39 / 44
第四章
その4
しおりを挟む
ヒュブリス国王はわずかに残った護衛の兵士に取り巻かれ、娘のマリス王女と共に玉座の間にいました。兵士たちが逃げるように促しても、ヒュブリス国王はたくさんの宝石が飾り付けてある王の座にじっと腰かけたまま、来たるべき運命の到着を待つように、玉座の間の入口を見ていました。
形勢が不利であることを知ったマリス王女は、髪を振り乱して父王に縋り、何度も共に逃げてほしいと頼みましたが、ヒュブリス国王は頑強な岩のように微動だにせず、ただこちらに駆けてくる足音に耳を澄ませて座り続けていました。
まもなく、ミシオン王子がリーデルと共に飛び込んで来ると、マリス王女は悲鳴を上げて飛び上がり、青ざめた顔で後退りました。
ミシオン王子とリーデルは剣を腰の鞘にしまうと、ヒュブリス国王にゆっくりと近づいていきました。ヒュブリス国王の表情から、既にもう戦う意思はないということがわかったからです。
ヒュブリス国王は、自分のまわりを守るように取り囲んでいた護衛たちに、剣を納めてさがっているよう命じた後、すぐ目の前に立ったミシオン王子に、静かな声で尋ねるともなしに言いました。
「やはりアビティオは敗れたか」
ミシオン王子は小さく頷いて、
「我が軍が拘束しました」
それを聞くと、ヒュブリス国王の後ろに隠れるようにしていたマリス王女は大きな叫び声を上げて飛び出してくると、憎しみに燃える目でミシオン王子を睨みつけ、
「お父さまっ、王子を殺してしまって! かつて剣王と呼ばれて恐れられたお父さまには、こんな王子など簡単に殺せるでしょう?!」
マリス王女の叫びに、ミシオン王子のすぐ後ろに控えていたリーデルは素早く腰の剣に手を掛けましたが、王子はそれを目で制し、マリス王女に哀れみのこもった視線を向けました。
「マリス王女よ、わたしはアビティオの命を取るつもりはありません。あなたを人質にする気もありません。もちろん、あなたの父上についても同様です」
マリス王女は憎悪で歪んだ顔で、呪いの言葉を吐くかのようにミシオン王子に言いました。
「アビティオが、わたくしのアビティオが、おまえごとき弱小国の王子になど負けるわけがないわ。これはまやかしよ、わたくしは悪い夢を見ているのよ。そうよ、アビティオはきっとおまえを亡き者にするわ。そしてお父さまを捕らえて幽閉し、わたくしのアビティオがこの国の王になり、わたくし達は結婚するのよ!」
ヒュブリス国王は娘の言葉に眉を吊り上げ、立ち上がりました。
「なんだとマリス? 今なんと申した?」
マリス王女はハッと口元を押さえ、怒りに燃えて自分を見下ろす父王を蒼白な顔で振り返りました。
「違うの、お父さま……! わたくしはただアビティオと結婚したいだけ……。ほんとうよ、わたくしはお父さまに危害を加えるつもりなんてないのよ……!」
ヒュブリス国王は城中に轟かんばかりの怒号を放ちました。
「この愚か者めが! 父への恩を忘れ、おまえのことなど微塵も愛してはおらぬ卑しい男にたぶらかされおって! おまえの性が悪く愚かであることはとうから知ってはおったが、我が娘のことと目をつぶってやっていたものを、今度ばかりは捨て置けぬ。衛兵よ! この女を捕らえて牢に閉じ込めておけ!」
「待って、お父さま……! あんまりだわ!」
「国に対する反逆罪で極刑にせぬだけありがたいと思え。日の当たらぬ独房で、自分の愚かさを思い知るがよい!」
マリス王女は衛兵によって乱暴に引っ立てられると、ヒュブリス国王に向かって泣き叫びました。
「お父さま、許して……! お父さまぁぁ!」
しかしヒュブリス国王は怒りに燃える顔をそむけたまま、引きずられるように出て行くマリス王女を見ようともしませんでした。
形勢が不利であることを知ったマリス王女は、髪を振り乱して父王に縋り、何度も共に逃げてほしいと頼みましたが、ヒュブリス国王は頑強な岩のように微動だにせず、ただこちらに駆けてくる足音に耳を澄ませて座り続けていました。
まもなく、ミシオン王子がリーデルと共に飛び込んで来ると、マリス王女は悲鳴を上げて飛び上がり、青ざめた顔で後退りました。
ミシオン王子とリーデルは剣を腰の鞘にしまうと、ヒュブリス国王にゆっくりと近づいていきました。ヒュブリス国王の表情から、既にもう戦う意思はないということがわかったからです。
ヒュブリス国王は、自分のまわりを守るように取り囲んでいた護衛たちに、剣を納めてさがっているよう命じた後、すぐ目の前に立ったミシオン王子に、静かな声で尋ねるともなしに言いました。
「やはりアビティオは敗れたか」
ミシオン王子は小さく頷いて、
「我が軍が拘束しました」
それを聞くと、ヒュブリス国王の後ろに隠れるようにしていたマリス王女は大きな叫び声を上げて飛び出してくると、憎しみに燃える目でミシオン王子を睨みつけ、
「お父さまっ、王子を殺してしまって! かつて剣王と呼ばれて恐れられたお父さまには、こんな王子など簡単に殺せるでしょう?!」
マリス王女の叫びに、ミシオン王子のすぐ後ろに控えていたリーデルは素早く腰の剣に手を掛けましたが、王子はそれを目で制し、マリス王女に哀れみのこもった視線を向けました。
「マリス王女よ、わたしはアビティオの命を取るつもりはありません。あなたを人質にする気もありません。もちろん、あなたの父上についても同様です」
マリス王女は憎悪で歪んだ顔で、呪いの言葉を吐くかのようにミシオン王子に言いました。
「アビティオが、わたくしのアビティオが、おまえごとき弱小国の王子になど負けるわけがないわ。これはまやかしよ、わたくしは悪い夢を見ているのよ。そうよ、アビティオはきっとおまえを亡き者にするわ。そしてお父さまを捕らえて幽閉し、わたくしのアビティオがこの国の王になり、わたくし達は結婚するのよ!」
ヒュブリス国王は娘の言葉に眉を吊り上げ、立ち上がりました。
「なんだとマリス? 今なんと申した?」
マリス王女はハッと口元を押さえ、怒りに燃えて自分を見下ろす父王を蒼白な顔で振り返りました。
「違うの、お父さま……! わたくしはただアビティオと結婚したいだけ……。ほんとうよ、わたくしはお父さまに危害を加えるつもりなんてないのよ……!」
ヒュブリス国王は城中に轟かんばかりの怒号を放ちました。
「この愚か者めが! 父への恩を忘れ、おまえのことなど微塵も愛してはおらぬ卑しい男にたぶらかされおって! おまえの性が悪く愚かであることはとうから知ってはおったが、我が娘のことと目をつぶってやっていたものを、今度ばかりは捨て置けぬ。衛兵よ! この女を捕らえて牢に閉じ込めておけ!」
「待って、お父さま……! あんまりだわ!」
「国に対する反逆罪で極刑にせぬだけありがたいと思え。日の当たらぬ独房で、自分の愚かさを思い知るがよい!」
マリス王女は衛兵によって乱暴に引っ立てられると、ヒュブリス国王に向かって泣き叫びました。
「お父さま、許して……! お父さまぁぁ!」
しかしヒュブリス国王は怒りに燃える顔をそむけたまま、引きずられるように出て行くマリス王女を見ようともしませんでした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
つぼみ姫
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
世界の西の西の果て、ある城の庭園に、つぼみのままの美しい花がありました。どうしても花を開かせたい国王は、腕の良い元庭師のドニに世話を命じます。年老いて、森で静かに飼い猫のシュシュと暮らしていたドニは最初は気が進みませんでしたが、その不思議に光る美しいつぼみを一目見て、世話をすることに決めました。おまけに、ドニにはそのつぼみの言葉が聞こえるのです。その日から、ドニとつぼみの間には、不思議な絆が芽生えていくのでした……。
※第15回「絵本・児童書大賞」奨励賞受賞作。
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
眠れる森のうさぎ姫
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ある羊と流れ星の物語
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たくさんの仲間と共に、優しい羊飼いのおじいさんと暮らしていたヒツジは、おじいさんの突然の死で境遇が一変してしまいます。
後から来た羊飼いの家族は、おじいさんのような優しい人間ではありませんでした。
そんな中、その家族に飼われていた一匹の美しいネコだけが、羊の心を癒してくれるのでした……。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる