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第三章
その12
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ミシオン王子は神妙な面持ちでヒュブリス国王に頭を垂れると、
「ヒュブリス国王、ご無沙汰をいたしております。陛下におかれましてはご健勝のご様子、何よりです。陛下には折に触れて我が国に多大なる援助を頂いておきながら、ずっとご挨拶もせずにおりましたこと、お詫び申し上げます」
ヒュブリス国王は予期せぬミシオン王子の言動に、一瞬大きく目を見張りました。
ミシオン王子は再び静かに顔を上げ、ヒュブリス国王をまっすぐに見つめると、
「そして今、陛下にこのような所にお出ましいただきましたことに感謝申し上げます」
と言って、さらに深く頭を下げました。
ヒュブリス国王は牢に近寄って、小さな格子窓から射し込む薄明かりの中に佇むミシオン王子を、改めてしげしげと見回しました。
王子が美しいことは知っていましたが、それも少年の頃のことで、ヒュブリス国王は成長した王子の美しさというものを、てっきり自堕落に育った人間に特有の、腐敗しかけた花か果物のようなものに違いないと想像していたのですが、薄い明かりの下、凛とした眼差しで姿勢を正して立つミシオン王子の姿は、物語に描かれる若い勇者か王であるかのような気品と輝きに満ち、威厳の萌芽《ほうが》さえも感じさせました。
このミシオン王子なら、あるいは娘のマリス王女をほんとうに嫁がせる相手として不足はないとも思えるほどでした。しかしヒュブリス国王は、手始めにミシオン王子の国を自分の国として支配した後、他国を順番に自分のものにしていくつもりでアビティオ大臣にも命令を下していましたし、いくらミシオン王子が立派な青年に成長しているからと言って、王子の国が弱小であることに変わりはなく、対等な関係を結ぶメリットはないと思いました。それに、とヒュブリス国王は鋭い眼光を蓄えた瞳でミシオン王子を睨みつけました。目の前にいる王子がほんとうにミシオン王子である保証もありませんでした。もしかすると、替え玉かもしれないのです。そんなことを疑うほどに、ヒュブリス国王の目にはミシオン王子の姿が別人のように映ったのでした。
第一、このタイミングで王子が現れるというのも偶然のことではないように思われましたし、目の前の王子が紛れもないミシオン王子その人だとしても、その変貌ぶりには何か企みがあるのかもしれないと思えてなりませんでした。そう考えると、王子が失踪していたという一年間も、何かの策の一部であるように思えました。
ミシオン王子が牢にいると聞いたときにはにわかには信じがたいものがありましたが、これは公に王子の国を攻める良い機会が向こうの方から転がり込んで来たと思い、またきっと恐れをなしてべそをかいているであろう不甲斐ない王子の姿を笑ってやるつもりで牢までやって来たのですが、少しばかり事情が変わって来ました。ヒュブリス国王はミシオン王子を試し、確かめてみる必要があると思いました。
そこでヒュブリス国王は、今度は慈悲を掛けているように聞こえる調子で王子に言いました。
「いや、なに。そのような姿、人の目に晒したくはないだろうと思ってな。我が国の兵士たちは粗暴で口さがない者も多い故、そなたの今の姿を面白おかしく伝聞するようなことがあっては、そなたやそなたの国の名誉にもかかわる大問題になるであろう」
「お心遣いに感謝いたします」
「だがミシオン王子、わしはこたびのこと、少々残念に思うぞ。聞けばまるで卑しい盗賊か何かのように、こそこそとわしの城の庭をうろついておったそうじゃないか。そのようなことは一国の王子にふさわしくない、まるでドブネズミのような振る舞いだとは思わんか?」
「ヒュブリス国王、実はこれには深い訳がございまして……」
「黙れ、王子! わしの話はまだ終わっておらんぞ!」
ヒュブリス国王の怒号が牢の中に響き渡りました。ミシオン王子は口をつぐみましたが、ひるむ様子は見せず、静かに立っていました。
「ヒュブリス国王、ご無沙汰をいたしております。陛下におかれましてはご健勝のご様子、何よりです。陛下には折に触れて我が国に多大なる援助を頂いておきながら、ずっとご挨拶もせずにおりましたこと、お詫び申し上げます」
ヒュブリス国王は予期せぬミシオン王子の言動に、一瞬大きく目を見張りました。
ミシオン王子は再び静かに顔を上げ、ヒュブリス国王をまっすぐに見つめると、
「そして今、陛下にこのような所にお出ましいただきましたことに感謝申し上げます」
と言って、さらに深く頭を下げました。
ヒュブリス国王は牢に近寄って、小さな格子窓から射し込む薄明かりの中に佇むミシオン王子を、改めてしげしげと見回しました。
王子が美しいことは知っていましたが、それも少年の頃のことで、ヒュブリス国王は成長した王子の美しさというものを、てっきり自堕落に育った人間に特有の、腐敗しかけた花か果物のようなものに違いないと想像していたのですが、薄い明かりの下、凛とした眼差しで姿勢を正して立つミシオン王子の姿は、物語に描かれる若い勇者か王であるかのような気品と輝きに満ち、威厳の萌芽《ほうが》さえも感じさせました。
このミシオン王子なら、あるいは娘のマリス王女をほんとうに嫁がせる相手として不足はないとも思えるほどでした。しかしヒュブリス国王は、手始めにミシオン王子の国を自分の国として支配した後、他国を順番に自分のものにしていくつもりでアビティオ大臣にも命令を下していましたし、いくらミシオン王子が立派な青年に成長しているからと言って、王子の国が弱小であることに変わりはなく、対等な関係を結ぶメリットはないと思いました。それに、とヒュブリス国王は鋭い眼光を蓄えた瞳でミシオン王子を睨みつけました。目の前にいる王子がほんとうにミシオン王子である保証もありませんでした。もしかすると、替え玉かもしれないのです。そんなことを疑うほどに、ヒュブリス国王の目にはミシオン王子の姿が別人のように映ったのでした。
第一、このタイミングで王子が現れるというのも偶然のことではないように思われましたし、目の前の王子が紛れもないミシオン王子その人だとしても、その変貌ぶりには何か企みがあるのかもしれないと思えてなりませんでした。そう考えると、王子が失踪していたという一年間も、何かの策の一部であるように思えました。
ミシオン王子が牢にいると聞いたときにはにわかには信じがたいものがありましたが、これは公に王子の国を攻める良い機会が向こうの方から転がり込んで来たと思い、またきっと恐れをなしてべそをかいているであろう不甲斐ない王子の姿を笑ってやるつもりで牢までやって来たのですが、少しばかり事情が変わって来ました。ヒュブリス国王はミシオン王子を試し、確かめてみる必要があると思いました。
そこでヒュブリス国王は、今度は慈悲を掛けているように聞こえる調子で王子に言いました。
「いや、なに。そのような姿、人の目に晒したくはないだろうと思ってな。我が国の兵士たちは粗暴で口さがない者も多い故、そなたの今の姿を面白おかしく伝聞するようなことがあっては、そなたやそなたの国の名誉にもかかわる大問題になるであろう」
「お心遣いに感謝いたします」
「だがミシオン王子、わしはこたびのこと、少々残念に思うぞ。聞けばまるで卑しい盗賊か何かのように、こそこそとわしの城の庭をうろついておったそうじゃないか。そのようなことは一国の王子にふさわしくない、まるでドブネズミのような振る舞いだとは思わんか?」
「ヒュブリス国王、実はこれには深い訳がございまして……」
「黙れ、王子! わしの話はまだ終わっておらんぞ!」
ヒュブリス国王の怒号が牢の中に響き渡りました。ミシオン王子は口をつぐみましたが、ひるむ様子は見せず、静かに立っていました。
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