ミシオン王子とハトになったヴォロンテーヌ

ねこうさぎしゃ

文字の大きさ
上 下
7 / 44
第一章

その7

しおりを挟む
 熱心に働いていると、あっという間に時間が経ってお昼になりました。農夫と並んで畑の隅に座って、朝と同じヤギの乳とパンを食べましたが、それは朝食べたときよりずっと美味しく王子の体を満たしました。飲んだり噛んだりするごとに、その素朴な味わいは豊かな滋味となってミシオン王子の体に広がり、王子は感動を禁じえませんでした。
 それに実のところ、王子はいつもたくさんの人たちに囲まれて食事をしていたので、農夫とふたりだけの静かな食事の時間というものにも感動していたのです。それで王子はそうしたことを、素直に農夫に話しました。
「まったくあなたの言ったとおりでした。労働した後では同じ乳とパンが、何十倍も美味しく感じます。正直なところ、わたしは労働というものをはじめてして、体はくたくたになっていますが、王宮でどんな遊びに興じていた時よりも、満足と充実を感じています。実に不思議です。それにわたしは、こうして静かに食事をすることも、ほとんどはじめての経験ですが、どうもそれも乳とパンを美味しくさせているような気がしています」
「なるほど、そうしたこともあるでしょうなぁ。祝宴のような楽しく騒がしい食事というのも、たまにはいいものですが、ほんとうに物を食べると言うのは、こうして静かに座って、しっかりと食べ物と向き合うことですからなぁ。わしらが口にする物は、わしらの命を養ってくれるのじゃから、やはりじっくりと向き合って、感謝をすることで、命は無駄なく循環するのですじゃよ。それに、こうして静かに乳やパンに耳を傾けて食べたり飲んだりしていると、ヤギにもう少し栄養のある草を食べさせてやらねばとか、来年はちぃと雨が多い年になるかもしれんとか、そうしたことまでようわかるのですじゃ」
 ミシオン王子は農夫の言葉を聞くと、不思議に心が感動し、もっと話を聞きたいと強く思うようでした。それはまるで、枯れた大地に天から慈雨じうが降って来て、新しい命を芽吹かせるように、王子の心を潤すのでした。

「殿下、よろしければもう一杯、ヤギの乳をいかがですかな?」
 農夫はそう言いながら、曲がった腰を伸ばすように立ち上がりかけましたが、その拍子に椅子の足にでもつまずいたのか、ぐらりとよろめきました。ミシオン王子は素早く立って、農夫の体を支えました。
「おぉ、これはなんともったいない。殿下もさぞやお疲れで、体の節々も痛いことでしょうに。なんとありがたいことじゃ、殿下に老いた体を支えていただくとは恐縮なことじゃが、わしの一生のいちばんの思い出になりますなぁ」
 農夫の体の老いた感じは、農夫の服越しにも王子の手に伝わってきました。それで王子は昨日見た貧しい村での光景を自然と思い出し、顔を曇らせました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つぼみ姫

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
世界の西の西の果て、ある城の庭園に、つぼみのままの美しい花がありました。どうしても花を開かせたい国王は、腕の良い元庭師のドニに世話を命じます。年老いて、森で静かに飼い猫のシュシュと暮らしていたドニは最初は気が進みませんでしたが、その不思議に光る美しいつぼみを一目見て、世話をすることに決めました。おまけに、ドニにはそのつぼみの言葉が聞こえるのです。その日から、ドニとつぼみの間には、不思議な絆が芽生えていくのでした……。 ※第15回「絵本・児童書大賞」奨励賞受賞作。

シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。 以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。 不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。

眠れる森のうさぎ姫

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

ある羊と流れ星の物語

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たくさんの仲間と共に、優しい羊飼いのおじいさんと暮らしていたヒツジは、おじいさんの突然の死で境遇が一変してしまいます。 後から来た羊飼いの家族は、おじいさんのような優しい人間ではありませんでした。 そんな中、その家族に飼われていた一匹の美しいネコだけが、羊の心を癒してくれるのでした……。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

処理中です...