13 / 17
第三章
4
しおりを挟む
そこにはたくさんの種類の動物たちがいましたが、皆せまい檻のなかにいて、大半は眠っていました。起きているものを見つけ、声をかけても、ヒツジをぼんやりと見返すだけか、うるさそうに後ろを向いて、背中を見せるものばかりでした。
ヒツジはすっかり困ってしまい、とぼとぼと歩きました。するといきなり、すべての街灯が、示し合わせたかのようにいっせいに消えてしまいました。明かりが消えたそこは、農場の小屋のなかよりもずっと暗く、ヒツジはせめて夜空の星を見ようと顔を上げましたが、ただのひとかけらも、星はきらめいてはいませんでした。
なんだか急に疲れが押し寄せてくるようで、ヒツジはため息をつくと、重い足取りで歩きました。これからいったいどうすればいいのだろう、と考えていると、突然、
「よお、なんだか浮かない顔だな」
と、ささやくような、けれどもどこか鋭いとげのようにとがった低い声が、ヒツジの足をぎくりと震わせて、立ち止まらせました。
声の主を探してあたりをうかがうと、すぐ近くの檻のなかに、ぎらぎらと光るふたつの目を見つけ、ヒツジは息をのみました。その目はじっとヒツジを見つめています。
暗闇のなか、そのふたつの目の持ち主の姿を確かめようと、目を凝らして檻の中を見ると、ヒツジの目に、不気味にうごめく大きなかげが浮かび上がってきました。そこは何かえたいのしれないケモノの住む檻のようでした。
ヒツジの目には、まっくらな檻のいちばん奥にうずくまっているケモノの姿は、黒い小山のように見えました。そのケモノのにおいを嗅ぐと、農場の犬のそれにも似ているように思いましたが、ヒツジの本能に、犬よりもずっと危険なにおいであることを訴えていました。
暗闇にだんだんと目が慣れてくると、檻のなかのケモノの姿も徐々に見えるようになってきました。ケモノは農場の犬に似ているようでしたが、もっと大きく、別段あの犬のように激しく吠えたてているわけでもないのに、ヒツジの心を恐ろしさでいっぱいに押し潰しそうなほどでした。それは、ヒツジが生まれてはじめて感じるたぐいの恐ろしさでした。
「あなたは誰です?」
それでもヒツジは勇気をふりしぼって、檻の奥で鋭い目を光らせて臥せながら、自分を見ているその動物にたずねました。
「おれか? おれはオオカミさ」
「オオカミ? 犬とはちがうのですか?」
「犬だと? おまえはこのおれが、あんなひ弱な連中と同じに見えるのか?」
オオカミだと言ったそのケモノのおどすような声色に、ヒツジは心臓を強くつかまれたようになり、あわてて首をふって否定しました。
「いいえ、あなたはとても……強そうです」
「そうだろうとも。おまえはなかなか見る目があるじゃないか。いいことを教えてやる。おれたちオオカミってのはな、犬の祖先なのさ。言ってみれば、犬の神さまみたいなもんだ」
「……神さまってなんです?」
「そんなことも知らないのか。無知なやろうだ」
オオカミはチッと舌打ちをしました。ヒツジはいよいよ恐ろしくなって、後ずさりをしました。それを見たオオカミは、ぎらぎらと不気味に光る目を細め、つとめてやわらかな口調で言いました。
「まぁそんなことはどうだっていいのさ。重要なのは、おまえが今こうしておれの目の前にいることだ。おれがこうやって不自由な暮らしを強いられているっていうのに、おまえが檻の外を自由に歩き回っていやがるのはどういうわけだ」
「それは、あの、さがしものをしていて……」
「さがしものだと? 」
オオカミの目の光が、一瞬強くなりました。
ヒツジはすっかり困ってしまい、とぼとぼと歩きました。するといきなり、すべての街灯が、示し合わせたかのようにいっせいに消えてしまいました。明かりが消えたそこは、農場の小屋のなかよりもずっと暗く、ヒツジはせめて夜空の星を見ようと顔を上げましたが、ただのひとかけらも、星はきらめいてはいませんでした。
なんだか急に疲れが押し寄せてくるようで、ヒツジはため息をつくと、重い足取りで歩きました。これからいったいどうすればいいのだろう、と考えていると、突然、
「よお、なんだか浮かない顔だな」
と、ささやくような、けれどもどこか鋭いとげのようにとがった低い声が、ヒツジの足をぎくりと震わせて、立ち止まらせました。
声の主を探してあたりをうかがうと、すぐ近くの檻のなかに、ぎらぎらと光るふたつの目を見つけ、ヒツジは息をのみました。その目はじっとヒツジを見つめています。
暗闇のなか、そのふたつの目の持ち主の姿を確かめようと、目を凝らして檻の中を見ると、ヒツジの目に、不気味にうごめく大きなかげが浮かび上がってきました。そこは何かえたいのしれないケモノの住む檻のようでした。
ヒツジの目には、まっくらな檻のいちばん奥にうずくまっているケモノの姿は、黒い小山のように見えました。そのケモノのにおいを嗅ぐと、農場の犬のそれにも似ているように思いましたが、ヒツジの本能に、犬よりもずっと危険なにおいであることを訴えていました。
暗闇にだんだんと目が慣れてくると、檻のなかのケモノの姿も徐々に見えるようになってきました。ケモノは農場の犬に似ているようでしたが、もっと大きく、別段あの犬のように激しく吠えたてているわけでもないのに、ヒツジの心を恐ろしさでいっぱいに押し潰しそうなほどでした。それは、ヒツジが生まれてはじめて感じるたぐいの恐ろしさでした。
「あなたは誰です?」
それでもヒツジは勇気をふりしぼって、檻の奥で鋭い目を光らせて臥せながら、自分を見ているその動物にたずねました。
「おれか? おれはオオカミさ」
「オオカミ? 犬とはちがうのですか?」
「犬だと? おまえはこのおれが、あんなひ弱な連中と同じに見えるのか?」
オオカミだと言ったそのケモノのおどすような声色に、ヒツジは心臓を強くつかまれたようになり、あわてて首をふって否定しました。
「いいえ、あなたはとても……強そうです」
「そうだろうとも。おまえはなかなか見る目があるじゃないか。いいことを教えてやる。おれたちオオカミってのはな、犬の祖先なのさ。言ってみれば、犬の神さまみたいなもんだ」
「……神さまってなんです?」
「そんなことも知らないのか。無知なやろうだ」
オオカミはチッと舌打ちをしました。ヒツジはいよいよ恐ろしくなって、後ずさりをしました。それを見たオオカミは、ぎらぎらと不気味に光る目を細め、つとめてやわらかな口調で言いました。
「まぁそんなことはどうだっていいのさ。重要なのは、おまえが今こうしておれの目の前にいることだ。おれがこうやって不自由な暮らしを強いられているっていうのに、おまえが檻の外を自由に歩き回っていやがるのはどういうわけだ」
「それは、あの、さがしものをしていて……」
「さがしものだと? 」
オオカミの目の光が、一瞬強くなりました。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
眠れる森のうさぎ姫
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。
デシデーリオ
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
田舎の領主の娘はその美貌ゆえに求婚者が絶えなかったが、欲深さのためにもっと条件のいい相手を探すのに余念がなかった。清貧を好む父親は、そんな娘の行く末を心配していたが、ある日娘の前に一匹のネズミが現れて「助けてくれた恩返しにネズミの国の王妃にしてあげよう」と申し出る……尽きる事のない人間の欲望──デシデーリオ──に惑わされた娘のお話。
ミシオン王子とハトになったヴォロンテーヌ
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
その昔、天の国と地上がまだ近かった頃、自ら人間へ生まれ変わることを望んだ一人の天使が、ある国の王子ミシオンとして転生する。
だが人間界に生まれ変わったミシオンは、普通の人間と同じように前世の記憶(天使だった頃の記憶)も志も忘れてしまう。
甘やかされ愚かに育ってしまったミシオンは、二十歳になった時、退屈しのぎに自らの国を見て回る旅に出ることにする。そこからミシオンの成長が始まっていく……。魂の成長と愛の物語。
フロイント
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
光の妖精が女王として統治する国・ラングリンドに住む美しい娘・アデライデは父と二人、つつましくも幸せに暮らしていた。そのアデライデに一目で心惹かれたのは、恐ろしい姿に強い異臭を放つ名前すら持たぬ魔物だった──心優しい異形の魔物と美しい人間の女性の純愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる