つぼみ姫

ねこうさぎしゃ

文字の大きさ
上 下
4 / 14

しおりを挟む
 つぼみ姫はいつも朝になって輝く日の光が庭園を明るく色づかせ始めると、シュシュを連れたドニおじいさんが、少し曲がった腰をときおり伸ばすようにしながら、ゆっくりゆっくり花々の間を歩いて来るのを、今か今かと待ちました。ドニおじいさんの白い髪におおわれた頭や、同じく白いシュシュのふさふさしたしっぽの先などが、居丈高に咲き誇るヒヤシンスやアイリスの向こうに見えたときの喜びと言ったら! つぼみ姫はしなやかな茎をしならせて、全身で嬉しい気持ちを表しました。そんなとき、つぼみ姫の美しいつぼみは、いつにもまして光り輝くようでした。
 つぼみ姫はドニおじいさんが大好きでした。それに、おしゃべりはできないけれど、いつもお行儀よくドニおじいさんの隣に寄り添って、つぼみ姫とドニおじいさんの会話を聞いているシュシュのことも、やはり大好きなのでした。
 その一方で、ドニおじいさんが帰ってしまう夕方は嫌いでした。ドニおじいさんはつぼみ姫以外の花の言葉は聞こえませんでしたが、花たちはいつなんどき自分たちの話に聞き耳を立てられるかもしれないと警戒していました。それでドニおじいさんの前ではいつもいい子のふりをして、おとなしく風に揺れているのですが、ドニおじいさんが帰ってしまうと、とたんにつぼみ姫を馬鹿にするようなことを言ったり、からかったりするのでした。
 でもつぼみ姫がいちばん辛かったのは、花たちが口にするドニおじいさんやシュシュの悪口を聞かされることでした。
 花たちは、頼まれたわけでもないのにきちんと世話をしてくれるドニおじいさんに感謝をするどころか、しょっちゅう悪口を言いました。それに、シュシュのことも良くは言いませんでした。花たちは猫があまり好きではないのでした。わけもなく花びらをむしったり、大きくジャンプをして飛び込んできて、茎を折ったりするからです。でも、シュシュは絶対にそんなことはしませんでした。にもかかわらず、庭園の花たちはシュシュを恐れて嫌っているのでした。
 つぼみ姫はほんとうのことを言えば、こんな庭園なんかではなく、森の中のドニおじいさんの家の傍らに植え替えてほしいといつも思っていました。そうすれば大好きなドニおじいさんやシュシュといつでも一緒にいられるし、冷たく意地悪な花たちの罵りや嘲りを聞かずに済みます。
 それに、ドニおじいさんから聞く森という場所は、とても素敵なところに思えました。森にはたくさんの小鳥の歌う声が響いていて、様々な獣たちがドニおじいさんの小屋のまわりを駆け回り、自然の野の草花は控えめながら強い意思を持って、木々の間を吹き渡る風に揺れるのだそうです。
 そしてそうした生き物たちを守る木というのも、つぼみ姫には不思議で仕方がないものに思えました。何十年、何百年と生きていて、あらゆる生き物の営みを見守っているのだそうです。その木々の息はとてもよい匂いがして、ドニおじいさんの呼吸を楽にしてくれるそうなのです。
 つぼみ姫は、いつもドニおじいさんやシュシュから漂う透明な青い匂いが、木々の呼吸の香りなのかもしれないと感じていました。いつかそんな素敵な不思議に満ちた森で、ドニおじいさんやシュシュと共に暮らしたいと、つぼみ姫は夢に見るのでした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

眠れる森のうさぎ姫

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
白うさぎ王国のアヴェリン姫のもっぱらの悩みは、いつも眠たくて仕方がないことでした。王国一の名医に『眠い眠い病』だと言われたアヴェリン姫は、人間たちのお伽噺の「眠れる森の美女」の中に、自分の病の秘密が解き明かされているのではと思い、それを知るために危険を顧みず人間界へと足を踏み入れて行くのですが……。

さらさら

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たったひとり、ニーナは砂浜で「何か」をさがしていた。それはまるで遠い昔の「約束」をさがすように──。大人の短編童話。

シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。 以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。 不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。

ミシオン王子とハトになったヴォロンテーヌ

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
その昔、天の国と地上がまだ近かった頃、自ら人間へ生まれ変わることを望んだ一人の天使が、ある国の王子ミシオンとして転生する。 だが人間界に生まれ変わったミシオンは、普通の人間と同じように前世の記憶(天使だった頃の記憶)も志も忘れてしまう。 甘やかされ愚かに育ってしまったミシオンは、二十歳になった時、退屈しのぎに自らの国を見て回る旅に出ることにする。そこからミシオンの成長が始まっていく……。魂の成長と愛の物語。

デシデーリオ

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
田舎の領主の娘はその美貌ゆえに求婚者が絶えなかったが、欲深さのためにもっと条件のいい相手を探すのに余念がなかった。清貧を好む父親は、そんな娘の行く末を心配していたが、ある日娘の前に一匹のネズミが現れて「助けてくれた恩返しにネズミの国の王妃にしてあげよう」と申し出る……尽きる事のない人間の欲望──デシデーリオ──に惑わされた娘のお話。

ドラゴンの愛

かわの みくた
児童書・童話
一話完結の短編集です。 おやすみなさいのその前に、一話ずつ読んで夢の中。目を閉じて、幸せな続きを空想しましょ。 たとえ種族は違っても、大切に思う気持ちは変わらない。そんなドラゴンたちの愛や恋の物語です。

フロイント

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
光の妖精が女王として統治する国・ラングリンドに住む美しい娘・アデライデは父と二人、つつましくも幸せに暮らしていた。そのアデライデに一目で心惹かれたのは、恐ろしい姿に強い異臭を放つ名前すら持たぬ魔物だった──心優しい異形の魔物と美しい人間の女性の純愛物語。

ある羊と流れ星の物語

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たくさんの仲間と共に、優しい羊飼いのおじいさんと暮らしていたヒツジは、おじいさんの突然の死で境遇が一変してしまいます。 後から来た羊飼いの家族は、おじいさんのような優しい人間ではありませんでした。 そんな中、その家族に飼われていた一匹の美しいネコだけが、羊の心を癒してくれるのでした……。

処理中です...