ある羊と流れ星の物語

ねこうさぎしゃ

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 ネコの瞳をこんなにも間近で見るのははじめてでした。大きな瞳は、春の訪れとともに木々の枝先に芽吹く新芽のようで、ヒツジの心はやはり吸い込まれていきそうになるのでした。その美しい緑の瞳には見る間になみだがたまり、ネコの目は透明な雪解けの湖のようになりました。
「きみの目は、ほんとうにきれいだね……」
 ヒツジがそう言うと、ネコの瞳にたまったなみだはぽたぽたとこぼれはじめました。
「あなた、なんてばかなの……」
 ネコはとうとう大きな声をあげて泣きはじめました。あとからあとから、つぎつぎと流れ落ちるなみだの粒は、ヒツジにはいつかおじいさんと並んで見た流星群のように見えました。
 ネコのなみだはヒツジの体の上に落ちて、ぐっしょりと毛を濡らしました。ヒツジはそのときふと、流れ落ちて死んでしまったと思っていた流れ星は、生きているものたちの上に落ちて、ひとつになるのだとさとりました。
 おじいさんも、きっとそうなったのだと思いました。農場を出るとき、不思議に自分のかたわらにおじいさんが立って、励ましてくれているような気がしたのは、おじいさんがヒツジとひとつになっていたからだと気がついたのです。おじいさんが死んだときに降ったあの雨が、きっとおじいさんだったにちがいないのです。雨になったおじいさんは、ヒツジの体にしみこみ、そうしてヒツジとひとつになったのです。
 おじいさんは、ほんとうはずっとヒツジとともにあったのだということに気がついて、ヒツジはしだいに遠くなる感覚のなか、うれしい気持ちでいっぱいになりました。
 そしてまた、そのことを教えてくれたネコに対しても、感謝の気持ちがわいてくるのを感じました。そこでヒツジはネコに向かって「ありがとう」と、つぶやきました。
 ネコはますますはげしく泣きじゃくって、
「なにを言っているのよ。あんた、ほんとうにバカよ!」
 と、叫びました。
 ネコがあまりにも泣くので、ヒツジは心配になりました。ネコの体のなかに、いくつの星があるのかわかりませんでしたが、そのすべてをヒツジがもらっては悪い気がしました。
 そこでヒツジはネコのなみだをとめようと、なにかネコが気に入りそうなことを言いたいと思いました。
「きみの言った通り、街にはいろんなものがあったよ。ぼく、街が好きになれそうだよ」
 それは、ヒツジがその生涯のうちでついた、はじめてのうそでした。
 ネコはハッとしたように、泣くのをやめて、ヒツジをじっと見つめました。ヒツジはネコが泣きやんだのを見ると、なんだかとても大きな仕事を終えたかのような、すっかり安心した気持ちになりました。
 ヒツジはネコに、きみの星を大事にね、と言いかけましたが、ヒツジの口からは苦しげなうめき声のような音しか出ませんでした。
 ネコは苦しげな息を何度か吐き出したヒツジの体の上につっぷすと、厚い毛の中に顔をうずめ、声を殺して泣きました。
 ヒツジは、うすれていく意識の中で、最初からこうやってネコを自分の体に乗せてやればよかったのだと気がついて、なんだか笑いだしたいような気分になりました。
 ヒツジはもう目を開けているのもしんどくなって、そっと目を閉じました。けれど、閉じたまぶたの裏は、おだやかな春のひだまりの中のように明るい金色に輝き、美しい草花が咲き乱れているのが見えました。
 そして向こうのほうには、あのころと同じやさしい笑顔で立っているおじいさんの姿もありました。

 おじいさん……! 

 うれしさのあまり駆け出したヒツジの体は、まるで空の雲のように軽やかで、もう痛みも疲れも感じませんでした。
 風を切るようにしておじいさんの足元に駆け寄ると、おじいさんはヒツジを胸に抱き上げ、なつかしいシワだらけの手のひらで、ヒツジの体をいたわるようにやさしく撫でてくれました。
 ヒツジはおじいさんに抱きかかえられたまま、そっとやさしく包み込んでくれるかのような、まぶしい光の渦の中心に向かって進んでいきました。
 やわらかな光を感じながら、深い安心と幸福に満たされ、あぁ、これでぼくは眠れるんだなぁと、おじいさんのあたたかな胸に顔をうずめ、ヒツジは今度こそ目を閉じました。


                                                  END

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