは祈っていた。
サンタが実在しますように、ではなく、サンタがジャスティンの元に来てくれますようにと。
これまで彼が重ねてきた事の総てを見てくれていますようにと。
そうでなければこの先のジャスティンはきっととても脆いものになってしまう。
世界は最後の良心を残してくれていますようにと。
ジャスティンは何も考えないようにしていた。
今夜起こる事、起こらない事、すべてをありのままに受け入れる事に決めていた。
先入観を持たず、期待も悲壮感も持たず。
ただ、聖夜の奇跡が起こるのかどうかを見極めようと思っていた。
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