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第三章
その8
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マリス王女はパチンと扇を閉じると、
「それにしてもほんとうに愚かね、ミシオン王子。せめてわたくしとの婚約を喜んで受け入れると言っていれば、あの親馬鹿な両親共々生かしておいてあげてもよかったのに。哀れだこと。けれど哀れなのはお父さまも同じね。隣国を手中にしたと思った途端、反乱軍に包囲されるんですもの。おとなしくわたくし達のことを認めてさえくださっていれば、そんな悲劇を見ずに済んだことでしょうにねぇ。庶民の出というだけでこんなにも優秀なあなたとの結婚を認めてくださらないなんて、愚かにもほどがあるわ。まぁいいわ、どのみちお父さまを捕らえて牢に入れてしまえば、わたくし達のことを反対する気も失せるでしょう」
マリス王女はそう言い終わると、アビティオ大臣に寄せた体をもっと近づけ、うっとりと上目遣いに見上げて囁きました。
「ああ、アビティオ愛しているわ。あなたもわたくしを愛しているわね?」
「もちろんですよ、マリス王女」
アビティオ大臣はそう言ってマリス王女の肩を抱きましたが、その瞳は冷酷な色に凍り付いていました。ミシオン王子はその暗い瞳の色と、先ほどからのマリス王女への上辺だけの態度から、アビティオ大臣がマリス王女のことをほんとうには愛していないことがわかりました。そして今のミシオン王子には、アビティオ大臣が自分の野心のためだけにマリス王女を利用し、ヒュブリス国王を失脚させることだけを目論んでいることが、はっきりと見えるのでした。
「さぁ、王女。そろそろ見回りの衛兵が来る頃です。お部屋までお送りいたします」
「ありがとう、アビティオ……」
マリス王女はうっとりと夢を見るような瞳で自分の肩を抱いて促すアビティオ大臣を見上げ、ふたりはそのまま中庭を去って行きました。
ミシオン王子はヴォロンテーヌのことも気がかりでしたが、ひとまず国に帰って両親に事の次第を話さなければと思いました。そこで静かに植え込みから身を起こすと、広大な庭を引き返そうとしましたが、そのとき見回りにやって来た衛兵に見つかってしまいました。
衛兵は大声で仲間を呼び、駆けつけた大勢の兵士によって、ミシオン王子は捕らえられてしまいました。そして王子は弁明の機会も与えられないまま、ただちに牢屋に放り込まれてしまいました。
こうしている間にも夜はどんどんと明け、もうほとんど白みかけた空が、牢屋の小さな窓の格子状のすき間から見えました。今頃王宮ではマリス王女との婚約を受諾する手紙がしたためられているのではと思うと、王子は成す術もなく冷たい牢の中にいる自分が情けなく、頭を抱え込みました。
すると、どこからか鳥の羽ばたきのような音が聞こえ、顔を上げてみると、美しい純白のハトが、窓の隙間から顔を覗かせていました。もしやと思ってハトを見ていた王子は、そのハトの蜂蜜色の瞳を確認すると、
「ヴォロンテーヌ!」
と、思わず叫んで駆け寄りました。
「あぁ、ヴォロンテーヌ。わたしを見つけて来てくれたのか。ヴォロンテーヌ、ほんとうにすまなかった。わたしはあの王女の言う通り、なんと愚かな男なのだ。わたしは自分の気持ちを押し通すことだけを考えて、国のことを心から想うあなたに、わたしが王位の継承権を捨て去るようなことをしないようにと祈らせてハトにしてしまったばかりか、あなたがそうまでして尽くそうとしてくれた我が国の一大事というときに、こんなところでただ指をくわえていなければならない羽目に陥ってしまった。ヴォロンテーヌ、ほんとうにすまない」
そう言いながら、ミシオン王子はさめざめと涙を流して泣きました。ヴォロンテーヌは格子のすき間から顔を入れ、王子の濡れた頬にそっと額を寄せました。
「ヴォロンテーヌ……」
王子が泣き濡れた瞳でヴォロンテーヌを見ると、ヴォロンテーヌはバサバサと翼を羽ばたかせ、さっと大空高く舞い上がったかと思うと、自分たちの国の方に勢いよくで飛んでいきました。
ひとりきりになったミシオン王子は再び冷たい牢屋の石の床に座り込むと、膝の間に顔を埋めて泣き続けました。王子の胸は鋭いナイフでえぐられるようで、それは今まで味わったどんな痛みよりも強いものでした。
「それにしてもほんとうに愚かね、ミシオン王子。せめてわたくしとの婚約を喜んで受け入れると言っていれば、あの親馬鹿な両親共々生かしておいてあげてもよかったのに。哀れだこと。けれど哀れなのはお父さまも同じね。隣国を手中にしたと思った途端、反乱軍に包囲されるんですもの。おとなしくわたくし達のことを認めてさえくださっていれば、そんな悲劇を見ずに済んだことでしょうにねぇ。庶民の出というだけでこんなにも優秀なあなたとの結婚を認めてくださらないなんて、愚かにもほどがあるわ。まぁいいわ、どのみちお父さまを捕らえて牢に入れてしまえば、わたくし達のことを反対する気も失せるでしょう」
マリス王女はそう言い終わると、アビティオ大臣に寄せた体をもっと近づけ、うっとりと上目遣いに見上げて囁きました。
「ああ、アビティオ愛しているわ。あなたもわたくしを愛しているわね?」
「もちろんですよ、マリス王女」
アビティオ大臣はそう言ってマリス王女の肩を抱きましたが、その瞳は冷酷な色に凍り付いていました。ミシオン王子はその暗い瞳の色と、先ほどからのマリス王女への上辺だけの態度から、アビティオ大臣がマリス王女のことをほんとうには愛していないことがわかりました。そして今のミシオン王子には、アビティオ大臣が自分の野心のためだけにマリス王女を利用し、ヒュブリス国王を失脚させることだけを目論んでいることが、はっきりと見えるのでした。
「さぁ、王女。そろそろ見回りの衛兵が来る頃です。お部屋までお送りいたします」
「ありがとう、アビティオ……」
マリス王女はうっとりと夢を見るような瞳で自分の肩を抱いて促すアビティオ大臣を見上げ、ふたりはそのまま中庭を去って行きました。
ミシオン王子はヴォロンテーヌのことも気がかりでしたが、ひとまず国に帰って両親に事の次第を話さなければと思いました。そこで静かに植え込みから身を起こすと、広大な庭を引き返そうとしましたが、そのとき見回りにやって来た衛兵に見つかってしまいました。
衛兵は大声で仲間を呼び、駆けつけた大勢の兵士によって、ミシオン王子は捕らえられてしまいました。そして王子は弁明の機会も与えられないまま、ただちに牢屋に放り込まれてしまいました。
こうしている間にも夜はどんどんと明け、もうほとんど白みかけた空が、牢屋の小さな窓の格子状のすき間から見えました。今頃王宮ではマリス王女との婚約を受諾する手紙がしたためられているのではと思うと、王子は成す術もなく冷たい牢の中にいる自分が情けなく、頭を抱え込みました。
すると、どこからか鳥の羽ばたきのような音が聞こえ、顔を上げてみると、美しい純白のハトが、窓の隙間から顔を覗かせていました。もしやと思ってハトを見ていた王子は、そのハトの蜂蜜色の瞳を確認すると、
「ヴォロンテーヌ!」
と、思わず叫んで駆け寄りました。
「あぁ、ヴォロンテーヌ。わたしを見つけて来てくれたのか。ヴォロンテーヌ、ほんとうにすまなかった。わたしはあの王女の言う通り、なんと愚かな男なのだ。わたしは自分の気持ちを押し通すことだけを考えて、国のことを心から想うあなたに、わたしが王位の継承権を捨て去るようなことをしないようにと祈らせてハトにしてしまったばかりか、あなたがそうまでして尽くそうとしてくれた我が国の一大事というときに、こんなところでただ指をくわえていなければならない羽目に陥ってしまった。ヴォロンテーヌ、ほんとうにすまない」
そう言いながら、ミシオン王子はさめざめと涙を流して泣きました。ヴォロンテーヌは格子のすき間から顔を入れ、王子の濡れた頬にそっと額を寄せました。
「ヴォロンテーヌ……」
王子が泣き濡れた瞳でヴォロンテーヌを見ると、ヴォロンテーヌはバサバサと翼を羽ばたかせ、さっと大空高く舞い上がったかと思うと、自分たちの国の方に勢いよくで飛んでいきました。
ひとりきりになったミシオン王子は再び冷たい牢屋の石の床に座り込むと、膝の間に顔を埋めて泣き続けました。王子の胸は鋭いナイフでえぐられるようで、それは今まで味わったどんな痛みよりも強いものでした。
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