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第一章
その9
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農夫と共に小屋に帰り、くたくたになった体を椅子に預けていると、農夫が井戸水を木の器に入れて出してくれました。王子は感謝して一気に飲み干しましたが、それはどんな上等な葡萄酒にも勝る味でした。
ミシオン王子が感慨深く飲み干した器を見ていると、小屋の戸が開いて、木の枝を編んで作ったカゴをさげたひとりの美しい娘が入って来ました。ミシオン王子はその娘が入って来たとき、短い蝋燭が数本揺らめくだけの乏しい灯りしかない小屋に、一瞬光の洪水が押し寄せたように感じました。王子の目にはそれくらい、娘が眩しい光をまとって美しく輝いて見えたのでした。
ミシオン王子が驚いて娘を見つめていると、娘の方でも大変驚いた様子で、まるで息をするのも忘れたようになって入り口のところで立ち尽くし、王子をじっと見つめ返していました。わずかな蝋燭の灯りが娘の蜂蜜色の瞳を濃く揺らし、王子はまるで魔法にでもかかったかのように、娘の美しい顔から目を離すことができずにいました。
すると農夫が娘の方に歩み寄り、愛情のこもった様子で抱きしめてやりながら言いました。
「おかえり。ご苦労だったね、ヴォロンテーヌ」
農夫はその美しい娘をヴォロンテーヌと呼び、王子に自分の娘だと紹介しました。ヴォロンテーヌは朝からずっと、丹精して育てた野菜や花や村で飼っている羊の毛を紡いで作った毛織物などを売りに、他の娘たちと一緒に町まで行っていたのでした。
ミシオン王子はそれまで、ヴォロンテーヌほどに美しい娘を見たことがありませんでした。美しい娘というだけなら、王宮にもたくさんいましたが、ヴォロンテーヌの美しさは、ただ見かけが美しいというだけではなく、何か王子の心の奥深いところを激しく、けれども優しく揺り動かすような、不思議な力に満たされた美しさでした。
王子は今まで一度も経験したことのない胸の高鳴りに戦き、体は激しく震えていました。
ところが、ヴォロンテーヌは王子の強い視線に頬を染め、礼儀にのっとって挨拶を済ませると、恥じ入った様子で小屋の奥に姿を隠してしまいました。それでも奥の方で、農夫と一緒にミシオン王子が収穫した野菜を使っていい匂いのするスープを作り、パンとチーズと共に静かに王子の前に差し出しました。そうして再び奥に下がろうとするのを、王子は慌てて引き止めると、皆で食卓を囲もうと言いました。ヴォロンテーヌは戸惑い、恥じらっていましたが、農夫の勧めもあって、三人で夕食のテーブルを囲むことにしました。
この食事は朝のそれより、そして昼のそれより、何百倍も美味しいものでした。そしてヴォロンテーヌのほっそりした白い指先やバラ色の唇が動くたびに、またその恥じらったような美しく輝く瞳と目が合うたびに、王子の胸には絶えず始終、嵐のような感動が喜びの歓声を上げて駆け巡るのでした。
ミシオン王子が感慨深く飲み干した器を見ていると、小屋の戸が開いて、木の枝を編んで作ったカゴをさげたひとりの美しい娘が入って来ました。ミシオン王子はその娘が入って来たとき、短い蝋燭が数本揺らめくだけの乏しい灯りしかない小屋に、一瞬光の洪水が押し寄せたように感じました。王子の目にはそれくらい、娘が眩しい光をまとって美しく輝いて見えたのでした。
ミシオン王子が驚いて娘を見つめていると、娘の方でも大変驚いた様子で、まるで息をするのも忘れたようになって入り口のところで立ち尽くし、王子をじっと見つめ返していました。わずかな蝋燭の灯りが娘の蜂蜜色の瞳を濃く揺らし、王子はまるで魔法にでもかかったかのように、娘の美しい顔から目を離すことができずにいました。
すると農夫が娘の方に歩み寄り、愛情のこもった様子で抱きしめてやりながら言いました。
「おかえり。ご苦労だったね、ヴォロンテーヌ」
農夫はその美しい娘をヴォロンテーヌと呼び、王子に自分の娘だと紹介しました。ヴォロンテーヌは朝からずっと、丹精して育てた野菜や花や村で飼っている羊の毛を紡いで作った毛織物などを売りに、他の娘たちと一緒に町まで行っていたのでした。
ミシオン王子はそれまで、ヴォロンテーヌほどに美しい娘を見たことがありませんでした。美しい娘というだけなら、王宮にもたくさんいましたが、ヴォロンテーヌの美しさは、ただ見かけが美しいというだけではなく、何か王子の心の奥深いところを激しく、けれども優しく揺り動かすような、不思議な力に満たされた美しさでした。
王子は今まで一度も経験したことのない胸の高鳴りに戦き、体は激しく震えていました。
ところが、ヴォロンテーヌは王子の強い視線に頬を染め、礼儀にのっとって挨拶を済ませると、恥じ入った様子で小屋の奥に姿を隠してしまいました。それでも奥の方で、農夫と一緒にミシオン王子が収穫した野菜を使っていい匂いのするスープを作り、パンとチーズと共に静かに王子の前に差し出しました。そうして再び奥に下がろうとするのを、王子は慌てて引き止めると、皆で食卓を囲もうと言いました。ヴォロンテーヌは戸惑い、恥じらっていましたが、農夫の勧めもあって、三人で夕食のテーブルを囲むことにしました。
この食事は朝のそれより、そして昼のそれより、何百倍も美味しいものでした。そしてヴォロンテーヌのほっそりした白い指先やバラ色の唇が動くたびに、またその恥じらったような美しく輝く瞳と目が合うたびに、王子の胸には絶えず始終、嵐のような感動が喜びの歓声を上げて駆け巡るのでした。
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