あの夏の夜空に消えたのは

とら猫

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はじめに

Prologue

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 高校二年の夏休み。それはきっと、多くの人々にとっては忘れ難い記憶、なのだろう。誰に対しても平等に訪れ、誰一人として同じ色彩いろを持つ事のない、大切な時間。人生で一度きりの、高2の夏。
 例えば、部活動に勤しんだ、とか。例えば友人と夏祭りに行った、とか。

 例えば…恋人ができた、とか。

 他にも『忘れられない記憶』なんてものが沢山転がっている。案外すぐには気付かないけれど、後から思い出しても色褪せてはいない。そんな時期だ。特に高校生ともあれば、多感な年頃なのだから。

 逆に、塾に行って勉強していた、とか、宿題に追われて徹夜、だとか、結局終わらずに先生に叱られる、だとか。中々にしんどかった記憶も当然ある事だろう。良い事ばかりある人生じゃあないから。後から思い返せば笑って話せるけれど、当時は笑い事ではなかった。そんな記憶のカケラ…所謂いわゆる〈思い出〉ってやつを誰しもが持ったまま、大人になってゆく。

  まあ別に、特段何をしたという思い出がなくとも、ただ友達とのLIMEのトークが盛り上がった。家で一日中ゲームをしていた。そういった日常の1コマが必ず存在する。それもまた良き思い出だったのだと、後になってしみじみとする事がよくある。と、大人達はよくほざいているが。
 本当の所はどうなのだろう。ボクも大人になったら分かるのだろうか。でもまあ、まだ大学受験を控えている若者、だから。分からなくても仕方ないか。

 かく言うボクにも等しく高校2年の夏休みは訪れた。あれからまだ1年しか経っていないが。いや、だからこそ、記憶に新しくて当然、なのだろう。でも、ボクの夏休みの思い出はちょっと特別、で。は。きっと一生忘れない。否、忘れられない。
 忘れたくて、忘れたくなくて、最高で、最低で、何よりも自由だったあの日々を忘れられるわけがないんだ。

 あの頃のボクは未熟で、不安定で危なっかしくて。当時はしっかりしてるつもりだったけれど、今思えばまだまだだったなあ、なんて。だって今はもうあんな無鉄砲な真似は出来ない。責任感や義務感が、以前よりも少し大きくなったを邪魔する。大人になるって、きっとこういう事、なんだなあ、なんて。不完全だったからこそ、あんな大胆な事が出来たんだ。
 だからもう二度と、あの感情は戻ってこない。あの非日常は、戻ってはこない。

 本当に、ほんっとうに楽しかったんだ。嘘じゃないよ。キミは嘘だって言うかもしれないけど、後悔なんてしてない。誰になんと言われようとも。確かに非常識だったんだけど、でもその非常識って他の誰かが勝手に決めたものだろう?自分自身が常識だって思うんなら、それは間違いなく正しいんだ。

 キミの突拍子もない行動のおかげで、ボクの毎日は簡単に色づいていった。

 だから。だからさ。

 お願い。もう一度。もう一度だけで良いから、キミの声を聞かせてよ。キミの気持ちを教えてよ。今度こそ間違えない。今度こそ、キミの手を離さない。だからお願い…

 今ならはっきりと伝えられるんだ。
 ボクだって君の事_

 そっと目を閉じ、かつてキミと共に見たあの花火を瞼の裏に描く。

 夜空を舞い散る光の粒は力強く弾け、瞬きをした次の瞬間には消え去っていた。もしも触れられたなら、そのまま闇に呑まれてしまうであろうその脆さに、改めて驚き、怯え、心惹かれた。
 それを傍らかたわらで見つめるキミの横顔もまた、儚げで。でもどこか生き生きとしていて。あの時何にを考えていたのか今となってはもうちっとも分からないけれど。ふとこちらを見つめ、何か言葉を紡ごうとするその唇が、ひとみが、その微かなかすかな笑みが、とても、とても綺麗だと思ったのを。今でも鮮明に覚えている。

 あの夏の夜空へと消えていったのは、光が織りなす花びらか。それとも。
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