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 ラナは家の扉を叩いた。

 扉が閉まったまま、中から声が聞こえる。

 「……誰だ」

 「私、ラナよ。こんばんは、トリィ」

 「…なんだ、ラナか」

 軋む音をたてて扉が開いた。

 出てきたのは、顔にそばかすのある、黒く長いおさげ髪の魔女だった。

 名をトリトマという。

 「どうしたのだ?一昨日来たばかりだろう」

 「実は、ちょっと訊きたい事があって」

 「訊きたい事?」

 「このカエルの…」

 「またカエルか」

 「違うの、ちょっと、待って今…ああ、もう!奥に入らないで!」

 「やめろ!離せっ!」

 暴れるカエルをなんとかポケットから引っ張り出した。

 「嫌だぁー!死にたくない!!」

 「なんだこいつ…しゃべるのか?」

 「そうなんだけど、よく見てちょうだい」

 「ばっ、馬鹿!近付けるなっ!!」

 「ん?…………」

 「ひぃっ!?……」

 蛇に睨まれたカエルならず、魔女に睨まれたカエル。

 そして…。

 「っああーーーーーーー!!」

 気付いたトリトマは目をカッと見開き、カエルを指差して叫んだ。

 「お、お前っっ!!なぜここに!!!」

 トリトマが怒りに任せてカエルに手を伸ばす。

 「何ちゃっかり助けられてんだっっ!!」

 「ぎゃーーーーー!!殺されるーーーーっ!!!」

 「待って待って!トリィ!」

 すんでのところでラナはそれを避ける。

 「やっぱりあなただったのね!」

 言いながらカエルを後ろにかばう。

 「ラナ!そいつを貸せ!!遠くまで吹っ飛ばして今度こそ野垂れ死にさせてやるっ!!」

 「トリィ!何言ってるの?!だめよ、そんなの!」

 「そ、そうだ!もっと言ってやれ!!」

 後ろからカエルが大口を叩く。

 「このクズが!!女にかばわれて恥ずかしくないのか!?」

 「うるさい!!俺を誰だと思ってる!!」

 「もう!あなたは黙ってて!トリィ、そんな事してはいけないわ」

 「そうだそうだ!」

 「こんな人、あなたが罪を犯すほどの価値なんてないわ!あなたが損をするだけよ」

 「そっ…なに?!」

 思わぬ発言にイベリスは目を剥く。

 お前が一番酷いぞ!?

 しかし、今の言葉にトリトマは動きを止めた。

 「…………」

 しばしラナの後ろにかばわれるカエルを見据える。

 「……それもそうだな」

 魔女の中から殺意が消えた。

 「なっ…」

 納得しただと?!

 「あぁ、良かった」

 カエルを足元に置き、ラナはトリトマを抱きしめた。

 「分かってくれて嬉しいわ。ありがとう、トリィ」

 「…………」

 「ねぇ、トリィ……。何があったのか…聞いてもいい?」

 「…………ん」

 トリトマは、静かにこくりと頷いた。



  †††



 魔女の家の中は、瓶に入れられた薬草や植物の実などが壁一面に並び、複雑な香りが漂っていた。

 「なんだここは。暗くて埃っぽくて、住めたもんじゃないな」

 2人に続いて家に入ったイベリスは、自由なままに感想を述べる。

 「んもう、どうしてあなたは悪口ばっかりなの?可愛くて素敵なお家じゃない」

 「ラナ、可愛くはないと思うが…」

 「ふん!俺は見たままを言っただけだ。何が悪い?」

 「あなただって、トリィに生かされてる1人なのよ?感謝をすべきだわ」

 「はぁ?意味が分からん。こいつは俺を殺そうとしたんだ!生かされた覚えはない!」

 「じゃあ訊くけど、あなたが熱を出した時は今までどうしていたの?」

 「侍女が持ってきた薬を飲んで寝ていた。それがどうした?」

 「その薬は誰が用意したもの?」

 「侍従長だ」

 「その人は城に取り寄せただけだわ。薬を作った人は誰?」

 「そんなもの知るか!どこかの腕の立つ薬師だろ!」

 「あなた何にも知らないのね。それは、今あなたの目の前にいるわ」

 「…なに?」

 「トリィが、その腕の立つ薬師よ」

 ラナの言葉にイベリスは目を剥いた。

 「なっ、何だと?!」

 トリトマの作る薬は、癒しのまじないが込められているためこの辺りでは一番効果が高かった。

 そして老若男女全ての人が飲みやすいようにと、丁寧に作られていた。

 効果も質も高いとあって、グリーン王国、レッド王国のみならず、山向こうの国々までもがこぞって使いの者を出して買いに来ていた。

 「そ、んな……嘘だろ…」

 今まで何の疑いも持たず口にしていた薬が、まさかこんな小汚い場所で作られていただなんて。

 しかも作ったのは呪いの魔女だと?

 「信じられん…」

 イベリスが愕然としていると、すぐ後ろにあった入り口の扉がバタン!と閉まった。

 「っ!?」

 「……やはり、私の存在などその程度だったんだな」

 振り返ると、トリトマが冷ややかにイベリスを睨んでいた。



  †††



 「…それで、一体何があったの?」

 部屋の奥へと移動してきたトリトマは、言いにくそうにうつむいた。

 「トリィ…?」

 「…………ある時…レッドの使いが言ったのだ。『薬の効き目に、王子は大層喜んでいる』と」

 ポツリ、ポツリと話し出す。

 「『昔と変わらずとても良い薬だと言っていた』と。……私はいつも不安だった。ここへ来る者は皆、薬を買うだけで使った後の事は知らせにも来ない。師匠からここを受け継いで数年、本当にその後釜として役目を果たせているのか、いつも疑問に思っていた。…だから、嬉しかった。昔と変わらないと言ってくれた事が。すごく、すごく嬉しかった」

 そう言うトリトマの顔は、ほんのりとほころんでいた。

 しかしすぐにそれは消えた。

 「…そうして舞い上がった私は、愚かにもその王子を一目見てみたいと思ってしまった」

 顔がしかめ面へと変わる。

 「そしてカラスの姿となり、レッドの城まで飛んでいった」

 城のバルコニーに降り立ち、窓越しに中を見てみると、なんとそこには見た事もないほどに美しい男がいたのだった。

 「そして…そしてっ」

 トリトマはガバリと顔を手で覆った。

 「トリィ?!どうしたの?」

 「しっ、仕方がないだろう!?今まで、兵士のようなごつい男や、髭もじゃのおやじや、病弱のひょろりとした男しか見た事がなかったんだから!こ、この世に、あんなにも美しい男がいるなんて知らなかったんだっ!!」

 指のすき間から見えた顔は赤らんでいた。

 一目惚れだった。

 雷に打たれたような衝撃に、カラスは慌てて家へと飛び帰った。

 しかし王子の姿が頭から離れず、気付けばいつも王子の事を考えるようになった。

 「そうしたら……ある時、薬が作れなくなった」

 薬にまじないを込めるには、心を無にしなければならない。

 それなのに、その心はどんどん邪心を膨れ上がらせた。

 「……私は怖くなった。このまま薬が作れなくなるのではないかと。そうなれば、ここにはいられない。私の存在する意味もなくなる」

 苦しかった。苦しくて苦しくて、胸が張り裂けるとはこの事かと身をもって知った。

 この苦しみから解放されるためには、王子に想いを伝えるしかないと思った。

 「もちろん、良い返事がもらえるとは思っていなかった。私は王子のそばに置いてもらえるような人間ではないからな。ただ話を聞いて、想いを知ってもらえたら、それで十分だった。ほんの少し会話ができたら、それだけで満足だった。………………それなのに」

 魔女はギロリとカエルを睨み付けた。

 「それなのに…!奴はっっ……このクズは!」

 「っ!」

 「彼が何をしたの?」

 「私の話をまともに聞きもせず、それどころか私をけなしたんだ!!!」







 ───お、王子……あの、実は…おっ、お話が…

 ───気持ち悪い

 ───…え?

 ───なんだ、お前のそのつらは?まるでカエルのイボのようだな。

 ───っ!?

 ───俺はカエルが嫌いなんだ。目障りだ。今すぐ俺の前から消えろ。

 ───…っ。

 ───どうした、消えろと言ったら早く消えろ。俺に何か用でもあるのか?…ああ、まさかお前、俺を慕っているなどと言う気じゃないだろうな?ハッ、よしてくれ!お前みたいな醜い奴に慕われても何にも嬉しくないぞ。身の程を知るんだな。







 「なんてひどい……あなたそんなひどい事を言ったの?!」

 ラナはカエルをキッと睨む。

 「カエルは醜くなんかないわ!」

 「ラナ…それ怒るとこ違う」

 「あら?」

  トリトマはため息を一つつくと、怒りの宿る目でカエルを見据えた。

 「お前は何度もカエル、カエルと…。だからカエルの姿に変えてやったんだ!そんなに言うならお前がカエルになればいいと思ってな!!」
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