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世界の西の西の果ての国には、この世の美しい花々のすべてが集められた庭園がありました。その庭園は国の王さまによって、手厚く保護されていました。というのも、その庭園にはあるとき王さまが偶然に見つけた、不思議に輝く美しい花のつぼみがあったからです。
その花は光の加減によって、いろいろな色をあらわすクリスタルのように光り輝きました。朝には東の空からのぼる日の光を浴びて黄金色にきらめき、昼には周囲の花々や庭園を訪れる蝶の翅を映して白や青やピンクや緑に染まり、夜には月の光に照らされて濃い紫や銀の色に光るのでした。
その花は世界にたった一本きりしかありませんでした。世界じゅうのどんな宝物よりも貴重な花で、王さまはこの花を神秘の花と呼んで庭園のいちばん奥に植えさせると、つぼみが開くときを今や遅しと待っているのでした。
この美しい花は、世界に生れ落ちた瞬間からずっと、もう長いことつぼみのままでした。どんなにおひさまに照らされても、どんなに雨に打たれても、どんなに星が語りかけても、花はそのきらめく花びらを固くぎゅっと閉じて、つぼみのままでいるのでした。それでもやっぱり、その花はとても美しいのでした。
庭園のお世話をするのはドニおじいさんでした。ドニおじいさんは若い頃は前の王さま──つまり今の王さまの父君に仕える庭師でしたが、とうに引退して森の奥の小さな小屋で、まっしろい年老いたメス猫のシュシュと静かに暮らしていました。けれどとても腕の良い庭師だったことを覚えていた今の王さまに、再び花の世話をするよう望まれました。
ドニおじいさんは、もうずいぶん長いこと働いてきたからあとはゆっくり過ごしたいと、王さまにお断りをするために、シュシュと共にお城に出向きました。
王さまは庭園で待っていました。ドニおじいさんは美しい花々で埋め尽くされた立派な庭園をゆっくりゆっくり奥へと進み、やがて王さまを見つけました。王さまは、世にも美しく不思議な花のつぼみの前に立っていました。ドニおじいさんはこの輝きを放つつぼみを見たとき、胸の奥底の方から抑えがたい感動が泉のように沸き上がるのを感じました。
王さまはじっとこのつぼみを見つめながら、ドニおじいさんに言いました。
「実に美しく神秘に満ちたつぼみだとは思わないか? このつぼみがその花を咲かせられるように、おまえに世話をしてほしいのだ。おまえはほんとうに腕の良い庭師だった。きっとおまえなら、この花を咲かせられるだろう」
ドニおじいさんは一目見た瞬間から、このつぼみのことが大好きになっていました。けれどまだお世話を引き受けるとは決めきれずにいました。ところがそのとき、控えめで可憐な声が、ドニおじいさんの耳をくすぐりました。
「ほんとうかしら。この人なら、わたしのこの固く閉じたつぼみを開かせることができるのかしら」
ドニおじいさんはびっくりしました。その可愛らしい声は、確かに目の前の光るつぼみから聞こえてきました。見ると、シュシュにもその声が聞こえたようで、目を大きく開いてじっとつぼみを見つめていました。
「シュシュ、おまえにも聞こえたのか? この花の声が、確かにおまえにも聞こえたのかい?」
王さまは驚いてドニおじいさんを振り向きました。
「ドニよ、おまえはこのつぼみがしゃべったと言うのか?」
するとつぼみがまた声を出しました。
「まぁ、なんてこと。あなたはわたしの言葉がおわかりになるの?」
「あぁ、わかるとも!」
ドニおじいさんは思わず大きな声で返事をしたあと、目を見開いて自分を見つめる王さまに向き直り、言い訳をするように言いました。
「王さま、わしの体はご覧の通り、ずいぶんガタがきておりますが、頭の方はまだまだしゃんとしております。だからおかしくなったとか、そういうことでは……」
王さまは片手をあげてドニおじいさんを遮ると、
「このつぼみは神秘のつぼみ。言葉を話すこともあるだろう。だがその声を聞き取れるのはおまえだけのようだ。やはり、なんとしてもこのつぼみの世話をしてもらわねばならぬ」
ドニおじいさんはきらきらと様々な色を映して光り輝くつぼみを見ました。つぼみは期待にその身をふるわしながら、再びやさしい心地のよい声で言いました。
「わたし、あなたに世話をしてほしいわ。そしてどうか咲かせてほしいの。だって、わたしは生まれてからずっとつぼみのままなの。それはとっても寂しいことなんですもの」
ドニおじいさんはつぼみの心からの訴えを聞いて、ついに決心しました。こうしてドニおじいさんは、再び王さまに仕える庭師になったのでした。
その花は光の加減によって、いろいろな色をあらわすクリスタルのように光り輝きました。朝には東の空からのぼる日の光を浴びて黄金色にきらめき、昼には周囲の花々や庭園を訪れる蝶の翅を映して白や青やピンクや緑に染まり、夜には月の光に照らされて濃い紫や銀の色に光るのでした。
その花は世界にたった一本きりしかありませんでした。世界じゅうのどんな宝物よりも貴重な花で、王さまはこの花を神秘の花と呼んで庭園のいちばん奥に植えさせると、つぼみが開くときを今や遅しと待っているのでした。
この美しい花は、世界に生れ落ちた瞬間からずっと、もう長いことつぼみのままでした。どんなにおひさまに照らされても、どんなに雨に打たれても、どんなに星が語りかけても、花はそのきらめく花びらを固くぎゅっと閉じて、つぼみのままでいるのでした。それでもやっぱり、その花はとても美しいのでした。
庭園のお世話をするのはドニおじいさんでした。ドニおじいさんは若い頃は前の王さま──つまり今の王さまの父君に仕える庭師でしたが、とうに引退して森の奥の小さな小屋で、まっしろい年老いたメス猫のシュシュと静かに暮らしていました。けれどとても腕の良い庭師だったことを覚えていた今の王さまに、再び花の世話をするよう望まれました。
ドニおじいさんは、もうずいぶん長いこと働いてきたからあとはゆっくり過ごしたいと、王さまにお断りをするために、シュシュと共にお城に出向きました。
王さまは庭園で待っていました。ドニおじいさんは美しい花々で埋め尽くされた立派な庭園をゆっくりゆっくり奥へと進み、やがて王さまを見つけました。王さまは、世にも美しく不思議な花のつぼみの前に立っていました。ドニおじいさんはこの輝きを放つつぼみを見たとき、胸の奥底の方から抑えがたい感動が泉のように沸き上がるのを感じました。
王さまはじっとこのつぼみを見つめながら、ドニおじいさんに言いました。
「実に美しく神秘に満ちたつぼみだとは思わないか? このつぼみがその花を咲かせられるように、おまえに世話をしてほしいのだ。おまえはほんとうに腕の良い庭師だった。きっとおまえなら、この花を咲かせられるだろう」
ドニおじいさんは一目見た瞬間から、このつぼみのことが大好きになっていました。けれどまだお世話を引き受けるとは決めきれずにいました。ところがそのとき、控えめで可憐な声が、ドニおじいさんの耳をくすぐりました。
「ほんとうかしら。この人なら、わたしのこの固く閉じたつぼみを開かせることができるのかしら」
ドニおじいさんはびっくりしました。その可愛らしい声は、確かに目の前の光るつぼみから聞こえてきました。見ると、シュシュにもその声が聞こえたようで、目を大きく開いてじっとつぼみを見つめていました。
「シュシュ、おまえにも聞こえたのか? この花の声が、確かにおまえにも聞こえたのかい?」
王さまは驚いてドニおじいさんを振り向きました。
「ドニよ、おまえはこのつぼみがしゃべったと言うのか?」
するとつぼみがまた声を出しました。
「まぁ、なんてこと。あなたはわたしの言葉がおわかりになるの?」
「あぁ、わかるとも!」
ドニおじいさんは思わず大きな声で返事をしたあと、目を見開いて自分を見つめる王さまに向き直り、言い訳をするように言いました。
「王さま、わしの体はご覧の通り、ずいぶんガタがきておりますが、頭の方はまだまだしゃんとしております。だからおかしくなったとか、そういうことでは……」
王さまは片手をあげてドニおじいさんを遮ると、
「このつぼみは神秘のつぼみ。言葉を話すこともあるだろう。だがその声を聞き取れるのはおまえだけのようだ。やはり、なんとしてもこのつぼみの世話をしてもらわねばならぬ」
ドニおじいさんはきらきらと様々な色を映して光り輝くつぼみを見ました。つぼみは期待にその身をふるわしながら、再びやさしい心地のよい声で言いました。
「わたし、あなたに世話をしてほしいわ。そしてどうか咲かせてほしいの。だって、わたしは生まれてからずっとつぼみのままなの。それはとっても寂しいことなんですもの」
ドニおじいさんはつぼみの心からの訴えを聞いて、ついに決心しました。こうしてドニおじいさんは、再び王さまに仕える庭師になったのでした。
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