フロイント

ねこうさぎしゃ

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光の宮殿

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「……そうだったのか……」
 掠れを帯びた声で呟き、フロイントは窓の外に目を向けた。しばらく黙ったまま春の淡い光の満ちる空を見つめていたが、ふと窓に映る自分の潤んだ赤い瞳に気がついて目を向けた。魔物の名残りを留める瞳が、頭上に輝くラングリンド王の印を戴くフロイントを見つめていた。
 魔物として生きていた頃は、世界に背を向け、失意と絶望に悵然ちょうぜんとし、ただ永い孤独のうちに沈んで過ごすばかりだった。あの頃のフロイントにとって魔王ははるかに遠い存在であり、一介の下級魔でしかなく誰にも顧みられることのない自分のことなど、魔界の統治者たる魔王が気に留めることなどないと信じて疑わなかった。
 しかし妖精女王に魔王の真の姿について教えられたあの夜から、影の統率という難しく複雑な仕事に尽瘁じんすいする魔王に対し、言い知れぬ敬意と親近感さえもが芽生えていた。そしてさらに今、名もない魔物だった自分がその心に留められていたという事実を知らされ、フロイントは改めて魔物だったかつての自分の孤独の痛みが、やわらかな癒しの布で拭い去られるように感じた。
 いつか魔王に会ってみたい──そんな思いを胸に浮かべながら指先で目元を拭うフロイントを、女王の穏やかな声が包み込んだ。
「──わたくしはあなたとアデライデを通し、大いなる力への敬服と信頼を新たにし、また日々高められていく思いでいるのです。あなた方はわたくしの目にいつの間にか宿っていた曇りを取り除くばかりか、わたくしに思いもかけない機会を与えてくれました。あの日、わたくしはあなた方を救うという大義名分のもと魔王の城に赴きました。そして永遠ともいえる遥かな時間を経て、わたくしはもう一度、彼に逢うことができたのです──」
 フロイントは妖精女王の、いつにも増して尊い光輝で世界を照らすような瞳を見つめた。そのやさしく光る瞳を見つめながら、フロイントは女王にずっと伝えたかったことを言葉にするため、静かに口を開いた。
「……バルトロークとの戦いのとき、魔王の火焔を召喚したわたしの内部には、得も言われぬ力がみなぎりました。今のわたしにはあの火焔の正体がはっきりとわかる。あの火焔は愛でした。まごうことなき愛……限りなく燃え上がる永遠の愛が燃えていました。あのときわたしはあの火焔の中心に、この世界を正そうとする確かな意志があると同時に、誰かを強く求め、また守ろうとする深い愛をも感じました。それがわたしのアデライデへの想いと共鳴し、あのように凄まじいまでの力を放ったのだと思うのです──」
 妖精女王は穏やかな瞳でじっとフロイントを見上げていた。
 暫しの沈黙が過ぎ、女王はゆっくりと立ち上がって、光の微笑を見せた。
「つい長居して、政務の邪魔をしてしまいましたね」
 フロイントも微笑みを返して言った。
「いいえ、ちょうどわたしも一息入れたいと思っていたところでした」
「わたくしはこれからアデライデに会いに行くことにします」
 女王はやさしい眼差しをフロイントに注ぎなから、
「──フロイント、あなたは良い国王です。あなたとアデライデは必ずやラングリンドを素晴らしい調和の国にするでしょう。今はまだその過程を歩み始めたばかりではありますが、しかしきっとあなたはラングリンドに新たな秩序を誕生させるはずです。そしてそれはこのラングリンドを起点とし、あまねく世界に向け、光の波動となって広がっていくでしょう。及ばずながら、わたくしもその世界のために努力をしてみるつもりです」
 フロイントは俄かに威光を放って輝く女王を見つめた。名状しがたく胸を震わす想いが赤い瞳に再び涙を滲ませたが、今度はその目を拭うことなく、ゆっくりと世界の光の源たる女王の前に膝を折った。
「……あなたに永遠の忠誠と感謝を──」
 執務室には遠くの方から響いて来る子ども達の笑い声と共に、まだ早い春の陽ざしが宝石のようにきらめき、跪くフロイントと妖精女王に降り注いでいた。

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