5 / 17
第一章
5
しおりを挟む
ヒツジのことばに、ネコはどこか得意そうな様子で、しっぽをひとつしならせると、
「だから、わたしはわたしの好きな時間に出歩くの。ところで、あなたこそどうしてこんな夜更けにまだ目を覚ましているの? ほかのヒツジたちはみんなすっかり眠ってしまっているっていうのに」
「さぁ、どうしてなんでしょうか。どうしてぼくが眠ってしまわないのか、ぼくにもわからないんです」
「あら、それじゃあなた、つまり不眠症なのね」
「ふみんしょう?」
ヒツジは知らないことばを耳にして、その意味を知るためにたずねかえしました。しかしネコはそれには答えず、瞳をいっそうきらきらさせながら、
「やっぱりね、あなたはどこかほかのヒツジたちとはちがっていると思ったわ」
そう言いながら、ヒツジに近づいてくると、ほんのすぐ目の前で、二本の前足を体の前で上品にそろえておしりをおろしました。うすぼんやりした月明かりに照らされたネコの毛皮は、カラスの羽の濡れたときみたいにつやつやとしていて、大きな瞳は夢のようにきらめいています。
「きみの目は星みたいですね」
ヒツジは、なんだか夢見心地になりながら、うっとりとネコに言いました。ネコは小首をかしげてほほえむと、
「ありがとう。あなたってやさしいのね」
ネコのことばに、ヒツジの頭は一瞬ボウっとなり、そのままうわごとでも言うような調子でつづけました。
「なんていう星座なの?」
「まぁ、星座ですって? うふふふ、あなた、とってもユニークなことを言うのね」
ネコの笑う声も、夜空の星のようにきらきらした光の粉をふりまいていました。それはまるで、いつかおじいさんと見た流れ星のきらめく様と同じでした。
ネコがわずかに体を動かすたびに、ネコの毛皮の上にも光が走り、星がまたたくようでした。ヒツジはゆっくりと目をしばたかせながら、
「きみの毛皮にも星が住んでいるんだね」
「あら、ありがとう。この毛皮、わたしの自慢なの。わたし、シャルトリューなのよ」
「シャルトリュー?」
そのことばの意味はわかりませんでしたが、ヒツジの耳にはとても素敵に響き、新しい星座のなまえを聞いたような気になりました。そこでヒツジは、
「そういう星座なんですね」
「まぁ、あなたって、なんでも星座に結びつけるのが好きなの? シャルトリューっていうのはね、星座よりもっといいものなのよ。わたし、血統書つきなの」
ヒツジは血統書ということばも知りませんでしたが、星座よりもっといいものと聞いて、目を丸くしました。ヒツジのその様子に、ネコは満足そうに長いしっぽを振った後、
「それにしてもあなた、どのくらい眠らずにいるの?」
ネコにたずねられ、ヒツジは小さく首をひねりました。
「どれくらいでしょうか……。少なくとも、あなたがたがここに来たときには、眠らなくなってからしばらく経っていたと思いますよ」
「まぁ、それは憂鬱ね」
「ゆううつ?」
そのことばもはじめて聞くものでした。ネコはやはりヒツジが聞き返したことには返事をせず、長いしっぽをもぞもぞと動かしたかと思うと、しっぽの先の方に軽くかみついたり、舌でそろそろと毛並みをとととのえたりしていました。その様子をぼんやり眺めながら、ヒツジはこうして夜更けに歩き回っているネコも、自分とおなじように眠れずにいるのだろうかと思いはじめ、たずねてみました。
「きみも眠れないのですか?」
「あら、わたしはちがうのよ。わたしはもともと夜にはあまり眠らないの。わたしはたいてい昼間に眠るのよ。心配してくださるなんて、ご親切なのね」
ネコはにっこりと笑いました。それから、突然何かを思い出したように、大きなため息をつきました。その様子がとてもつらそうに見えたので、ヒツジは体の具合でも悪くなったのかと心配になって、あわててネコにたずねました。
「どうかしたのですか?」
「わたしね、このところとっても憂鬱なのよ」
「ゆううつ?」
先ほど聞いたことばでした。それでヒツジは、「ゆううつ」ということばが、なにかとても具合の悪いことをさすのだとわかりました。
「だから、わたしはわたしの好きな時間に出歩くの。ところで、あなたこそどうしてこんな夜更けにまだ目を覚ましているの? ほかのヒツジたちはみんなすっかり眠ってしまっているっていうのに」
「さぁ、どうしてなんでしょうか。どうしてぼくが眠ってしまわないのか、ぼくにもわからないんです」
「あら、それじゃあなた、つまり不眠症なのね」
「ふみんしょう?」
ヒツジは知らないことばを耳にして、その意味を知るためにたずねかえしました。しかしネコはそれには答えず、瞳をいっそうきらきらさせながら、
「やっぱりね、あなたはどこかほかのヒツジたちとはちがっていると思ったわ」
そう言いながら、ヒツジに近づいてくると、ほんのすぐ目の前で、二本の前足を体の前で上品にそろえておしりをおろしました。うすぼんやりした月明かりに照らされたネコの毛皮は、カラスの羽の濡れたときみたいにつやつやとしていて、大きな瞳は夢のようにきらめいています。
「きみの目は星みたいですね」
ヒツジは、なんだか夢見心地になりながら、うっとりとネコに言いました。ネコは小首をかしげてほほえむと、
「ありがとう。あなたってやさしいのね」
ネコのことばに、ヒツジの頭は一瞬ボウっとなり、そのままうわごとでも言うような調子でつづけました。
「なんていう星座なの?」
「まぁ、星座ですって? うふふふ、あなた、とってもユニークなことを言うのね」
ネコの笑う声も、夜空の星のようにきらきらした光の粉をふりまいていました。それはまるで、いつかおじいさんと見た流れ星のきらめく様と同じでした。
ネコがわずかに体を動かすたびに、ネコの毛皮の上にも光が走り、星がまたたくようでした。ヒツジはゆっくりと目をしばたかせながら、
「きみの毛皮にも星が住んでいるんだね」
「あら、ありがとう。この毛皮、わたしの自慢なの。わたし、シャルトリューなのよ」
「シャルトリュー?」
そのことばの意味はわかりませんでしたが、ヒツジの耳にはとても素敵に響き、新しい星座のなまえを聞いたような気になりました。そこでヒツジは、
「そういう星座なんですね」
「まぁ、あなたって、なんでも星座に結びつけるのが好きなの? シャルトリューっていうのはね、星座よりもっといいものなのよ。わたし、血統書つきなの」
ヒツジは血統書ということばも知りませんでしたが、星座よりもっといいものと聞いて、目を丸くしました。ヒツジのその様子に、ネコは満足そうに長いしっぽを振った後、
「それにしてもあなた、どのくらい眠らずにいるの?」
ネコにたずねられ、ヒツジは小さく首をひねりました。
「どれくらいでしょうか……。少なくとも、あなたがたがここに来たときには、眠らなくなってからしばらく経っていたと思いますよ」
「まぁ、それは憂鬱ね」
「ゆううつ?」
そのことばもはじめて聞くものでした。ネコはやはりヒツジが聞き返したことには返事をせず、長いしっぽをもぞもぞと動かしたかと思うと、しっぽの先の方に軽くかみついたり、舌でそろそろと毛並みをとととのえたりしていました。その様子をぼんやり眺めながら、ヒツジはこうして夜更けに歩き回っているネコも、自分とおなじように眠れずにいるのだろうかと思いはじめ、たずねてみました。
「きみも眠れないのですか?」
「あら、わたしはちがうのよ。わたしはもともと夜にはあまり眠らないの。わたしはたいてい昼間に眠るのよ。心配してくださるなんて、ご親切なのね」
ネコはにっこりと笑いました。それから、突然何かを思い出したように、大きなため息をつきました。その様子がとてもつらそうに見えたので、ヒツジは体の具合でも悪くなったのかと心配になって、あわててネコにたずねました。
「どうかしたのですか?」
「わたしね、このところとっても憂鬱なのよ」
「ゆううつ?」
先ほど聞いたことばでした。それでヒツジは、「ゆううつ」ということばが、なにかとても具合の悪いことをさすのだとわかりました。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
眠れる森のうさぎ姫
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。
デシデーリオ
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
田舎の領主の娘はその美貌ゆえに求婚者が絶えなかったが、欲深さのためにもっと条件のいい相手を探すのに余念がなかった。清貧を好む父親は、そんな娘の行く末を心配していたが、ある日娘の前に一匹のネズミが現れて「助けてくれた恩返しにネズミの国の王妃にしてあげよう」と申し出る……尽きる事のない人間の欲望──デシデーリオ──に惑わされた娘のお話。
フロイント
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
光の妖精が女王として統治する国・ラングリンドに住む美しい娘・アデライデは父と二人、つつましくも幸せに暮らしていた。そのアデライデに一目で心惹かれたのは、恐ろしい姿に強い異臭を放つ名前すら持たぬ魔物だった──心優しい異形の魔物と美しい人間の女性の純愛物語。
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる