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バルトロークの城
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バルトロークはシャンデリアに揺れる蝋燭の光を受けて妖しい金に光る杯を傍らの卓に置くと、長椅子から立ち上がり、アデライデにゆっくりと近づいた。足元から立ち昇る妖気が陽炎のように揺れてバルトロークの全身から放たれる。
「アデライデよ、何もそんなに泣くことはない。よいか、これは運命なのだ。ほんとうならば、あの日そなたをこの愉快で享楽に満ちた我が世界にエスコートするはわたしであったのだ。そなたは選ばれし我が花嫁。これほどの栄誉はないのだぞ。アデライデ、考えてもみよ。そもそもそなたがあの卑しい魔物の妻になるなどという方が間違いだとは思わぬか? 今はそうしてあれのために涙を流しているかもしれぬが、それもすぐに乾く。自分が真にいるべき場所がここだとわかればな」
バルトロークはアデライデの細い顎に手をかけて上向かせた。アデライデは咄嗟にその手を払いのけると勢いよく立ち上がり、数歩下がって屹然とバルトロークを見た。
「……いいえ、わたしにはもうわかっています。わたしがいるべきはここではありません。わたしはフロイントの──あの方のおそばにいなければなりません」
「アデライデよ、あれとどんな約束を交わしたにせよ、そんなことはもう忘れてもよいのだ。わたしがこうと言えばそれが真実となる。それがこの世界のルールなのだ。だからそなたは何も考えずわたしに従えば──」
「いいえ……!」
アデライデの悲痛な叫びがバルトロークの声を遮った。
「あなたはわたしの心が欲しいとおっしゃいました。わたしの信頼と愛が欲しいとも。これが運命だともおっしゃいました。でもわたしは知っています。わたしの心が教えてくれるのです。わたしの心の在り処を、信頼と愛の棲む場所を、わたしの運命を──!」
「ほぅ?」
バルトロークは面白そうに眼を見開いた。
「では、そなたの心が知っていると言うことのすべてを聞かせてもらおうではないか」
アデライデは胸の前で固く両手を握った。今はただ、バルトロークへの恐れよりも強い気持ちが自然と湧き出して、アデライデの口をついて出るようだった。
「わたしの心は、わたしの運命があなたに従いあなたの花嫁になることではないと告げています。わたしの信頼はあの館に置いてきました。わたしの心はあの方と共にあります。わたしの愛はあの方の中でのみ生きています。わたしはあの方を──フロイントを愛しています」
バルトロークは妖しく光を放つ瞳で、強い意志を秘めてアデライデがそう語るのを見ていたが、やがて大げさに眉を動かして憐れみの表情を作ると、顔の前で人差し指を立ててゆっくりと振った。
「おぉ、心清きアデライデ。そなたはあれに取り込まれているだけだ。わたしがそなたの目を覚ましてやろう。そなたがあれに抱いているのは、恋情ではなく憐れみだ。心やさしく無垢なそなたはその生まれ持った慈悲深さから、我々魔物の面汚したるあのような下等の者にも憐れみを感じ、深い情けをかけてやっているだけに過ぎぬのだ」
「そうではありません。わたしはフロイントがどんなに素晴らしい方かを知っています。あの方の心こそ清く美しいものです。わたしは最初から……あの方の目を見た瞬間から、もうずっとあの方を愛していたのです……。今ならはっきりとわかります。フロイントこそ、わたしの運命の方なのです──」
それはまさにアデライデの心の叫びだった。
「アデライデよ、何もそんなに泣くことはない。よいか、これは運命なのだ。ほんとうならば、あの日そなたをこの愉快で享楽に満ちた我が世界にエスコートするはわたしであったのだ。そなたは選ばれし我が花嫁。これほどの栄誉はないのだぞ。アデライデ、考えてもみよ。そもそもそなたがあの卑しい魔物の妻になるなどという方が間違いだとは思わぬか? 今はそうしてあれのために涙を流しているかもしれぬが、それもすぐに乾く。自分が真にいるべき場所がここだとわかればな」
バルトロークはアデライデの細い顎に手をかけて上向かせた。アデライデは咄嗟にその手を払いのけると勢いよく立ち上がり、数歩下がって屹然とバルトロークを見た。
「……いいえ、わたしにはもうわかっています。わたしがいるべきはここではありません。わたしはフロイントの──あの方のおそばにいなければなりません」
「アデライデよ、あれとどんな約束を交わしたにせよ、そんなことはもう忘れてもよいのだ。わたしがこうと言えばそれが真実となる。それがこの世界のルールなのだ。だからそなたは何も考えずわたしに従えば──」
「いいえ……!」
アデライデの悲痛な叫びがバルトロークの声を遮った。
「あなたはわたしの心が欲しいとおっしゃいました。わたしの信頼と愛が欲しいとも。これが運命だともおっしゃいました。でもわたしは知っています。わたしの心が教えてくれるのです。わたしの心の在り処を、信頼と愛の棲む場所を、わたしの運命を──!」
「ほぅ?」
バルトロークは面白そうに眼を見開いた。
「では、そなたの心が知っていると言うことのすべてを聞かせてもらおうではないか」
アデライデは胸の前で固く両手を握った。今はただ、バルトロークへの恐れよりも強い気持ちが自然と湧き出して、アデライデの口をついて出るようだった。
「わたしの心は、わたしの運命があなたに従いあなたの花嫁になることではないと告げています。わたしの信頼はあの館に置いてきました。わたしの心はあの方と共にあります。わたしの愛はあの方の中でのみ生きています。わたしはあの方を──フロイントを愛しています」
バルトロークは妖しく光を放つ瞳で、強い意志を秘めてアデライデがそう語るのを見ていたが、やがて大げさに眉を動かして憐れみの表情を作ると、顔の前で人差し指を立ててゆっくりと振った。
「おぉ、心清きアデライデ。そなたはあれに取り込まれているだけだ。わたしがそなたの目を覚ましてやろう。そなたがあれに抱いているのは、恋情ではなく憐れみだ。心やさしく無垢なそなたはその生まれ持った慈悲深さから、我々魔物の面汚したるあのような下等の者にも憐れみを感じ、深い情けをかけてやっているだけに過ぎぬのだ」
「そうではありません。わたしはフロイントがどんなに素晴らしい方かを知っています。あの方の心こそ清く美しいものです。わたしは最初から……あの方の目を見た瞬間から、もうずっとあの方を愛していたのです……。今ならはっきりとわかります。フロイントこそ、わたしの運命の方なのです──」
それはまさにアデライデの心の叫びだった。
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