4 / 9
4
しおりを挟む
次に意識が戻り始めたとき、アヴェリン姫は、寝ぼけ眼を開くより前に、自分が薄暗い部屋の片隅に置かれた、柔らかいクッションの上に寝かされていることに気づきました。
耳と鼻をぴくぴく動かして、辺りの様子をうかがいながら、ゆっくり目を開けていくと、たくさんの古めかしい本の背表紙が目に入ってきました。
あら、と思いながら、まだぼんやり気味の目を凝らして見ると、壁をぐるりと取りかこむように配置された天井まで届きそうなほどの本棚に、立派な装丁の本が今にもあふれ出しそうなくらいに詰めこまれているのが見えました。
古い紙や革、インクにほこりなどのまじった甘い匂いがするその部屋には、高い天窓があって、そこから射しこむ月光が、部屋の真ん中に光の帯を作っていました。
その光の帯の向こうには、重厚な木の机と、座り心地の良さそうな椅子があり、机の上に置かれた銀の燭台は、堅牢な砦のようにそびえ、てっぺんに立てられたろうそくの炎が、不思議に魅惑的な舞踊を踊るように、ちらちらと揺れ動いていました。
燭台の下では、羽根ペンがひとりでに動いて、アヴェリン姫の体ほどありそうなノートに、何か書き物をしている最中でした。
「ここは魔法のお部屋なのかしら……? でも、嫌な感じじゃない……。それに、なんてたくさんの本……」
ぼんやりとヴェールのかかった寝起きの頭で、アヴェリン姫は考えていました。すると、ガチャリとドアノブの回る音がして、複雑な装飾の施された重そうな部屋の扉がゆっくりと開き、すらりとした体に、目にも鮮やかなトルコ石の色をしたローブをまとった背の高い人間の男の人が、銀のお盆を手に入って来ました。
腰の辺りまで届く水色のメッシュの入った白い髪が、動きに合わせてさらさらと揺れていました。
アヴェリン姫は突然現れた人間の男の人に──それも姫が生まれて初めて目にした人間にびっくりして、まばたきも忘れ、まじまじと男の人を見つめました。なにしろアヴェリン姫はまだ少しぼんやりとしていたので、にわかには現実味が沸かず、警戒することも忘れていたのでした。
男の人は、クッションの上に起き上がっているアヴェリン姫を見ると、「おや」とうれしそうに目を細めました。
アヴェリン姫が教科書で見た人間は、もっとまじめくさった顔をしていたので、唇を三日月の形にして笑っている男の人の顔は、アヴェリン姫の目には少しばかり奇妙に映りました。
でも、男の人のローブの袖口と襟には、銀色の糸で菱形の刺繍が施されていて、それがまるで星の瞬きのようにチカチカと光るので、姫はまるで不思議な絵でも見るように、思わずじぃっと見つめていました。
そのうち、アヴェリン姫の意識もだんだんとはっきりしてきました。と、男の人の瞳が、七色の光を放っていることに、姫は突然気がつきました。その瞳を見たとたん、アヴェリン姫は雷に打たれたようにハッと息を呑むと、あわててクッションの上から飛び降りました。
「大変、この人、この部屋の主人ね。魔法使いだわ!」
と叫んで、出口を探しました。けれど、唯一の出入口の前には魔法使いが立っているし、天窓は高すぎました。
「もうだめ、わたしきっと、あのうさぎ達みたいに言葉を奪われるんだわ!」
アヴェリン姫は絶望し、また迫りくる恐怖のためにぐずぐすとその場に座り込み、シクシクと泣き出しました。
すると以外にも、魔法使いは優雅な足取りで、羽根ペンが書き物をしている机のそばまで歩いていって、燭台の上でダンスをしているろうそくの足元に、持ってきた銀のお盆を置くと、アヴェリン姫の方にくるりと向き直りました。
そして、悲しげに泣くアヴェリン姫に向かって、うやうやしく胸に手を当てて、深々とお辞儀をしながら、
「これはプリンセス、驚かせて申し訳ありません」
アヴェリン姫は、まるで森のうさぎ達みたいにあんぐり口を開けて、魔法使いを呆然と見上げました。
耳と鼻をぴくぴく動かして、辺りの様子をうかがいながら、ゆっくり目を開けていくと、たくさんの古めかしい本の背表紙が目に入ってきました。
あら、と思いながら、まだぼんやり気味の目を凝らして見ると、壁をぐるりと取りかこむように配置された天井まで届きそうなほどの本棚に、立派な装丁の本が今にもあふれ出しそうなくらいに詰めこまれているのが見えました。
古い紙や革、インクにほこりなどのまじった甘い匂いがするその部屋には、高い天窓があって、そこから射しこむ月光が、部屋の真ん中に光の帯を作っていました。
その光の帯の向こうには、重厚な木の机と、座り心地の良さそうな椅子があり、机の上に置かれた銀の燭台は、堅牢な砦のようにそびえ、てっぺんに立てられたろうそくの炎が、不思議に魅惑的な舞踊を踊るように、ちらちらと揺れ動いていました。
燭台の下では、羽根ペンがひとりでに動いて、アヴェリン姫の体ほどありそうなノートに、何か書き物をしている最中でした。
「ここは魔法のお部屋なのかしら……? でも、嫌な感じじゃない……。それに、なんてたくさんの本……」
ぼんやりとヴェールのかかった寝起きの頭で、アヴェリン姫は考えていました。すると、ガチャリとドアノブの回る音がして、複雑な装飾の施された重そうな部屋の扉がゆっくりと開き、すらりとした体に、目にも鮮やかなトルコ石の色をしたローブをまとった背の高い人間の男の人が、銀のお盆を手に入って来ました。
腰の辺りまで届く水色のメッシュの入った白い髪が、動きに合わせてさらさらと揺れていました。
アヴェリン姫は突然現れた人間の男の人に──それも姫が生まれて初めて目にした人間にびっくりして、まばたきも忘れ、まじまじと男の人を見つめました。なにしろアヴェリン姫はまだ少しぼんやりとしていたので、にわかには現実味が沸かず、警戒することも忘れていたのでした。
男の人は、クッションの上に起き上がっているアヴェリン姫を見ると、「おや」とうれしそうに目を細めました。
アヴェリン姫が教科書で見た人間は、もっとまじめくさった顔をしていたので、唇を三日月の形にして笑っている男の人の顔は、アヴェリン姫の目には少しばかり奇妙に映りました。
でも、男の人のローブの袖口と襟には、銀色の糸で菱形の刺繍が施されていて、それがまるで星の瞬きのようにチカチカと光るので、姫はまるで不思議な絵でも見るように、思わずじぃっと見つめていました。
そのうち、アヴェリン姫の意識もだんだんとはっきりしてきました。と、男の人の瞳が、七色の光を放っていることに、姫は突然気がつきました。その瞳を見たとたん、アヴェリン姫は雷に打たれたようにハッと息を呑むと、あわててクッションの上から飛び降りました。
「大変、この人、この部屋の主人ね。魔法使いだわ!」
と叫んで、出口を探しました。けれど、唯一の出入口の前には魔法使いが立っているし、天窓は高すぎました。
「もうだめ、わたしきっと、あのうさぎ達みたいに言葉を奪われるんだわ!」
アヴェリン姫は絶望し、また迫りくる恐怖のためにぐずぐすとその場に座り込み、シクシクと泣き出しました。
すると以外にも、魔法使いは優雅な足取りで、羽根ペンが書き物をしている机のそばまで歩いていって、燭台の上でダンスをしているろうそくの足元に、持ってきた銀のお盆を置くと、アヴェリン姫の方にくるりと向き直りました。
そして、悲しげに泣くアヴェリン姫に向かって、うやうやしく胸に手を当てて、深々とお辞儀をしながら、
「これはプリンセス、驚かせて申し訳ありません」
アヴェリン姫は、まるで森のうさぎ達みたいにあんぐり口を開けて、魔法使いを呆然と見上げました。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ある羊と流れ星の物語
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
たくさんの仲間と共に、優しい羊飼いのおじいさんと暮らしていたヒツジは、おじいさんの突然の死で境遇が一変してしまいます。
後から来た羊飼いの家族は、おじいさんのような優しい人間ではありませんでした。
そんな中、その家族に飼われていた一匹の美しいネコだけが、羊の心を癒してくれるのでした……。
フロイント
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
光の妖精が女王として統治する国・ラングリンドに住む美しい娘・アデライデは父と二人、つつましくも幸せに暮らしていた。そのアデライデに一目で心惹かれたのは、恐ろしい姿に強い異臭を放つ名前すら持たぬ魔物だった──心優しい異形の魔物と美しい人間の女性の純愛物語。
デシデーリオ
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
田舎の領主の娘はその美貌ゆえに求婚者が絶えなかったが、欲深さのためにもっと条件のいい相手を探すのに余念がなかった。清貧を好む父親は、そんな娘の行く末を心配していたが、ある日娘の前に一匹のネズミが現れて「助けてくれた恩返しにネズミの国の王妃にしてあげよう」と申し出る……尽きる事のない人間の欲望──デシデーリオ──に惑わされた娘のお話。
ミシオン王子とハトになったヴォロンテーヌ
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
その昔、天の国と地上がまだ近かった頃、自ら人間へ生まれ変わることを望んだ一人の天使が、ある国の王子ミシオンとして転生する。
だが人間界に生まれ変わったミシオンは、普通の人間と同じように前世の記憶(天使だった頃の記憶)も志も忘れてしまう。
甘やかされ愚かに育ってしまったミシオンは、二十歳になった時、退屈しのぎに自らの国を見て回る旅に出ることにする。そこからミシオンの成長が始まっていく……。魂の成長と愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる