ある羊と流れ星の物語

ねこうさぎしゃ

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第二章

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「ねぇ、わたしが今日なにをしたと思う? 屋根裏で見つけたネズミをつかまえたまではいいのよ。そのあとが問題なの。ねぇ、なにをしたと思う?」
「さぁ、わからないよ」
 ネコは深々と息を吐き出すと、
「話しかけたのよ。まるで親友にでもしゃべりかけるみたいにね」
 そう言うと、ネコははげしくいらだったように、しっぽをしならせて干し草をぴしゃりと打ちました。
 ヒツジには、ネズミに親しく話しかけることのなにがそんなにネコをいらだたせるのかがわかりませんでしたが、ネコをよけいに怒らせるようなことは言いたくなかったので、黙っていました。
「わたし、それでハッと気がついたのよ。もう限界なんだって」
 ネコは息苦しそうに顔をゆがめました。
「でもね、わたしをこんなにまいらせているのは、それだけじゃないのよ。わたしの唯一の安息の時間だったお昼寝だって、この頃じゃちっともわたしをなぐさめてはくれないのよ」
 ネコは気ぜわしく長いしっぽを振りながら、話をつづけました。
「まぁもちろん、お昼寝そのものというより、お昼寝のためのシーツのことなのだけどね。わたしのお気に入りだったシーツ……。街に住んでいたころ、特別に仕立ててもらったもので、ふかふかのまっしろでね。それはもう、シーツそのものがまるで夢みたいに素敵で心地よかったの」
 ネコはうっとりと目を閉じて言いました。それから、やおら大きく目を見ひらくと、
「なのに、犬がそのシーツを盗んでかくしてしまったのよ。奥さんが見つけてくれたけど、地面に掘った穴のなかに隠していたものだから、シーツは泥だらけのうえに、犬のいやなにおいまでしみついて、おまけにあの犬ったら、あの素敵なシーツをめちゃめちゃに噛んで、ひきさいてしまっていたのよ」
「きみのシーツをそんなにしてしまうなんて、悪い犬だなぁ」
 ヒツジは、自分たちに向かってはげしく吠えたてる犬を思い出し、ぶるりと体を震わせながら言いました。

「それは気の毒だったね」
「おかげでわたしは最近、ちっとも眠れないの。眠れないって、こんなにつらくて、みじめなものなのね。ね、あんたもこんなにかなしい想いをしているの?」
「どうだろうなぁ……。いや、ぼくはそんなにかなしくないよ」
 ほんとうに、ヒツジはかなしくもつらくもありませんでした。この頃では眠りというものを、すっかり忘れてしまっていました。まるで最初から、そんなものなどなかったかのようにさえ思うのです。
ヒツジはいつでもさえざえと広がるしずかな気持ちでいました。そのしずけさの前では、不思議に肉体の疲れなども感じないのです。そしてそれはまだ氷がはる前の冬の夜の湖のように、ヒツジの世界にかなしみやつらさといったものが入り込む余地をあたえませんでした。
 眠りがどういうものだったかを思い出そうとしても、真昼の月のように不可思議な感覚をもたらすだけで、かえってヒツジの神経を目覚めさせるのです。
「それに、毎晩こうしてきみが来てくれるもの。ぼくはむしろ、眠らずにいることを楽しんでいるよ。だってそのおかげで、きみとこんなふうにおしゃべりができるんだから」
「ふぅん。それじゃあなたは、言ってみれば、わたしになぐさめられているってわけね」
 ネコはどこか冷ややかな調子で言いました。
「わたしにはもう、なんのなぐさめもないわ。ここに来てからというもの、ほんとうに生きているってことを楽しんだためしがないわ」
 ヒツジはすっかり心配になり、なんとかしてネコの心をなぐさめられないかと考えました。
 こういうときに、不用意な言動をすると、ネコがますます機嫌を悪くすることも知っていました。都会派のひとたちのように、気のきいたことを言う自信もありません。それで、ヒツジは控えめに、けれども正直に自分の気持ちを言うことにしました。
「だけど、死ぬのはよくないと思うよ。きみがそんなことをしたら、ぼくは二度ときみを見ることができなくなってしまう。ぼくには、そんなことはたえられそうにないよ」
 すると、ネコは怒ることもせず、ヒツジをまじまじと見つめました。それから、とてもしなやかな動きで干し草の上に寝そべって、
「あなたって、ほんとうにおばかさんね」
 と、ひどくやさしいゆっくりした口調で言いました。それを聞くと、ヒツジのからだは、くるくると巻かれた毛の先から順に全身がゆるんで、ときほぐされていくような感じになって、思わずそっと小さく息を吐きました。それはおじいさんに撫でられたときよりも、もっと心地よく、ずっと強烈な感覚でした。
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