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1章
41. 忘れてた魔力発現の儀
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「忘れてたーーー!!!」
ブレス領主邸シルエット家本館に、グラスロット国内に名を馳せるエドガーライト・シルエット辺境伯の声が響き渡ったのは、愛娘ソフィアの誕生パーティー翌々日の朝の事だった。
パーティー当日はソフィアの企画したチャリティーバザーが盛況のまま終わり、続く誕生パーティーではオイルライターの披露で会場に激震が走り、夜は対処に大忙しだったのだ。
翌日も各所からの問い合わせに時間を取られ、昼には王都の宰相から『急ぎ登城せよ』との短いコールが届いた。
そのまま王都上洛の準備となり、今朝である。
「どうなさいました!?」
寝室に従者たちが駆け込む。
大きなベッドの傍らでは、ダニエラ伯爵夫人が驚きの顔で夫のを見ていた。
ぎぎぃ~、と錆びた蝶番の音でも聞こえてきそうなぎこちなさで、夫人を振り返る辺境伯。
「魔力発現の儀、やらなきゃ」
呆然とした辺境伯の言葉に夫人は提案する。
「ねぇ、エド。今回は無理ではないの? セバスチャンも次の機会にするって言っていたわ」
通常10歳の誕生日に合わせて行う儀式だが、今回は忙しすぎた。
次の帰郷時に延ばしても遜色ない事柄だ。
「いや、昨晩宰相と話して、次はいつ帰って来られるかわからなくなった」
愛しいはずの夫の言葉にダニエラは殺意が湧き、ついドスの効いた声を出してしまう。
「なんですって!?」
「いやごめん! 昨晩コールが来てオイルライターの将来的展開を聞かされたんだ。まず、秋までに処理するのは無理だと・・・思う」
次の帰郷は例年だと秋になる。
収穫祭だ。
社交シーズンを終えて王都に勤める多くの貴族はこの祭りを機に帰郷するのだ。
ダニエラにとっても一年間で一番楽しみな夫との逢瀬なのだが、帰郷できない理由が理由なだけに怒ることが出来ない。
「・・・セバスチャンに今からすぐに魔力発現の儀式を行うと伝えて」
ダニエラが言葉を絞り出すと、従者の一人が部屋の外へ駆け出した。
そして怒涛の勢いで辺境伯の愛娘、ソフィアの魔力発現の儀式の準備が始まる。
王都上洛の馬車が出発するまで、あと4時間であった。
1時間後、シルエット家渾身の早業で身支度を整えた一家は、賓客として邸内に滞在しているレオン・フォレスト侯爵子息も一緒に邸前広場を囲む回廊を渡っていた。
回廊の東側にある尖塔の元には領主邸内の教会がある。邸内で働く数百人の使用人たちがいつでも祈りを捧げることが出来るように作られた、関係者専用の教会だ。
迎え出たのは白髪白髭の司教だ。
柔和な笑顔で一家を招き入れる。
もう何十年もこの邸内教会で司教を務めているこのご老人は、正式に教会本部から派遣された者であるが、ほとんどシルエット家の部下と言っても遜色ない。
それほどに癒着、いや、シルエット家の秘密を守ってくれている。
「お待ちしていましたよ」
司教の声は、今朝突然に儀式を要求された人とは思えない温厚さだ。
従者を司教室の前に残し、一家はそのまま司教の案内で地下の小部屋に通される。
部屋の中心には古めかしくも豪華な円卓があり、その上には魔石が輝く大きな魔道具が鎮座していた。
「ちょっと待って」
ソフィアをエスコートし、最後に入室したレオンはあり得ない状況に突っ込んだ。
「何でこれがここにあるの?」
レオンも数年前、一度だけ見たことがある大型魔道具。魔力発現を促す国宝級魔道具で、国内に数個しかないはずだ。
グラスロットの国民は10歳になると必ずこの魔力発現魔道具で魔力鑑定をする義務がある。
魔力が減り、力も小さくなった現在、これがなければ人々は魔力を発現することが出来ない。
それほどに国運とそれぞれの人生を左右する魔道具だ。
記録は残され、魔力持ちは平民であろうと優遇される。
故に大切に厳重に管理され、監視されている。
「はずの魔道具がなぜ?」
当然の疑問を口にしたレオンだが、シルエット家の面々はさも当たり前のように魔道具と対峙する。
「7代前のアイル・シルエット卿が発明した魔道具ですので、その当時からずっとここにあります」
ソフィアが可愛い顔でしれっと言う。
「!!!はぁっ!?」
レオンは驚きの声を発する。
「誰にも言うなよー。お前はソフィアの婚約者だから特別に見せたんだ。もちろんファルコにも国王にも内緒だぞー」
辺境伯の間延びした声にレオンは気が抜ける。
つくづく規格外れの家門である。
脱力していると繋いでいた手をぎゅっと握るソフィアの小さな力に気付く。
いま、一番緊張しているのはソフィアなのだ。
レオンは自分の感情をさて置いて、ソフィアの小さな冷たい手を握り返した。
顔を覗き込むと、青い瞳が揺らめいていた。
不安があるのだろう。
レオンにも覚えがある。
今の時代、身内に魔力持ちがいる貴族だからと言って、自分も魔力があるとは限らない。だが、魔力があれば家を助ける事が出来る。これは家族の期待を背負った儀式なのだ。
「それでは、ソフィアお嬢様。両手を魔石にかざして下さい」
家族と婚約者が見守る中、ソフィアは一歩前に出て華奢な両手を乳白色の魔石に近付けた。
魔石はキラキラと輝きながら黄色いような、青いような色に変化しながら、最後にエメラルドへと色を変えた。
「おお! 水かな?」
色の変化に辺境伯が声をあげると、司教が鑑定をはじめた。
教会の司教は鑑定の能力を持っている事が条件だ。
魔石の色に変化があれば魔力持ちであることは承知の事実であり、皆はホッとして儀式が無事に済んだと思った。
後は司教による正確な鑑定結果を聞くだけだ。
ソフィアが手をかざし続けていると、次第に魔石に変化が現れた。
「何事だ!?」
辺境伯が変化に気付く。
鑑定は終わったと思った矢先の事で、一家は再び輝く魔石を注視する。
エメラルドに輝いていたはずの魔石は次第に色を変え今度は赤く、次には青く、そして黄色く、と色を変えた。
そして輝きが増し、終いには魔石自体が強く発光した。
「うわっ!」
眩しさに皆が目を閉じた。
ブレス領主邸シルエット家本館に、グラスロット国内に名を馳せるエドガーライト・シルエット辺境伯の声が響き渡ったのは、愛娘ソフィアの誕生パーティー翌々日の朝の事だった。
パーティー当日はソフィアの企画したチャリティーバザーが盛況のまま終わり、続く誕生パーティーではオイルライターの披露で会場に激震が走り、夜は対処に大忙しだったのだ。
翌日も各所からの問い合わせに時間を取られ、昼には王都の宰相から『急ぎ登城せよ』との短いコールが届いた。
そのまま王都上洛の準備となり、今朝である。
「どうなさいました!?」
寝室に従者たちが駆け込む。
大きなベッドの傍らでは、ダニエラ伯爵夫人が驚きの顔で夫のを見ていた。
ぎぎぃ~、と錆びた蝶番の音でも聞こえてきそうなぎこちなさで、夫人を振り返る辺境伯。
「魔力発現の儀、やらなきゃ」
呆然とした辺境伯の言葉に夫人は提案する。
「ねぇ、エド。今回は無理ではないの? セバスチャンも次の機会にするって言っていたわ」
通常10歳の誕生日に合わせて行う儀式だが、今回は忙しすぎた。
次の帰郷時に延ばしても遜色ない事柄だ。
「いや、昨晩宰相と話して、次はいつ帰って来られるかわからなくなった」
愛しいはずの夫の言葉にダニエラは殺意が湧き、ついドスの効いた声を出してしまう。
「なんですって!?」
「いやごめん! 昨晩コールが来てオイルライターの将来的展開を聞かされたんだ。まず、秋までに処理するのは無理だと・・・思う」
次の帰郷は例年だと秋になる。
収穫祭だ。
社交シーズンを終えて王都に勤める多くの貴族はこの祭りを機に帰郷するのだ。
ダニエラにとっても一年間で一番楽しみな夫との逢瀬なのだが、帰郷できない理由が理由なだけに怒ることが出来ない。
「・・・セバスチャンに今からすぐに魔力発現の儀式を行うと伝えて」
ダニエラが言葉を絞り出すと、従者の一人が部屋の外へ駆け出した。
そして怒涛の勢いで辺境伯の愛娘、ソフィアの魔力発現の儀式の準備が始まる。
王都上洛の馬車が出発するまで、あと4時間であった。
1時間後、シルエット家渾身の早業で身支度を整えた一家は、賓客として邸内に滞在しているレオン・フォレスト侯爵子息も一緒に邸前広場を囲む回廊を渡っていた。
回廊の東側にある尖塔の元には領主邸内の教会がある。邸内で働く数百人の使用人たちがいつでも祈りを捧げることが出来るように作られた、関係者専用の教会だ。
迎え出たのは白髪白髭の司教だ。
柔和な笑顔で一家を招き入れる。
もう何十年もこの邸内教会で司教を務めているこのご老人は、正式に教会本部から派遣された者であるが、ほとんどシルエット家の部下と言っても遜色ない。
それほどに癒着、いや、シルエット家の秘密を守ってくれている。
「お待ちしていましたよ」
司教の声は、今朝突然に儀式を要求された人とは思えない温厚さだ。
従者を司教室の前に残し、一家はそのまま司教の案内で地下の小部屋に通される。
部屋の中心には古めかしくも豪華な円卓があり、その上には魔石が輝く大きな魔道具が鎮座していた。
「ちょっと待って」
ソフィアをエスコートし、最後に入室したレオンはあり得ない状況に突っ込んだ。
「何でこれがここにあるの?」
レオンも数年前、一度だけ見たことがある大型魔道具。魔力発現を促す国宝級魔道具で、国内に数個しかないはずだ。
グラスロットの国民は10歳になると必ずこの魔力発現魔道具で魔力鑑定をする義務がある。
魔力が減り、力も小さくなった現在、これがなければ人々は魔力を発現することが出来ない。
それほどに国運とそれぞれの人生を左右する魔道具だ。
記録は残され、魔力持ちは平民であろうと優遇される。
故に大切に厳重に管理され、監視されている。
「はずの魔道具がなぜ?」
当然の疑問を口にしたレオンだが、シルエット家の面々はさも当たり前のように魔道具と対峙する。
「7代前のアイル・シルエット卿が発明した魔道具ですので、その当時からずっとここにあります」
ソフィアが可愛い顔でしれっと言う。
「!!!はぁっ!?」
レオンは驚きの声を発する。
「誰にも言うなよー。お前はソフィアの婚約者だから特別に見せたんだ。もちろんファルコにも国王にも内緒だぞー」
辺境伯の間延びした声にレオンは気が抜ける。
つくづく規格外れの家門である。
脱力していると繋いでいた手をぎゅっと握るソフィアの小さな力に気付く。
いま、一番緊張しているのはソフィアなのだ。
レオンは自分の感情をさて置いて、ソフィアの小さな冷たい手を握り返した。
顔を覗き込むと、青い瞳が揺らめいていた。
不安があるのだろう。
レオンにも覚えがある。
今の時代、身内に魔力持ちがいる貴族だからと言って、自分も魔力があるとは限らない。だが、魔力があれば家を助ける事が出来る。これは家族の期待を背負った儀式なのだ。
「それでは、ソフィアお嬢様。両手を魔石にかざして下さい」
家族と婚約者が見守る中、ソフィアは一歩前に出て華奢な両手を乳白色の魔石に近付けた。
魔石はキラキラと輝きながら黄色いような、青いような色に変化しながら、最後にエメラルドへと色を変えた。
「おお! 水かな?」
色の変化に辺境伯が声をあげると、司教が鑑定をはじめた。
教会の司教は鑑定の能力を持っている事が条件だ。
魔石の色に変化があれば魔力持ちであることは承知の事実であり、皆はホッとして儀式が無事に済んだと思った。
後は司教による正確な鑑定結果を聞くだけだ。
ソフィアが手をかざし続けていると、次第に魔石に変化が現れた。
「何事だ!?」
辺境伯が変化に気付く。
鑑定は終わったと思った矢先の事で、一家は再び輝く魔石を注視する。
エメラルドに輝いていたはずの魔石は次第に色を変え今度は赤く、次には青く、そして黄色く、と色を変えた。
そして輝きが増し、終いには魔石自体が強く発光した。
「うわっ!」
眩しさに皆が目を閉じた。
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