ミシオン王子とハトになったヴォロンテーヌ

ねこうさぎしゃ

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第三章

その11

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 ミシオン王子を助け出そうと全速力で走ったヴォロンテーヌとリーデルは、早々に国境にやって来ると、警備兵の目を盗んでひそかに隣国に入ることができました。ヒュブリス国王の城近くの森の中でミシオン王子の愛馬を見つけると、リーデルは乗って来た馬を王子の馬の横に並ばせ、徒歩で城に向かいました。
 ヴォロンテーヌは一足先に空を飛んでミシオン王子の牢まで来ると、窓の格子のすき間から体を押し込んで、顔を伏せている王子のそばまで飛んでいきました。王子は気配に気づいて顔を上げ、薄暗い牢の中でも輝くように白いヴォロンテーヌの姿を目にすると、弱々しい微笑を浮かべて、両の掌にヴォロンテーヌをそっと包み込みました。
「戻って来てくれたのか……。あぁ、こんな暗く冷たい石牢も、白く美しいあなたの輝きを消すことはできないのだな」
 と言って、改めてハトになったヴォロンテーヌの無垢の輝きに心を打たれ、また慰められるような気持ちになりました。手のひらの上のヴォロンテーヌはとてもあたたかく、心臓の鼓動も伝わってきました。そうしていると、ミシオン王子はだんだんと気力が戻ってくるように感じ、ハトのヴォロンテーヌの蜂蜜色の瞳と見つめ合っていると、大きな力が湧き上がって来るように思いました。
「そうだ、こんなところでぐずぐずと手をこまねいてはいられない。なんとかここを抜け出さねば……」
 と、そこへ足音高くやって来る人の気配がしたので、王子は素早くヴォロンテーヌを自分の懐に隠しました。
 ミシオン王子の牢の前に立ち止まったのはヒュブリス国王でした。ヒュブリス国王はこちら側に背を向け、うずくまるような姿勢で座っているミシオン王子を目にすると、一瞬残忍な笑みを浮かべ、それから獰猛な大型の獣の威嚇を思わす重々しさを充分にみなぎらせた声で、王子の背中に向かってゆっくりと声を掛けました。
「衛兵に聞いたときはまさかと思ったが、ほんとうにそのまさかとはな。ミシオン王子よ、なんと惨めな姿であるか」
 ミシオン王子は静かに立ち上がると、ゆっくりとヒュブリス国王に向き直りました。久しぶりに見たその姿は、幼い頃の記憶と違わず大きな体と鋭く光る眼を持って威圧的でしたが、ミシオン王子は不思議と子供の頃のような恐ろしさは感じませんでした。

 ヒュブリス国王は、振り返ったミシオン王子の目を見ると、それまで浮かべていた獲物を仕留めた獣のほくそ笑みを引っ込めなければなりませんでした。と言うのも、目の前の石牢の中にいるミシオン王子は、ヒュブリス国王が知る王子とは別人のようだったからです。ヒュブリス国王が実際のミシオン王子と面と向かうのは王子がまだ幼い少年の頃以来、今日が初めてのことでしたが、時折耳に入って来る王子の噂は、かつて一度会ったときに見た如何にも両親に甘やかされて育った、愚かでわがままな王子の記憶に違わないものばかりでした。それでヒュブリス国王は、ミシオン王子を取るに足らない無能者だと思ったまま今日この日を迎えたのですが、今目の前に立って臆することなく自分の目を見つめる青年には、かつてのあの貧弱で甘ったれた王子の面影はありませんでした。
 ヒュブリス国王はにわかに疑り深い色を瞳に宿らせると、若い獅子のようなミシオン王子を見つめました。
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