ある羊と流れ星の物語

ねこうさぎしゃ

文字の大きさ
上 下
2 / 17
第一章

2

しおりを挟む
「おかえりなさいませ、アンセル様」
「ただいま、プリシラ」

 玄関で出迎えた私に、アンセル様が微笑む。
 いつもと同じ、文句のつけようのない王子様スマイルなのだけれど、疲れているようだ。
 アンセル様には先に一人で部屋に戻ってもらい、私は調理場に向かった。料理人に断って、お茶を入れさせてもらう。疲れが取れるようにハーブティーにはちみつを入れて、アンセル様は甘いものが苦手なのでスパイスも加えた。
 それを持って部屋に戻る。

「アンセル様、よろしかったらどうぞ」

 私が差し出したカップを受け取ったアンセル様は、なぜか目を見開いた。

「スパイス……」
「?甘いものお嫌いですから入れてみたんですが、だめでした?」

 スパイスの入った料理は召し上がっているけれど、スパイスティーはお嫌いだったのかも?
 癖があるから、苦手な人は苦手だものね。
 心配になったけれど、アンセル様はすぐに微笑んでくれた。

「いや……ありがとう」

 アンセル様はお茶を一気に飲みほした。空になったカップをテーブルに置く。

「美味しかったよ、プリシラ」
「それはよかったです。またお入れしますので、いつでも言ってください」
「……僕、疲れているように見えた?」

 私の肩に、アンセル様が頭をことん、と置く。
 私に甘えるようなしぐさをするのは珍しい。

「え、ええ。少しですけれど」

 この若さで会社を経営なさってるんですもの。疲れるのは当然だ。私には見せないようにしてくれているけれど。

「私、頼りないかもしれないですけど、一応年上ですし妻ですからつらいときはおっしゃってください。できることはあまりないかもしれないですが」

 言ってから気がついたけど、本当私できることないかも……。
 こうやってお茶を入れる、とかお話を聞くくらいしかできない。しかも本当に話を聞くだけで、気の利いたアドバイスなんかは絶対にできない。
 ウォルトなら頼りになる大人の男性なので、いい返しができそうだけれど。

「なんだと?」

 アンセル様が顔を上げた。額には青筋が立ってる。
 え? 何?

「も、もしかして口に出してました?」
「出していた」

 かと言ってアンセル様がそんなお顔するようなことは言っていないんだけど?

「僕の前で、二度と他の男の名を口にするな」
「え?ウォルトですよ。執事ですよ。ややこしい感情なんか微塵もありませんし、向こうも迷惑ですよ?」

 ウォルトの好みは年上らしいので、そもそも私なんか主人だから以前に問題外だ。アンセル様が落ち着くようにとそう言ったけれど、私の言葉だけでは安心できなかったようだ。
 
「当たり前だ。特別な感情があれば、ウォルトを殺しているところだ」
「……殺……」

 アンセル様の表情はいたって真面目で、冗談を言っているようには見えない。
 うわぁぁぁ。
 もしも浮気なんかした日にはとんでもないことになりそう!
 アンセル様一筋だからしないけど。

「プリシラができることはたくさんある。例えば」
「例えば?」

 アンセル様がベッドの端に座った。

「もうおやすみですか? お食事は?」
「後でいい。おいで、プリシラ」

 微笑んだアンセル様が膝を軽くたたく。

「はい」

 私も微笑んで、大人しくアンセル様に背中を預けるように座った。向かい合わせはなんか、は、恥ずかしいので。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。 以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。 不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。

眠れる森のうさぎ姫

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。

デシデーリオ

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
田舎の領主の娘はその美貌ゆえに求婚者が絶えなかったが、欲深さのためにもっと条件のいい相手を探すのに余念がなかった。清貧を好む父親は、そんな娘の行く末を心配していたが、ある日娘の前に一匹のネズミが現れて「助けてくれた恩返しにネズミの国の王妃にしてあげよう」と申し出る……尽きる事のない人間の欲望──デシデーリオ──に惑わされた娘のお話。

さらさら

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たったひとり、ニーナは砂浜で「何か」をさがしていた。それはまるで遠い昔の「約束」をさがすように──。大人の短編童話。

ミシオン王子とハトになったヴォロンテーヌ

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
その昔、天の国と地上がまだ近かった頃、自ら人間へ生まれ変わることを望んだ一人の天使が、ある国の王子ミシオンとして転生する。 だが人間界に生まれ変わったミシオンは、普通の人間と同じように前世の記憶(天使だった頃の記憶)も志も忘れてしまう。 甘やかされ愚かに育ってしまったミシオンは、二十歳になった時、退屈しのぎに自らの国を見て回る旅に出ることにする。そこからミシオンの成長が始まっていく……。魂の成長と愛の物語。

フロイント

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
光の妖精が女王として統治する国・ラングリンドに住む美しい娘・アデライデは父と二人、つつましくも幸せに暮らしていた。そのアデライデに一目で心惹かれたのは、恐ろしい姿に強い異臭を放つ名前すら持たぬ魔物だった──心優しい異形の魔物と美しい人間の女性の純愛物語。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。童話パロディ短編集

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

処理中です...