ミシオン王子とハトになったヴォロンテーヌ

ねこうさぎしゃ

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第一章

その2

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 さて、気がついてみると、王子は二十歳になっていました。その頃になると、この世のありとあらゆる楽しみを既に経験し尽くしていた王子は、もう何事にも喜んだり、感動したりすることもなくなっていました。勉強にも力を入れて来なかった上に、王子の周囲にはうわべだけの追従者しかいなかったので、何事も学ぶことがなく、王子はこの世は恐ろしく退屈なところだと思うようになっていました。
 あるとき、王子は退屈しのぎに、国を見て回ろうと思い立ちました。民の中には、まだ王子の知らない楽しみを知っている者がいるかもしれない、と考えたのです。さっそく数人の貴族たちをお供に連れて、馬に乗って出掛けてみると、町ではありとあらゆる品物が売られ、女も男も威勢良い声を上げて、売ったり買ったりしていました。市場の中央では、曲芸師たちが集まって、派手に音楽を打ち鳴らしてお祭り騒ぎをしていました。
 面白そうだと興をそそられた王子の一行は、しばらく曲芸師たちや町の人々を眺めていましたが、すぐに飽きて次の町に行くことにしました。次の町でも、同じようなことの繰り返しでした。
 やがて日暮れになって、ある裕福な商人の館の前を通りかかると、中から一家の主人である商人が出て来て、王子の一行であることを知ると、館に招いて歓待したいと申し出ました。商人には娘がふたりいて、どちらかが王子の目に留まることを期待したのです。
 ミシオン王子たちが招待を受けて中に入ると、すぐに召使いたちが温かい食事を運んできました。食事はなかなかに美味しく、葡萄酒も商人が自らとっておきのものを出して来ました。けれど、王宮で美食に慣れ親しんでいた王子には、商人が出してくれた食事も、結局は普通より下くらいのものでしかありませんでした。
 商人のふたりの娘たちは美しく、父親によく言い含められていたので、愛想よく且つ行儀よく、王子たちの一行をもてなしました。けれど、貴族の子女や女官たちを見慣れている王子には、美人且つ頭のよい娘たちは普通の存在でしたから、ふたりの娘たちに心を動かすことはありませんでした。



 すっかり遅くなり、その夜は商人の屋敷に泊まりました。翌朝、再び朝食をごちそうになった後で館を発とうとした王子は、見送りに出た商人と娘たちに世話になったお礼を言いました。すると商人と娘たちは上機嫌で王子たちを送り出しました。王子の目には留まりませんでしたが、お供の貴族の中に、娘たちを気に入った様子の若者が何人かいたからです。
 さて、王子たちは、昨日と同じように町を見て回りました。しかし、王宮から離れるにしたがって、町は小さく、貧しくなっていきました。やがて小さな村にたどり着くと、今にも潰れそうなあばら屋の前に、痩せ細った体に服とも呼べないボロ布を巻いた子ども達が立っているのや、病気の老女が道端に座り込んでいるのを目にしました。今まで、そのような光景を見たことがなかった王子はひどく驚いて、心に何とも形容しがたい感情が沸くのを感じました。
 ショックを受けているようなミシオン王子を見て、お供の貴族たちは、王子を不愉快にした罪で罰せられることを恐れ、ここは王子のいるべき場所ではないから、すぐに引き返そうと言いました。あの商人のところに戻って、もう一晩泊まろと言う者もありました。商人の娘たちに会いたかったからです。
 しかしそのときミシオン王子は、強い感覚が自らを引っ張るようにしているのに任せ、
「いや、わたしはもっとよく見なければならない。ここを去りたい者がいるなら、好きに去ればよい」
 と言って、馬を進めました。王子を置いて帰る訳にもいかないので、お供の貴族たちも渋々ミシオン王子について行きました。


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